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今日の筆洗

2016年05月28日 | Weblog

 その劇作家によると、われわれ人間は<もう死んでいる>。しかも死んだことに気がつかぬまま、<ノコノコ歩いて行ってる>。三好十郎(一九〇二~五八年)の『冒した者』(五二年初演)のせりふである▼いつ、人類は死んだのか。広島で、原爆が使用された日だとその戯曲の殺人者はつぶやく。人類は越えてはならぬ一線を踏み越えてしまった。<もう後がえりする事はできないんです。してはならない事をしてしまったんです>▼その地をオバマ米大統領が訪れた。原爆使用当事国の現職大統領の訪問は初めてである。「歴史的」。その表現を否定はしまい。米国内の訪問反対論を押し切った大統領への敬意も禁じ得ない▼大統領があの日、きのこ雲の下にいた被爆者と言葉を交わしている。抱き合っている。その光景を見れば、嗚咽(おえつ)とともに大声で「歴史的」と口にしたくもなる▼されどである。人類が禁断の松明(たいまつ)を手に、突き進む破滅の道を想像すれば、ためらいもある。その表現を唇をかみしめて我慢したいのである▼大統領が広島で訴えた「核兵器なき世界」。その道は遠く、険しい。「歴史的」と歓喜の叫びを上げるのはそこにたどり着き、あれが契機になったと、この訪問を振り返ったときである。訪問が「核兵器なき世界」につながった日である。その言葉はまだ使えぬ。人類は今も死んだまま歩き続けている。