富山マネジメント・アカデミー

富山新聞文化センターで開講、教科書、参考書、講師陣の紹介、講座内容の紹介をいたします。

研究所型の国家へ:日本の針路

2017年08月08日 | Weblog

国家の成長分野は、新技術、新産業の創成にある。少なくとも、10年以上の先行投資が必要である。それには、日本には、国家が管理する膨大な社会保険のファンドがある。この資金は、今後、日本国として必要な企業の安定的な株主として、日本銀行の選別により、投資信託の形で産業資金の基礎が固められている。この2,3年で、日本国の経済基盤は質的に大きく変化した。

実は、富山県の場合、このような中核企業の頭脳は、ほとんど富山にはないのが実情である。研究所の適地は、住環境と知的情報交換に適した神奈川県が大きな比重を占める。政治家においても神奈川人脈は大きな比重を占める。日本の頭脳の神奈川化が進んでいる。では、精密な高度生産の人員は、どこの集中しているのか?

これは工作機械のメーカーに注目すればよい。福井のソディックから富山のスギノマシーンの間に、日本人の手先の器用さを機械動作に置き替える工作機械の特色あるラインナップがある。より練度が低く、汎用で安価な工作機械は、北陸では肩身がせまい。

北陸の福井・石川・富山は、研究所型の国家を支える基幹を構成している。なぜ、研究所型の国家に転身するのか?まず、21世紀は、知的技術者の知財資本の社会が、最強の国家といえる。富山のスギノマシーンは、物質科学に基本である原子の次元に入り込めるドアーを開いた。東大で開発された原子の顕微鏡は、その部屋を覗けるメガネである。

もし富山が、研究所型の国家へ進みたいなら、原子の顕微鏡は絶対に必要である。富山のスギノマシーンの機械で、幾千万の「サンプル」を生産し、原子と原子の構造が見える化できるツールで、安定した新素材を検証することが可能となる。神奈川でなく、富山が研究所型の国家に転身するには、富山県の県営の新素材研究のための原子の顕微鏡というツールが必要だ。

不二越は不要である。スギノマシーンが、新世紀の鍵を握っている。それと、富山大学の都市デザイン学にぶち込まれている新素材研究の学科である。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

富山マネジメント学と富山湾岸社会主義との対抗

2017年08月08日 | Weblog

富山県庁、富山市は、首長が誰であろうと、基本の教養は、富山湾岸社会主義の文化モデルの伝統を継承している。高岡や、砺波とは、明らかに違う空気感がある。

富山湾岸社会主義が成立したのは、米騒動が契機である。それ以前は、富山の貧民は北海道への移民により、過剰人口を放出していた。大正期、北陸線が全線開通し、水力発電事業が成立し、農薬の化学工業も定着し、域内での安定・成長のモデルが期待できるようになった。男子へのエリート教育ではなく、女子に高等女学校の教育機会が拡大した。貧民層との日常的な接点があるのが、教育界である。旧制富山高校、師範学校などの人材育成の機関では、次第に富山湾岸社会主義運動と浄土真宗の宗教活動との融合が生まれた。

富山マネジメント学は、高岡の商人道に端を発する。高岡高等商業学校は、商学の拠点として、一橋大学、神戸大学との関係が深いビジネススクールの役割を果たした。富山県では、数的には劣勢である。軍国主義により、高岡高商が廃校された。これが、富山の近代の歴史に大きなゆがみをもたらした。

さらに、富山の農業は、明治16年に成立した富山県庁の農政が景観まで変える絶対君主として、農政を推進した。その流れから、水田農業の一元化が徹底した。今日まで、大根は他府県からの移入に頼らざるをえない米作の一元化が進んだ。これは、船橋村でも例外ではない。水田に不適な土地だけ、例えば、呉羽丘陵の茶畑、果樹など在地特産があるだけ。近年の圃場整備で、富山の農業は、水路の関係と深耕の関係で、畑作の適さない農地に改良された。富山県庁が農業のマネジメントを一元化したために、また、小作農家の自立を促す富山湾岸社会主義の文化モデルを取り込んだ。こうして、個々の農家がマネジメントを考える力を代行し、富山県庁の農政が唯一の頭脳となったため、全知全能が松川べりに集中することになった。マネジメント学を共有できるのは、高岡の町衆だけにある文化である。それが歴史主義、文化主義のワナにはまり、先端科学を共有できる構造にはなっていない。

高岡には、21世紀に主流となる産業技術の先端から、基層工業の技術がある。市長は、文系ではいけない。理工系の学術マネジメントができる方がのぞましい。ところが、高岡高校はやや理系に弱い。富山県には、理系のみ、英語オンリーのエリート高校が必要ですが、誰も我が郷党の高校が無くなるのは寂しいという。今、理系のみ、英語オンリーのエリート高校として、高岡高校を再編成し、スタンフォードや、MITへの進学を目指すべきである。多分だめとしても、片山学園の間違いは訂正するべきである。すべて、中学1年次から英語オンリーの教員による教育をめざすべきである。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

富山湾岸社会主義の強み〔労働法制〕

2017年08月08日 | Weblog

TMA講師代表:経営学では、経済学における「労働」にかんする学説の揺れを克服しきれていない。経営学がまだ経済学に引きずられている。とかく日本では、「労働経済学」の影響が強い。官庁では、厚生労働省という。使用者側と被雇用者との間には、根本的な利害対立があるとして、労働三法という古典的な、19世紀型の労働法制が存続している。

「労働経済学」「労働法」の学説の世界は、異分野からの反論攻勢もなく、理論の牙城は崩れていない。崩れているのは、「労働組合の組織率」である。大部分の勤労者は、「労働組合」に加盟していない。しかも、産業技術的に最先端の産業や、生産性の高い企業ほど、「労組」代表ではなく、従業員代表をもって労働法規に適合させている。法理と実体は、ずれている。それで、法理が守られている。

日本の場合、基本、長期の終身型の雇用、企業内の組合という方式、さらには従業員の株主が多数を占める傾向があり、使用者と被雇用者の境目が弱い。銀行の頭取でも、被雇用者という法的身分に区分される行政項目もある。

歴史研究者からいうと、日本には、欧米の階級社会、宗教差別、人種差別を克服するためのイギリスの労働法制、アメリカのコングレゲーショナリズムが生み出した協同組合主義、社会主義の労働法制と同期する日本のアカデミズムには、大きな問題が隠されていることを知る。実は、憲法問題よりも深刻な「社会主義法制」が隠されている。アメリカ占領軍の民政局は、アメリカのコングレゲーショショナリズムが生み出した組合主義、社会主義の労働法制を持ち込んでいる。根源的な護憲論にコアーである。

富山湾岸社会主義の思想は、大正時代にアメリカの社会主義に影響をうけて成立し、戦後は、占領軍の持ち込んだ労働法により守られている。富山の国家公務員・地方公務員では、人口的には湾岸社会主義の方が多い。

富山県には、自由民主主義の根源の理論は、まだきちんと根付いていない。やむなく東京大学法学部の卒業生などが、代行している。地域政党として、揺るぎない自由民主主義がない。呉羽丘陵の稜線を境にして、東は富山湾岸社会主義=北日本新聞、西は郷党連合の自由民主主義=北国新聞〔富山新聞〕と分化しながら、県民福祉という点で、「富山県郷党」という大連合が形成されている。富山湾岸社会主義が知事選挙、参議院選挙で敗れても、日常では、「郷土愛」という括りで大連合が出来上がる。兼業の農家という土台がなせるわざである。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする