TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「辰樹と媛さん」21

2020年08月28日 | T.B.2020年
「ねえねぇ、兄様」
「何だ、媛さん」

 ふたりはもぐもぐと果物をほおばる。

「うまいな、これ!」
「そうね! この時期は、やっぱり果物よね!」

 気温が上がる時期は、水分補給が大切。

「いっぱい食べるんだぞ」
「もちろん!」
「たくさん冷やしてあるからな!」
「兄様、準備がいいのねー」

 川に籠を浮かべ、川の水で果物を冷やす。

 ふたりはもぐもぐと果物をほおばる。

「じゃなくて、兄様!」

 彼女は、彼を見る。

「訊いて、私の話!」
「おう、何だ!」
「舟に乗りたいって話はどうなったのか!!」
「あー。あぁあ、なるほど」

 彼は果物の種を、ぺっと飛ばす。

「そうだった、その話」
「そうよ、兄様。南一族の村に行くって云ってたじゃない」
「云ってた云ってた」
「…………」
「…………」
「それで、どうなったのよ!」

 彼女も、果物の種をぺっと飛ばす。

「いやー、いろいろ考えたんだけどな」
「うん」
「しばらく、やめた方がいいぞ」
「何で!」
「何でも何も」

 うんうん、と彼は頷く。

「悪いことが起きるからだ」
「悪いこと?」
「そう!」
「…………」
「…………」
「何がっ!?」

 彼はゆっくりと立ち上がる。

「兄様……」

 そして、川へと歩く。
 何かを見ている。

 遠い目。

「何か、そんなに悪いことが……」

 彼女は、彼の背中を見る。
 もしかしたら、自分を案じてくれているのかも知れない。

 彼は屈み込む。

 川へと手を沈め、

「おお、これこれ! よく冷えてるよ!」
「そ、それはっ! 遙か遠く海一族の村で採れると云う、実!!」

 川の中から取りだしたのは、
 海一族原産
 めっちゃ高木の、これまた高い場所にしか成らない実である。

「この中の汁が飲料になるんだよ」

 彼は実を切り、彼女に渡す。

「お、い、し、い!」
「だろー」
「すごいわね、兄様」

「とにかくだな、媛さん」

 彼が云う。

「南一族の村に行く機会は、まだある。今は我慢だ」
「急に話が戻るのね」
「俺の勘を信じろ!」
「えっ、何それ」

 彼女は頬を膨らませるが、彼が云うなら仕方ない。
 ひとりでは南一族への行き方さえ、判らないのだから。

「この前も云ったんだけどな」
「誰に?」
「近々大きな動きがあると云う、俺の予感だ」
「砂一族の?」
「いや。うーん、何かな?」
「ふわっとしてるのね、兄様!」
「そうだ。予感と云うものは、いつもふわっとだ!」
「面倒くさそうだなー」

 彼女は、果物を食べる。

「南一族の村に行くとか、ちょっと冒険してみたい気がするけど」
 云う。
「でも、こんな当たり前のいつも通りが一番かもっても思うし」
「うんうん」
「大きな動きって何なのよー」
「判らん!」
「いつも通りでいいよー」

 とりあえず

 その日の夜

 彼女は、果物の食べ過ぎで
 お腹が冷えて、痛くて、泣いたとさ。





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「武樹と父親」7

2020年08月25日 | T.B.2017年
「ええっと、哉樹
 驚かせてごめんね」

未央子は哉樹を覗き込む。

「まさか。
 あんたがそんな恐がりだとは」
「俺、コワガリジャナイヨ」
「………まだ恐怖を引きずっているぞ、こいつ」

「そもそも、未央子。
 こんな時間にどうしたの?」

沙樹が問いかける。

「実はお茶会の帰り道なの。
 男の子達ばかり集まって楽しそうだから、
 女子も何かやりたいねって」

「へえ」

「みんなでお菓子作って、お茶入れて、
 お喋りしていたらこんな時間で」

「女子会だ」
「いや、でも
 女子っていつも集ってない?」
「ばかやろう。
 いつもの集いと特別な集い。
 例え同じ事をしていても、全く別物なんだよ」
「辰樹兄さんはどうしたの?」

未央子は村はずれの家の子を
送って行った帰り、らしい。

「今の時期は日が長いからって
 油断してたわ」
「そうだね。
 一人は危ないよ、未央子」

「不用心過ぎるんじゃないか」

ぽつり、と武樹は呟く。

皆が振り返り、
武樹が一人、会話に加わっていなかった事に気がつく。

「ええ、そうね」

ごめんなさい、と未央子が謝る。

「俺に謝られても困るんだけど」

「………うん」

はいはい、と辰樹が手を上げる。

「そう言う事なら、未央子姉さん。
 俺が送っていってやろう」

お前もな、と哉樹も巻き込まれる。

「おおお、おう」
「たすかるわ。
 “姉さん”は余計だけれど」

未央子と辰樹は同い年でいとこ。
ついでに、哉樹もいとこ。

「でも、未央子の方が
 お姉さんっぽいだろう」
「………そうだね、辰樹兄さん」

落ち着きという意味合いでは。

「いとこズ大集合だね。
 ―――あ、でも、むっくん」
「?」

なに?と
顔を向けた武樹に沙樹が言う。

「むっくんと未央子って
 何だか似ているよね」

「   」

「口元のホクロとか」
「ホクロだけ、かい」
「黒髪、黒目、とか」
「それ、みんなだから」
「つまりは広い意味では
 俺達みんな縁者だよね」
「広いな~」

同じ集落の同じ名字の人は
元を辿ればだいたい親戚。みたいな。

「そりゃ、似てるだろうよ」

沙樹と辰樹のやりとりを
相手をしていられない、と
武樹は先に一人で歩いて行く。

「ああ、むっくん、待って待って」

そこから先は分かれ道。
未央子を送っていく辰樹達と
武樹・沙樹の二手に分かれる。

「それじゃあ、みんな」

またね、と手を振る沙樹に
辰樹はこう返す。

「お前も意地が悪いな沙樹」

うーん、と沙樹は悪びれずに答える。

「まあ、さっきのは
 むっくんが悪いからね」

お隣に住んでいる兄貴分としては、
指導をしなくては。

はー、と
感心したのか呆れているのか
辰樹は息を吐く。

「んじゃあ、俺達も帰るか」

と、既に暗くなっている道を
いとこズは歩く。

「あのさ、未央子姉さん」

哉樹が言いにくそうに問いかける。

「むつ兄と何かあったの?」
「え?」
「だって、むつ兄、
 姉さんには当たり強いよな」
「んん、そう、かな」

未央子は苦笑する。

「いいのよ。
 放っておいてあげて」
「姉さん大人の対応だな」
「そんなんじゃないわよ」

「いや、待て」

俺分かった、と辰樹が言う。

「あれは、
 ツンなんとか、というやつでは?」

いや、と
未央子と哉樹は声をあげる。

「「それは違うんじゃないかな!!」」


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「辰樹と媛さん」20

2020年08月21日 | T.B.2020年
 未央子は、胸が熱くなるのを感じる。

「小夜子……」

 辰樹はその様子を見る。

「こんなところにいたの」

 呟く。

「淋しかったでしょ」

 墓場の外れで。
 ただの石、で。

「ばかだなぁ」

 未央子は云う。

「そんなにひとり占めしたかったの」

 未央子は、同じく亡くなっている小夜子の彼を想う。

「ああ、うん」
 辰樹は云う。
「でも、ほら。花が新しいだろう?」

 辰樹は供えてある花を見る。

 まだ真新しい、花。

「誰か、ほかにこの墓を知っている人が供えてくれてるんだと思うよ」
「そう、なの……」
「あのとき、いろんなことがあったからな」

 辰樹が云う。

「やっぱり、誰か、何か、知っているやつがいるってことだ」
「……辰樹も、」
 未央子は、息を吐く。
「あのときは、ずいぶん気丈にしてた、もんね」
「うーん」
「いつもよりも、下の子たちの面倒を見ていたし」
「えー? 俺、いつも面倒見てるよ」
「面倒くさい笑いも、面倒くさいほど、多かったし!」
「それも、いつもじゃん?」
「相方さんを亡くして辛かったの、見え見え」
「…………」
「…………」
「……そっかぁ」
「うん」
「あいつも本当に、」
「うん」
「死んじゃったのかなぁ」

 辰樹は当時の相方を想う。

 未央子は、屈み込む。
 手を合わせる。

 辰樹も、手を合わせる。

「ねえ、これは?」

 未央子は、隣に並ぶ石を云う。
 同じような石。

「それもお墓だよ」
「これも?」
「そ」

 石には、数字が彫られている。
 ただ、生年だけ。

「名まえは彫られてないのね」
「そうなんだよなー」
「いったい……」
「これは媛さんの母親の墓だよ」
「媛さん?」
「えーっと、今護衛を頼まれている」

 汚れた手は服で拭き拭き、を、教えてしまった子である。

「何だか、不思議ね」

 未央子は首を傾げる。

「……ちなみに、その媛さんって何者なのよ?」

「媛さんは、だな……!」

 云いかけて、辰樹は考える。
 宗主様の娘だと、伝えていいのやら。

「あれ、待てよ?」

 宗主様の娘である媛さん。
 の、母親

 つまり、この墓石は、宗主妃の墓……?

「いやいや、嘘だろ?」
「…………?」
「うん、何かの間違いだ!」
「何が?」

 未央子は目を細める。

「とにかく! せっかく来たんだから、水でもあげていこう!」
「そうね」
「よし、待ってろ!」

 辰樹が手を叩く。

「すぐに、水を汲んでくるからな!」
「うん。お願い……」

 辰樹は走り出す。

 と

 未央子は気付く。

 あれ?

 日が落ちて、ここ、めっちゃ暗いんですけど!!
 墓場なんですけど!!
 ひとりで待つの、めっちゃ怖いんですけど!!

「まっ! 辰樹まっっ!!」
「え~?」

 結構、先に進んでいた辰樹が振り返る。

「私も行くっ!!」





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「武樹と父親」6

2020年08月18日 | T.B.2017年
「もう食べられない」
「暫くは、とうもろこしはいいかな」
「かっちゃん、
 そればっかり食べてたからね」

夕暮れ時のほんの少し薄暗い時間。
おなかを膨らませて
武樹達は帰路を歩く。

「なんというか」

武樹は沙樹をみる。

「沙樹くんも、
 こういう行事出るんだ」

もちろん、と沙樹は頷く。

「去年は羽子の面倒見る人が居なかったから、
 欠席だったけど、
 俺、結構こういうの好きだよ」

こういう。

「納涼川遊び?」

「いや、もっと、こう」

東一族の若者達が川辺に集い
水辺で遊んだり、
野菜を焼いて食べたり、
飲める者は酒を飲んだりする。

いつの間にか毎年、
暑い時期になると行われる催し。

「世界に無い概念を
 あるもので説明するって難しいな」
「だよなあ」
「何を言ってるんだ、俺達は?」

今日は羽子は居ない。

元々、門番や砂漠の見張りを終えた後に
息抜きをしよう、と集ったのが始まりなので
男ばかりの集まりとなっている。

「青年部?」
「この話はもう止めよう」

「おおい」

と、後ろから
大きな袋を下げて辰樹が走ってくる。

「待て待てお前達。
 持ち帰りの品を忘れるな」

大きな袋をそれぞれに渡される。

「今日の、余った野菜だ。
 家で食べてね!!」

ちょっと準備し過ぎた模様。

「と、沙樹はこれも」

ほら、と酒を手渡す。

「飲んでなかったから、
 家飲み用な」

おお、と武樹は少し驚く。
そうか、沙樹ももう十四。
東一族では酒の飲める………。

「いや、飲めないから!!
 2年早い!!!」

お酒は十六になってから(東一族基準)

「冗談だって。
 これも余ったから、親父さんに」
「そうそう、
 俺達まだ飲まないよ~」

武樹と哉樹は顔を見合わせる。

そう言えば同い年の辰樹と沙樹。
二人のやりとりを見たのは初めてかもしれない。
いつも見せる顔とは少し違う雰囲気に
少し意外な面を見てしまう。

あと、どこまで冗談でどこまで本気なのか。

「飲んだから面倒くさそうだよな、こいつ。
 性格もあれだしな」
「辰樹、ちょっと後から話があるよ」
「こういう所だぞ」

少し賑やかだけれど、
先ほどまでの大人数の集いの
余韻に浸りながら、

なんだか、まったり、武樹達は帰り道を進、

「ひゅん!!」

「え?」
「何今の声?」
「………哉樹?」

一番前を歩いていた哉樹が
最後尾に回り込む。

「どうしたあ、哉樹」
「なんか、ほら、
 ………前から誰か、来てない?」
「前?」
「うーん?」

武樹他、皆が目を細めて先を見る。

「確かに誰か来てる、かな?」
「俺よく見えないや。
 かっちゃん、目がいいね」
「誰だろ、おーい、ふがふがっつ」

手を振って声をかけようとした辰樹の口を
哉樹が塞ぐ。

「辰樹兄さん、なにしてんだよ」
「何しては、お前だろ」

だって、と、
若干青い顔をしながら哉樹が言う。

「お、おかしくない。
 灯りも持たずに、こんな時間に、
 この先、村の外れ、だろ」
「いや、でも
 家が無い訳じゃないし」
「こんな時間って、別に夜でも無いんだから、
 ―――まさかお前、お化けか何かだと」

「止めろ!!
 そう言う話をしていると
 やつらは寄ってくるんだよ!!」

「ええぇ、マジだよこいつ」
「将来、夜の砂漠当番大丈夫かな」
「落ち着けよ哉樹。
 本当に怖いのは生きてる人間」
「辰樹兄さん、
 それは真理だけど」

「あああああ、ききき来たぁああああ」

「ねえ」

「きっやああああああああああ!!」

「絵に描いたような
 絹を切り裂くような声」
「嘘だろ、哉樹」

「………え、なに。
 どうしたの?」

軽く意識が飛んでいる哉樹を抱えつつ、
武樹達は声の方を見る。

この距離だと、
薄暗くても顔がよくわかる。

「「「………」」」

なんと説明して良いのやら、と
悩んだ挙げ句
沙樹が少し困り顔で答える。

「やあ未央子、こんばんは。
 この事はうん。忘れてやってくれないかな。
 ―――哉樹の名誉のためにも」


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「辰樹と媛さん」19

2020年08月14日 | T.B.2020年



 東一族の村に戻り報告を済ませると、辰樹は武樹と分かれる。

 武樹は公衆浴場へ行くと云う。
 もちろん、辰樹も行こうかと思ったのだが

「未央子(みおこ)!」

「ええ、私です!」

 従妹の、未央子。
 辰樹の父親と未央子の母親が、兄妹なのである。

「お帰り!」
「おう、ただいま!」
「あなたねぇ、女子に余計なことを教えるんじゃないわよ!」
「おぉお、突然何だ!?」
「汚れた手を服で拭くとかっ!」
「なるほど!」

 辰樹は手を叩く。

「それ、亜香子(あかこ)にも云われたぞ!」

 媛さんの従姉である。

「最悪!」
「いや、俺は過酷な状況でも生き残れる術をだな!」
「それは、教えんでもいいっ!」

 あはは~、と走る辰樹を
 本気の怒りで追いかける未央子。

 あらあら
 相変わらず元気ねぇ、

 と、東一族に微笑ましく見守られながら。

「ちょっと、辰樹っ!」
「あはは! 未央子、こっちこっち!」

 とは云え、辰樹は戦術師。
 腕も体力も、並外れている。
 普通に走って、未央子が追いつくわけがない。

「辰、樹っ……!」
「ゆっくり走るか、未央子!」
「ちょっ、どこに行くのよ!」
「こっちだよ」

 やがて、人通りがなくなり

 村はずれへ。

「はぁはぁ……、もう無理」

 未央子は顔を上げる。

「ここに……何があるのよ……」
「今日、花を持って行くって云っていただろ?」

 息も切れ切れに、未央子はあたりを見る。

 一族の、墓地。

「小夜子の花なら、もう行ってきたよ」
「うんうん」

 辰樹は云う。

「ここに、その子の墓があるんだよ」
「えっ?」

 その言葉に、未央子は辰樹を見る。
 戸惑いの表情。

「……墓はないわ」

 未央子は云う。

「探したもの!」

 友人が亡くなり、
 一族でいろんなことがあり

 それが落ち着いてから。

 何度も墓場に来ては、友人の墓を探した。

 友人を埋めたのは、自身の父親。

 でも、

 その場所は教えてくれない。
 誰かとの約束だから、と、云って。

 友人の墓は、見つかることはなかった。

「だから、私はあの場所へ行ってきたのよ」

 友人が亡くなったとされる場所へ。

「嘘付かないでよっ」
「未央子!」

 辰樹は手を招く。

 墓場の奥へと進む。

 日は傾いている。
 あたりは薄暗い。

「辰樹ったら!」

 辰樹は振り返らず、進む。

 墓石が並ぶ場所、を抜け、その先へ。

「ねえ、ちょっと!」
「ここだ!」

 辰樹は、足下を示す。
 その下に転がる石を見せる。

「何?」
「その子のお墓」
「え?」
「だから、お墓だよ」
「……これ、が?」

 墓石ではない、ただの石。

「……お墓?」
「見てみなって」

 未央子は、おそるおそる、その石を見る。

 そして

 目を見開く。

 石に刻まれているのは

(小夜子 2003―2017)

 の、文字。

「嘘……」
「嘘じゃないって」

「小夜、子……?」

「間に合ったな」

 辰樹は、未央子を見て笑う。

「何、……笑ってんのよ」
「だって、見送りなら楽しい方がいいだろ?」

 その魂が、また空へと還る日。





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