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今日の筆洗

2020年05月26日 | Weblog

 作家の内田百〓が戦争中に飲んだ合成酒はうまかったと書いていた。「燈火管制(とうかかんせい)の遮蔽(しゃへい)した薄暗い電気の下で、ちびちび飲んだ時のうまさ(略)、灘や伊丹の銘酒と異なるところはないと思つた」▼うまいと思った理由は社会心理学でいう「合理化」によるものかもしれぬ。やっと手に入れた酒。うまいにちがいない。そう思って飲めば合成酒も銘酒になろう。手に入らぬブドウを見上げ、酸っぱいはずだと思い込むイソップのキツネの逆であろう▼緊急事態宣言下の不自由な生活に適応するための「合理化」が過ぎたせいか。解除は喜ばしいが、その不自由な生活と別れるのがどういうわけか少々寂しいところもある▼確かに窮屈だった。人との交際は限られ、仕事や買い物もままならぬ。芝居や映画、野球の愉(たの)しみもない。行く末への不安も強かった▼当初はまごついたが、生活に慣れるとコロナ前の人付き合いや贅沢(ぜいたく)が本当に必要だったかと少々疑問に思えてきたという人もいるだろう。朝起き、家族と顔を合わせ、食事をし、寝る。仕事は家で。働き過ぎの日本人が図らずも体験した、小体で不思議と落ち着いた暮らし。それが大切に思えるのは「合理化」のせいだけではあるまい▼百〓はその後、合成酒を飲む機会があった。「なぜ、こんな物をうまがつたかと思ふ」と書いていたが、この寂しさは本当に今だけのことか。

※〓は、門の中に月

 

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