TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「彼女と母親の墓」3

2017年06月30日 | T.B.2020年

「さ。母様のお墓探そうかな」

 彼女は空を見る。
 彼も、空を見る。

 彼女が云う。
「もう少し、ここにいても大丈夫そう」
「手伝おうか」

 云うと、彼は立ち上がる。

「手伝ってくれるの?」
「うん」

 彼女が訊く。

「あなた、自分のお墓参りはいいの?」
「もう、すませたから」
「じゃあ、一緒に探してもらおうかな」

 彼女は、まだ坐ったまま。墓地を見渡す。
 広い敷地。

 たくさんの墓が並んでいる。

 彼女が呟く。
「母様のお墓、どこだろう」
 彼が訊く。
「君はお母さんが、亡くなった日のこと、……覚えてる?」
「私、はっきりと覚えてなくて」
「覚えてない?」
「母様が亡くなったあと、私、病気になって、それ以前の記憶が曖昧になっちゃったの」
「病気に?」
「うん」
「それは、大変だったね」
「うん」
「身体は、今は平気なの?」
「平気だよ」
 彼女が云う。
「大丈夫じゃないのは、記憶だけ」

 彼女は笑う。
 苦笑い。

「母様のお墓、父様も覚えていないみたいなの」
「……そう」
「変よね」
「何が?」
「父様が、母様のお墓の場所を覚えてないこと」
「そう?」
「変よ」
 彼女が云う。
「だって、父様が、母様を埋めるでしょう」
「……普通はそうだね」
「自分で埋めた場所を忘れる?」
 彼が云う。
「宗主だから、自分ではやってない、のかも」
「ああ」
 彼女が云う。
「じゃあ、代わりに母様を埋めた人に、訊けばいいのにね」
 彼が頷く。

 坐ったまま、彼女は彼を見上げる。

「父様も、母様のお墓の場所を知りたがってる」
「…………」
「きっと、お花を供えてあげたいんだと、思う」
「……そう」
 彼女が云う。
「母様のお墓を見つけたら、私もお花を飾ってあげたい」
 彼は、彼女を見る。
 云う。
「きっと、喜ぶよ。君のお母さん」
「うん」
 彼女が云う。
「母様、待っているよね」
 彼が頷く。

 彼女は再度、空を見る。

 彼はその様子を見て、少し考える。
 訊く。

「君のお母さんの名まえと、亡くなった年は?」
「それは、知っているわ」

 彼女が答える。

「見つかるかな?」
「見つかるよ」

 坐っている彼女に、彼は手を差し出す。

「見つけてあげる」

 彼女は、その手を見る。
 そして、再度、彼を見る。

「ありがとう」

 彼女はその手を取り、立ち上がる。
 歩き出した彼のあとを、歩く。



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「タイラとアヤコ」7

2017年06月27日 | T.B.1961年
「失礼しました」

その日、タイラは村長に呼び出されていた。

何をしでかしたんだ、と
散々家族に問い詰められたが
それはタイラ自身が一番知りたい。

部屋を退室しても
その謎が解けずに首を捻る。

尋ねられたのは
以前、北一族の村に行った時の事。

変わったことが無かったかと訊かれ
思い当たることは話したが
もういい、と帰された。

「売上金が、減っていた、とか?」

疑われているのなら嫌だなぁ、と
モヤモヤした気持ちで歩く。

「おい、タイラ」

そんな時に声がかかる。

「……アマネ」

一緒に、北一族の市場に行ったメンバーだ。
アマネはタイラより先に呼ばれていた。
その事について話したくて
出てくる人を待っていたのだろう。

「お前何か訊かれたか?」
「それが、さっぱりで」

訳分からん、と
タイラは自分が訊かれたこと
答えたことを話す。

「まぁ。
 タイラは違うって思われたんだろう。
 安心しろ」
「違う?」

アマネは辺りを見回しながら言う。
彼は、タイラ以上に
何かを聴いている。

北一族の市場に行ったあの時。

「東一族が死んだと」

「……死んだ?」

北一族の村には各地から人が集う。
東一族も沢山居たはずだ。

少しだけ会話を交わした東一族。

違うと良いけど、と思い
その事は村長には話していないと気づく。

「まずかったか?」
「何が?」
「あ、いや」

なんでもない、と
タイラは話を戻す。
多分、関係の無い事だ。

「東一族のやつらは
 犯人が西一族だ、と
 そう言っているらしい」
「そんな、言いがかりだ」
「でも」

タイミングが悪かった。

「よりにもよって
 俺達が北一族の村に居た日に」
「疑われているのか?」
「そうかもしれない。
 村長も何を知っていて
 何を聞き出したいのか分からないが」

売上金に手を付けた、どころの話ではない。

どちらにせよ、とアマネが言う。

「ますます
 東一族との関係が悪化するだろうな」

「争いが、起きるのか」

「今回の件が落ち着いても
 別の何かがきっかけでいずれ起きるさ。
 早いか遅いか、それだけだ」

西一族と東一族は
そんなものだ、と。



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「彼女と母親の墓」2

2017年06月23日 | T.B.2020年

「屋敷を、……出ちゃいけないんだ」

「うん」
 彼が訊く。
「外に出ることは、ずっと、禁止されている?」
「禁止?」

 彼女は首を傾げる。

「その云い方だと、何かの罰みたい」
 笑う。
「外に出ちゃいけないのは、外は危ないからって、父様が心配するからなの」
「……そう」
 彼が訊く。
「君の住む屋敷と云うと、宗主……、様の屋敷?」

 宗主とは、東一族の長である。
 代々、同じ家系が、宗主を務めている。

 彼女が頷き、云う。
「それも、内緒だよ」
 彼が訊く。
「じゃあ、君は東一族の高位家系なんだね」
 彼女は、彼を見る。
「全部、内緒だよ」

 彼女は、近くの石に腰掛ける。

 彼は立ったまま、云う。

「内緒なのに、俺には話していいの?」
「そうね」
 彼女が云う。
「あなたには話しちゃった。何でだろう」
 そう、首を傾げる。

 彼が訊く。

「俺とは、はじめて?」
「うん。はじめて会うと思うよ」
 彼女は、再度、彼を見る。
「はじめてじゃなかったら、ごめんなさい」
 彼女が云う。
「あまり村に出たことがないから、人の顔を覚えられなくて」
「そうか」
 彼が云う。
「俺も、君とは、はじめて会うと思う」

 彼女は笑う。

「変な会話」
「そう?」
「うん」
 彼女は笑い続ける。
 彼が云う。
「ねえ。もう少し、訊いてもいい?」
「何を?」
「うーん」
「じゃあ、坐ったら?」
「うん」
「どうぞ」
「ありがとう」

 彼は、近くに腰掛ける。
 空を見上げる。
 青空、だ。

 彼が口を開く。
「君の父親って、宗主?」
「そうよ」
 彼女が云う。
「でも、私が宗主の娘ってことを、知らない人が多いの」
「そう、だろうね……」
「え?」
「いや。……、そう。俺も知らなかったから」
 彼が訊く。
「宗主の名まえは?」

 その問いに、彼女は目を見開く。

「東一族なのに、そんなことも知らないの?」
「……うーん」
 彼は、答えをはぐらかす。

「ねえ」

 彼女が訊く。

「あなたはどのあたりに住んでるの?」
「俺?」

 一瞬、彼は困った顔をする。
 考える。
 一応、答える。

「村の外れ、と云うか」
「今度連れてって!」
 彼女は目を輝かせる。
「村のお家をね、見てみたいの!」
「でも」
 彼が云う。
「村に出たら、父親に怒られるんじゃないの?」
「こっそり行くのよ!」
「こっそり?」
「そう!」
 彼は考える。
「それじゃあ、怒られる覚悟が出来たら連れて行くよ」
「怒られるって、誰に?」
「君の父親」
「私が?」
「お互い」
「大丈夫。大丈夫。絶対に見つからないから!」

 彼女は、指を差し出す。

「何?」
「約束の印」
「約束出来るかな」
「出来る出来る!」

 彼女は笑う。

「ほら! 指を出して」

 彼は、指をつなぐ。

「約束だよ!」



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「タイラとアヤコ」6

2017年06月20日 | T.B.1961年


狩りの帰り道、
水辺の路をアヤコとタイラは歩く。

「暑いな」

雨の多い季節が過ぎて、
木陰でも動く毎に暑さが伝わってくる。

「早く帰って、
 体を洗いたいわ」

アヤコは鼻をひくつかせながら言う。
ただでさえ、狩りで汗をかいていて我慢ならない。

が。

「俺、ちょっと休憩」

タイラはそう言うと
靴を脱いでズボンをめくり、
水際に走る。

座るとちょうど足が浸かる。
そんな良い場所がある。

「もう、先に帰っとくわよ」
「へいへい」
「………」

「あぁあ、もう!!」

大きな水音をたててアヤコも続く。

「えいやっ!!!」
「こらこら、
 女子が簡単に生足を出すものじゃない」
「お母さんか」
「弟だよ」

ふ~、と
暫く二人は息をつく。

「………今日、言い過ぎたよね」

アヤコがぽつりと言う。

「ん?」
「ほら、サエコと、狩りの時」
「んん?」
「狩りの方法でもめたじゃない」
「そうだっけ?」

狩り。今日の。
タイラは記憶を巡らせる。

「そうよ。
 だって、なんか、さぁ」

ああ、と
やっとアヤコが言うことに思い当たる。

「もめたって言うか、
 アヤコ、ちょっとムキになってたよね」

「それよそれ!!
 取り消したい、やり直したい!!」
「いや、狩りの方法で言い合っただけで、
 別に喧嘩した訳じゃないし」
「それでも。
 もう、私すぐかっとなるの直したい」

あうあう、と
アヤコはもだえる。

「サエコみたいに、落ち着いて
 ちゃんと筋の通った話が出来たらいいのに」

こんな私、もうやだ。

そう嘆く隣でタイラは思う。

狩りも無事に終わったし、
多分サエコは気にも止めてない、
むしろ忘れている。
アヤコ一人が気にしているだけだ。

というか、
そんな気遣いを
少しは自分に回して欲しい、と。

「アヤコは色々考えて大変だね」
「大変なのよ!!」

アヤコはこちらが何を言っても
自分で納得がいくまで
考え込むタイプなので放っておこう、と
長年の経験から結論を出す。

「海ってさぁ」

「話変えようとしてる」

バレバレだがばれたか、と
恨めしそうなアヤコの視線を感じながら
タイラは続ける。

「アヤコ、海、見たことある?」
「無いわよ、知ってるでしょう」
「見渡す限り水平線が続くんだと」
「湖とどう違うのかしら?」

「塩辛い水なんだって」

「……むぅ」

あきらめて、アヤコが言う。

「しょっぱい水かぁ。
 そこは泳げるのかしら」
「泳ぐ前提なのか」
「泳ぎは得意よ!!」

この世界では
海一族のみが海に面した土地で暮らしている。

「湖とは全然違うのだって、
 砂浜っていう所があって、
 泳いでいる魚も、色とりどりの物があって」

「そういう話は聞くわね」

なにせ、海一族の土地は遠い。
実際に訪れた事があるという者も
そう多くはない。

行ってみたいわね、と
話すアヤコを見て
少しは気分を切り替えただろうか、と
タイラは一息つく。

いつか叶えばいいけど、
叶わなくても全然構わない、
そう思いながら呟く。

「一生に一度で良いから
 見てみたいよな、海」


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「彼女と母親の墓」1

2017年06月16日 | T.B.2020年

 彼女は、ひとり。
 庭に出て、花を見る。

 庭は、きれいに手入れされ、この時期の花が並ぶ。

 彼女は、ただ、花を眺める。

 しばらくして、彼女の父親が現れる。

 彼女に話しかける。
 彼女は答える。
 そうして、すぐに、父親は去って行く。

 彼女は父親を見送る。

 あたりを見る。
 誰もいない。

 空を見る。
 日は、まだ高い。

 彼女は庭を出る。

 本当は、この庭から出てはいけないのだけれど。
 ……大丈夫。
 きっと、父親には気付かれない。

 彼女は、そのまま村を歩く。

 村人と、すれ違う。

 彼女がひとりで歩いていても、一族の者は気にもとめない。
 気にもとめず、あいさつをする。
 彼女も、笑顔であいさつを返す。
 一族の者は知らない。
 彼女がひとりで歩いていては、いけないことも。
 彼女の身分も。
 そもそも、彼女の存在も。

 彼女も知らず顔で、東一族の村を歩く。

 やがて、村人の姿がなくなる。

 あたりが静かになる。

 彼女は、村はずれの墓地にたどり着く。

 墓地を見る。
 たくさんの墓が並ぶ。

 ひとつの墓に近付くと、彼女は墓石を見る。
 そこには、名と日付が刻まれている。
 それを見ると、その隣の墓も見る。
 それを見ると、さらに、その隣も見る。
 彼女は、順番に墓を見る。

 前列に並ぶ墓を、すべて見終えて
 ふと、
 彼女は顔を上げる。

「……誰?」

 彼女の横に、誰かが立っている。

 彼女より背の高い彼、は、彼女を見下ろす。
 その表情は、驚いている。

 彼女は、屈んだまま、彼を見上げる。
 訊く。

「あなたは誰? なぜ、驚いているの?」

 彼は、目を見開く。

 彼女は続ける。

「ひょっとして墓地には誰もいないと思っていた?」

 彼は、何も云わない。
 ただ、彼女を見ている。

「私がいたから、驚いているの?」

 彼女は首を傾げる。

「ねえ。聞いている?」

 その、彼女の言葉に、

 彼は、やっと口を開く。

「そう。……墓地には人が滅多に来ないから、……俺も驚いて」

「私も、あなたがいて驚いたのよ」
 彼女が訊く。
「あなたは、お参りに?」

 彼は、少し考える。

 そして、頷く。

「……君、は、なぜここに?」

「私はね、お墓を探しているの」
「お墓を?」
「そう。私の母様の、お墓」

 彼女は、立ち上がる。
 墓地を見渡す。

「亡くなった母様のお墓が、どこかにあるはずなんだけど、見つからなくて」
 彼女が、彼を見る。
「でも、私がここにいること、内緒だよ」

「……なぜ?」

「私、屋敷を出ちゃいけないの」



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