江戸期の笑話集「醒睡笑(せいすいしょう)」に仲の良い三人姉妹の話がある。毎晩、姉を真ん中にして三人並んで寝ていたが、ある晩、姉が夢を見た。「富士山が自分の上にころがってきた」▼夢判断をする者に聞けば「それはあんたが金持ちの男と夫婦になる夢だ」。それを聞いたすぐ下の妹、「あれほど大きな山。姉さん一人の上だけにころがるということはありますまい。両側に寝ていた私たちの上にもころがったはず…」。果たして三人とも資産家と結ばれたというオチ▼一富士二鷹(たか)三なすび。富士山の初夢は縁起が良いというが、この夏の登山は夢で見るしかないか。新型コロナウイルスの影響で、静岡、山梨両県はそれぞれが管理する富士山への登山道を閉鎖することを決めた▼夏山シーズンの富士山閉山は記録が残る一九六〇年以降初という。たとえば、悪天候時、山小屋などへ避難した場合、「3密」が避けられぬ。三人姉妹の縁起の良い夢ならよいが、そのウイルスを両側へと拡大させる芽は摘み取りたい。やっとつかんだ終息への明るい兆しである▼あれだけ人が登っても富士山の美しい姿が変わらぬのは毎夜、崩れた土や砂が山を駆け上がっているからだという不思議な言い伝えがある▼毎年二十万人規模が登るお山。地元経済への影響が心配だが、夜な夜な駆け上る砂をねぎらい、今夏は休ませてあげると考えるしかないか。