TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「琴葉と紅葉」9

2015年07月24日 | T.B.2019年

 雨が降っている。

 琴葉は、部屋の中から、外を見る。

 窓を閉め、部屋の長椅子に転がる。
 歌を口ずさむ。

 横になったまま、部屋の隅の棚を見る。

 そこには、父親からの贈りものが置いてある。
 どれも、見慣れないものばかり。

 村の外で働く父親は、めずらしいものを見つけてくる。
 そして、帰るたび、おみやげとして置いていく。
 けれども、
 父親が、どこで手に入れたものなのか、琴葉は知らない。

 棚に並んだそれらは、

 本当に、並べているだけで、

 それっきり、手に取らないものばかり。

 琴葉は目を閉じる。
 歌うのをやめる。

 ただ、時が過ぎる。

 いつも、ひとりで、こうしている。

 家には誰も、訪ねてこない。
 両親も、ほとんど帰って来ない。

 琴葉は耳を澄ます。

 かすかに聞こえていた雨の音が、しない。

 雨が上がったのだろうか。

 そう思いながらも、琴葉は横になったまま。

 どれくらい、時間が経ったのだろう。

 琴葉は身体を起こす。

 足を引きずって、扉に近付く。
 外を見る。

 雨は上がっている。

 琴葉は外へ出る。

 外を歩く。

 西一族の家からは、煙が上がっている。
 どこも、食事の支度をしているのだろう。

 琴葉は、村のはずれへと向かう。

 誰にも会わない。

 琴葉は歌い出す。
 歌いながら、歩く。

 歌いながら、やってきたのは、馬車乗り場。

 ここから馬車に乗れば、ほかの村へ行くことが出来る。

 琴葉は近くにあった石に腰掛ける。
 馬車乗り場の様子を見る。

 馬車に積み込まれる、荷物。
 馬車に乗る、他一族。
 もちろん、西一族も、乗り込んでいる。

 これに、乗れば

 馬車に乗れば

 どこか、違う場所へ、行ける。

 琴葉は立ち上がる。

 足を引きずって、馬車に近付く。

 馬車を見る。

「乗る?」

 馬車乗りは、出る準備をしながら、声をかけてくる。

「まだ、空いているよ」

 琴葉は何も云わない。
 ただ、馬車乗りを見る。

「もうすぐ出発だ」
 馬車乗りが云う。
「乗るなら、早く」

 琴葉は動かない。

「乗らないのかい?」

 馬車乗りは首を傾げる。

 やがて、

 馬車は、

 琴葉を置いて、出発する。



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「琴葉と紅葉」8

2015年07月24日 | T.B.2019年

「ねえ」

 それから数日後。

 紅葉は、琴葉を見つけ、声をかける。

「琴葉、ちょっと!」
「何よ」

 琴葉は面倒くさそうに、立ち止まる。

「この前の、何?」
「何、て、何よ」
「この前、あなたが肉をもらいに来た日のこと!」

 琴葉は、判っている。
 紅葉が云いたいことは。

「彼。あなたのこと、紅葉、て、呼んだわ」
「……そう?」
「なぜ?」
「聞き間違いじゃない?」
「いいえ」

 紅葉が云う。

「あなたを見て、紅葉と云っていた」
「間違えたのかしら」
「嘘をついたのね!」

 紅葉は、琴葉の腕を掴む。

「紅葉は私よ!」
「ええ。いいじゃない、それで」

 琴葉は、紅葉を振り払う。
 歩き出す。

 ゆっくりと。

「待って、琴葉!」
「悪かったわよ」

 琴葉は歩きながら云う。

「あいつが、どれだけ引きこもりか、確かめようとしたの」
「確かめた?」
「確かめたと云うか、試したと云うか」

 琴葉が云う。

「隠れて暮らしているのなら、あなたのことも知らないだろうと」
「…………」
「ほら。黒髪だし」

 琴葉は息を吐く。

「でも、……狩りにも参加して、普通に西一族やってるのね」
「琴葉、」
「私と同じかと思ったら、大違い」

「琴葉……」

「でも、西の厄介者と云うところは、同じかな」

 紅葉は、琴葉の後ろを歩く。

「……ねえ。ちゃんと、あなたの名まえを教えてあげたら」
「いい」
 琴葉は首を振る。
「もう、話すことも、……会うこともないだろうし」

「あの人の名まえは?」
「名まえ?」
「知ってる?」
「知らない」
「教えてあげる」
「いいよ」

 紅葉は立ち止まる。

 琴葉は、立ち止まらない。

 紅葉は、その背中に声をかける。

「琴葉も来なよ」
「どこに?」
「狩り」
「行かない。出来ないし」
「うちの班の準備、手伝ってよ」
「…………」
「狩りから戻って来たら、肉を捌くの、ね」

 紅葉が云う。

「あなた、肉は捌けるでしょ」

 琴葉は答えない。

「一緒に、広場に行こう」

 琴葉は首を振る。

 ゆっくりと、歩く。

「紅葉ってば!」

 琴葉は振り返らない。

 手を上げる。
 云う。

「迷惑、かけたくないし」



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