遠い日のふるさとでは、
桐とともにとても馴染みあって、
当たり前の風景だった。
でも、定期的な剪定が行われていたから、
10m以上のこんなに大きな樹の記憶はない。
養蚕業は、明治時代の近代化に
外貨獲得産業として重要な役割を果たした。
しかし、養蚕はどこかで観たかすかな遠い記憶だけ。
(桑)クワ科クワ属。
日本原産のヤマグワ、中国原産のカラグワ他。
カイコの餌として古来より重要な作物。
春に開花し果実は初夏に熟す。
樹高、15mくらいになる。
雌雄異株だが、同株のものも。
名の由来、「食葉(くは)」、「蚕葉(こは)」が訛りと。
2018/5/11 撮影。
アーカイブ。5月。
そうだったクワってカイコさんの食事だったね。
和紙を作ってた親戚の家で見たような?
少し離れてる母方の叔父の家、あそこは常に家にないものを作っておられた、なので遊びに行くのが楽しみだったおうち。
遠い日の思い出・・・どんどん遠くなっていくね。
一時は日本中に。
全畑の4分の一が桑だったこともあるって!
桑畑の地図記号もあったね。
和紙の原料にも使われるね。
うん、
どんどん遠く・・。
桑の実 遠い昔の思い出学校帰りの道端で、真っ黒に実った桑の実を食べ口の中真っ黒・・・ないしょには出来ない桑の実でした。
今でも皇后さまが育ててお見えですね。もう昔の面影はなく振興住宅地に変っています。
甘くておいしかったですね~。
なつかしいです。
水稲や養蚕は大切な歴史、
宮家で引き継がれていくのはすばらしいです。
桑で思い出しました。娘が小学一年の頃の話ですが、授業の一環で蚕を家で育てる事になり、
毛虫や芋虫系が、大の苦手な私は、浅い箱から出てくるのではと毎日びくびくでしたが、今になって思えば、親子で貴重な体験をさせてもらいました。
ちなみに、繭を作りかけてましたが、失敗に終わりました。
それは貴重な体験!
すごいな、よくやらしてくれた!
でもね〜、恐怖だね(笑)。
清潔感あったと記憶してるけど、
やっぱりあのスガタだから。
親戚の家にいったときにおカイコさんが桑の葉をムシャムシャしてました。今でも虫は厳しいけれども(>_<)
大切だと知ったときはあの白さが高貴に見えました。
桑畑で思い出した事があります。
ショカさん、少しの時間お付き合いを
まずは右手を親指を外にして軽く握って下さい。指が見えないように手首を立てて下さい。そして右手の人差し指の上の方をみると桑畑の地図マークが現れます。小学生の社会のテスト前に覚えたことです(^_^)
高貴な白、まぶしいくらいだった。
地図マーク!すごい!
それ、生涯忘れない。
今は使われなくなったみたい。
なんか寂しい。