TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「海一族と山一族」13

2016年08月30日 | T.B.1998年

「俺は長候補の一人なんだ」

トーマは言う。

「だから、
 長が行うべき儀式の時には
 必ず同行させられる」

特に、今回のような
数十年に一度の事は。

「偉い人だったのね」
「ちがうって。
 候補は他にも沢山いるんだ」

「……」

「約束は守ってる。
 カオリのことは誰にも言っていない」

「ダメよ」

ねぇ、と
カオリは言う。

「生け贄は此所にいますよって
 皆の前に差し出さないと」

長なら、そうしないと、と。

うん、とトーマは
震えるカオリの手を握りしめる。

「まだ俺は長じゃないから」

「……私」

カオリは声を震わせる。

「逃げた訳じゃないの」

「色んな事で
 頭がいっぱいになって」


「これから、死ぬんだ、って」


トーマはカオリをそっと抱きしめる。

「大丈夫。
 カオリが此所にいることは
 姉さん以外は誰も知らない。
 海一族も。山一族も」

落ち着かせるように、と
ゆっくり肩を叩く。

「気がついたら此所にいたの。
 ぼうっと歩いていたから、
 きっと川岸で足を滑らせたんだわ」

「見つけた時は驚いたよ」

「帰らないと。
 きっと、みんな困ってる。
 生け贄が居なくなるなんて」

きっと、トーマは
カオリを山一族に返さなくてはいけない。
それが
両一族を救うことになる。

でも、

「変だな」

トーマは言う。

「山一族は言っていた。
 生け贄は準備が出来ている。
 清めの儀式を行っていると」

「どういう事?」

「判らない。
 カオリが居ないことを隠して
 嘘をついて居るだけかもしれないが」

それにしては、
慌てる様子もなく、随分と落ち着いて話していた。


「山一族では
 何が起きているんだ?」



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「海一族と山一族」12

2016年08月23日 | T.B.1998年

「カオリ」

トーマがドアの前で声を掛けると
足音が近づき、内側から扉が開けられる。

「歩いて大丈夫なのか?」
「ええ」
「あまり、無理せずに」

トーマは持ってきた飲み物を
ベッドサイドのテーブルに置くと
もう片方に抱えていた箱から
湿布を取り出す。

カオリの手を取ると
包帯を解き、湿布を貼り替える。

「跡が残るかもしれないな」

川で流された時に
あちこちぶつけたのだろう。
アザはまだ大きく残っている。

「命があるだけでも、充分よ」

気にしないで、と
そういうカオリに
トーマは尋ねる。

「カオリ、一つ聞いて良い?」
「なに?」
「山一族にはカオリという名前の人は
 沢山いるのかな」
「どうかしら、
 私一人だけだと思うけど」
「そう」

トーマは、包帯を巻き終え、
カオリに向き直る。

「今から話す事。
 もし間違っていたら忘れて欲しい」
「……トーマ?」

「数十年に一度。
 どこからともなく災いが訪れる」

「そんな話、
 初めて聞いたわ」
「村人には知らされていない、
 ごく少数の人にしか
 引き継がれない話だから」
「じゃあなぜ
 トーマはそれを知っているの?」

「俺が、その
 ごく少数のうち一人
 って言ったらどうする?」

話を戻すよ、と
トーマは言う。

「数十年に一度、
 海と山に異変が起こる。
 海一族と山一族は
 交互に生け贄を差し出すことで
 その難を鎮めてきた、」

「そしてまた、異変が起きている」

カオリは続く言葉を避けるように
顔を伏せ、きつく目を閉じる。

「次に生け贄を出すのは
 山一族だ」

包帯を巻き終えたが
トーマはカオリの手を離さない。


「それは君のことだろう」


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「山一族と海一族」14

2016年08月19日 | T.B.1998年
 アキラの鳥がいないことに、マユリは気付いた。
 
 今、狩りは行われていない。

 つまり
 アキラの鳥は、狩り以外の用途で外を飛んでいると云うことだ。

 マユリは待つ。

 やがて

 思ったとおり、アキラがやって来る。

「鳥はどちらへ?」
 マユリの問いに、アキラは答えない。
「云うな」
「ええ。判ってます」
「しばらく俺の鳥は戻らない」
「どちらに鳥を飛ばしたのですか?」
「…………」
「カオリを探すために?」

 答えないアキラに、マユリは確信する。

「海へ鳥を飛ばしたのですね?」

 マユリはアキラを見て、さらに問う。
「カオリの失踪は、海が関わっている?」
「そう云うことじゃない」

 アキラが云う。

「カオリが川の方に行ったことは間違いない」
「川? カオリが?」
「あの川は、海一族の村へと流れている」
「なら」
「カオリが海にたどり着いた可能性があると云うことだ」

「カオリは、……自らの意志で山を出たのでしょうか」

 アキラは答えない。

 それが答えだ。

 マユリも、カオリの気持ちは判る。
 生け贄として死ぬことが決まったのだ。
 逃げることも思い浮かぶはず。

「おそらく……」

 マユリは云う。
「フタミ様方は、慌てていらっしゃる」
「だろうな」
「生け贄は、両一族の存続と関係に関わることですから」
「…………」
「もし、カオリを見つけたのなら、伝えてください」

 村の外へと向かうアキラの背中に、マユリは云う。

「生け贄として、私が赴きますから」

 安心して、帰っていらっしゃい、と。



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「海一族と山一族」11

2016年08月16日 | T.B.1998年

海一族の村から随分山を登った所。

山一族の村から随分山を下った所。

そこは、中間地帯と呼ばれる場所。

どちらの領土でもないが、
海一族と山一族以外は
立ち入ることが無い場所。

日が沈んだその時間に
布で深く顔を隠した人々が
どこからともなく集まる。

「数十年ぶりだ」

そう呟いた人物は
辺りを見回すように言う。

「災いが起こり始めた。
 また、この時がやって来た」

一方の集団が
口火を切ったように
話し始める。

「期限はあとひと月を切った」
「そちらの準備は出来ているのか」
「まさか」
「逃げ出してはいないだろうな」

すると、とんでもない、と
もう一方の集団が言葉を返す。

「逃げ出すなどと、そんな」
「言われもない事を」
「生け贄は、もう準備に入っている」
「身を清め。
 日々祈りを捧げている」

集団をとりまとめるであろう人物が
互いを落ち着かせるように言う。

「それならば、良い。
 何も問題は無い」
「一人の犠牲で皆が救われる。
 今は、それしか手立てがない」

「そして、その生け贄の名は」

問いかけにもう一方が答える。

「文でも伝えた通り」

「名をカオリという」

その時
一人が首を傾げるような動きをしたが
話はそのまま続く。

「それでは、約束の日に」
「ひと月後、その時に」

彼らは杯を掲げる。

「その尊い犠牲に敬意を」

杯を干すと
そのままお互いにもと来た方へと戻っていく。

それはあっという間の出来事。

山を下る一行は
松明の灯りのみで足元を照らす。

帰りの道は暗く、
だが、しきたりに従い無言のまま
彼らは山を下る。

やがて、日付も変わる頃に
村に着いた彼らは
散り散りになり帰途へと着く。

一人、家の扉を開け、
顔を覆っていた布を取り
混乱する頭で
トーマは先程の会話を思い出す。

生け贄の、その、名前。


「カオリ?」


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