TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「東一族と巧」7

2020年07月10日 | T.B.2000年

 旧ぼけた樹。

 その横に一軒家。

 彼の息は白い。

 薪を背負い、片腕で作物を持ち、家へと戻ってくる。
 荷物が多く、上手く歩けない。

 と、

 彼は外に彼女が出ているのに気付く。

 白い雪景色の中

 東一族の黒髪。

「おい! 何をしている!」

 思わず巧は叫ぶ。

 荷物を投げ棄て、近付く。
 大雪の中、外に出る意味が判らない。

 彼女が振り返る。
 その腕には、薪を抱えている。

 部屋の薪を補充しようとしたのだろう。

「何している!」

 彼は、薪を奪い取る。

「中の薪が少ないから、薪を、」
「外で勝手なことをするな!」

 そう云って、扉を見る。
 乾かした薪が濡れる前に、中に入れなければならない。
 片腕は、薪で塞がっている。
 彼女は慌てて、扉を開ける。

「中にいろよ」
「でも、」

 こんな寒い中、何を云っている。

 彼は悟の言葉を思い出す。

「誰かに見られたら、面倒くさいと云っているだろう」
「……ええ」

 彼は暖炉の近くに薪を置く。
 暖炉の火は、小さくなっている。
 少し、薪をくべる。

「荷物は?」

 彼女が云う。
 先ほど彼が、雪の中に投げ棄てた荷物。

「取ってくる」
「手伝うわ」
「いいって」
「ふたりで運べば早い」
「いいって」

 家の周りさえ、雪かきはされていない。
 道はない。
 危険だ。

 彼は再度、外へと出る。
 変わらず、雪が降っている。

 彼は息を吐き、雪の上に散らばる荷物を取りに向かう。

 戻ってきて、作物は机の上に置く。
 濡れた薪も運んでくる。

 彼女は、彼が持ってきた作物を見る。

「何でもいいの?」

 彼女が云う。

 野菜しかない、と、思ったのだろう。

「肉料理も出来る、けど……」
「…………?」

 彼は目を細め、彼女を見る。

 悪気はないと、判っている。
 けれども、その言葉が、彼に突き刺さる。

「うちに、肉が回ってくると?」
「あ、いえ」

 彼女は首を振る。

 彼は、自身の腕を見る。
 ない腕、を。

 狩りで得た肉は、村人に分けられる。
 獲た者の取り分はもちろん多くなるが。
 狩りに出ない者にも、肉は回ってくる。

 が

 それをよく思わない者もいる。
 ましてやこの時期。

 彼は、ない腕の、付け根に触れる。

 東一族は肉を食べないと、誰かが云っていたじゃないか。

「西に来て、肉の味でも覚えたのか」
「そう云うわけじゃ……」
「頭を下げて、肉をもらってこいと?」
「違うの。……ごめんなさい」

 彼は息を吐き、濡れた薪を持つ。
 先ほどのものとは別に、暖炉のそばに立てかける。
 乾かす。

 彼女は、作物を持って、料理をはじめる。

 彼は、外に出る。

 そして

 そこから、置小屋を見る。
 ほんの少しの距離。
 けれども、雪かきはされていない。

 今まで、自分しか使っていないから。

「……仕方ない」

 彼は片腕で道具を取る。

 雪かきをはじめる。






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「東一族と巧」6

2020年07月03日 | T.B.2000年

 雪が降っている。

 が、まだ少ない方だ。

 今のうちに畑を見ておこうと、彼は準備をする。

 暖炉に火を起こす。
 部屋が暖まる。
 彼は暖炉の横を見る。
 薪はない。

 外の置小屋にもう少しあるはずだが、
 今後を思うと、薪も集めておかなければならない。

 彼女はまだ動き出さない。

 早い時間。
 人目に付かないうちに外でやることを覚えた、自分の時間。

 彼は家を出る。
 畑に向かう。
 積もった雪が、いつもより厚い。
 なかなか、前へと進めない。

 息を切らして、彼は畑を眺める。

 もちろん、雪一色。
 先ほどより、あたりは明るくなっている。

 判りやすい場所に荷物を置き、彼は、道具だけを持つ。

 雪をかく。
 彼は首を傾げる。
 何も出てこない。
 ここは、もう、掘り上げた場所だっただろうか。

 彼は場所を変え、作物を探す。
 雪をかく。

 少し、多めに作物を持ち帰ろう。
 雪をかき、土を掘り、作物を取り出す。
 まだ、畑には十分に作物がある。
 雪が溶け暖かくなるまで、食糧は保つ。

 と、

 何かがこちらを見ている。

 巧は顔を上げる。

 静かな場所。
 ほんの少し、降っている雪。

 その中に、

 獲物。

 一羽の兎

 餌を求め、さまよっているのだろうか。

 無意識に、彼は手に持つ道具を、握り直す。

 目が合っている。
 もちろん、彼のことは気付いている。

 少しの距離。
 彼は、一歩踏み出す。

 獲物は、動かない。

 また、一歩。

 一歩。

 瞬間

 獲物は向きを変える。

「…………っ!?」

 彼は走り出そうとする。

 が

 走り去る獲物。

 追いつくわけがない。

 狩りの飛び道具も、ない。
 あったところで、扱うことは出来ない。

 すぐに、獲物の姿は見えなくなる。

「…………」

 その方向を、彼は見る。
 また、現れるわけでもないのに。

 彼は息を吐く。

 畑に戻る。
 作物をまとめ、道具を持つ。

 空を見る。
 先ほどより、雪の量が多くなっている。

 けれども、まだ、薪を集めなければならない。

 彼は歩き出す。




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「東一族と巧」5

2020年06月26日 | T.B.2000年

 水汲みが終わると、

 彼は身体に付いた雪を払い、中に入る。
 思ったよりも、雪が降っている。
 今日はもう、外へと出られない。

 昨日のうちに、畑に行っておいてよかった。

 彼は、暖炉の前に坐る。

 寒い。

 ない腕が、うずく。
 ある腕が、痛む。

 人の気配。

 彼は顔を上げる。

 東一族の彼女が、部屋の隅に腰掛けている。
 その顔は戸惑っている。

 まあ、居辛いだろう。

 彼は、再度暖炉を見て、そして、台所を見る。
 どうしようか考える。

「そこに、」

 指を差す。

 少ない食器が並んでいる。
 それと、丸い容器。湯沸かし。
 茶葉。

 彼女はそれを見る。
 立ち上がる。

「触っても、平気?」

 云いながら、彼女は食器を触る。
 水を入れ、暖炉に運んでくる。
 湯を沸かす。

 彼は暖炉の方を向いたまま、目を閉じる。
 もの判りがよくて、助かる、と思う。

 彼女はお湯を注ぐ。
 食器を取り出し、お茶を淹れる。

 彼に差し出す。

 彼は目を開き、それを見る。
 彼女は横にお茶を置く。

 そして、先ほどの位置に戻る。

 彼は置かれたお茶を見る。
 湯気が上っている。

「ここには、」

 彼女が口を開く。

「あなたひとり?」
「そう」

 彼は云う。

「誰も来ないと思う」
「…………」

「あんたは、別のところにいたんだろう」

「え? ええ」

「そこに、戻らないのか」
「そこにはもう、誰もいないの」

 そこにいた男は、村を出て行ったのだ。
 東一族の彼女は、西一族の村で生活がままならなくなった。

「食事はどうしていた?」
「野菜を運んできてくれて、それを料理していたわ」

 東一族は、狩りをする西一族と違って、肉を食べない。
 その話は、本当なのだ。
 なら、野菜があれば、何とかなる。

 彼は立ち上がる。
 彼女を見る。

「そっちで作業するから、こっちに」

 彼女を暖炉の前に移動させる。

 彼は湯飲みを持ち、いつもと違う場所に坐る。
 道具を取り出し、作業をはじめる。
 新しい、畑の道具を作る。

 片腕でも、ずいぶんと慣れた。

「私も何か云ってもらえれば、仕事をするわ」

 その言葉に、彼は彼女を見る。

「何かって?」
「針仕事とか、」
「ふーん」

 東一族のことは、彼には判らない。
 どう云う生活をしていたのかも。
 でも、確かにそれぐらいなら、負担にならないのだろう。

「自分は出来ることが少ないから」
 彼が云う。
「適当にやってもらえると」
「水汲みとか?」
「それは必要ない」

 雪道の水汲みは、負担だ。
 そもそも、水を運ぶのは重たい。
 ……危険だろう?

 巧は考える。

 訊く。

「子どもがいるのか」
「……ええ」

 彼女は自身のお腹を触る。

「知っていたのね」
「そのときの子か」
「……ええ」
「大変な境遇だな」

 これで東一族の彼女は、
 本当に、自分の村へ戻ることが出来なくなったと云うこと。

「うちにいても、不便ばかりだろうけど」

 彼女は首を振る。

「いえ。お世話になります」




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「東一族と巧」4

2020年06月19日 | T.B.2000年

 目が覚めると、彼は暖炉を見る。
 昨夜の火はすでに消えている。
 部屋の中は、冷えている。

 彼は起き上がる。

 置小屋から、乾かしておいた薪を運んでくる。

 火を起こす。

 次に桶を持ち、水を汲みに出る。

 薄暗い。

 また新しい雪が積もっている。
 彼はいつものように、雪を踏みつけ、川へと向かう。

 ふと、

 巧は目を見開く。

 その雪景色の中に、誰かが立っている。

 彼は一瞬、動きを止めるが、
 すぐに歩き出す。

 黒髪の、……東一族が近付いてくる。

 うつむき、後ろに続く。

「あんたが、……例の東一族か」
「……ええ」
「話は聞いているよ」
「…………」

 前を向いたまま、彼は歩く。
 歩きにくい道。
 彼女は、彼を追う。

「大変な境遇だな」
 彼は云う。
「行き場がなくて、転々としているのか」
「……いえ」
「うちにだって、いつまでいられるかどうか」
「…………」

 足音が止まる。

「……お世話に、なります」

 彼は振り返る。
 彼女は頭を下げている。

「別に、」
「ご迷惑を、……おかけします」
「…………」

 迷惑?

 別に、ここなら誰も来ないし
 東一族がいると、責められることもない。
 それに、
 云うほど、自分がやってあげられることもない。

 まあ、村長は、いい選択をしたと、云うことだ。

 前に住んでいたと云う、男の家の位置や
 立場からしても
 おそらく苦労をしたのだろう。

 日が昇り出す時間。
 けれども、今日の空は、厚い雲で覆われている。

 川にたどり着くと、彼は桶を持ち直す。

 彼女はその様子を見ている。
 桶を見て
 彼の、……腕を見る。

「水を汲むの?」
「そう」
「私がやるわ」

 そう、彼女が桶を受け取ろうとする。
 彼は驚く。

「何で?」
「やるわ」
「いいって」
「でも、」
「俺がやるから」

 彼は水を汲む。

 少し、苛つく。

 たぶん、彼女は、

「俺に同情しているのか」

 この、ない、片腕に。

「そんなつもりじゃ、」
「余計なお世話だ」

 水の入った桶を持ち、家へと戻り出す。

「どれくらい、水を汲むの?」
「1日分。家の甕がいっぱいになるまで」
「次は私が行くわ」
「同情はやめろと云っている」

 人の手を借りなくても、これぐらい自分で出来る。

 片腕はない。
 けれども、
 片腕は、ある。

 ましてや、この東一族に。

 彼女はただ、彼の後ろを追う。

 甕に水を入れると、また、川へと向かう。
 彼女も付いてこようとする。

 彼は、空を見る。
 何かが舞っている。

 ―― 雪。

 ああ、今日は一日雪か、と思う。

「付いてくるなよ」

 彼は云う。

 足下は悪い。
 無駄に歩く場所ではない。
 その動きに合わせていたら、どれほど時間がかかるか。

「あんたが人目に付いたら、面倒くさい」
「……ごめんなさい」
「人が動き出す前に、終わらせたいんだけど」

 誰か、人が来るわけがない、のだが。

 今日から水はふたり分。
 雪が本降りになれば、水は汲めない。
 急がなければ。

 彼は桶を置き、指を差す。

 彼女はその方向を見る。
 彼の家。

 彼女は彼を見て、
 そして、そちらへと歩き出す。

 家にいることを、理解したのだ。




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「東一族と巧」3

2020年05月22日 | T.B.2000年

「何の用だ」

 坐ったまま、
 川を見たまま、

 巧は云う。

「早く話せ」
「おいおい」

 その横で、悟は手を上げる。

「俺は、みんなの心配を伝えただけだぞ」

 西一族は、狩りの一族。
 狩りは、一族の誇り。

 狩りに出て、誰もが当たり前。
 出来なければ、一族での立場は下がる。

 狩りで片腕を失った彼は、今まさに、そうなのだ。

 もう、今後
 皆と狩りに行くことは、ない。

 悟は、彼の肩を叩く。

「気が向いたら、広場に来い」

 恥をかきに、なのか。
 そうとしか、受け取れない。

「はあ。じゃあ、本題」
「悟が来るってことは、村長からの話か」
「察しがいいな」

 悟は腕を組む。

 彼は、ちらりと悟を見る。

 悟は、西一族の誇りを固めたような男だ。
 容姿はもちろん。
 狩りの腕も当然のこと。
 村長から、直々に仕事を任されることもある。
 ゆくゆくは村長を継ぐのだろう。

「ほら、知ってるだろ。うちの一族に住みついてる東一族」

 その言葉に、彼は目を細める。

 村長から、東一族の話?

「まだ、この村にいるんだよなぁ」

 東一族。

 西一族の村に隣接する、広大な水辺。
 その反対岸に、その一族は住んでいる。

 姿や生活、考え方。
 驚くほど、西一族とは違う。
 だからこそ、大きな争いがあった。
 休戦している今なお、西一族は、東一族をよくは思わない。

 その東一族、が

 この西一族の村に住んでいる。

 1年ほど前、だったか。

 いきさつは詳しくは知らない。
 誰かが連れてきたのだとか。
 水辺を渡って、やってきたのだ、とか。

 そして、

 帰すことも、殺すことも出来ず
 今に至る。

 女の、東一族。

 西一族の、ある男に嫁がせられた。
 もちろん、誰もが嫌がること。
 あり得ない。

 けれども、

 その西一族は役立たず、だった。

 身体が弱く、狩りに参加出来ない。
 自分と同じ。

 何かと条件を付けて、その男に嫁がせたのだ。

「で、その東一族なんだが」
「…………」
「その男が南一族の村へと渡るそうだ」
「それで?」
「でも、東一族は、この村から出すことが出来ない」
「…………」

 つまり

 それは、

「近いうちに、補佐役が連れてくるだろうよ」
「…………」
「お前に面倒を頼みたい」

「…………」

「な、巧」

「…………」

「どう云うことか、判るだろう?」
 悟が云う。
「外には絶対に出すな」

 彼は目を細める。

「……ずいぶんな面倒だ」

 彼は立ち上がる。
 悟を残し、立ち去る。





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