人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

ジャン=ポール・ベルモンド主演「危険を買う男」を観る ~ 1964年の東京オリンピックのロゴシールが貼られたアタッシュケースも出てくる:新宿武蔵野館

2020年11月10日 07時13分52秒 | 日記

10日(火)。わが家に来てから今日で2231日目を迎え、米大統領選でトランプ大統領が敗北の受け入れを拒んでいることについて、関係者2人がCNNに語ったところによると、娘の夫で上級顧問のクシュナー氏はトランプ氏に対して譲歩するよう助言し、別の関係者によると、メラニア夫人は夫に対し、選挙の敗北を受け入れるべき時だと告げた  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     駄々っ子トランプを説得する身内は大変だな  どうやら2人の息子が強硬派らしい

 

         

 

昨日、夕食に「サバの塩焼き」「たこの刺身」「生野菜とアボカドのサラダ」「ジャガイモと玉ねぎの味噌汁」を作りました 本当はもっと魚を食べなければならないのですが、娘が肉が好きなので肉料理が多くなってしまいます

 

     

 

         

 

昨日、新宿武蔵野館でフィリップ・ラブロ監督による1976年製作フランス映画「危険を買う男」(101分・HDリマスター版)を観ました

名前も素性も誰も知らない通称”ハンター”と呼ばれる一人の男(ジャン=ポール・ベルモンド)がいる 彼は政府高官や警察に雇われ、巨額な金で事件解決を請け負う一匹狼のプロフェッショナルだ ハンターはロッテルダムの麻薬シンジケートに打撃を与え、地中海沿いの街ルカ―トで売春組織を壊滅させる 男の次の獲物は”タカ”と呼ばれる謎の強盗犯だ。”タカ”は街の不良を雇って犯行を行い、犯行後は用済みとなった仲間も駆けつけた警官も冷酷に射殺して姿を消す凶悪犯だった ハンターは”タカ”の情報を集めるために刑務所に潜入し、”タカ”に利用されたあげく裏切られたことのある青年コスタ(パトリック・フィエリ)に近づく やがて、”タカ”の意外な職業の顔が明らかになり、ハンターは”タカ”を追い詰めていく

 

     

 

この映画を観ていて、おやっ?と思うシーンがありました ハンターが持っているアタッシュケースに1964年の東京オリンピックのロゴマーク・シール(日の丸にTOKYO  1964の文字)が貼ってあったのです この映画は1976年製作なので12年も前のオリンピックですが、フィリップ・ラブロ監督かジャン=ポール・ベルモンドが東京オリンピックに思い入れがあるのだろうか、とちょっと興味を持ちました

ハンターとコスタがワインタンカーの中に入り、ワインに胸まで浸かりながら隠れる場面で、コスタがワインを飲んで へべれけになるシーンは面白い 中は真っ暗のはずですが、そこは映画です ハンターはコスタに生き延びるための教訓をいくつか教えますが、結局コスタはタカに殺されてしまいます

ハンターは巨額の金と引き換えに命を賭けた危険な仕事を引き受けているわけですが、この映画の最後にテロップで出る教訓が意味深です

「金はあっても 過去は戻らない」

この教訓は、「お金はあっても  死んだら使えないから  生きているうちに使ってしまおう」というのとはちょっと違います 「若さはお金では買えない」とか「時間はお金で買えないから  後悔しないように生きよう」というニュアンスに近いと思います 映画はいろいろなことを教えてくれます

 

     

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クァルテット・エクセルオ + 柳瀬省太でベートーヴェン「弦楽五重奏曲 作品29」、ハイドン「弦楽四重奏曲 第26番」、ラヴェル「弦楽四重奏曲」を聴く / 日本のバイデンさん

2020年11月09日 07時20分18秒 | 日記

9日(月)。昨日の朝日朝刊・社会面に 熊本県山都町(やまとまち)の梅田穣(うめだ ゆたか)町長が紹介されていました 米大統領選の開票作業が続くなか、名前を音読みすると 民主党のジョー・バイデン前副大統領と同じに読める と話題になっているとのこと つまり、梅田・譲  ⇒  譲・梅田 ⇒  ジョー・バイデンというわけです 梅田町長は取材に対し「今回、遠からぬ縁を感じたところではありますが、降ってわいたような話で少々困惑しています。米国大統領候補と『九州のへそ』山都町の町長と、その立場の違いはありますが、心意気は同じでしょう。住民の心豊かな幸せのために、職責を果たしてまいります」と総務課を通じてコメントしたそうです。立派な町長さんだと思います 取材当時はバイデン氏が当選した場合の対応は検討していないとのことでしたが、名前を利用して町をPRしてはいかがでしょうか

ということで、わが家に来てから今日で2230日目を迎え、米大統領選でジョー・バイデン氏の勝利が確実となったが、トランプ大統領が「敗北宣言」をする意思が全くなく、トランプ陣営は裁判費用などのために少なくとも6000万ドル(約62億円)を献金によって集めようとしている  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     負け犬に誰が献金する?  トランプの選挙スタッフ達は 職探しに走り回っているぞ

 

         

 

昨日、東京文化会館小ホールで「クァルテット・エクセルシオ 第39回東京定期演奏会」を聴きました    プログラムは①ハイドン「弦楽四重奏曲 第26番 ト短調 作品20‐3」、②ラヴェル「弦楽四重奏曲 ヘ長調」、③ベートーヴェン「弦楽五重奏曲 ハ長調 作品29」です   演奏は第1ヴァイオリン=西野ゆか、第2ヴァイオリン=北見春菜、ヴィオラ=吉田有紀子、チェロ=大友肇、③のヴィオラ=柳瀬省太(読響首席)です

全自由席のため早めに会場に着きました その甲斐あってE列28番、右ブロック左通路側を押さえました 自由席なのでどこに座っても良いのですが、聴衆はまるで決められたかのように1人置きに座っています オケの定期演奏会と違って室内楽コンサートは一人で聴きに来る人が多いのでしょうか? よく分かりませんが 会場を見渡した限りでは そんな傾向があるようにも思えます 東京文化会館小ホールは、小ホールとしては収容人数が多く、649席もあるので弦楽四重奏曲の公演で満席にするのは大変なのです。この日の公演はよく入ったと言うべきでしょう

 

     

 

1曲目はハイドン「弦楽四重奏曲 第26番 ト短調 作品20‐3」です この曲はヨゼフ・ハイドン(1732-1809)が1772年に作曲した作品20の6曲のうちの1曲です 上のチラシの表記は第33番となっていますが26番の誤りです。第1楽章「アレグロ・コン・スピリート」、第2楽章「メヌエット:アレグレット」、第3楽章「ポコ・アダージョ」、第4楽章「フィナーレ:アレグロ・ディ・モルト」の4楽章から成ります

女性陣3人はダークグリーン系の衣装で統一して登場します 彼女たちは季節に合わせて基調となる色を変えます。この日も決まっていました

阿吽の呼吸で第1楽章に入りますが、ハイドン特有の明朗な音楽とは正反対の、ト短調特有の緊張感を伴った音楽が奏でられます 当時流行だった”疾風怒濤”という言葉が頭に浮かびます この曲想は全楽章を通じて共通しています。第1ヴァイオリンの西野ゆかの演奏を中心に素晴らしいアンサンブルが展開します 大友肇のチェロはいつ聴いても惚れ惚れします

2曲目はラヴェル「弦楽四重奏曲 ヘ長調」です この曲はモーリス・ラヴェル(1875-1937)が1902年から03年にかけて作曲、翌1904年3月5日にエマン四重奏団によりパリで初演されました 第1楽章「極めて穏やかに」、第2楽章「十分活き活きと。極めてリズミカルに」、第3楽章「非常に緩やかに」、第4楽章「活き活きと激しく」の4楽章から成ります

1曲目のハイドンから一気に130年後のラヴェルの演奏に移るわけですが、4人の演奏で聴いていると、いかに130年の長い年月の間に音楽の性格が変化したかに驚きます ラヴェル特有のアンニュイで浮遊感が漂う雰囲気が良く出た演奏でした 特に第1楽章における第1ヴァイオリンの西野ゆかとヴィオラの吉田有紀子のきめの細かい演奏と、第4楽章冒頭における4人の集中力に満ちた色彩感溢れる演奏が印象に残りました

 

     

 

プログラム後半はベートーヴェン「弦楽五重奏曲 ハ長調 作品29」です この曲はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)が1800年から翌01年にかけて作曲した唯一の弦楽五重奏曲です べート―ヴェンは「弦楽四重奏曲第1番~第6番」のセットを1798年から1800年に作曲しましたが、弦楽四重奏曲は その5年後の1805年から翌06年にかけて作曲した「弦楽四重奏曲第7番~9番(ラズモフスキー第1番~第3番)」まで待たなければなりませんでした    その狭間に作曲されたのがこの弦楽五重奏曲です

第1楽章「アレグロ・モデラート」、第2楽章「アダージョ・モルト・エスプレッシーヴォ」、第3楽章「スケルツォ:アレグロ」、第4楽章「プレスト」の4楽章からなります

エクセルシオの4人の右サイドにヴィオラの柳瀬省太が入り、演奏に入ります

第1楽章冒頭を聴いていたら、なぜかブラームスの「弦楽六重奏曲第1番」の冒頭に曲の雰囲気が似ているな、と思いました 歴史的な関係から言えば、これは逆で、ブラームスの「弦楽六重奏曲第1番」の冒頭がベートーヴェンの「弦楽五重奏曲」の冒頭に雰囲気が似ている、ということになります ひと言で言うと耳に心地よい音楽です 第2楽章が素晴らしい 大友のチェロのゆったりしたピッツィカートに乗せて西野の第1ヴァイオリンが優美な旋律を奏でていきます 第3楽章はリズムを強調したスケルツォです 第4楽章は交響曲第6番”田園”に出てくる稲妻の動機が出てきたかと思えば、のどかな民謡調の音楽が出てきたりと 緊張と弛緩が交互に現れる楽しい音楽が展開します   緩急自在の素晴らしいアンサンブルでした

5人はアンコールにベートーヴェン・イヤーを記念して、ベートーヴェン「弦楽五重奏のためのフーガ  ニ長調 作品137」を演奏、喝采を浴びました

この日の演奏は、1年半前に 山田百子に代わり第2ヴァイオリン奏者としてエクセルシオに加わった北見春菜の演奏姿が頼もしく見えました

 

     

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元N響首席オーボエ奏者・茂木大輔氏が語る名指揮者 / ミッジ・コスティン監督「ようこそ映画音響の世界へ」を観る ~ ハリウッドの映画音響の歴史を概観する興味深いドキュメンタリー

2020年11月08日 07時30分35秒 | 日記

8日(日)。昨日の日経朝刊・読書欄のコラム「あとがきのあとがき」に、N響の首席オーボエを務め 昨年 定年退職した茂木大輔氏が出版した「交響録 N響で出会った名指揮者たち」について自身が語ったインタビューが上げられていました 超訳すると、

「『N響にとって名演とは何か』。一つの問いが念頭にあったという 名手揃いの楽団の演奏レヴェルは高い。観客の耳も肥えている。『人間、最高のものはよく覚えている。その上を行かないと感動はしてくれない』。期待を超える演奏が常に求められてきた。そんな楽団にあって『明らかな名演を引っ張り出した指揮者が、やっぱりいた』と力を込める ヴォルフガング・サヴァリッシュやホルスト・シュタイン、シャルル・デュトワ・・・。『本に挙げたのは、聴いたこともない音楽を引き出した人ばかり』。一方、世界的に有名な指揮者でも『個人的には、あまり理解できない人もいた』と、時折 厳しめの評価も飛び出す

私はこの本を読んでいないので何とも言えませんが、興味を持ったのは①ここで挙げられたN響客員指揮者の中に、「今年のN響ベスト・コンサート」で常に上位に入るヘルベルト・ブロムシュテットの名前がないこと、②「あまり理解できない人」とは具体的に誰を指すのか、ということです ①については、茂木氏の著書には書いてあるのかもしれません ただ、「同氏のリハーサルは説教じみた時間が長く退屈だ」「聴衆には受けが良いが楽団員には不評だ」という趣旨のことをかなり前に何かで読んだ記憶があります 記憶違いかもしれません 一方、サヴァリッシュについては、「管理能力が抜群で、指揮者として優れているだけでなく、何をやっても成功するのではないか」とN響の楽団員が語るシーンを何度かテレビで観た記憶があります ②については茂木氏の著書に書いてあるのかどうか、実際に確かめてみなければ分かりませんが、今や彼も指揮者なので先輩の悪口は書かないでしょうね

ということで、わが家に来てから今日で2229日目を迎え、米大統領選で7日、民主党のジョー・バイデン前副大統領の獲得選挙人が過半数に達したことを受け、共和党のドナルド・トランプ大統領は、「選挙はまだ終わっていない。民主主義と米国民が望む正当な票集計が行われるまで、私は闘うことをやめない」と述べ、敗北を受け入れず選挙結果を巡る法廷闘争を継続する考えを強調したというニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     負けるのが分かっていながら法廷闘争に走る哀れなトランプ  誰が付いていくのか

 

         

 

昨日、新文芸坐でミッジ・コスティン監督による2019年製作アメリカ映画「ようこそ映画音響の世界へ」(94分)を観ました

この映画は、ハリウッドの映画音響にスポットを当てたドキュメンタリーです 映画音響は、1927年に世界で初めてのトーキー映画「ジャズシンガー」が誕生して以来、常に進化を続けてきました この映画では、「キングコング(1933)」「市民ケーン」「ROMA ローマ」など、新旧の名作群の映像を使用し 映画音響の世界を紹介していきます    登場するのは、ジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグ、デビッド・リンチ、クリストファー・ノーランらの監督陣、「スター・ウォーズ」のべン・バート、「地獄の黙示録」のウォルター・マーチ、「ジュラシック・パーク」のゲイリー・ライドストロームといった映画音響界のレジェンドたちのインタビューを盛り込み、映画における「音」の効果と重要性に迫っていきます

 

     

 

この映画を観て、世界の映画音響の歴史の流れが 大雑把ではあるものの把握できました それは 無音 ⇒ モノラル ⇒ ステレオ ⇒ マルチトラックによるサラウンド という流れです この間、映像はモノクロ ⇒ カラー ⇒ デジタルという流れを辿っています

意外だったのは、それまで映画で使われた音楽はすべてモノラルだったのが、1976年の「スター誕生」で、バーブラ・ストライザンドが歌った「スター誕生  愛のテーマ」は初めてステレオを使用したということです

そして、1977年に公開されたジョージ・ルーカス監督による「スターウォーズ エピソード4 新たな希望」は映画音響に革命的な変化をもたらしたといいます 観衆の関心を映像だけでなく音響に向けさせたという点で画期的だったとのことです 音響はジョン・ウィリアムズ作曲による「スターウォーズ」のテーマに限らず、地球上に存在しないキャラクター(チューバッカ、R2-D2、C-3PO等)の声や様々な効果音が含まれています 私も初めて「スターウォーズ」を観た時の興奮を今でも忘れません さらに、シンセサイザー作曲家・冨田勲のマルチトラック録音に刺激を受けたフランシス・コッポラ監督が1979年に製作した「地獄の黙示録」は5.1トラックを採用してサラウンド効果を成功させています ヘリコプターから流されるワーグナー「ワルキューレの騎行」が耳について離れません

一番意外だったのは、1970年代以降の映画の音響はほとんどシンセサイザーで作り出しているのかと思っていたら、生の音を集めてきたり、物を叩いたりこすったりして、映像に相応しい音を作り出しているということです その上で、音に迫力が足りなければ他の音をかぶせて新しい音を作り出しているのです 例えば、ジェット戦闘機がマッハの速度で飛ぶシーンでは、ホンモノのジェット機が飛ぶ音に、猛獣が鳴く声をかぶせて迫力のある音を作り出しています

映画音響は、基本的には生の音や道具を使用しながら映像に相応しい音を作り出して耳に錯覚を起こさせる技術ですが、現代の映画にはなくてはならない技術になっています

この映画では、時には「音がない映像の重要さ」も紹介しています ヒチコック監督の「鳥」で、いきなり多くの鳥が人間に襲いかかるシーンでは、音のない空間の中に 突然出現した鳥の羽ばたく音が恐怖を駆り立てていることを紹介しています

映画好きにはたまらなく面白い作品でした

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東響「モーツアルト・マチネ第43回」 ⇒ 指揮者:ノットから沼尻竜典氏に、リゲティからモーツアルトに変更 / ジャン=ポール・ベルモンド主演「ムッシュとマドモアゼル」を観る ~ 新宿武蔵野館

2020年11月07日 07時20分46秒 | 日記

7日(土)。昨日の日経朝刊に「ウィーン・フィル 北九州で公演 国外は3月以来初」という見出しの記事が載っていました 超訳すると、

「ウィーン・フィルの公演が5日、北九州ソレイユホールで開かれた 招聘元のサントリーホールによると、新型コロナウイルスの影響でウィーン・フィルは国外公演を控えており、国外ではドイツでの3月の演奏以来初めて 日本政府はオーストリア政府の申し入れを踏まえ、コロナ禍の特例として来日を認めた 感染拡大防止のため、楽団員は入国時の検査後、バスなどを貸し切って移動。移動は宿泊施設と公演会場の行き来だけとし、4日に1度は検査をする。今後、大阪、川崎、東京で公演を行う

この記事によると、海外オーケストラの来日公演は両国政府間の合意のもとに許可が下りないと実現しないようです 今回のウィーン・フィルの場合は”特例”として認められたようですが、なぜウィーン・フィルだけが特別扱いなのか?と疑問に思うと同時に、今回の演奏ツアーが無感染で乗り切れれば、コロナ禍における成功事例となり 海外オケの招聘に向けて大きく前進するという期待も持てます

ということで、わが家に来てから今日で2228日目を迎え、米大統領選で トランプ大統領が「開票を止めろ」とツイートを繰り返していることに対し、スウェーデンの環境活動家ブレタ・トゥンベリさん(17)が5日、「とてもばかげている。ドナルドは怒りのコントロールに取り組み、友だちと古い名作映画を観に行かなければならない。落ち着けドナルド、落ち着け!」と昨年、トランプ氏がグレタさんをくさしたのと同じ表現でたしなめた  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     嘘とハッタリのトランプと 17歳のグレタさんのどっちが賢いか 言うまでもないね

 

         

 

昨日、夕食に「鶏のから揚げ」を作りました 唐揚げは2週間に一度は作ります

 

     

 

         

 

ミューザ川崎から「モーツアルト・マチネ第43回公演の指揮者・一部曲目変更」の通知が届きました    それによると、11月21日(土)午前11時開演の同公演は、①指揮者ジョナサン・ノットがコロナ禍の影響で来日不能になったため、代わりに沼尻竜典氏が指揮をとる、②それに伴い曲目の一部を次の通り変更するーというものです

①リゲティ「ラミフィケーション」 ⇒ モーツアルト「交響曲 第32番 ト長調 K.318 」に変更

②ハイドン「トランペット協奏曲」 ⇒ 変更なし (Tp: 佐藤友紀で変更なし)

③モーツアルト「交響曲 第38番 ニ長調 ”プラハ” K.504 」 ⇒ 変更なし

この曲目変更は大歓迎です

 

         

 

昨日、新宿武蔵野館でクロード・ジディ監督による1977年製作フランス映画「ムッシュとマドモアゼル」(101分)を観ました

コンビを組んで数々の映画でスターたちのスタントを務めてきたマイク(ジャン=ポール・ベルモンド)とジェーン(ラクエル・ウェルチ)は、実生活でも恋人同士だった しかし、マイクは結婚式当日に仕事を入れた挙句、事故を起こしてジェーンともども病院送りになり、怒ったジェーンは婚約を解消してスタントの仕事も辞めてしまう 映画ばかりにこだわり仕事を失ったマイクのもとに、国際的スター、ブルーノ・フェラーリ(ジャン=ポール・ベルモンド:二役)のスタントの仕事が舞い込む フェラーリは危険なアクションを代役なしで演じることで知られていたが、実は高所恐怖症でアクションがまったくできなかった マイクはフェラーリと瓜二つだったことから、マイクにスタントの仕事が回ってきたのだった さらに、ジェーンもヒロインのスタントで現場に復帰することになった マイクは彼女とよりを戻そうとするが、ジェーンはイタリア人監督セルジオから迫られたり、大金持ちの伯爵からプロポーズを受けたりして、ジェーンの心は揺らいでいた 果たしてマイクとジェーンはよりを戻すことが出来るのか

 

     

 

この映画は、ジャン=ポール・ベルモンドがスタントマンと人気俳優の2役を演じたアクションコメディです 驚くべきシーンはいくつかありますが、まず最初は本物の虎との格闘です 虎が彼に襲いかかりますが、巧みにかわしています 現代においてこのようなシーンを撮るとしたら、役者の人命尊重と人権問題もあるのでCGを使って逃げを打つでしょう 次に凄いと思うのは繰り返される階段落ちシーンです 日本映画の階段落ちは1982年製作の「鎌田行進曲」が有名です。大部屋俳優のヤスが新選組の池田屋事件で10メートルの階段を転げ落ちるのですが、ヤス役の平田満ではなくスタントが階段を落ちました しかし、ジャン=ポール・ベルモンドは本人が何度も転げ落ちています 不死身のベルモンドです それよりも凄いのは、空中でヘリコプターからセスナに乗り移り、飛んでいるセスナの上に立って風を受けるシーンです もちろん、命綱を付けていますが、飛行中の飛行機の上に立つことがどれほど勇気がいり 恐怖を感じるか、想像すると身震いします この映画はスタントの話ですが、彼はスタントなしでスタント役をこなしているのです ベルモンドこそプロ中のプロです

 

     

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新国立オペラ「トスカ」実施決定 ⇒ 先行販売に申し込み / ジャン=ポール・ベルモンド主演「オー!」を観る ~ 新宿武蔵野館

2020年11月06日 07時19分35秒 | 日記

6日(金)。新国立劇場から「オペラ『トスカ』実施決定のお知らせと特別先行販売のご案内」が届きました    来年1月23日から2月3日までの間に5回公演があります キャストは、トスカ=キアーラ・イゾットン、カヴァラドッシ=フランチェスコ・メーリ、スカルピア=ダリオ・ソラーリ他。演奏はダニエレ・カッレガーリ指揮東京交響楽団、演出はアントネッロ・マダウ=ディアツです 来年に入るからといってコロナが収まるとはとても思えないので、指揮者と主役級の歌手陣が代演となることは覚悟しなければなりません その上で、今回もS席は避けA席を選択することにしました

 

     

     

 

ということで、わが家に来てから今日で2227日目を迎え、米大統領選の投票日から一夜明けた4日、トランプ大統領は自身の劣勢を伝える報道に反発を強め「私は昨夜多くの重要な州でリードしていた。それが魔法のように消えていった」と述べ、集計方法に反発した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     「魔法のように」じゃなくて事実がそうなんだよ  よっぽどトランプって頭悪いね

 

         

 

昨日、夕食に「豚バラのエリンギ炒め」と「生野菜サラダ」を作りました 「豚バラ~」はシンプルですが美味しいです

 

     

 

         

 

昨日、新宿武蔵野館でロベール・アンリコ監督による1968年フランス・イタリア合作映画「オー!」(107分・リマスター版)を観ました

カーレーサーのフランソワ・オラン(ジャン=ポール・ベルモンド)は、親友のドライバーと組んで八百長を仕掛けるが、レース中に事故を起こして親友は死んでしまう 彼は殺害の嫌疑をかけられ A級ライセンスを剥奪され姿を消す    数年後、オランは銀行強盗団の運転手にまで落ちぶれていた     一味のボス、フランソワ・カンテールと名前が同じのため、仲間たちは彼を”オー”と呼んだ     オランはモデルをしている美しい恋人ベネディット(ジョアンナ・シムカス)を愛していたが、彼女はオランがカーレーサーを辞めたことをまだ知らなかった   ある日、新たな銀行襲撃を計画中にボスのカンテールが拳銃の暴発で死んでしまう     オーは組織のボスになろうと画策するが、仲間のシュワルツ兄弟に見下され、彼は袂を分かって一匹狼として暗黒街で名前を売ろうと決心する     やがて彼は”アルセーヌ・ルパン+アル・カポネ=オー”と新聞でもてはやされ、暗黒街で名を上げていく しかし、警察の手は彼に迫っていた。オランは街で彼を逮捕しようとした警察官を射殺し、自らも足を撃たれる そんな彼をベネディットが救うが、大仕事で失敗したシュワルツ兄弟がオランを狙っていた

 

     

 

この映画は、若きギャングの成功と破滅を描いた青春クライムアクションです オランはオシャレでネクタイを372本も所持しているというのがフランスのギャングらしくて面白い

音楽はフランソワ・ド・ルーべが担当していますが、最初はアレグロで不安を掻き立て、次いでアダージョでそれを癒すように演奏されるピアノのメロディーが耳について離れません 

シュワルツ兄弟から逃れたベネディットの車が炎上して彼女が死んでしまうのは残酷な結末です

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東響11月定期演奏会 ⇒ 指揮者は広上淳一氏に、ブルックナー「第6番」はベートーヴェン「第4番」に変更 / 寺山修司監督「草迷宮」&「さらば箱舟」を観る

2020年11月05日 07時20分35秒 | 日記

5日(木)。東京交響楽団から「11月15日開催 第686回定期演奏会の指揮者・曲目変更のお知らせ」が届きました それによると、①当日予定していた指揮者ジョナサン・ノットはコロナ禍の影響で来日出来なくなり、代わりに広上淳一が指揮をとる、②それに伴い曲目の一部を変更するーというものです

プログラムは次のように変更になります

①矢代秋雄「ピアノ協奏曲」 ⇒ そのまま(ピアノ独奏=小菅優で変更なし)

②ブルックナー「交響曲第6番」 ⇒ ②ベートーヴェン:序曲ハ長調「命名祝日」作品115、③同「交響曲第4番作品60」

予想はしていたものの、非常に残念です 何のために定期会員になったのか、と言いたくなります しかし、相手がコロナでは怒りの持っていきようがありません ヨーロッパ諸国のコロナ感染拡大状況をみると、今年度は海外在住の指揮者やソリストの来日は望めそうもありません これは東響だけの問題ではなく国内オーケストラ全体に共通する悩みです でも、ウィーン・フィルは来日して、今日から14日まで北九州、大阪、川崎、東京でコンサートを挙行しますね この違いはどこにあるのでしょうか

ということで、わが家に来てから今日で2226日目を迎え、3日に投票が行われた米大統領選で、同日夕までに目立った抗議デモなどは起きていないが、都市部では暴動に備えて店舗の営業を休止したり、ガラス窓を板で覆ったりするケースが目立った  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     これが現在の米国の民主主義の実態だ  何があっても米国民に責任をとってもらう

 

         

 

昨日、久しぶりに「野菜と挽肉のドライカレー」を作りました COOKPADのレシピですが、何回食べても飽きません

 

     

 

         

 

昨日、新文芸坐で寺山修司監督による「草迷宮」と「さらば箱舟」の2本立てを観ました

 

     

 

「草迷宮」は寺山修司監督による1978年製作映画(40分)です

あきら(少年・三上博史)は、死んだ母親の口ずさんでいた手毬唄の歌詞を探して旅をしている 彼は校長や僧を訪ねて唄を知らないかと聞き歩く あきらが旅の途中で思い出すのは死んだ母親(新高恵子)のことだった。彼が住んでいた裏の土蔵には千代女という淫乱狂女がいて、千代女に近づくと母親にひどく叱られた 人の話では千代女は父が手込めにした女中で、怒った母が十年も閉じ込めているという ある日、あきらは美しい手毬少女に出会うが、彼女を追いかけているうちに、ある屋敷の中に入り込む。その屋敷は妖怪たちがおり、大小の手毬が飛び交い、首だけの母親もいた そしていつしかあきらの葬儀に変わったが、それは夢だった あきら(青年・若松武)はまた旅を続ける

 

     

 

この映画は、泉鏡花原作の短編小説を基に寺山修司が監督した作品です

母親は千代女が近づかないようにと、あきらの顔や身体中に「てんてんてまり・・・」という呪文を墨で書き、木に縛り付けて買い物に出かけてしまいます また、最後の夢のシーンでは、あきらに「ほら、もう一度お前を産んであげたんだよ」と言って笑います。これらは、母親に対するあきらの恋慕の想いが強いことを逆説的に表しているのではないかと思います。夢と現実が入り混じった幻想的な映画でした

 

         

 

「さらば箱舟」は寺山修司監督による1982年製作映画(127分)です

老人と、少年・本家の時任大作が村中の柱時計を盗んで穴に埋めている 数年後、大作(原田芳雄)は本家の主人となっていた。ある日、いとこ同士である分家の捨吉(山崎努)とスエ(小川真由美)が結婚した。村には、近親血統の2人が交わると犬の顔をした子供が生まれるとして結婚を禁じるというタブーがあった タブーを犯そうとする娘のことを案じたスエの父親は、彼女に蟹の形をした貞操帯を付けて性生活ができないようにしてしまう 捨吉とスエは、何とかしてそれを外そうとするが外れない。夫婦生活が持てないことから、村では捨吉が不能だという噂が広まる 大作は捨吉に女中テマリ(高橋洋子)を抱くのを見せつけたりする。ある朝、皆の前で大作に不能と嘲り笑われた捨吉は、カッとなり彼を刺し殺してしまう 捨吉はスエを連れて村を逃げ出す。しかし、一晩中さ迷い歩いてようやく見つけた空家に泊まった翌朝、2人はそこが今まで住んでいたわが家であることに気が付く やがて捨吉は大作の亡霊を見るようになり、徐々に物の名前を忘れていく。彼に狂気の兆しが差してきたのだ 本家には 先代の双子の兄弟の娘だというツバナ(新高恵子)が、子供ダイを連れて住みつく ある日、村の空き地にある穴にダイが落ちてしまう ダイは穴から這いあがってきた時には大人になっていた 彼はテマリをおかす。スエが鋳掛屋から買った時計を見つけた村人たちは、「村に時計が2つあったらどちらが正しい時間か分からなくなる」と言い、時計を壊しにくる 捨吉は時計を守ろうとして頭を一撃されて死んでしまう その夜、スエの貞操帯が外れる。村に急激に文明の波が入り込んでくる。村を出て行く者が増え、ダイもテマリと一緒に隣町に移っていく。ある朝、2年前に本家のお金を盗んで逃げた 分家の米太郎が車に乗って戻ってくる。彼は本家の壁から大量の金貨を見つける   それを作男ズンムが、村中にふれまわるが、どの家も空家になっていた 誰もいなくなった村で、スエが花嫁衣裳を着て空き地の穴へ投身する。100年後、かつて空き地だったところに、鋳掛屋が三脚写真を組み立てている。穴はなくなっている。そして、現代の服装をした下男アダの呼びかけに皆が記念写真のために集まってくる

 

     

 

この映画は、架空の小さな村を舞台に、約一世紀にわたる一家の興亡を描いた叙事詩です

どうやら、この映画は「時計」つまり「時間」が大きな要素となっているようです 冒頭のシーンで、時任家の本家の跡取りになる少年が村中の柱時計を盗んでしまいますが、村人は生活に困ります 「おい、いま何時だ?」「分からないよ」「ちょっと、本家に行って時計を見てきてくれ」というのが日常会話になってしまいます つまり、村の中で時任家の本家だけが時間の管理ができることになります つまり、時任家の本家の時計だけが時間の流れの正しい基準となっているわけです。スエが鋳掛屋から柱時計を買うと、基準が2つになってしまうので、村人は困るので壊してしまうのです ダイが落ちて、這いあがって来た村の空き地にある「穴」はタイムトンネルに違いありません

捨吉は大作の亡霊を見るようになってから 徐々に物の名前を忘れていきますが、物の名前を忘れないように、全ての物に紙に名前を書いて貼り付けていきます。自分のことは「俺」と書き、妻のことを「スエ」と書くと、スエが「それだけ?」と訊くので、捨吉は「スエ 俺の妻」と書きます この辺のやり取りが可笑しい。寺山修司のユーモアを感じます

ラストで村人が皆、村を捨てて出て行ってしまうシーンは、地方の過疎化を表しています まるで、今まで乗っていた「箱舟」を乗り捨てて、新しい土地で新しい生活を営もうとしていることを暗示しているかのようです そういう時代背景が確かにありました。そうしたことを経て、今の日本があります

 

     

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グザヴィエ・ドラン監督「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」 & グリンダ・チャーダ監督「カセットテープ・ダイアリーズ」を観る ~ ギンレイホール

2020年11月04日 07時16分25秒 | 日記

4日(水)。わが家に来てから今日で2225日目を迎え、最高裁は先週 米大統領選におけるペンシルベニア州とノースカロライナ州の郵便投票を巡り、受付期間の延長を認める判断をしたが、これに対しトランプ大統領が「最高裁の決定は非常に危険な判断だ。不正が放置され、まん延し、法制度全体が損なわれるだろう。街頭での暴力も引き起こすだろう。なんらかの対応が撮られるべきだ」とツイートしたことについて、ツイッターは2日、この投稿の内容は「真偽が問われる」もので「誤解を招く可能性がある」と警告した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     トランプの投稿は 支持者に「暴力を引き起こせ!」と煽動しているとしか思えない

 

         

 

昨日、夕食に「真鯛の塩焼き」「生野菜とアボカドのサラダ」を作りました あとは「イカ刺し」と昨日の「豚しゃぶ鍋」の残りです アボカドは柔らかさをよくチェックしてから買わないと、中身が黒ずんでいる時があります。今回は正解でした

 

     

 

         

 

昨日、神楽坂のギンレイホールで「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」と「カセットテープ・ダイアリーズ」の2本立てを観ました

「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」はグザヴィエ・ドラン監督による2018年製作カナダ・イギリス合作映画(123分)です

物語の舞台は2006年のニューヨーク。人気俳優のジョン・F・ドノヴァン(キット・ハリントン)が29歳の若さでこの世を去る 自殺か事故か、あるいは事件か、謎に包まれた死の真相について、鍵を握っていたのは11歳の少年ルパート・ターナー(ジェイコブ・トランプレイ)だった 10年後、新進俳優として注目される存在となったルパート(ベン・シュネッツァー)は、ジョンと交わしていた100通以上の秘密の手紙を1冊の本として出版する さらに、著名な女性ジャーナリスト、オードリー・ニューハウス(タンディ・ニュートン)の取材を受けて、すべてを明らかにすると宣言する。そしてインタビューでドノヴァンが11歳のルパートだけに告白した過去の秘密を語る

 

     

 

【以下、ネタバレ注意】

この映画は、ドラン監督が幼少の頃、憧れていたレオナルド・ディカプリオに手紙を送ったという経験から着想を得たとのことです

ルパート少年はいじめっ子を見返してやろうと、教室での発表会で、実は5年前から有名な俳優ドノヴァンと文通していると告白するのですが、彼らは嘘つき呼ばわりした上、その手紙を鞄から盗んでしまいます ルパートはそれを取り戻すため、いじめっ子の家に忍び込んで家族に発見され、警察に連れていかれます それがキッカケになり手紙の内容が世間に知られることになります 手紙の束の中にはドノヴァンがゲイで、相手との関係に悩んでいたことや、母親との確執があったことなどが書かれていました ドノヴァンは自身の名声を守るために、ルパートとの文通を否定します。ルパートは大きく傷つき彼に失望します その後、ドノヴァンから久しぶりに届いた最後の手紙には、「君が俳優になることに役立てることはしてあげたいが、今は静かに眠りたい」と書かれていました この時、彼はこの世に別れを告げたのだと思います。結局、人気俳優のドノヴァンは本心を打ち明けることのできる真の友人が11歳のルパートしかいなかったのです いくら人気があろうが、彼は生涯孤独だったのです

傍から見れば華やかに見える人でも、心に抱えた悩みや苦しみは本人にしか分からない ましてやごく普通の人たちならなおさらだ、ということを示唆しているように思います

 

         

 

「カセットテープ・ダイアリーズ」はグリンダ・チャーダ監督による2019年製作イギリス映画(117分)です

物語の舞台は1987年のイギリス・ロンドン郊外の町ルートン。音楽好きのパキスタン移民の高校生ジャベド(ヴィヴェイク・カルラ)は、閉鎖的な町の中で受ける人種差別や、保守的な親から価値観を押し付けられることに鬱屈とした思いを抱いていた しかし、ある日、ブルース・スプリングスティーンの音楽を知ったことをきっかけに、彼の人生は変わり始める

 

     

 

この映画はブルース・スプリングスティーンの音楽に影響を受けながら成長していく少年の事実に基づく青春音楽ドラマです

ジャベドの家族はパキスタンからの移民一家のため、近所の悪ガキから唾を吐かれたり、ドアに小便をかけられたり、家の外壁に「パキスタン移民は街から出ていけ」といたずら書きをされたりと、差別的な仕打ちを受けますが、80年代のイギリスは実際こうだったんだろうな、と想像します また、ジャベドの父親は失業してしまいますが、パキスタン社会は家父長主義のため、父親が一番偉く母親も子供たちも逆らうことが出来ないのです したがって、ジャベドは父親に反感を覚え 一刻も早く街から出て行きたいと思うわけです しかし・・・

この映画の原題は「Blinded by the Light」(光で目もくらみ)ですが、これはブルース・スプリングスティーンのデビュー・シングルのタイトルです これについて、ジャベドはラストシーンで「最初にこの曲を聴いた時はお金や名誉に目がくらんで」と解釈していたが、今は違うように聴こえる 自分はこれまで自分の人生に光が当たることしか考えてこなかった 光が当たらないところで、父も母も家族のために一生懸命に働いてきた 自分が好きなことが出来るのは、家族の犠牲があったからだ。自分はそのことを忘れてはいけないと思う」と語ります。このシーンでは涙を抑えることができませんでした

ジャベドの人生に大きな影響を与えたブルース・スプリングスティーンは、1949年9月生まれのアメリカ出身のロックミュージシャンですが、この映画では冒頭からラストまで彼のヒット曲が流れます 彼のファンにはたまらない映画です しかし、まことに残念なことに、私は1曲も分かりませんでした 当時から、同時代の音楽を聴くメインストリームに乗り切れていなかったことを自覚しています

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ジャン=ポール・ベルモンド主演「大頭脳」&「恐怖に襲われた街」を観る ~ アクション・コメディとハードボイルドの傑作:新宿武蔵野館

2020年11月03日 07時20分58秒 | 日記

3日(火・祝)。わが家に来てから今日で2224日目を迎え、トランプ米大統領が大統領選投開票日の3日に民主党候補のバイデン前副大統領より開票で先行していると看做した場合、開票が十分に進んでいない段階でも一方的に勝利宣言するとの方針を複数の側近に告げたとニュースサイトのアクシオスが1日、報じた  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     バイデンはぶっちぎりで得票しないと トランプはどんな汚い手でも使ってくるぜ

 

         

 

昨日の夕食は、「豚しゃぶ野菜鍋」にしました 材料は しゃぶしゃぶ用豚バラ肉、鶏肉団子、水菜、白菜、ニンジン、しめじ、エノキダケ、木綿豆腐で、市販のスープを使用しました 寒い夜は鍋ですね

 

     

     

 

         

 

現在、新宿武蔵野館では「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」(全8本:リマスター版)を上映中です 昨日「大頭脳」と「恐怖に襲われた街」を観ました。それぞれ1本立てです

ジャン=ポール・ベルモンドといえば、ジャン=リュック・ゴダール監督の「勝手にしやがれ」(1960年公開)を思い出しますが、その後、多くの面白い映画に登場しています

今回の傑作選では、1961年の「大盗賊」から1981年の「プロフェッショナル」までの作品の中から8作品が選ばれています

 

     

 

「大頭脳」はジェラール・ウーリー監督による1969年製作フランス・イタリア合作映画(115分)です

タクシー運転手のアナトール(ブールヴィル)は、窃盗の罪で刑務所に入っている相棒のアルトゥール(ジャン=ポール・ベルモンド)を刑期満了で釈放となる4日前に地下に穴を掘って脱獄させる なぜなら、2日後に大金強奪作戦が待っているからだ それはNATOの本部移転に伴い列車でパリからブリュッセルに運ばれる1200万ドルの秘密軍事資金を強奪するという大胆な作戦だった しかし、世界的に名高い伝説の強盗ブレイン(デヴィッド・二―ヴン)もその資金を狙っており、シチリアのマフィア、スキャナピエコに協力を要請して驚くべき作戦を練っていた 実は軍事資金運搬の護衛を担当する部隊を指揮するNATOの大佐はブレイン自身だったのだ 決行の日、2派の作戦はそれぞれが知らないまま奇跡的に交錯し、最初はアナトールたちが軍事資金の強奪に成功するが、それを持ち去ったのはブレインの部下だった しかし、スキャナピエコはブレインを裏切り、偽の警官隊にブレインの部下を急襲させ大金を横取りしてしまう アナトールたちはそれを追う 軍事資金を巡る三つどもえの争奪戦の勝者は誰か

 

     

 

この映画はアクション・コメディです 冒頭の脱走シーンから可笑しい。テレビで専門家が「強盗ブレインは相当に頭がいい。頭脳が優れた人は頭が重すぎて、右か左に傾いている」と解説すると、それを見ていたブレインは頭を左に傾けますが、強盗ブレインとバレてしまうので、元に戻します デヴィッド・二―ヴンの仕草が何とも可笑しい 牢屋にいるアルトゥールは、チェーンソーに小さなカップがいくつも付いている手製の「自動掘削機」で床下から刑務所の外に向けて掘り進み、一方のアナトゥールは外から刑務所の地下に向けて扇風機に刃を付けたような掘削機で掘り進めますが、予定の合流点で上下に位置がずれていて合流できません お互いに大声で相手の名前を呼ぶと振動で土砂が崩れてやっと合流できます また、カーチェイスのシーンでは、なぜか車が前と後ろに真っ二つに別れてしまいますが、前の部分だけで運転して走り続けます

アクションでは、アルトゥールが走っている列車の下にへばりついて移動するシーンは手に汗握ります ジャン=ポール・ベルモンドの場合はスタントを使わず、本人がやっているところが凄いと思います 

 

         

 

「恐怖に襲われた街」はアンリ・ベルヌイユ監督による1975年製作フランス映画(126分)です

パリの高層マンションから一人の女性が転落死する事件が発生する 捜査に乗り出したパリ警察の豪腕警部ルテリエ(ジャン=ポール・ベルモンド)に事件の捜査が任せられる。やがて彼のもとに、ミノスと名乗る男から電話がかかってくる。彼は自分が犯人であると自供し、連続殺人を予告する ルテリエは次の標的と目される看護師エレーヌの警護にあたるが、彼女はミノスの罠にはまり殺されてしまう しかし、逃走するミノスを追う過程で、ルテリエは犯人の意外な落とし物を入手し、やがてミノスの正体の解明に結び付ける 次の標的がポルノ女優パメラ・スイートだと突き止めたルテリエは、彼女の自宅マンションに向かうが、ミノスはすでに到着し、被害者を人質に取って部屋に爆弾を仕掛けていた ルテリエはヘリコプターから宙づりになり、高層マンションのパレラ・スイートの部屋のガラス窓を目掛けて突入する

 

     

 

この映画は、それまでのコメディ・タッチの作品からハードボイルド路線に変更した最初の作品です 見どころは数多くありますが、最も手に汗握るのは疾走するパリの地下鉄の屋根の上を這って進んでいくシーンです また、ギャラリー・ラファイエット百貨店の傾斜した屋根の上で、拳銃で撃ち合いをしながらミノスを追うシーンは、”手に汗握る”を通り越して、観ている自分が今にも下に滑り落ちてしまうのではないか、と思ってしまうほどハラハラドキドキします ヘリコプターから1本のロープで宙づりになって、反動をつけて窓に体当たりして部屋に突入するシーンはこの映画のクライマックスです これらすべてがベルモンド本人がこなしています スタントを使わず自分がやるという精神は、後のジャッキー・チェンやトム・クルーズに影響を及ぼしています

残り6本を今週から来週にかけて観る予定です

 

     

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井上道義 総監督・指揮 ✕ 野田秀樹演出による モーツアルト「フィガロの結婚 ~ 庭師は見た!」を観る ~ こんなに楽しいオペラ公演はない!!

2020年11月02日 07時15分47秒 | 日記

2日(月)。わが家に来てから今日で2223日目を迎え、米大統領選は3日午前6時に投票が始まるが、全米の平均支持率でリードを保つ民主党のバイデン前副大統領に対し、共和党のトランプ大統領は南部や東部の激戦州で猛追し、10月31日から3日間の選挙運動で2016年の前回大統領選と同様の「土壇場の逆転勝利」を再現することに望みを託している  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     表立ってトランプ支持者と言えない「隠れトランプ」がどれほどいるか読めないな

 

         

 

昨日、池袋の東京芸術劇場コンサートホールで 井上道義指揮 野田秀樹演出 によるモーツアルトの歌劇「フィガロの結婚 ~ 庭師は見た!」を観ました これは2015年に初演されクラシック界の話題をさらった衝撃的なオペラ公演ですが、その時チケットを取りそこなってしまい、再演の機会を待っていたのです この日の公演は、9月19日でのミューザ川崎、10月18日での北九州シンフォニーホール、同月30日の東京芸術劇場での公演に次ぐ最終公演です

キャストは、アルマヴィーヴァ伯爵=ヴィタリ・ユシュマノフ、伯爵夫人=ドル二オク綾乃、スザ女(スザンナ)=小林沙羅、フィガ郎(フィガロ)=大山大輔、ケルビーノ=村松稔之、マルチェ里奈(マルチェリーナ)=森山京子、バルト郎(バルトロ)=三戸大久、走り男(バジリオ)=黒田大介、狂っちゃ男(ドン・クルツィオ)=三浦大喜、庭師アント二男(アントニオ)=廣川三憲、バルバ里奈(バルバリーナ)=コロンえりか、花娘=藤井玲南、花娘=中川郁文。管弦楽=ザ・オペラ・バンド、合唱=ザ・オペラ・クワイア、指揮・総監督=井上道義、演出=野田秀樹です キャストのうちアルマヴィーヴァ伯爵、伯爵夫人、ケルビーノの3役は、新型コロナウイルス禍の影響を受け、それぞれ代演となっています

自席は2階L列32番、センターブロック右から2つ目です 会場は1階のオーケストラピット部分を除いてほぼ満席です この公演は市松模様配置をとっていないので文字通り満席です コロナ禍の中、これほどの大ホールを聴衆が埋めているのを見たのは本当に久しぶりです

オーケストラピットに入る管弦楽の「ザ・オペラ・バンド」は、コンマスが東響コンマスのグレブ・二キティン、弦楽奏者と金管は各オケの混合、木管はフルート=神田寛明、オーボエ=青山聖樹、クラリネット=伊藤圭、ファゴット=宇賀神広宣といったN響の首席が揃っています 演奏者は総勢40名ですが、弦は左奥にコントラバス、前に左から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンという対向配置をとります 管楽器は右サイドに集められ、右奥にティンパニがスタンバイします

ステージ上には3つの独立した部屋(箱)が置かれているだけのシンプルなもの。アントニ男(庭師でスザ女のおじ)が登場し、前口上を述べます

「時は黒船の世 ところは長崎 港が見える丘 そこに伯爵と伯爵夫人を乗せた黒船がやってまいります」

そして、伯爵がカブトムシのツノを思わせる肩当て姿で、伯爵夫人が白い花びらのような襟のドレスに身を包み、伯爵の小姓ケルビーノが黄色い衣装で登場します それと同時に井上道義指揮による序曲の演奏が始まります 井上の指揮は軽快そのもの 指揮台の上で踊っています

 

     

 

この公演は伯爵と伯爵夫人が外国から日本にやってきたという設定なので、2人の配役が外国人(伯爵役のヴィタリ・ユシュマノフがロシア出身、伯爵夫人役のドル二オク綾乃がドイツ人と日本人のハーフ)となっています このため、日本人同士が歌でやり取りする時は日本語で歌い、日本人と外国人がやり取りする時は原語(イタリア語)で歌うことになります 歌はすべて日本語の字幕がステージ上部に映し出されます よく日本語で歌っているのに何を歌っているのかさっぱり分からないということがありますが、これなら心配いりません

この公演では、野田秀樹による演出が光っていました 時には登場人物に歌舞伎役者の見得を切らせたり、文楽の人形のような動きをさせたりと、外国人がこの演出でフィガロを観たら拍手喝采・狂喜乱舞するのは間違いないだろうと思います また、演劇アンサンブルの8人がいわゆる「黒子」の役割を果たし、ある時は動く舞台装置となって場を盛り上げます

可笑しかったのは第1幕でスザ女とマルチェ里奈が「どうぞ、お先に」と道を譲り合う場面です お互いに丁寧な言葉で相手に道を譲りますが、2人の本音が「黒子」が次々と開く傘に文字で表されます。スザ女に対しては「小便娘」、マルチェ里奈に対しては「厚化粧」といった具合です 最後に「ババア」と大きな文字が出てスザ女が勝つことになります

また、第2幕で伯爵がスザンナに迫る場面で、3つの部屋(箱)の上にパパラッチのような人物が現れ、不倫の証拠写真を撮って「週刊文春」に売り込まんばかりにカメラやマイクを向けていたシーンです

この公演では庭師のアントニ男がオペラの狂言回し役を担います アントニ男を演じた廣川三憲は歌手ではなく劇団の役者ですが、軽妙洒脱な口ぶりでオペラのストーリーを解説し、物語の進行をスムーズに進めていきます 面白かったのは、登場人物たちを1カ所に集めて、アント二男がカメラマンになって集合写真を撮るシーンです アントニ男がシャッターを押すマネをすると、フラッシュが焚かれ、ステージ上の字幕スペースに写真(あらかじめ撮影済み)が映し出されるのです

これらのギャグは、「なるほどこれが野田演出か」 と思わせます

歌手陣では、日本髪でスザ女を歌った小林沙羅が魅力的な歌と演技で楽しませてくれました この人は日本の真面目なオペラを歌っても、今回のスザンナのような少しコケティッシュな役柄を歌っても、役柄に相応しい歌と演技を披露してくれます

フィガロを歌った大山大輔は歌に力があり、演技力も申し分ありません

アルマヴィーヴァ伯爵を歌ったヴィタリ・ユシュマノフはイケメンでスタイルもよく、歌も上手いので伯爵にピッタリでした

伯爵夫人を歌ったドル二オク綾乃は2つのアリア、スザンナとの二重唱を中心に美しいソプラノを聴かせてくれました

予想以上に素晴らしかったのはケルビーノを歌った村松稔之です ケルビーノといえば通常はメゾソプラノで歌われるので、カウンターテナーで歌うのを聴いたのは今回が初めてでした 2つの有名なアリアをはじめ魅力的な歌唱でした この人は、これからあちこちの劇場から引っ張りだこになるのではないかと思います

バルバ里奈を歌ったコロンえりかは出番が少なかったものの、第4幕のアリアは透明感があり美しく響きました

特筆すべきは、井上道義指揮ザ・オペラ・バンドの演奏とザ・オペラ・クワイアの合唱です 「ラ・フォル・ジュルネ=狂おしき1日」を 歌手に寄り添いながら、時に木管が歌い、素晴らしい演奏を繰り広げていました

 

     

 

野田秀樹氏も客席からステージに呼ばれ カーテンコールが繰り返されましたが、野田氏でなければこれほどギャグに満ちた楽しいオペラ公演は実現しなかったでしょう

プログラム冊子に野田氏が次のように書いています

「当たり前のように『マスク』をして、当たり前のように『新しい生活様式』などと口走っている。いつの日か、そんなことが『当たり前ではない』ということが『当たり前』になる暮らしに一刻も早く戻りたい」「この『フィガロの結婚』が少しでも『当たり前』に戻っていく先駆けとなればと切に願う その願いが、この『フィガロの結婚』の歌手たちの『肉声』にのって、演者たちの『肉体』に宿って、マスクで埋め尽くされた客席に届くと信じている 私たちは、生の肉体を、肉声を、人々の前に届けてこそ、『舞台を生業とする者』と言える。それが私たちの『当たり前』なのである

われわれは、たしかに 今回の出演者をはじめ この公演に携わった人たちの生の肉体と肉声を通して野田さんの願いを受けとめました 素晴らしい公演をありがとうございました

 

     

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ウィーン・フィル来日決定 / アニエス・ヴァルダ監督「幸福」&「ダゲール街の人々」を観る ~ モーツアルト「クラリネット五重奏曲」&「アダージョとフーガ」が全編に流れる「幸福」:新文芸坐

2020年11月01日 07時20分33秒 | 日記

11月1日(日)。昨日の朝日朝刊に「ウィーン・フィル 来日し来月公演」という記事が載っていました 超訳すると、

「ウィーン・フィルが11月に来日すると、招聘元のサントリーホールが30日、発表した コロナ禍における海外オーケストラの本格的な来日公演は、これが初めてとなる サントリーホールによると 今回は、チャーター便での来日や公演会場と宿泊先の往復のみという行動制限の徹底、4日に1度のPCR検査などの感染予防措置を取るとし、『できる限りの対策を施し、より安全・安心な公演の開催を目指す』としている     来日公演は、11月5日の北九州から始まり、6日は大阪、8日は川崎、9、10,13,14日は東京で開かれる

このコンサートがきっかけとなり、次第に来日公演が増えていくことを祈るばかりです 参考までに指揮は全公演ともワレリー・ゲルギエフで、11月10日の公演は①プロコフィエフ「ロメオとジュリエット」から、②同「ピアノ協奏曲第2番」(P:マツ―エフ)、③チャイコフスキー「交響曲第6番」です チケット代はS席:39,000円、A席:34,000円、B席:29,000円、C席:24,000円、D席:19,000円となっており、現在販売中です 個人的には オペラならともかく、オーケストラ公演でこの金額は出せません

ということで、わが家に来てから今日=11月1日で記念すべき2222日目を迎え、4ケタぞろ目にひと言感想を述べるモコタロです

 

     

     2222ってアヒル4羽の散歩にも見えれば 誰かの小学校時代の通信簿にも見えるな

 

         

 

昨日、新文芸坐で「幸福」と「ダゲール街の人々」の2本立てを観ました

「幸福」はアニエス・ヴァルダ監督による1965年製作フランス映画(79分)です

フランソワ(ジャン=クロード・ドルオー)と妻のテレーズ(クレール・ドルオー)は幼い2人の子どもと幸せな家庭を営んでいた 休日になると家族そろって近くの森にピクニックに行くことを習慣にしていた ある日、フランソワは仕事でよその町に行き、郵便局で働くエミリー(マリー=フランス・ボワイエ)と出会うが、偶然 エミリーはフランソワの住む町に引っ越す予定だと分かる     やがてエミリーが引っ越してくると、2人の仲は深くなっていく     エミリーはフランソワが妻子持ちであることを知っているが、何の罪悪感も抱いていない   ピクニックに行った時、「あなた、この頃とっても嬉しそうね」と尋ねるテレーズに、フランソワはエミリーのことを告白する テレーズは「あなたが幸せなら私はいいの」と言って言葉では許す しかし、うたた寝から醒めたフランソワはテレーズがそばにいないことに気が付く 彼女は池の中で溺死体となって発見される 誰もがフランソワを、愛妻を事故で亡くした男として慰め、エミリーも悲しんでくれる やがてエミリーが子どもたちの世話をし、家事を手伝うようになる 休日になると4人は何事もなかったかのように森にピクニックに出かける

 

     

 

フランソワ役のジャン=クロード・ドルオーと妻のテレーズ役のクレール・ドルオーは私生活の上で本当の夫婦で、子供たちも彼らの実子です どうりで子供たちが自然に両親に懐いているわけです

フランソワがテレーズにエミリーのことを告白するシーンでは、フランソワはこう語ります 「僕たちは区切られたリンゴ畑の中にいる でも畑の外にもリンゴはあるんだよ」と。するとテレーズは女の感で「あなた、誰かほかの女性に愛されたのね」と言います フランソワは躊躇しながらも「僕は正直だから嘘をつけない。だから話そう」と語り「僕にはお前を抱く腕がある。でも別の腕が別の女性を抱くんだ」と言います 女性の立場から言えば、「何と身勝手な男だ、許せん」といったところでしょう テレーズはフランソワの言うことに理解を示したような態度をとりますが、本心は信頼していた夫に裏切られたという悔しさと悲しい思いでいっぱいです その本当の気持ちを彼に伝えるため、子供たちを残して自ら命を絶ったのです そのとき初めてフランソワは、自分自身のあまりの身勝手さと能天気さに気が付くのです

この映画では、モーツアルトの2つの曲が全編を通して効果的に使われています 1曲は映画の冒頭で家族そろってピクニックに行った野原で咲く向日葵の花のバックで流れる「アダージョとフーガ  ハ短調 K.546 」の「フーガ」です この曲はモーツアルトが1783年12月29日に完成した「2台のピアノのためのフーガ」ハ短調K.426 を編曲し、冒頭にアダージョの序奏を加えた作品です 「フーガ」は映画の前半では管楽器のみで演奏されますが、テレーズが死に、エミリーが家族に迎えられてからは弦楽器のみで演奏されます 同じメロディーでも家族の構成員が異なると違った曲想に聴こえるということを表しているかのようです

もう1曲は「クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581」です この曲は1789年9月29日に完成した協奏曲で、クラリネットの名手アントン・シュタードラーのために作曲されました 第1楽章「アレグロ」、第2楽章「ラルゲット」、第3楽章「メヌエット」、第4楽章「アレグロ・コン・ヴァリアツィオー二」の4楽章から成ります この映画では第1楽章「アレグロ」が使われていました なお、この作品は元々クラリネットと弦楽四重奏のための五重奏曲ですが、この映画では「フーガ」と同様に、クラリネットと他の木管楽器(オーボエ、バス―ン等)によって演奏されていました

アニエス・ヴァルダ監督は2019年製作映画「アニエスによるヴァルダ」の中で、映画「幸福」における音楽について、「モーツアルトの音楽は明るい中に、どこか陰があるように感じるので使用することにした」旨の発言をしています ヴァルダ監督のこの発言は「クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581」についてコメントしたものだと思いますが、モーツアルトの音楽の本質を突いています この曲は悲しみや暗さを感じさせる「短調」ではなく 喜びや明るさを感じさせる「長調」の曲です しかし、曲を聴いていると幸せな気持ちを抱くと同時に、なぜか寂しさや孤独感を感じます こうした二律背反的な性格こそがモーツアルトの音楽の特徴だと言えます 誰が見ても「幸福」そのものにしか見えない夫婦や家族でも、お互いに本当は何を考えているのかは分からないし、ちょっとした出来事がきっかけで バランスの取れた人間関係が崩壊していく危うさを孕んでいる・・・ヴァルダ監督はそんなメッセージをモーツアルトの音楽に託したのかもしれない、と思いました

 

         

 

「ダゲール街の人々」はアニエス・ヴァルダ監督による1975年製作西ドイツ・フランス合作映画(79分)です

この映画は、アニエス・ヴァルダ監督のドキュメンタリー作家としての代表作で、自身が事務所兼住居を構えるパリ14区のダゲール通りに暮らす人々の姿を捉えた作品です

パリ14区、モンパルナスの一角に、銀板写真を発明した19世紀の発明家ダゲールの名を冠した通りがある パン屋、肉屋、香水屋など様々な商店が立ち並んでいる。そんな下町をこよなく愛したバルダ監督が、温かいまなざしで人々の姿を映し出しています

 

      

 

この作品はアニエス・ヴァルダのドキュメンタリー作家としての代表作です 近所に住むごく普通の人たちを撮ったにすぎませんが、その普通の人たちが実に”いい顔”をしているのです マジシャンがやってきて、レストランみたいな所でマジックを披露するシーンがありますが、近所の理髪店の主人やパン屋のおかみさんをマジックのアシスタントにして楽しむ様子は何とも微笑ましい雰囲気です 当時は、近所の人たちが集まってマジックを楽しんだりしていたのかもしれません   マジシャンが女性の頭に箱を被せて外から何本もの刀やナイフを刺すシーンではムソルグスキー「禿山の一夜」が流れ、他のマジックシーンではベルリオーズのオペラ「ファウストの劫罰」の「ラコッツィ行進曲」が流れていました

ヴァルダのナレーションを聴いてると、人間が好きなんだろうな、と思います

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