TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「琴葉と紅葉」5

2015年07月03日 | T.B.2019年

 日が昇り出す。
 水辺のもやが、少しずつ、晴れてくる。

 彼が、云う。

「何がある?」
「え?」

 彼は、上を指差す。
「空を見ていたみたいだから」
「……空は見てない」
 彼女が云う。
「ほら」

 彼女も指を差す。

「木の上に花が」
「花?」

 水辺の横に、高い木がある。
 木には、花が咲いている。

 たくさんの、白い花。

 これだけ、花があれば、見えないはずはない。

「男とは見るものが違うのね」
「……花、か」

 彼が云う。

「気配がないものは判らなくて」
「どう云う弁明よ」

 彼女は、花を見る。

 そして、ちらりと彼を見る。

 また、
 試してみよう、と、思う。

「あんた、花とれる?」
「いいよ」

 即答に、彼女は目を見開く。

 かなりの高木。

 彼女の背は、西一族では低い方。
 そして
 この彼も、けして背が高いとは云えない。

 枝なんて、手を伸ばしても届くはずがない。

「でも、どうやって」
「どうやって?」
 彼は首を傾げ、云う。
「跳べば」

 そう云って、彼は、地面を蹴る。

 その高さは、高い。
 彼女は驚く。

 高い枝を掴み、彼は、そのまま木を登る。
 目をこらし、花を見る。
 花を掴むと、木を飛び降りる。

「はい」

 彼は、彼女に花を差し出す。
 彼女は、あまりのことで、受け取れない。

「花、いるんじゃなかった?」

 彼は彼女の手を取る。
 その手に、花を握らせる。

 彼女はそれを見る。

 白い花。

 彼の髪色とは、正反対の、白。

「……すごい、のね」
「何が?」
「…………」

 彼は、彼女を見る。

 けれども、彼女は何も云わない。

 再度、花を見る。

 彼は、歩き出す。

「……あ、ちょっと!」

 彼女は気付いて、顔を上げる。
 彼を呼び止める。

 が、

 そこには、もう、誰もいない。

 水辺に光が差す。

 彼女は目を細める。

「……結局、名まえは何なのよ」



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「琴葉と紅葉」4

2015年07月03日 | T.B.2019年

 彼女は、足を引きずり、窓へと近付く。
 外を見る。

 早朝。

 今なら、外を出歩く者は、少ないはずだ。
 外に出るなら、人が少ないときがいい。

 彼女は振り返り、家の中を見る。

 誰もいない。

 彼女は、ただひとり、ここに住んでいる。

 父親は、村の外で働いている。
 同じ村で働く母親も、ほとんど帰って来ない。

 彼女は外に行く支度をする。

 扉を開け、外をうかがう。

 外へと出る。

 誰もいない道を、彼女はひとりで歩く。

 雨が続く時期。
 けして、天気はよくない。
 相変わらず、道もぬかるんでいる。

 彼女は、歌を口ずさむ。

 いつだったか、父親が教えてくれた歌。
 西一族では聴かれない、歌。

 誰かが道の向こうからやって来る。
 彼女は歌うのをやめる。
 誰かとすれ違う。
 少し歩いて、彼女は振り返る。
 誰かが離れたのを、確認する。

 また、彼女は歌い出す。

 そうして

 水辺へとやって来る。
 水辺は、もやがかっている。

 彼女は、歌い続ける。

 空を見上げる。
 水辺の横に立つ木を見る。

 と。

 彼女は歌うのをやめる。

 振り返る。

「誰?」

 誰もいないと思っていたのに、誰かがいる。
 いったい、いつから。

 彼女は、目を細める。

 これは、彼女の癖だ。

 自身が、この西一族の村で立場がないのは判っている。
 だから、何か云われる前に、自身を守るため。

「ねえ、誰よ」

 もやがかる景色の中。

 そこにいたのは、

 西一族の格好をしているが、黒髪の者。

 彼女は驚く。
 黒髪の彼、を、よく見る。

「……あんた、村長のとこの子?」

 話は聞いたことがあるが、会うのははじめてだ。
 黒髪の西一族。
 確か、親に棄てられ、村長のところで暮らしている、とか。

 彼は答えない。

「こんなとこに、何をしに来るのよ」

 彼は答えない。

「ちょっとは、答えなさいよ!」
「君は、誰」
「え?」

 今度は、彼が訊いてくる。

「私も、あんたが誰かって訊いているんだけどね!」
 彼女が云う。
「いいわ。先に答えてあげる。私は、」

 ふと、

 名まえを云おうとして、彼女は思い付く。

「私は、紅葉」
「紅葉?」
「そうよ」
「……そうか」

 彼女は、彼を見る。

 この、黒髪の彼が、どれくらい西一族の村に浸透しているのか。
 試してやろうと思ったのだ。

 まあ。

 人のことは云えないが。

 彼女は、薄ら笑う。



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