TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「山一族と海一族」4

2015年07月31日 | T.B.1998年

「危ないわ!」

 突然の声。

 カオリは驚き、身体をすくめる。

 その瞬間、鳥が大きく羽を広げる。

「待って!」

 慌てて、マユリは鳥を制止する。
 カオリは、思わず後ずさる。

「何をやっているのよ!」

「メグミ姉様……」

 カオリは大きく息を吐いて、横を見る。
 カオリの義母姉、メグミ。

「カオリ、あなたじゃ無理に決まってる」
 その言葉に、カオリは肩を落とす。
「マユリは大丈夫だから、つい……」
「マユリとあなたは違うのよ」
「でも、私はフタミ家で、マユリはハラ家なのに、」
「家柄で鳥が懐いてくれると思ったら、大間違い」

 メグミは、義母妹をにらむ。

 山一族には三つの家系が存在する。
 フタミ家とハラ家は、そのふたつだ。

 フタミ家は、鳥師家系。
 主に鳥飼いの能力に優れている。

 ハラ家は、占師家系。
 占い能力に特化した者を輩出している。

「でも、姉様」
「でも、でも、って、今度は何よ?」
「鳥が威嚇してきたのは、姉様が大きな声を、」
「何ですって?」

 メグミは、ますます目を細める。

 その様子を見て、マユリは笑う。
 口を開く。

「メグミ様、こちらへ何用ですか?」
 マユリが云う。
「まだ、メグミ様の鳥は戻って来ておりませんが」
「ああ、それは、いいのよ」
 メグミは息を吐く。
「私の鳥は、あいつが連れて行ってるから」
「あいつ?」
 カオリは首を傾げる。
「あいつって。姉様、誰のこと?」
「カオリのお兄様よ」

 マユリは代わりに答え、メグミに向く。

「ひとりで二羽も?」

 メグミは鼻で笑う。

「あるのは、その才能だけだから」

 山一族の鳥は、賢い。
 故に、
 鳥も、人を選ぶ。

 二羽同時に、鳥を従えることは、非常に難しいとされる。

「その才能だけって!」
 カオリは、思い出したように云う。
「兄様の才能はそれだけじゃないわ! この前なんかね」
「どうでもいいわ、弟の話は」
「いいえ、聞いて姉様!」
 楽しそうに、カオリは話を続ける。

「……判ったわよ、カオリ」

 メグミはため息をつき、話を続けるカオリの肩を持つ。

「その前に、私の話を聞いて」

 マユリは、首を傾げる。

「メグミ様。何かあったのでしょうか?」
「ええ、重要な決定が、ね」

「決定?」

 メグミは、カオリを見る。

「あなたへの、伝言があるの」
「私に? 誰から?」

「本日。夜が更け次第、フタミ様のもとへ」

 カオリは、目を見開く。

「フタミ様のところへ?」
 カオリは困惑する。
「姉様、何かあったの?」
「話はそのとき」

 メグミが云う。

「指示通り、フタミ様のところへ行くのよ」
「姉様……」

「マユリ」

 メグミは、マユリを見る。
「弟には、この話を伝えないように」
 マユリは頭を下げる。
「判りました」

 メグミは背を向け、歩き出す。

 マユリは、空を見る。

 雨が、降り出す。



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「山一族と海一族」3

2015年07月31日 | T.B.1998年

 青空が、曇り空へと変わる。

 雨雲。
 すぐに、雨が降り出すのだろう。

 マユリは、風を確認する。
 音を立てる。

 鳥たちを呼ぶ音。

 マユリは、持っていた箱を地面に置く。
 目の前の止まり木を見る。
 鳥を、待つ。

 やがて

 一羽が降り立つ。
 大きな鳥。
 止まり木で、羽を広げる。

「おかえり」

 マユリが云うと、その鳥は再度、羽を広げる。

 それを合図に、空から鳥が集まってくる。

 たくさんの、鳥。
 この、山一族が、飼い慣らしている鳥。
 マユリは、この鳥たちを世話している。

 マユリは、箱から餌を取り出す。
 まず、最初にやってきた鳥に、それを与える。

「いい子ね」

 マユリが云う。

「今日の空はどうだった?」

 マユリは鳥を見る。
 鳥も、ただ、マユリを見つめる。

「……そう」

 マユリは頷く。

 と

 ふと、視線を感じて、マユリは振り返る。

「まあ」

 そこに、

 カオリがいる。

 マユリは、微笑む。

「いつからそこに?」
「いつの間にか、よ」

 カオリが云う。

「マユリの手伝いに」
「あら。ありがとう」

 マユリは、カオリに箱を渡す。
 カオリは箱から餌を取り出し、順番に餌を与える。

 マユリは、布で鳥の羽を拭う。

「雨が降りそうね」

 カオリは空を見上げる。
 風が冷たい。

「急ぎましょう」

「ねえ、マユリ」
「何?」
 カオリは、新しい餌を持ち、云う。
「私も、フタミ様のお鳥様に、さわれるかな?」

 マユリは、顔を上げる。
 カオリを見る。

 微笑む。

「どうかしら?」

 さわれるかどうか、は、鳥が決めること。

 マユリは、一歩離れる。
 手を向ける。

 どうぞ、と。

 カオリは、フタミの鳥を見る。
 少し、ためらう。
 が
 息を吐き、鳥に近付く。

 一歩。

 鳥が、カオリを見る。

 一歩。

 鳥は、微動だにしない。
 カオリは、緊張した面持ちで、さらに近付く。

 一歩。

 もう、一歩。



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「海一族と山一族」2

2015年07月28日 | T.B.1998年


「鳥だ」

空を見上げていたチヒロは
ぽつりと呟く。

「山の鳥?」

天気が漁の全てを左右する為、
海一族は空の変化には
常に目を凝らしている。

頭上を旋回して飛んでいる鳥は
普段ここいらを飛ぶ鳥ではない。

そして、
野鳥ではなく、飼い慣らされた鳥だ。

チヒロは布を腕に巻き水平に掲げる。
すると、
その鳥はゆっくりとチヒロの腕に停まる。

「利口な鳥だな」

その足には何かが巻き付けてある。
手紙、だ。

「あぁ、チヒロ、そちらに降りたか」

「ミツグさん」

駆け寄ってきたのは
長の補佐を務める若者だ。

ミツグが腕を差し出し
指笛を吹くと、
鳥はそちらに飛び移る。

「……ミツグさん、それ」

「山一族からの知らせを運ぶ鳥だ」

「―――山一族から」

ミツグの言葉が終わらないうちに
使いの鳥は彼の腕を離れる。

「なんだ、餌でもやろうと思ったが
 もう帰るのか」

そうこうしないうちに
鳥は飛び去っていく。

「賢いですね」

「だが、いけ好かない。
 業務的な鳥だな」

さて、と
手紙を開封しないまま、ミツグは踵を返す。

「チヒロ、いずれこの事は
 長から話があるだろう。
 混乱を避けるため、それまでは他言は控える様に」

チヒロと別れた後、
ミツグは足早に村の中心に向かう。
海一族の長が住まうその家だ。

「おかえり、やっぱり山一族から?」

同じく長の補佐を務めるコズエが
彼を出迎える。

「あぁ、間違いない。
 鳥の使いが来たことを長はご存じだろう?」
「えぇ報告済みよ。
 行きましょう、待っておられるわ」

二人は揃い、長の前に顔を出す。

「山一族からの手紙です」

ふむ、と
海一族の長は、手紙の風を開けると
ゆっくりとそれに目を通す。

「決まった様だな。
 もう、何十年ぶりだろうか」

ふとため息をつくと
長は2人の補佐に告げる。

「近々、山に登らねばならん。
 該当する者には声を掛けておく様に」


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「琴葉と紅葉」9

2015年07月24日 | T.B.2019年

 雨が降っている。

 琴葉は、部屋の中から、外を見る。

 窓を閉め、部屋の長椅子に転がる。
 歌を口ずさむ。

 横になったまま、部屋の隅の棚を見る。

 そこには、父親からの贈りものが置いてある。
 どれも、見慣れないものばかり。

 村の外で働く父親は、めずらしいものを見つけてくる。
 そして、帰るたび、おみやげとして置いていく。
 けれども、
 父親が、どこで手に入れたものなのか、琴葉は知らない。

 棚に並んだそれらは、

 本当に、並べているだけで、

 それっきり、手に取らないものばかり。

 琴葉は目を閉じる。
 歌うのをやめる。

 ただ、時が過ぎる。

 いつも、ひとりで、こうしている。

 家には誰も、訪ねてこない。
 両親も、ほとんど帰って来ない。

 琴葉は耳を澄ます。

 かすかに聞こえていた雨の音が、しない。

 雨が上がったのだろうか。

 そう思いながらも、琴葉は横になったまま。

 どれくらい、時間が経ったのだろう。

 琴葉は身体を起こす。

 足を引きずって、扉に近付く。
 外を見る。

 雨は上がっている。

 琴葉は外へ出る。

 外を歩く。

 西一族の家からは、煙が上がっている。
 どこも、食事の支度をしているのだろう。

 琴葉は、村のはずれへと向かう。

 誰にも会わない。

 琴葉は歌い出す。
 歌いながら、歩く。

 歌いながら、やってきたのは、馬車乗り場。

 ここから馬車に乗れば、ほかの村へ行くことが出来る。

 琴葉は近くにあった石に腰掛ける。
 馬車乗り場の様子を見る。

 馬車に積み込まれる、荷物。
 馬車に乗る、他一族。
 もちろん、西一族も、乗り込んでいる。

 これに、乗れば

 馬車に乗れば

 どこか、違う場所へ、行ける。

 琴葉は立ち上がる。

 足を引きずって、馬車に近付く。

 馬車を見る。

「乗る?」

 馬車乗りは、出る準備をしながら、声をかけてくる。

「まだ、空いているよ」

 琴葉は何も云わない。
 ただ、馬車乗りを見る。

「もうすぐ出発だ」
 馬車乗りが云う。
「乗るなら、早く」

 琴葉は動かない。

「乗らないのかい?」

 馬車乗りは首を傾げる。

 やがて、

 馬車は、

 琴葉を置いて、出発する。



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「琴葉と紅葉」8

2015年07月24日 | T.B.2019年

「ねえ」

 それから数日後。

 紅葉は、琴葉を見つけ、声をかける。

「琴葉、ちょっと!」
「何よ」

 琴葉は面倒くさそうに、立ち止まる。

「この前の、何?」
「何、て、何よ」
「この前、あなたが肉をもらいに来た日のこと!」

 琴葉は、判っている。
 紅葉が云いたいことは。

「彼。あなたのこと、紅葉、て、呼んだわ」
「……そう?」
「なぜ?」
「聞き間違いじゃない?」
「いいえ」

 紅葉が云う。

「あなたを見て、紅葉と云っていた」
「間違えたのかしら」
「嘘をついたのね!」

 紅葉は、琴葉の腕を掴む。

「紅葉は私よ!」
「ええ。いいじゃない、それで」

 琴葉は、紅葉を振り払う。
 歩き出す。

 ゆっくりと。

「待って、琴葉!」
「悪かったわよ」

 琴葉は歩きながら云う。

「あいつが、どれだけ引きこもりか、確かめようとしたの」
「確かめた?」
「確かめたと云うか、試したと云うか」

 琴葉が云う。

「隠れて暮らしているのなら、あなたのことも知らないだろうと」
「…………」
「ほら。黒髪だし」

 琴葉は息を吐く。

「でも、……狩りにも参加して、普通に西一族やってるのね」
「琴葉、」
「私と同じかと思ったら、大違い」

「琴葉……」

「でも、西の厄介者と云うところは、同じかな」

 紅葉は、琴葉の後ろを歩く。

「……ねえ。ちゃんと、あなたの名まえを教えてあげたら」
「いい」
 琴葉は首を振る。
「もう、話すことも、……会うこともないだろうし」

「あの人の名まえは?」
「名まえ?」
「知ってる?」
「知らない」
「教えてあげる」
「いいよ」

 紅葉は立ち止まる。

 琴葉は、立ち止まらない。

 紅葉は、その背中に声をかける。

「琴葉も来なよ」
「どこに?」
「狩り」
「行かない。出来ないし」
「うちの班の準備、手伝ってよ」
「…………」
「狩りから戻って来たら、肉を捌くの、ね」

 紅葉が云う。

「あなた、肉は捌けるでしょ」

 琴葉は答えない。

「一緒に、広場に行こう」

 琴葉は首を振る。

 ゆっくりと、歩く。

「紅葉ってば!」

 琴葉は振り返らない。

 手を上げる。
 云う。

「迷惑、かけたくないし」



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