夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

一行詩

2009-06-15 06:29:26 | 創作(etude)
 【決意】

 ・もういちど農の原点立ち戻る土の気持ちで野菜の気持ちで

 ・老農夫力尽きたる農地にはミミズもおりぬ螻蛄(おけら)もおるぞ

 ・固き土耕すならばこの手にて鍬とシャベルで汗をかきつつ

 ・農事では一年生の我なりぬ野菜のことは野菜に聞くか

出会いは不思議

2009-06-15 05:05:13 | 原ヶ平農場
 昨日は曇り空の一日で、気温もあまり上がらず肌寒ささえ感じられた。朝5時には目覚めて、7時30分まで原ヶ平農場の畑で、やり残した作業を行った。りんご農家はこの時期、ほぼ実すぐりを終えてしまったのかあちこちで薬をかけるスプレーヤーの音が畑を席巻する。一応野菜は成長してはいるが、例年の暑さが戻らないと、モロヘイヤなどの温暖さを好む野菜は哀れだ。
 9時30分に食事を済ませて舞い戻って、待ち合わせの時間までアウトドア用の椅子やテーブルを準備した。これから始めたいと考えているアスパラガスの栽培について、指導してくださる方を農場のSさんが案内してきてくれる。農場のSさんと私の出会いは「ハンサムウーマン」という会合だろうか。平成8年度に青森県重症心身障害時(者)を守る会の結成記念の際に、筑波大学在学中の息子さんにシンポジュウムに参加していただく労をとっていただいた。息子さんは進行性の病気で、車椅子の人だった。首から下の身体機能が自分で動かすことができず、他人の介助を要する。しかし彼の呼びかけで筑波大学の中にたちまち学生たちのボランティアの組織が出来上がって、彼の在学中のケア体制は24時間365日磐石なものとなって行ったらしい。現在も筑波を拠点にして、居宅介護事業所を開業して生活をされているとのこと。2年前かSさんと二人でドイツに旅行されたと聞いている。そんな息子さんを持つSさんと私は、ハンサムウーマンのメンバー一行20名で10年前にドイツへ旅をしたのだった。だからかれこれ20年来の友人ということになるのだ。現在Sさんは病院のナースをしており、わが法人の評議員も担ってくださっている。
 しばらくするとお二人が見えて、早速アスパラ談議となった。Mさんは70歳くらいだろうか、奥さんと二人でアスパラを中心に6反部の畑で作付けされているという。また、今趣味として習っているオカリナの先生は、私たちの施設とも交流のある光さんだった。光さんはまだ大学在学中ではあるが、ケーナ奏者として名声を馳せており、既にプロデビューしたのだ。ボリビアやアルゼンチンなどへ修行の旅に何度も出かけ、これからは大学院に進んで音楽を確立されると言う。
 早速Mさんがオカリナを取り出して、3曲ばかり披露してくれた。まだところどころ間違ってしまうので、一曲目を終えたとき私は「この曲は何?」と聞いてしまった。「あらあ、わかんねえか・・?」とMさんは残念そうに言う。Sさんは私はわかったと言うが、聞けば「津軽海峡」の歌だったのだ。わたしにはどうしても、クラシックにしか聞こえなかったのだ。失礼なことを言ってしまったと思ったがあとの祭りだ。
 結局アスパラの作付け時期を少し過ぎようとしていて、準備も間に合わないので来年の計画にすることにした。それでも16年間アスパラを育て販売しているMさんの経験を基にしたお話はかなり私の心に響いた。あうんのメンバーが、来年以降にアスパラの収穫をし、その商品がゆいまあるでも売れるようになる姿をイメージしながら、お話を伺っていた。これからMさんの指導を受けながら、この農場活動が充実していけばいいなあと勝手に期待している自分である。