TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「『成院』と『戒院』」14

2020年04月14日 | T.B.2010年
陽は沈み、辺りが暗くなってくる。

「ごちそうさま」

未央子が手を合わせる。

「そうか、
 たくさん食べたか?」
「うん、おなかいっぱい」

そう答える娘の頭を
『成院』はそっと撫でる。

「今日は、ごちそうだったね。
 みおこのすきなのたくさん」

なにかのお祝いかな?

ねぇ、と振り返る未央子に
晴子はそうね、と返す。

そんな晴子に『成院』はぽつりと呟く。

「遅いな」
「…………」
「最後ぐらい
 ゆっくりさせてくれているのか」
「もしかしたら、お許し頂いているのかも」
「そんな事は無いよ。
 許してはいけないんだ」

知っている。

今まで規則を破った者が
どうなっていったか。

例え理由があろうとも、
自分は決まりを破っている。
一人だけ例外で許されるとは
思っていない。

覚悟を決める。

そんな『成院』の想いを見計らったように
家の扉を叩く音が聞こえる。

「『成院』」

「いいんだ。晴子」

立ち上がり、扉へと向かう。

「邪魔するぞ」

尋ねて来た大樹を
『成院』と晴子は迎える。

「兄様」
「晴子か」

ふと辺りを見回し、『成院』は拍子抜けする。

そこに居るのは
大樹一人。

「もっと、人がぞろぞろと
 やって来るのだと思っていた」

「なぜだ?」

いや、と『成院』は言う。

「俺は何か罰を受けるのではないのか?」

「なんの話だ」

大樹は言う。

「俺達は砂一族の襲撃にあった。
 それも撃退出来た。問題は無い」

「いやそうじゃなくて」

「砂一族は自爆という手に出て来たが
 なんとかかわすことが出来た」

「ああ」

戒院しか使えない転送術で。

「とっさの判断と瞬発力は
 さすが、『成院』だな。
 昔の力も衰えていない」

「…………大樹?」

「そうだろう、『成院』」

「おまえ、まさか」

つまり、今の言葉通りに報告した。
ただ、それだけを。

「俺は、嘘は言っていないぞ」

その代わり、
本当の事も言っていない。

「けれど、
 それではおまえが」


「もう一度言うぞ、
 そうだろう、『成院』!!」


「大樹」

「………何が正しいのか、俺には分からん」

分からない、が。

「俺は今
 こうするべきだったのだと思う」

「巻き込んでしまったな、大樹」

自分の秘密を知る人が増えてしまった。
それはつまり
宗主に全てが知れてしまえば
罪を被る人間が増えると言うこと。

「どちらにしろ、
 お前が居なかったら、
 俺はあそこでどうなっていたか分からん」

大樹は妹の晴子と
大人のやりとりを不思議そうに見ている未央子を見る。

「まあ、こいつらをおいて
 自分一人肩の荷を下ろして貰っても困る」

「なるほど」

まだ『成院』で居ろ、と大樹は言う。

「………兄様」

晴子に、大樹は言う。

「だから、こいつは止めておけと言ったんだ。
 これからも苦労するぞ」
「そうね、でも兄様も知っているでしょう」

「?」

「私も結構頑固なのよ」

ああ、と大樹は答える。

「そうだったな」


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「『成院』と『戒院』」13

2020年04月07日 | T.B.2010年

「え?」

嘘だろう、と『成院』は呟く。

「知っていた?」

彼の目を見つめて、
晴子は静かに頷く。

「私も、謝らないといけない」

「分かっていたの、なんとなく。
 あなた、成院じゃない、
 戒院―――カイだって」

それは、すぐに気がついた訳では無くて。

じんわりと。

ぼんやり、と。

ああ、今の言い方、
カイにそっくりだな、と
思う事の積み重ね。

最初はそりゃあ家族だし、
何て言っても双子だし、
そう言う事なのだと思っていた。

戒院のクセではなくて、
家族が似てくると言う様な。

けれど、

何だかしっくりと来ない。

自分が知っている成院が
死んだ戒院を真似ているというより

戒院が成院を真似ている。

そっちの方が
すとん、と納得がいく。

だけれど、

「この人は
 誰なんだろう、って思ったわ」

自分の目の前に居る人は。

戒院ならば、
どうして成院のフリをしているのだろう。

成院ならば、
どうしてこんなにちぐはぐなんだろう。

「分からないから、
 待っていようと思ったの」


「あなたが、
 自分から話してくれるまで」


「………そう、か」

驚かせる、落ち着いて聴いて欲しいと
そう言った彼が
1番動揺している。

「それは、そうだよな」

誰かに成り代われる訳が無い。

「うまく装えている、と
 そう思っていたんだけど」

いや、うまくやれているってなんだ。
騙しておいて。

「ふざけた、事を言わないで」
「え?」

「誰もが気づいたわけじゃ無い。
 一緒に居るのが長かったから
 気づいたわけじゃない」

「私は、あなたの恋人だったのよ」

「晴子」

「私、だから」

気がつく事が出来た。

「分かっていたって、
 驚かなかった訳じゃない」

「ごめん」

「カイが死んだって、
 どれだけ悲しかったと思う?
 立ち直るのに、どれだけかかったと思う?」

「はる、こ」

「目の前の人が
 もしかしてカイかもしれないと思って、
 でも、それだけよ、ずっとずっと」

不安だった。
混乱した。

「あなたが成院になろうとして、
 成院の分を抱えて、
 ずっとずっと苦しそうな顔していて」

「晴子」

「わたし、どうしたらよいのだろうって」

「晴子、泣かないでくれ」

「待っているのは、つらかった。
 他の人と結ばれていたら
 こんな想いしなくて済んだのかもって
 そう思った、」

けれど。

『成院』―――戒院、は
晴子を抱きしめる。

「ごめん。ずっと待たせた」

「………待ったわよ、」

「長い話になるし、
 全部、話せるか分からないけど」

「うん」

「どこから話そうか、
 うん、あれは、村に病が流行始めた時」



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「『成院』と『戒院』」12

2020年03月31日 | T.B.2010年
「『成院』」

宗主の屋敷に向かう途中、
それまで無言だった大樹が
杖を握りしめ、言う。

「報告は俺が一人で行く」

「………?だが?」

『成院』に視線を向ける事なく
前だけ見つめ、続ける。

「夜勤明けの転送術は疲れる、
 二人飛ばすのはきつい、と
 お前は言っていたな」

「ああ」

昔の事、良く覚えているなと
『成院』は頷く。
それは大樹と戒院の記憶だ。

「晴子は………妹は」
「うん?」
「知っているのか?」

お前の事を、と。

『成院』は首を横に振る。

「………いいや」

大樹はそうか、と、ため息を付く。

「正直言うとな、
 いつか力を使うときは
 晴子か未央子の為だと思っていた」
「それが、俺か」
「いや、良いんだ」

「人死は勘弁だ。
 怪我だって無い方が良い」

「………お前達に何があったのか
 俺には分からん」

成院と戒院に。
この双子に。

「俺は」

大樹は酷く悩んでいる。

「何が正しいのか分からん」

そう言い残して、
宗主の屋敷に向かう大樹を、成院は見送る。

「案外長くやれたな。
 いや、そうでもないか」

『成院』は一人ぐちる。

自分を救ってくれた大医師と、
成院の努力が無駄になってしまった。

この事はきっと宗主の耳に入る。

それは大樹のせいでは無い。
大樹には報告の義務がある。

「………」

自分は罰せられるのだろうか、
それは分からない。
罰も怖くはない。

足は自然と自宅へと向かう。

怖いのは。
関わった者に迷惑をかける事。
そして、
晴子に、未央事に全てが知れる事。

だが、そうであれば
せめて、自分の口から。

「成院、どうしたの?」

思いがけない時間に帰宅した『成院』に
晴子は驚いている。

「今日は早上がりの日なのだっけ」

「………」

晴子に思わず縋りそうになり、
『成院』はその手を止める。

「成院?」
「晴子、話がある」

「………成院」

晴子は頷く。

「分かった。
 未央子が昼寝をしているから
 あちらの部屋で話しましょう」

「晴子、俺は」
「待って」

晴子は『成院』の言葉を制して
台所に立つ。

「お茶を煎れるわ。
 それぐらいの時間はあるのでしょう」

ねぇ、と晴子は言う。

「酷い顔よ。
 体が冷えているんだわ」

晴子が煎れたお茶は暖かい。
正直お茶の味も分からないだろうと思ったが
本当に 体が冷えて居たのだろう、と
我ながら呆れる。

医者のくせに、
自分の事はあまり見えていなかった。

少し、落ち着いた。

晴子を見る。

「すぐに話が伝わると思うが、
 今日砂一族の襲撃があった」
「砂の!?」
「砂漠以外で『地点』を使ってきた」
「なんてこと」
「俺はその場に居合わせたんだ」
「!!大丈夫なの!?」

怪我とかしていない、と
晴子は慌てる。

「ああ無事だったよ、ケガは無い」
「そう、良かっ」

「転送術で逃げたからな」

「………転送、術?」
「ああ」

それは晴子も知っていること。
その術を使える人は限られていること。

昔使えなかった者が、
今使えるようにはならない事。

その術は成院は使えない事。

宗主本家が使える力。

外戚である戒院が
僅かながらその術を使う事が出来ること。

「晴子」

混乱させてしまうのは分かっていた。

「俺は」

一生貫き通さなくてはいけない嘘だった。

そのつもりだった。

「俺は」

戒院は死んだと言って悲しませて。
今度は『成院』として恋人になって、結婚して、
やっと戒院の事を忘れただろうに。

また辛い思いをさせる。

「戒院、だ」

「………成院」

冗談は止めて、と
そう言うだろう。
きっと自分が晴子の立場ならそう言う。

騙しておいて、今さら。

「そうだな、
 俺と、戒院と晴子しか知らない事」

「知っていたわ」

「え?」

じっと、自分を見つめ
晴子は言う。

「知っていたわ」


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「『成院』と『戒院』」11

2020年03月24日 | T.B.2010年
「ゲホッ!!」

は、は、と『成院』は膝を突きながら
短く息を吐く。

「自分を『地点』にしたのか」

考えても見なかった砂一族の行動。

呼吸が荒れているのは
久しぶりに使った術の反動。

少しでも距離を取る必要があった。

それも、自分と大樹2人分。

爆発を避けるための
短い距離だが、
転送術を使ったのは
どれだけぶりだろう。

「おま、え」

大樹が驚いて
こちらを見ている。

そうだよな、

転送術はかなり特殊な術で
東一族の中でも使える者は限られている。

そして、成院は使えない。

「ケガはないか、大樹?」
「…………あ、ああ」

なら良い。

いつかはこうやって
力を使わないといけない時が来ると
そう思ってた。

『成院』は立ち上がり、
砂一族に近寄る。

一人は地点となり、
もう一人は。

「三人は飛ばせなかった」

自分と大樹
それが精一杯。

止血を施す、が
あまり意味は無いだろう。

僅かに息のある砂一族は言う。

「情けのつもりか?
 今度は俺が、地点になったらどうする?」
「………その時はまた転送術を使えばよい」
「ふうん、なぁ、医者」

砂一族は皮肉げに言う。

「楽にしてやるという気は無いのか?」

例えば、
村に流行った病の感染を止めるために
患者に施した薬のように。

「………」

『成院』は手を止めずに呟く。

「俺は、医者だ」

医者だからこそ。

多分、成院であれば
違う判断をしていただろう。

ははは、と砂一族は笑う。

「悪いが、東一族の世話にはならない。
 助かっても、その後が知れてるからな」

カリ、と何かを噛み締めた音。

「待っ!!」

「じゃあな」

ゴホ、と血を吐いて
砂一族は震える。

即死性の毒。

「なんて事を」

『成院』は彼の脈を確認し
ため息をつく。

「………」

視線を感じ振り向くと
大樹がこちらを見つめている。

「戻るか、大樹。
 早く宗主と大将に報告を」

「おま、え」

誰だ、と大樹が言う。

「………」
「どっちなんだ、まさか、戒い」

駆け寄る足音が聞こえる。
爆発音に気付いてやって来た門番達。

「医師様!!大樹様!!
 大丈夫ですか?」

「ああ、無事だ。
 それより戦術師を集めてくれ」
「一体何が」
「砂一族の襲撃だ」
「砂が、こんな所にも」

早く村の中へ、と
門番を務めていた若い東一族が
二人を誘導する。

「大樹」

混乱して歩みを止めている大樹に
『成院』は声を掛ける。

「行こう、今はそれどころじゃない」
「………ああ」

肩を叩く。

「お前が想像している通りで間違い無いよ」


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「『成院』と『戒院』」10

2020年03月17日 | T.B.2010年

「…………」

『成院』は取り押さえた砂一族を見る。

どうなるかと思っていたが、
あくまで偵察部隊と言った所か。

『成院』は
ふう、と静かに息を吐く。

「あたしは、」

ぽつり、と
砂一族の女は言う。

「みんな程強くは無いの」

「抵抗しても無駄だぞ」

「出来ないならば、
 出来ないままで良いって訳じゃないの。
 何か役割をしなくては」

「………観念しろ、
 もうすぐ俺達の戻りが遅い、と
 門番も駆けつけるはずだ」

だが、彼女は淡々と話し続ける。

「役立たずではあったけど、
 次期大師の命を貰えたら
 今までの分も挽回出来ると思うのよ」

チリ、と
静電気が起こったときの様な
小さな違和感。

「?」

「だから、ねぇ。
 こうするしか無いわよね」

大樹がこちらに駆け寄ってくる。

ふと砂一族の体が淡く光り出す。

昔、こう言う光を見たことがある。

まだ若い頃。
敵対する砂一族が仕掛けた魔法。
【地点】と呼ばれる術。

気をつけろよ、と
自分を指導した東一族は言っていた。

そこを踏むと、地面の下から
爆発が起きる。
ひとたまりも無いぞ。と。

辺りが強い光に包まれる。


「………大樹!!離れろ!!」


一瞬、意識が飛ぶ。

走馬燈のように夢を見る。
『成院』 と名乗り始めた頃に
毎日のように見ていた夢。

成院、がそこに居て
何も言わずに自分を見ている。

髪型から何まで真似た戒院は、
以前より見分けが付かなくなった
双子の片割れにこう叫ぶ。

「無理だ」

「お前の代わりなんて出来ない」

「どうして、こんな事になった」

「なぜ俺を選んだ」

「疲れた。もう、無理だ」


「俺は、戒院のままで居たかった」


最後にいつもこう言う戒院に
成院は申し訳無さそうな
困った笑みを見せている。

何度も何度も見た夢。

でも今回は違う。

先日、うなされて見た夢。
起きたらすっかり忘れてしまっていたが。

ああ、あの時もこの夢を見たのだ、と
そう思い出す。

いつもは口を開かず
ただ黙って戒院の言葉を聞いている成院が
こう、返してくる。

「疲れただろう」

「戒院はよく頑張った」

「もう、良いんじゃないか、
 皆に話して分かって貰おう」

成長した自分とは違い、
青年の姿のまま
成院は言う。


「お前は戒院だと」


無理だ。

戒院―――『成院』は首を振る。

もう今さら、
お前に名前は返せないんだ成院。

離れるわけにはいかない。
失うわけにはいかない。

だから、もう。



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