フイールドの立て看板が傷んできて文字が読みにくくなっている。看板としては二代目なのだが十年は経過しているはずである。おりしも台風2号の影響で自宅から出られないのが分かったからこの時間を利用して看板の更新をする事にしたのだ。
三代目の看板の表示は前例に同じではない。初代と二代目も表示が異なったのだがこの理由はフイールドの整備に伴うものであった。「里山保全」が初代の表現で二代目は「生態系保全」が核であった。三代目は「生物生産緑地」という見慣れない聞きなれない用語を用いたがこれは小生のオリジナルで「生態系保全」や「種の多様性」、「環境持続性」等々は一般的であるがゆえに中身が広すぎ抽象的すぎる思いが払拭できず結果的に「生物生産緑地」に落ち着いたのだ。
その意味では一昨季から報告書に使用している熟語であり概念ではあるが今回初めて衆人に「お披露目」とした。この表示の方がフイールドの現状と実態、今後の指向性をも端的に表せていると解釈でき、言わば「爺我自賛」ではあるけれど表示としたのである。まあ、「爺我自賛」であるからして客観的評価や認識は別物であるけれどフイールドの役割や価値は其処にあるのだと言う事は報告書の記録種が証明してくれるはずで、圧倒的記録数と密度を鑑みれば「生物生産緑地」とした事への世間の評価はどうでも良い事と言えよう。
ここで敢て唐突に「動的平衡」などと言う熟語を持ち出すのだが立て看板表示の変遷もこの動的平衡に添ったものとして考えたのであった。一般論としての「里山保全ルールブック」なるものは存在し配布された過去があるものの内容としては30~40年前の物を見直しも再検討もせずに未だに用いられている現状では積み重ねられた知見や方向性、現状などは反映されている訳もなく古色蒼然・おざなりなものになってしまい基本は基本ではあるけれど通り一遍過ぎて新たな社会環境に添った里山保全の方向性を示してはいない。
二代目看板 ➡ 三代目看板
三代目の看板の表示は前例に同じではない。初代と二代目も表示が異なったのだがこの理由はフイールドの整備に伴うものであった。「里山保全」が初代の表現で二代目は「生態系保全」が核であった。三代目は「生物生産緑地」という見慣れない聞きなれない用語を用いたがこれは小生のオリジナルで「生態系保全」や「種の多様性」、「環境持続性」等々は一般的であるがゆえに中身が広すぎ抽象的すぎる思いが払拭できず結果的に「生物生産緑地」に落ち着いたのだ。
その意味では一昨季から報告書に使用している熟語であり概念ではあるが今回初めて衆人に「お披露目」とした。この表示の方がフイールドの現状と実態、今後の指向性をも端的に表せていると解釈でき、言わば「爺我自賛」ではあるけれど表示としたのである。まあ、「爺我自賛」であるからして客観的評価や認識は別物であるけれどフイールドの役割や価値は其処にあるのだと言う事は報告書の記録種が証明してくれるはずで、圧倒的記録数と密度を鑑みれば「生物生産緑地」とした事への世間の評価はどうでも良い事と言えよう。
ここで敢て唐突に「動的平衡」などと言う熟語を持ち出すのだが立て看板表示の変遷もこの動的平衡に添ったものとして考えたのであった。一般論としての「里山保全ルールブック」なるものは存在し配布された過去があるものの内容としては30~40年前の物を見直しも再検討もせずに未だに用いられている現状では積み重ねられた知見や方向性、現状などは反映されている訳もなく古色蒼然・おざなりなものになってしまい基本は基本ではあるけれど通り一遍過ぎて新たな社会環境に添った里山保全の方向性を示してはいない。
二代目看板 ➡ 三代目看板