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「『成院』と『戒院』」22

2020年11月17日 | T.B.2017年
「この村に来て、
 最初の数年は生活に慣れるのに一生懸命だったよ」

成院は呟く。

「それから、また、数年。
 南一族として生きていこう、と
 この一族の証を入れた頃だったかな」

頬の入れ墨を成院は示す。

南一族である証。
もう、東一族としては戻らない覚悟を決めた物。

「南一族の村に、素子が遊びに来ていたんだ。
 最初は人違いだと誤魔化していたんだが」

成院、と昔の名で呼ばれて、
久しぶりに会った故郷の人。

酷く懐かしさを覚えた。

「それから、
 素子が帰るまで一緒に過ごした」

わずか、数日の出来事。
会えて良かった、と素子は言っていた。

「素子が帰って暫くは
 今の様に覚悟を決めていた。
 けれど、東一族の使いはやって来ない」

成院は頭をかく。

「村に居た頃にあまり面識もなかったし、
 その時だけのものだと
 素子も思っているのだとばかり」

「違うだろ」

戒院はため息を付く。

「素子は約束を守ったんだよ。
 お前の事を誰にも言わず、
 お前の生活を壊すことをしなかった」

「そのようだ」、

「武樹が生まれた時、
 素子は成院が付けた名前が欲しいと言った」

だから、
武樹という名前は『成院』が付けた。

「今思えば、あれは俺にじゃない、
 お前に名前を付けて欲しかったんだ」

「………」

「昔から鈍いお前の事だ
 気が付きもしなかっただろうけど、
 素子はずっとお前の事を気にかけていたよ」

「そう、か」

成院は深く息を吐く。

「お前はよく、周りを見ているな」
「まあな。
 一点集中型の兄と違って、な」

戒院は立ち上がる。

「そろそろ、馬車の時間だ」
「帰るのか」
「ああ」

「俺は………」

成院は言い淀む。
答えを、決めかねている。

「長く住んだ土地だ。
 時間も必要だろう」

戒院は成院の肩を叩く。

今でも腹は立っている。
言いたいことは山のようにある。

それでも

「散々言ったが、感謝しているんだ。
 あの時お前が薬を取りに西一族の村に向かわなければ、
 ―――俺は今ここに居ない」

晴子との暮らしも。
未央子という存在も。

だから。

その先の言葉を戒院は飲み込む。

けれど、決めていること。

もし、成院が
村に戻らずどこか遠くの地に旅立っても、
決して責めない。と。

「今日は会えて良かったよ」
「俺も、お前の顔が見れて良かった」

もしかしたら、
最期かも知れないやりとりを2人は交わす。



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