そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

4月30日(月)蕎麦屋ランキング

2012年04月30日 | 公開

 祝日なれど、娘は出勤だそうで、弁当を持っていつも通りに家を出ていった。

  ランドリーへ連れて行けと同居人に命ぜられ、車を出す。柳亭痴楽の「西行」のCDをかける。いや~上手いものだ。同居人は助手席で、腹を抱えて笑い続けている。

 芸名?を考える。「蔦野 唐丸」というのはどうかな?と思いついたら、既にして蔦屋重三郎の狂名であった。でも、青山学院出の人でないとねェ。

  りんだもぢりに行きたいが、昼はジャージャー麺だと。こういうのは嫌いだから、湯をかけて、つゆ麵にして食ってやった。さて、それでは現時点での個人的蕎麦屋ベスト・スリーを記してみませう。

 第一位 立川市曙町「無庵」

 第二位 新宿区納戸町「志ま平」 

 第三位 新宿区若宮町「東白庵かりべ」

 まあ、味だけでなく、居心地という要素を加味してのランキングであり、私の行動範囲の内で…ということもある。「志ま平」など、私にはバーみたいなお店と言えるのかもしれない(バーには全然行かないがね)。大将は名バーテンダーみたいな存在だ(ただし万人向けではない)。なお、社会人講座を受け持つようになってこのかた、「築地布恒更科」「木挽町湯津上屋」も、実にいい線行っているのだが、まだまだそれほど通いつめてはいない。


4月29日(日)阿古屋松

2012年04月29日 | 公開

 「阿古屋松」の復曲をを観に国立能楽堂へ行く。尊敬するゲンゴロウ先生もお越しになるというので、同居人に頼んでチケットをとってもらったんだ。きゃ~、丸眼鏡が素敵!

 観世宗家に世阿弥筆本(重要文化財)が残っているという曲なのだが、上演記録は全く無い。ということは、実はよほどつまらん失敗作なのかもしれない。パンフレットや、檜書店刊の謡本を購入して、席につく。脇正面の一番後ろだった。

 松岡心平氏の解説30分は、5分オーバーしたが、中身はパンフレットに寄稿しておいでの内容とほぼ同一だった(そんなことは喋る必要がない!)。おいおい、行成は実方に落とされた冠を、自ら拾って被り直したのかよ?と、つまらんことで引っかかった。そんなことしたら。行成のほうが陸奥に行かされちゃうぞ(主殿司に取らせたことになっていたはず)。話の最後に、陸前高田の松に結びつけて、東日本大震災の復興に今日的意義あらしめんとのご意図だったように承ったが、もっとはっきり申されたらよかったのに。

 シテは観世ご宗家である。謡本ももちろん初版で、助詞の「は」のみカタカナ書きなのは例によって気に食わぬが、業界の約束事なのだろう。それのみならず、「姉歯」は「アネワ」で、舞台でもそう発音していたくせに、謡本には「アネハ」とカタカナで振ってある。こもごも、存外杜撰だなあと思う。前の椅子の背に出る字幕?と、パンフレットの詞章とはまともだったが…。それにしても、上演時間長過ぎ~!

 舞の段になって、顕現した塩竃明神の舞は、あんな翁舞みたいなやつだったのろうか? 詞章とはまったく合致しないような気がした。結局、どこが見どころなのか、能楽は素人の私には皆目分からなかった。京都観世会でも上演されるから、演出を比べてみるとよいのだろう。もうチケットは無かろうなあ。観客はいっぱい入っていた。マスコミで取り上げられると、違うものだな。

 さて、新宿へ出て、高島屋の上のユザワヤでジャケットの釦を買い、昼飯を食べそびれたので、上の階の蕎麦屋でせいろを1枚だけ、りんだもぢった。今日の粉は××産と仰々しく札を立てているから、期待したが、この値段でこの水準か!? という感想。まあ、場所が場所だけに、高いのはいたし方ないのかな。新宿駅構内の成城石井でおかずを買い、乗り換え駅のエキュートでもおかずを買い足して帰宅。「平清盛」を観ながら夕食を食ったが、歌会のシーンに、私はほとんど卒倒しそうになってしまった! 朝ドラの時代考証や大道具・小道具は、あんなにも、驚異的というべきほどに細かいのに比して、大河ドラマはなんじゃらほい? 大河ドラマとはしょせん、歌舞伎の時代物と知るべし。東大の偉い先生が考証に加わっておられるよしだが、いくらなんでも、何とかして欲しいわ。まあ、成親が講師を務めていたというのは、『平家物語』ベースの伏線ということなのだろう。そこには、周知のとおり「阿古屋松」が絡むから、今日一日の私の行動?も、ひょんなことで脈絡がついたというべきか?


4月29日(日)週間駄洒落尽くし

2012年04月29日 | 公開

 演習のクラスコンパの時、「ウチのコースには何が足りないと思う?」と学生諸君に尋ねたところ、「それは若さです」と即答が返ってきた。なるほど、一番若いT教授だにすらさへ四十過ぎで、まあ平安時代は数えの四十歳から老人だからねとため息をつく。すると、気を遣ったのか、「いえいえ、妙に若くて生々しい先生よりも、お年寄りのほうがマシということもあります」と、慰めてくれた。う~ん、若さが足りないなら、加齢ということかな?と言っても、学生さんにこの洒落は通じなかった(若狭カレイ)。若さがないなら、隣でタンゴでも踊るか。

 金曜は雨が降って不快だった。研究室受付のところで、雨が~小粒の真珠なら~♪ と口ずさんでいたら、係の恰幅のよろしい男性が、あ、その唄知ってます!と嬉しいことをおっしゃる。他の係の女性方は首を傾げておいでなので、「御木本パールは倒産だ~♪」と続きますなと冗談を言ったが、分かってくれたのはくだんの男性のみであった。橋幸夫も、きょうびは通じないか。

 土曜の「梅ちゃん先生」は、鶴太郎が「復興節」を唄っていた。いや、なつかしいね~と言えば、同居人に、あなたは一体いくつなのよ?と呆れられた。だって、池袋の駅前なんか見渡すかぎり焼け野原だったじゃないか! まあ、こういうところへ東日本大震災からの復興へ向けてのメッセージが込められているのだろうね。なにしろ私は、アリサカライフルを担いで戦場へ行った戦中派なのだ!(ねえ、戦友A教授)

 ネクタイを受け取りに同居人とデパートへ行った。地下の食料品売り場へ降り、上林春松本店で「好の白」の20g箱入りを2つ買ったら、間違えて1個分の値段でカード処理をされた。売り場のおばさんがすぐに気づいて、追加処理してもらったが、詫びに抹茶入り玄米茶をくださった。笑う門にはラッキーカムカム(痴楽)であるぞ。また間違えてくださいねと申し上げたら、あははと冷たく笑われましたわ。

 お菓子売り場の趣向は、もう端午の節句である。柏餅などがあちこちの店で売られていた。端午の節句の行事は、もともとは中国から入ってきたものだ。私は同居人と汨羅の淵を訪れたことがある。同居人は書の達人だが、屈子祠で何か揮毫させられていた。それはそうと、日本以外でこの行事が盛んなのは、A君の故国の亜爾然丁共和国である。日系移民の方々が持ち込んだにちがいない。ときに、亜爾然丁はずいぶん乾燥したお国らしい、節句(sec)だけにね。あ、、あそこはフランス語ではなくてスペイン語だったか。

 また、このかしわ餅は主に千葉県で生産されているんですね、分かるかな~? と言ったら、もう、お店の人に変なことを言わないでと、同居人に後ろから頭を殴られましたわ。


4月28日(土)臨時常任委員会

2012年04月28日 | 公開

 おうた文学会の標記委員会が招集されたので、橘周太大学へ行く。その前に、先週大学近くの「九段一茶庵」で三色をりんだもぢる。軍人会館の脇を通り、東京招魂社のところを左折して会場校へ。

 委員会は1時間ほどで終わった。まあ、なるようになったような気がする。飯田橋まで歩き、地下鉄に乗って神楽坂下車。「レリーサ」の前で同居人と待ち合わせる。春風亭柳朝師にお菓子を送るというので、つきあった次第。本当は研究誌の合評会があるのだが、パスした。

 今日は暑い。ビールが飲みたくなって、牛込天神町の「マティーニバーガー」に入る。

 バーガーも食ってみた。肉のボリュームがすごい!

 さて、私は「J-RESS」のジョーク・タイを愛好しているのだが、注文しておいたのが届いたと連絡を受けたので、引き取りに行く。

 ちと不鮮明か。なんだか分かりますかな? 阪神ファン(たとえばK教授)には、ウケるかもしれない。

 

 


4月28日(土)醤油サイダー

2012年04月28日 | 公開

 昨日、小豆島の醤油サイダーなるものを試しに1本買って帰ったのだが、娘は要らんと申すので、朝食の後に開けて飲んでみた。

 要するにコーラみたいな感じである。

 コーラと言えば、祖父(実母の養父)から、若槻礼次郎が昭和5年(1930)のロンドン海軍軍縮会議へ首席全権として出発する際の壮行会に出席し、そこで初めて「コーラ」なるものを飲んで、こんな美味いものが世の中あるのか!と思ったと、生前聞いたことがあったな。

 祖父が飲んだのはコカコーラだったのかな? 高村光太郎の「狂者の詩」(『道程』所収)の中に出てくるからね。大正頃から飲まれていたらしい。

    頭の中から猫が啼く
    何処かで誰かがロダンを餌にする
    コカコオラ、THANK YOU VERY MUCH
    銀座二丁目三丁目、それから尾張町
    電車、電燈、電線、電話
    ちりりん、ちりりん
    柳の枝さへ夜霧の中で
    白ぼつけな腕を組んで
    しんみに己に意見する気だ
    コカコオラもう1杯

 


4月26日(木)シリカワ先生!?

2012年04月26日 | 公開

 研究室受付のあるロビーへと続く鉄扉を開けたら、ちょうど小柄な女性と出会いとなったが、彼女は私を見上げるなり、「あ、シリカワ先生!」と叫んだので、ち、ちがいますがな、私しゃ平安じゃなくて鎌倉が専門、と申し上げる。いやはや、シリカワ先生は私よりずっと長身なのだが、眼鏡を掛けているところは似ているのかな? 鉄扉の辺りは薄暗いし…しかし、それにしても…。まあ、博物館の副館長様くらいの貫禄は、私にも備わっているということか?

 博士課程の研究指導。コーヒーを淹れたら、K君がひっくり返し、彼は全身コーヒーまみれとなってしまった。さてTさんの論文発表は、寄って集って集中攻撃を受けたが、へこたれないのが彼女のよいところだ。本年度はやや人口が増えた効果というもの。わが大学は、結局、数が勝負だと、あらためて思い知る。故井上宗雄先生も、生前しきりにそうおっしゃっていた。

 修士の演習では、校正中の論文について話させてもらったが、誤植をいくつか指摘され大助かりだ。研究会も本格的にスタート。茗荷谷女子大の学生さんが、今年も参加してくれるらしい。朝だ元気で先生のお噂などを申し上げる。テキスト配布とA君から研究史を聞き、早めに仕舞いにして、Oさんの奈良土産の清酒を研究室で嘗めた後、「AMA」へ行く。4人で白ワインを2本空けた。


4月25日(金)嵐を呼ぶ歓迎会

2012年04月25日 | 公開

 本年度新規着任されたコースのM教授を囲んでの一席を設けた。同じ領域の担当教授連と、主任である私とで「高七」へ行く。キャンパス近くの交差点辺で、自転車に乗った「たかはし」の大将と行き会う。お弁当の配達らしい。これから行く「高七」のお嫁さんは、「たかはし」の女将さんの姪御さんなのだ。

 途中、ぱらぱら雨が降ってきた。この一席はほんらい、4月3日に予定していたのだが、嵐のため中止になった。M教授は嵐を呼ぶ男か?

 コースをお願いしておいた。お酒は村上の「大洋盛 紫雲」にする。村上といえば「〆張鶴」が有名だが、蔵元は2軒だけだそうで、この「大洋盛」は地元でしか出回っていない銘柄だという。お店のお料理によくマッチする、よいお酒だ。 U教授は新潟県のご出身なので、特にご満悦。「たかはし」の大将・女将に、ここのお嫁さんも、ご出身は新潟、新発田のよし。同じ日本海側といっても、私はずずずっと西のほうだけどな。

 お料理はいろいろ、気のきいたものが出る。おお、オイスター・ロックフェラーだ!と叫んだ一品は、牡蛎の何とか焼きと言ったっけ?

 メインの天麩羅は、こういう具合に次々と出る。沢蟹ちゃんは、入口脇の水槽でさっきまで生きていたヤツだ。「高七」の天麩羅で特筆すべきは、何といっても大根であろう。大将に、大根の天麩羅とは珍しいですねと申し上げると、根菜なら天麩羅にしても変じゃないと思いましたのでとのお返事だった。いや~美味い、めっぽうかいに美味いですぞよ。

 お店を出ると、雨はあがっていた。夏目坂をずんずん下る。基本的にご理解いただきたい諸般の事柄のご説明ができて、必要な資料はお渡しし、教員組合の加入申し込み書まで差し上げたので、これにて十二分に責任は果たし終えたといふべし。


4月25日(水)「志ま平」でりんだもぢる

2012年04月25日 | 公開

 夜は新任の先生を囲んで天麩羅屋で会食の予定だから、昼は軽く蕎麦だけにしておく。会議が無かったので「志ま平」へ。13:30頃になったが、窓から覗くと大将が両手でマルのサインを送ってくださった。

 先日はどうもとご挨拶。意外なところでお目にかかった。あの時はどちらへ?と尋ねられたので、いや、宮内庁へ雅楽を聴きにねと答える。。1月にお越しの際にお連れになったお茶の先生は、たいへん勇ましい御方でしたねと言われる。なにしろ満洲の虎の名のつく要塞辺にてお育ちになったという方だからねと、ご説明申し上げておいた。

 客は私一人。二色をいただく。お茶談義となり、抹茶を蕎麦湯で点てると美味しいというお話を聞いた。お店に遠州流のお家元(ご宗家はこの近くにある)がお越しになった際に、点ててお出しになったそうだ。少し甘くなるらしい。「志ま平」の店内には茶道具もちらほら置かれているが、鉄瓶が変わっていて、蓋が方形なのである。

 大将が「江戸楽」を出してきたので、この3月号には実は私が載ってるんですよと申し上げると、驚いておいでだった。

 さて、朝日坂への通りを行くと、尾崎紅葉の旧居跡がある。その手前には「加藤友三郎」の表札が付いたままの塀が残るが、まさかまさか総理大臣・海軍大将の旧宅跡ではあるまいな。

 

 その先が「緑の豆」で、明日の研究指導用に珈琲豆を購入。K教授がお引っ越しをなさったというので、「うつわや釉」にて気軽な食器を一つだけみつくろう。お買い物のおついでにでも、立ち寄ってお受け取りいただけませんでしょうか? それから、赤城坂をずずずと下り、左に進んで久しぶりに「レりーサ」でクッキーを買う。おねえさんに、美味しい珈琲で召し上がってくださいねと言われた(「緑の豆」の袋を持っていたからな)。

 本日は教員組合の拡大中央委員会なのだが、出られないので、通過のため教組事務所へ。署名をして資料をもらい、書記局の皆さんにと「レリーサ」のクッキーを差し上げる。これでも気をつかっておるのだ。さて、書店で光人社NF文庫を2冊購入する。南洋“アニマル戦線”異状なし『異なる爆音』。この文庫は、ほぼ全冊読んでいることになるのだが、労働組合のあとに戦記とは、珍妙な組み合わせかな?


4月25日(水)焦点はどこに

2012年04月25日 | 公開

 酒盃というものは、結局茶碗のアナロジーなんじゃないかと思わんでもない。月曜に衝動買いした酒器のうち、一番気に入ったのはこの粉引なのだが、手の中で弄んでいるうちに、すっかり疲れが消し飛んでしまったわい。器は、手中で弄んでなんぼの物ですな。だから購入いたすわけで…

 なんとよい形だろう。サイズも大きからず、小さからず。胴の景色にも風情がある。高台はかくのごとし。

 酒盃は酒を飲むのがその用途であること、いふもさらなり。しかし、盃によって酒の味が変わるのは、なぜだろうか。茶碗も同じようなことがあるのだろうか? 、私にはよく分からない。飲用器の焦点とは、いづくにありや?


4月24日(火)蕎麦屋新規開拓

2012年04月24日 | 公開

 先週の火曜昼食はいささか残念だったので、本日は気合いを入れて、りんだもぢりに行く。東銀座で地下鉄を降り、新橋演舞場の脇を進んで、銀座中学校前へ。初めて「成富」に、開店の15分後に入る。カウンター席は既に満員。6人掛けのテーブルの隅に座る。

 店内20席ほどか。モダンな作りで、落ち着かない。あなご天せいろを注文してから、しまった、お薦めの花山椒蕎麦にすればよかったと思うが、後の祭り。そのうち、アメリカ人女性1・日本人男性2の3人連れと相席になる。英語でしきりに説明していたが、こいつら蕎麦のこと何もしらんがな。3人とも私と同じあなご天せいろをご注文あそばした。ことさらずるずる音を立てて啜ってみました。

 天麩羅は美味しかったですな。蕎麦はといえば、よし、よろし、わろし、あしの、よろしくらいですかなあ。妙にパサッとしておった。これはつゆ蕎麦のほうが美味いのかもしれない。蕎麦湯は、濃厚なのが蕎麦猪口1杯分供されただけ。来週、花山椒蕎麦食いに来ようかと思ったが、来週は社会人講座がお休みなのであった! 残念。

 地下鉄を2駅乗って、社会人講座へ。ここのところ同じ人物の文字を読んでいるので、皆さんよく読めるようになってきた。予想外の質問が出て、次回お答えすると申し上げて引き取る。

 深谷信子先生に名古屋のお土産のチーズケーキをいただく。Y先生と1つずつ頂戴した。徳川美術館の名香鑑賞会へおいでになったそうだ。

 昨日にひきかえ、日差しが強く暑かったな。東京駅まで歩き、日本酒を2本買って帰路につく。


4月23日(月)衝動買い

2012年04月23日 | 公開

 同居人に電話をかけたら、コーヒー豆が切れているとのことで、「緑の豆」へ行く。最近は新顔の若いおにいさんが店番をしている。ニカラグアはパブロ・ヴェラスケス農園のオーガニックの豆とかいうのを300gローストしていただく。

 今日はチーズはよしておこうと、神楽坂をふらふら下ると、「フラスコ」で酒器展をやっていた。入ってみると、実に使いやすそうな三島の小片口が目に止まる。日ごろ高取の片口を愛用しているのだが、この三島は手頃でよさそうである。

  高取といえば、「朝日く 上がる頃 い顔した こそ泥が しどろもどろに ぜぜ(銭)くれと」というお歌?をN師匠に教えていただいたけれども、なんだか尻切れトンボみたいな気がした。ここはやはりもう二句、七・五と続けなくては落ち着かない。「無き質屋に かまかける」 ではいかがであろう? 何の話か分かりますな? ひとよひとよにひとみごろ、ふじさんろくにおうむなく…いや直接的には、水兵リーベ僕の船七曲がるシップスクラークか…の類ですな。 ひとごろしいろいろやった沙翁かな そういえば本日の朝いち演習では、小西甚一の話もしたが、『古文研究法』もなつかしいな。学生時代に小西氏の講演がわが大学であって、私立大の学生さんは英語ができないから以下の話は到底分からないでしょうが…と、完全に聴衆をバカにした話しぶりだった記憶が鮮明。まあ、たしかに国立とは比べものにならぬ偏差値の低い私立大の学生だったから、言われる通りだよなと納得いたしましたがね。閑話休題。

 (これは常用の高取の片口)

 …というわけで、↓ 購入に及ぶ。振り返ると、粉引の酒盃のよいのがある。片口と同じく大分の作家さんらしい。すくっと立ち上がったのと、平茶碗風のと。粉引は難しいが、同居人が好きだから、えいままよと大人買いに及ぶ。

 実は神楽坂で赤ワインを1本買っていたのだが、こうなっては日本酒だ。自宅最寄り駅近くの酒屋で「賀茂鶴」をもとめて帰る。早速晩酌で使ってみた。姑殿に、もう置き場所が無いから、こういうものは買ってこないで!と苦情を言われた。


4月23日(月)論文解説

2012年04月23日 | 公開

 雨模様なのでいつもより早めに家を出たが、結局地下鉄でラッシュに巻き込まれ、難儀をした。朝いち演習のため印刷室へ。教員室受付の女性はその昔、ウチの大学図書館に勤めていたそうで、私も副館長などやりましたが、どなたが館長の頃ですか?とお尋ねすれば、O先生の時代だとのお答え。O先生はその後、学長選挙にお出になったが、青島幸男の真似をして?全然選挙運動なさらなかったので、落選されたのであった。O先生、スウェーデンがご専門だから、「スウェーデン食わぬは男の恥」と朝からブッ飛ばせば、エンジンが始動した。エンジンの音轟々と~♪ 吾等エンジの大学だからな。

 朝いち演習は、完全に柳亭痴楽と化して、受講生諸君に呆れられる。それでも、3週連続で欠席者は実質ゼロである。な、なんということか? 授業はまったり進めて、まずは宿題に読んでくるよう指示してあった岩佐美代子先生のご論文「しほる考」を解説する。それから、次々回あたりから発表させる段取りをつけるべく、抽選で6チームを編成した。それぞれの分担も宛がっておく。やはり早期にコンパを強行した効果は、それなりに出ているのかも。

 続く講義は、いわば世渡りの要諦を話す。手土産に何を持っていくか、これは人生の一大問題なのだ。そうこうしているうちに、授業時間が終了となる。A君に研究会のちらしを印刷してお渡しする。

 昼食は「maruharu」でカレーを食った。午後は特殊演習。


4月23日(月)マッケンジー体操!?

2012年04月23日 | 公開

 島根県の観光物産館から突然電話がかかってきて、ガマン専任先生の学位ご取得のお祝いに手配した品を、間違って送ってしまいましたと詫びを言われた。そういえば、よい在庫品がないようなので、新たに作ってもらうという話だったのが、やけに早く届き、先生からお礼状をいただいたものの、なんだかお手紙の内容がちんぷんかんぷんだったのだが、まあこういうこともあろうかと、あまり気に掛けていなかった。それが、私の注文品が出来上がって、物産館に届いたところで、本来は沖縄へ送るはずの漆器を間違えてガマン専任先生にお送りしていたことが判明したのだと。いやはや。先生にお尋ねすると、私がどうしてこういうものを送ってきたのか不審だったよし。胴に銅鐸が描かれている漆器の花入れだったそうだ。そ~ゆ~趣味は、ないわいな。

 同居人は腰痛で機嫌が悪い。「マッケンジー体操」というのをするよう医者に言われているそうだ。「マッケンジー魂」なら、おいらは小学生の頃たたき込まれたがねと言うと、???。私が卒業した松江市立母衣(ほろ)小学校では、「母衣まけじ魂」をスローガンにしておったのだよ。「じ」は打ち消し意志の助動詞の連体形だぞ。「母衣まけじ魂」は今でもスローガンのままのようだが、当時母衣小学校校歌の3番は歌わないことになっていたのは、今でもそのままなのだろうか? 「み国の運命 たすけんために~♪」がいかんかったのだろう。「ときわの栄え 名に負うところ 松江・・・」は、一種の序詞だな。それで、「立つ」が縁語だから、母校の校歌も今見るとなかなか手が込んでいる。


4月21日(土)経済第一か?

2012年04月21日 | 公開

 昨日の朝刊の経済コラムに、大学を9月入学にした後は、入試改革・教育改革をせにゃならんという記事が載っていた。執筆は偉い経済人の方なのであろう。

 英語はTOEFLで十分、ヤマの当たり外れが大きく響く古文の試験(何の科目でも多かれ少なかれそうだと思うが)は不要、漢文は中国語に置き換えろ云々。大学は「浮き世離れした学者」の場ではないそうだ。当方、浮き世離れした学者なので、耳の痛い話である。経済人は、本音ではこういうことを考えているのだろうなあ。まあ、人文学なんぞは、世の費えと言えばそれまでだが、そんなに金のかかる学問でもあるまい。

 漢文は中国語じゃなくて日本語なんだがなあ…と反論したくもなるが、言っても詮無き事は言わぬにしくはない。それでも、古文のできないやつが、「その国の文化力」つまり「日本の文化力」を涵養できるものかは、と小さな声で言ってみたりする。

 さて、同居人が昨日、T大学へ本の閲覧に赴き、N氏に頂戴したというバウムクーヘンを、朝食後にいただく。これをお菓子に、薄茶を点てた。壺のような形をしている。説明書きにあるように縦に切ってみたが、なんだか熱帯産の果実のように見える。


4月20日(金)コンパの連続催行

2012年04月20日 | 公開

 来週、新任の先生を囲んでの懇談を天麩羅屋で開く心積もりで、第二回の下見に行く。N坂をずんずんあがり、開店時間の11:30ちょうどに「高七」の暖簾をくぐる。背の高い若女将に予約をお願いし、「たかはし」の女将さんのご親戚だそうで?と申し上げると、先日、オバから電話がありました…ですと。以来、店内で先生、先生と呼ばれる。

 「高七」は明治十七年の創業。ご当主で五代目だそうだが、特筆すべき美味さである。今日の日替わり定食にはフキノトウが添えられていたが、まことに香ばしかった。大根の天麩羅は、他では食したことのない品である。

 郵便局で学会費や研究書の払い込みをしてから研究室へ。13:00からは新入生向け演習なのだが、来週からスタートするプレゼンテーション用の論文を配布、そのまま教室でコンパを行う。演習には半期500円の懇親会補助が付いており、生協に頼むと立て替えなしでケーキとお茶のセットを教室まで配達してくれるのである。しかしまあ、18、9の学生たちの話にはついて行けない。珍しくネクタイを褒めてくれた女子学生がいた。教授のネクタイなんか、見ているのかな?

 教室を片づけて研究室に戻ると、コース室で博士課程のK君とTさんが時間を潰していたから、「Cafe GOTO」へ誘って珈琲を飲む。ずいぶん混んでいた。ここはちと高い喫茶店なので、ひと昔前までは学生がそんなに気楽に入る店ではなかったが、昨今、午後は混雑していることが多い。喫煙可ということもあるのだろう。

 また研究室へ戻ると、Uちゃんが研究上の相談があるというので、結局2時間くらい相手になる。博士課程の院生相手の、大事な個別研究指導だ。博論提出に向けずいぶん意欲的で、まことに頼もしいかぎりである。E学部のT教授から抜刷をいただく。私も院生諸君との授業の成果を、こういう形で公刊することを考えてもいいかな。いつも読みっ放しで、もったいないといえばもったいない。

 18:30から専門演習のクラスコンパ。10分前に「かわうち」に着いたら、もう何人も集まっていた。学期が始まれば、コンパをさっさとやってしまうというのが私流なのだ。クラス人数の7割方が参加したから、かなり好成績?というべし。ねこさんの山里学院出身の女子が2人居た。Y先生やAちゃんに習ったという話は出ましたがね。Y先生とはご一緒に高校教科書を編集しているし、Aちゃん(焼売ちゃんという渾名だったそうだ)は島根の出身で、私の修士の演習にずっと参加してくれていた。彼女は結構な学会賞を取った人なんだよと紹介すると、驚いておった。得意のスナック芸をあれこれ披露すると、大いにウケた。やはりコンパは酒を飲まないと、始まらない。参加者の中に、同居人の友人の坊ちゃんがおいでだった。写メを同居人に送信した。

 2時間ほど騒いで、最後に会費を集める。1人1000円。後で補助金が1人当たり500円出るから、残りは教授の持ち出しである。まあまあ、1人2000円で済むというのが、「かわうち」の「かわうち」たる所以であろう。しかし、本日はチャラチャラした飲み物を注文する人が多かったので、存外多くかかったぞ。ホッピーを知らんとい女子学生がいたので、セットをとって飲み方をご教示申し上げる。アルコール分が足りなくなったら、「中身」を追加注文するのですぞとお教えすれば、「勉強になりました」と素直である。