TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「『成院』と『戒院』」23

2020年11月24日 | T.B.2017年
朝靄もまだ晴れない、薄暗い刻。

成院は家を出る。

長く過ごした家の扉を
そっと撫でる。

挨拶を済ませたのはほんの数人。

もしかしたら
何も知らず、今日このドアを叩く者が居るかも知れないと思うと
何とも言えない想いにかられる。

家から続く、畑のあぜ道を抜ける。

何度も何度も通った道。
今日で最期。

「………」

振り返り、住み慣れた我が家を遠くに見る。

東一族の村を出た時は
そんな余裕もなく、
ただ、ひたすらにこの地を目指した。

まだ、ここに居たいと言う思いと
行かなくてはいけないという思い。

馬車乗り場には
二台の馬車が停車している。

東一族の村へ向かうもの、
そして、
反対方向へと向かう馬車。

もう決めているはずだ。
けれど、もう一つの可能性に
暫く目を奪われる。

目を閉じる。

「………」

すう、と息を吸い込むと、
成院は1人馬車に乗り込む。

同じ頃、

東一族の村では『成院』が宗主の屋敷へと向かう。

成院が戻る戻らずに関わらず、
全てを話すつもりでいる。

何かしらの罰を受ける事になるだろう。
もしかしたらそれは
あの時に先延ばされた『死』かもしれない。

「ああ」

だが、きっと、
『成院』と名乗るのは、今日で最期になるだろう、
そう思いながら。

T.B.2017
東一族と南一族の村で。


「『成院』と『戒院』」22

2020年11月17日 | T.B.2017年
「この村に来て、
 最初の数年は生活に慣れるのに一生懸命だったよ」

成院は呟く。

「それから、また、数年。
 南一族として生きていこう、と
 この一族の証を入れた頃だったかな」

頬の入れ墨を成院は示す。

南一族である証。
もう、東一族としては戻らない覚悟を決めた物。

「南一族の村に、素子が遊びに来ていたんだ。
 最初は人違いだと誤魔化していたんだが」

成院、と昔の名で呼ばれて、
久しぶりに会った故郷の人。

酷く懐かしさを覚えた。

「それから、
 素子が帰るまで一緒に過ごした」

わずか、数日の出来事。
会えて良かった、と素子は言っていた。

「素子が帰って暫くは
 今の様に覚悟を決めていた。
 けれど、東一族の使いはやって来ない」

成院は頭をかく。

「村に居た頃にあまり面識もなかったし、
 その時だけのものだと
 素子も思っているのだとばかり」

「違うだろ」

戒院はため息を付く。

「素子は約束を守ったんだよ。
 お前の事を誰にも言わず、
 お前の生活を壊すことをしなかった」

「そのようだ」、

「武樹が生まれた時、
 素子は成院が付けた名前が欲しいと言った」

だから、
武樹という名前は『成院』が付けた。

「今思えば、あれは俺にじゃない、
 お前に名前を付けて欲しかったんだ」

「………」

「昔から鈍いお前の事だ
 気が付きもしなかっただろうけど、
 素子はずっとお前の事を気にかけていたよ」

「そう、か」

成院は深く息を吐く。

「お前はよく、周りを見ているな」
「まあな。
 一点集中型の兄と違って、な」

戒院は立ち上がる。

「そろそろ、馬車の時間だ」
「帰るのか」
「ああ」

「俺は………」

成院は言い淀む。
答えを、決めかねている。

「長く住んだ土地だ。
 時間も必要だろう」

戒院は成院の肩を叩く。

今でも腹は立っている。
言いたいことは山のようにある。

それでも

「散々言ったが、感謝しているんだ。
 あの時お前が薬を取りに西一族の村に向かわなければ、
 ―――俺は今ここに居ない」

晴子との暮らしも。
未央子という存在も。

だから。

その先の言葉を戒院は飲み込む。

けれど、決めていること。

もし、成院が
村に戻らずどこか遠くの地に旅立っても、
決して責めない。と。

「今日は会えて良かったよ」
「俺も、お前の顔が見れて良かった」

もしかしたら、
最期かも知れないやりとりを2人は交わす。



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「『成院』と『戒院』」21

2020年11月10日 | T.B.2017年
「………」
「………」

テーブルを挟み、
距離を取って座った2人の
沈黙が続く。

出されたお茶も
手が付けられないまま冷めていく。

「分かっては居たんだ」

そう切り出したのは成院。

「あの子が俺を見つけた時から
 こうなる気はしていた」

お前の娘だろう、と
成院は問いかける。

「未央子だ」
「良い名前だ。
 晴子との子、か?」
「ああ」

それを聞き、
成院は頷く。

「それは、よかった」

「よかった、だと!?」

今、この時は戒院に戻った『成院』は
拳を握りしめる。

「お前の名を名乗り、
 恋人と結婚し、子供も産まれ、
 次期医術大師だと言われ」

「………そうか、大医師に、
 お前なら、間違い無いだろう」

「代わりにお前は自分が死んだ事にして
 村を出て、南一族のふりをして、
 ひっそりと暮らしている」

「ああ」

「俺が、それをすんなり、
 よかったと受け入れると思っているのか!!」

全部分かる。
この愚かな双子の兄の事は。
何を考え、何を行動するのか。

あの時、感染症に冒された者は
皆一律に命を落とした。

病が進行した者も居れば、
感染の拡大を防ぐ為に
薬で眠らせられた者も居る。

戒院は奇跡的に薬で助かった、
しかし、それは敵対する一族に忍び込んで得たもの。
公にはできない。

その上、戒院の病は宗主に知られていた。

死が決まっていた。

だから成院は提案したのだろう。
自分が姿を消し、
そして戒院が『成院』として生きれば良い、と。

「俺はっ」

戒院の怒りは、苛立ちは募っていく。

「自分に腹を立てているよ」

何も気付かず、
今まで、のうのうと生きてきて。
時には『成院』で居ることがつらいとさえ
言いながら。

「悪かった。
 知られるつもりは無かったんだ」

成院は立ち上がり、
窓の外を眺める。

「この村も出て行くつもりで居た。
 長い事住んでいたから、
 愛着が湧いて、出遅れてしまった」

「はあ?」

「お前も知っているんじゃないか?
 東一族からこの村に移住してきた者がいる。
 見つかる前にと思っていた」

むしろ、と
成院は言う。

「こんな近くで、故郷の誰にも知れず
 今までよくやってこれたもんだ」

「………また」
「うん?」
「またどこかに行くつもりか?」

「ああ」
「………」
「お前とはこれっきりだ。
 俺の事は今まで通り死んだ者だと思ってくれ」

ガタン、と戒院は立ち上がる。
その勢いでカップが倒れ
中身が床にこぼれ落ちるが
今はそんな事に構っている場合ではない。

成院の襟ぐりをを掴むと
一発拳をたたき込む。

「………っつ!!」

避けられたであろうそれを
あえて受ける成院に腹を立てながらも
今ので自分の苛立ちをぶつけるのは終わりだ、と
戒院は拳を下ろす。

「帰るんだ」

「………は?」

「まだ間に合う」

戒院は言う。

「やり直すべきだ。
 全て話して、なにもかも」

いや、
いいや、と成院は首を振る。
何を言っているんだ、と。

「許されるわけがない」

「それでも、だ」

「分かってくれというのか?
 今までの十数年は
 全部、欺いた物だったと
 皆にそう言えというのか?」

そうだ、と戒院は頷く。

待ってくれ、と成院は答える。

「無理だ」

今さらどの面を下げて、と
懇願する。

罰を受けるだろう。
その覚悟はある。
いつかは、と思っている。

でも、それは
今ではない。

「放っておいてくれ。
 いいじゃないか、このままで」

「駄目だ。
 それは許されない」

分かっている。
成院にとっても、戒院にとっても
それは今までの全てを壊すことになる。

戒院だって
等しく宗主の裁きを受ける事だろう。

それでも

「罰を受けたとしても、
 お前は全てを明らかにして
 帰らないといけない」

あまりにも横暴だ、と
成院は首を振る。

「お前に俺の何が分かると言うんだ」

「わかるさ」

戒院は答える。

「俺はお前だ。
 お前の知らないお前の事も分かっている」

「何が」

「お前はずっとこの村で暮らしてきた。
 だから、知らないんだ。
 残された者の事を」

「残された?」

戒院は頷く。

「素子(もとこ)と
 関係を持った事はあるか」

「なにを?」

それが何か、と成院は答える。

「あるのか、ないのか、聞いている」
「………」

こくり、と成院は頷く。

なら、間違いが無い、と
戒院は確信を得て成院に告げる。

「1人子供を育てている。
 武樹という男の子だ。
 素子は父親が誰だと決して言わないが」


「あれは、お前の子だ、成院。
 お前によく似ている」


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「『成院』と『戒院』」20

2020年11月03日 | T.B.2017年
昔訪れたのは子供の頃。
記憶もおぼろげで
初めて訪れたも等しい南一族の村。

豊かな畑が広がる、農業の村。
北一族の市場とは違う、
どこかのどかな賑やかさ。

「………」

季候も良く、過ごしやすい。
違う目的で訪れていたのならば
この雰囲気を楽しむ事も出来ただろう。

「さて」

気持ちを切り替え
『成院』は辺りを見回す。
どうやって当たりをつけるか、と
村の中心地を歩く。

「聞いて回るしかない、か」

店に足を踏み入れる。

南一族の村名産の豆を使った
菓子店。

「こんにちは。すまないが」

甘い匂いに囲まれる中
店番の青年が背中を向けて作業をしている。

「なんだ、今日も詰め合わせか?」

客と勘違いしているのだろう、
目深くかぶっていた羽織を脱ぐ。

いや、と『成院』は返す。

「人を尋ねたいんだが」

「うん?」

青年は振り返る。
まだ若いどこか生意気そうな顔が
『成院』の顔をじっと見る。

「尋ねるって、あんた何年この村に居るんだ。
 それに、なんだ今日は、そんな格好を………して」

声をかけられるも
相手の戸惑いが伝わってくる。

「タロウ……じゃ、ない?」

ああ。
『成院』は心の中で唸る。

いる。

間違い無く、この村に。

答えに辿り着きそうなはずなのに
重しが置かれたように胸の奥が締め付けられる。

「そうか」

『成院』は頷く。

「この村では
 タロウと名乗っているのか」

「いや、待ってくれ」

「その、タロウとやらは
 どこにいるんだ」

「何なんだ、お前。
 あいつをどうするつもりだ」

「………分からない」
「はあ?」
「ただ」

『成院』は答える。

「俺はあいつに
 会わなくてはいけない」

「待てよ」


「ジロウ、ストップ」


『成院』を止めようとする青年に
別の声が正面から。

「マジダ」

気が付けば
そこには青年と同じ年頃の若い女性。

「皆が騒いでいるから駆けつけてみれば」

『成院』を何とも言えない表情で迎える。

「こんにちは、東一族のお兄さん。
 あなたも、来たのね」
「俺も?」

と、言う事は。

「待って頂戴!!」

声を上げそうになる『成院』を
その女性は制する。

「案内をするわ。
 だから、全部、直接話して」

「でも、マジダ」
「いいのよジロウ。
 タロウが望まないならば違うけれど」

ねえ、と彼女は『成院』に問う。

「私達は関わってはいけないことでしょう。
 これはあなた達の問題なのだから」

『成院』は2人の後を付いていく。

覚悟を決めたような彼女と
未だ納得のいっていない青年。

大通りを抜けて、
脇に抜ける細い道を
入り組むように進む。

ただの旅人は寄りつかない
村人しか足を踏み入れないような場所。

「ほら、あの家」

そう指差して、2人はそこで立ち止まる。
ここから先は1人で向かえ、という事。

「ありがとう」

いいえ、と彼女は首を振る。

「私はあなたにもお世話になったから」
「うん?」
「いいの、気にしないで。
 いつかこんな日が来ると思ってはいたのよ」

でも、と少し名残惜しげに言う。

「まさか、
 今日がその日だとは思わなかった」

自分を間違えた青年の
後悔の表情が頭から離れない。

『成院』は色々な物をこじ開けようとしている。
大医師が、
南一族の村人が
この村の奥底にしまい込んでいた物を。

放っておけば良かったのかも知れない。

けれど
それを振り切って『成院』は進む。

東一族とは違う南一族独特の造りの家。
古い家を改装しているのか
少し重い扉を軽く叩く。

「開いているぞ。どうぞ」

まず返された声に
えも知れず身が震える。

聞き慣れた自分と同じ、
だが少し違う声。

扉が開かれる。

「…………」

ひゅっと、息を吸う音。

自分なのか、相手の物なのか。

もう、ずっと前の事。
占術師である大樹が
自分を占ってこう言っていた。

今までの生活を続けたいのならば
南一族の村には近寄らない事だ。

この事か、と
今さらながら思い知らされる。

「お、まえ」

沸き上がる様々な感情と
掴み掛かりたい衝動を抑え、
深く息を吐き、告げる。

もう昔に捨てたはずの自分の名前を。

「ああ、そうだ。
 俺だ、―――戒院だよ」

向かい合う男に言う。

南一族の格好をしているが、
自分と同じ背格好、同じ顔、
同じ表情を浮かべている男に。

「久しぶりだな、成院」


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