TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「(父親と涼)」5

2015年02月27日 | T.B.2012年

「おい、大丈夫か!」

「……そ」
「しっかりしろ!」
「村長、……」

 血だらけの彼は、村長に手を伸ばそうとする。
 意識が、今にも遠のきそうに。

「助け、て」
「しっかりするんだ!」
「……まだ、死、にた、くない」

 彼の目から、涙が流れる。

「……助けて、村、長」
「助かるから!」

 村長は、彼を抱える。

 年齢よりも、小柄な彼。

「いったい何があった」
「判らな、」
「いや。とにかく、病院に向かおう」

 村長が走り出す。
 彼が云う。

「俺、は、……怖いんだ」
「何が?」
「昔、お医者様が、調べて……くれるって」

「ああ。……あの話か」

 村長が云う。

「お前が、家族と血がつながっているかどうか、だな」
「もし、」

「おい。その話はあとでだ」

「もし、……つながって、なかったら」
「…………」
「昔、西に、東の男が入り込んだ、って、話」
「……あまり話すな」
「もし、俺に、その東一族の血が流れていたら」
「そんなことはない」

 村長が云う。

「お前が生まれてすぐに、母親が云っていた」
「…………」
「お前は、西一族の子だって」

「…………」

「お前の母親が云うんだから。間違いない」

「でも、」

 彼は涙を流す。

「父さん、は」

「他に事情があるのかもしれん」

「父さんは、……母さんを責めて」
「…………」
「俺は、生まれない方が、よかったんだ、て」

「もういい」

 村長が云う。

「話すのをやめろ。息を整えるんだ」

「村長、助けて……」

 彼が云う。

「……俺は、母さんを、守ら、ないと、」

 村長は、彼を見る。

 彼は、目を開かない。

 しばらくして

 彼が目を覚ましたのは、何日もあとのこと。

 村長の家で、だった。

 それから彼は、父親のいる家に戻っていない。

 ただ

 時を待つ。

 誰にも見られないように。

 気付かれないように。

 知られないように。



T.B.2012年 真偽は別にして

「(父親と涼)」4

2015年02月20日 | T.B.2012年

 彼は、隣人の家の近くで、草むらに屈む。

 目をつぶる。
 刀を両手で強く、握りしめる。

 父親に云われたとおり

 やるしかない。

 ――父親は、絶対。

 父親に棄てられたら

 自分は

 生きていけないのだ。

 これぐらい、自分にも出来る。

 父さんに、棄てられたくない。

 ……彼は、待つ。

 あたりは、暗闇だ。
 光はない。

 やがて

 隣人の家の明かりが消える。

 彼は、隣人の家に近付く。

 窓を割る。

 そのまま中に入る。

 暗闇に慣れた目で、隣人をすぐに見つける。
 彼に気付き、声を上げようとした隣人に、迷わず刀を立てる。

「…………っ」

 隣人は、何かを云うが、聞き取れない。

 彼は、隣人の家に火を放つ。
 火は、瞬く間に広がる。

 それに気付いた村人たちが、騒ぎ出す。

 彼は、走る。

「やったか?」

 血だらけで戻ってきた彼を、父親は見る。
 彼は肩で息をし、ただ、頷く。

「やるじゃないか」

 父親が云う。

「その服を脱げ。水なら外にある」

 彼は、自分の姿を見る。
 手を見る。
 目をつぶる。

 そして、再度、外に出ようとする。

 と

 突然、彼は口から、血を吐く。
 何も、見えない。

 そのまま、倒れ込む。

 背中に、痛み。

 何が

 起こったのか

 判らない。

 そのとき
 父親が、彼の背中に刀を差したと判ったのは、

 ……ずいぶんあとになってからだった。



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「(父親と涼)」3

2015年02月13日 | T.B.2012年

「ほら」

 彼が、隣人を訪ねた、ある日のこと。

 隣人が、彼に大きな肉を差し出してくる。
 ……はじめてのことだ。

「たまには、食え」

 彼は驚いて、隣人を見る。

「なんだ。いらないのか?」
 戸惑う彼に、隣人が云う。
「お腹がすいているんだろう?」

 さらに

「そのやつれた姿に、黒髪。いいとこないな、お前」

 彼は、隣人が持つ大きな肉を見る。
 これを持ち帰れば、父親に、怒鳴られずにすむ。

「遠慮するな」

 隣人の再度の言葉に、彼はその肉を受け取る。
 隣人は、彼が肉を抱えたのを見て、すぐに背を向け家の中へと入る。

 少しだけ、旧い肉なのかもしれない。

 臭う。

 けれども、彼には十分だった。

 彼は、その肉を持ち帰る。

「肉を、もらってきただと」

 父親は、目を細める。
 彼が抱えてきた肉を見る。

「隣人が、これを?」
 彼は頷く。
 父親に、肉を渡す。
「そうか」
 父親が云う。
「たまには、お前も役に立つじゃないか」

 父親は、すぐに肉をさばく。

 その日の食事が出来ると、父親は彼に料理を差し出す。

「久しぶりだな」

 彼は、料理を受け取る。
 坐って、食べようとする。

 と

「いや、待て」

 父親が云う。

「においが、おかしいぞ」

 彼は顔を上げ、父親を見る。

 お腹はすいている。
 だから、においは、さほど気にならない。
 早く、料理を口に入れたいが

「毒だ」

 父親が云う。
「肉に、毒が盛られている!」

 彼は驚き、持っていた料理を、置く。

「隣人め! 俺たちを殺す気だったか!」

 父親は、皿を投げる。

 皿が、大きな音を立てて、割れる。

「なにもかも……」
 父親は、彼を見る。
「お前のせいだ」

 彼は、目を見開く。

「お前がいなければ、もっと、普通に暮らせたのに」
 父親は、別の皿を投げる。
「黒髪でさえなければ!」

 父親は、彼の髪を掴む。

 彼は痛みに、顔をしかめる。

「お前がいなければ!」

 父親は、彼を押しやる。
 彼はその場に倒れる。

「おい」
 倒れた彼に、父親が云う。
「お前、隣人の息の根をとめてこい」

 彼は、思わず、父親を見る。
 その身体は震えている。

「お前のせいだ。責任をとれ」
 父親が、狩りの道具を出す。

 鋭い、刀。

 彼に、差し出す。

「ほら」

 父親が云う。

「狩りと一緒だ。こつがある。……判るな?」

 彼は動かない。
 ゆらゆらと、明かりが揺れる。

「早く受け取らないか!」

 父親は、彼の手に、刀を握らせる。
 腕を掴み、彼を立ち上がらせる。

「村人にやられたことを思い出せ」

 彼は、何も云わない。
 目を見開いたまま、刀を、見る。

「お前なら、出来る」

 明かりが、揺れる。

 彼が出て行った扉を見て、父親は、もう一本の刀を取り出す。



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「(父親と涼)」2

2015年02月06日 | T.B.2012年

 この一族は

 白色系の髪でいて、当然だった。

 黒髪は、ありえない。

 それなのに、なぜだろう。
 彼は、生まれつき、黒髪で生まれてきた。

 黒髪は、敵対する一族の髪色。
 その印象が、一族には深く根付いている。

 狩りの上手かった父親も、狩りの班から外され
 一家は、村のはずれへと追いやられた。

 一家は、黒髪の息子を、隠して育てるしかなかった。

 隠して、と云っても
 黒髪の彼の存在は、村人に知れ渡っており

 ――一家と付き合う者は、やがて、いなくなった。

 一家は、食べるものに困る日々を送る。
 食糧は、父親が獲ってくる獲物と、小さな畑で穫れる野菜だけ。

「大きくなったら、狩りに参加しろ」

 父親の言葉に、彼は首を振る。

「狩りで功績を出せば、一族としての立場が出来る。練習をするんだ」

 彼は、再度首を振る。

 外に出るだけで、石を投げられるのだ。
 狩りに参加出来るはずがない。

「何を怖がる」
 父親が云う。
「大きな獲物を獲れば、村のまとめ役にだってなれるんだぞ」

 彼は、何も云わない。

「なんだ。これからも、部屋の隅で生きるのか」

 父親は大きく息を吐く。

「せめて、水を汲め! 隣に行って何かもらってこい!」

 父親は、彼を立ち上がらせ、家の外へと出す。
 大きな音を立てて、扉が閉まる。

 彼は慌てて、あたりを見る。
 村人に、自分の姿を見られたくはない。

 と

 石が降ってくる。

 彼は驚いて、走りだす。

 石は降り続ける。

 一緒に、罵声も飛んでくる。

 彼は走る。

 どこまでも、
 どこまでも、

 それらは、追ってくる。

 きっと

 これからも、逃げられない。

 彼は、草むらに入り込む。
 隠れる。
 日が暮れるまで、彼は動かない。

 ふと、

 彼は顔を上げる。

 いつまでも、こうしているわけにはいかない。
 父親に云われたことを、やらなければならない。

 ずいぶんと遠回りをして、隣人宅へとたどり着く。

 けれども、

「お前たちにあげるものなんてないよ」

 それだけ云うと、隣人は扉を閉める。
 彼は、再度、扉を叩く。

 返事はない。

 しばらく、待つ。
 誰も、出てこない。

 仕方なく、彼は家へと引き返す。

「何ももらってこなかっただと!」

 父親は、何も持たない彼を見て、怒鳴る。
「どうやって空腹を満たせと!」

 彼は、何も云わない。
 どうすることも出来ない。

 父親は、激怒したまま、明かりを消す。

 彼は空腹のまま、その場に坐る。
 仕方なく、眠りにつく。



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「(父親と涼)」1

2015年01月30日 | T.B.2012年

 その家族は、一族の、村はずれで暮らしている。

 父親は、毎日、狩りに出かける。

 この一族は、基本、集団で狩りを行うが
 父親は、ひとりで狩りへと出る。

 たったひとりで、罠を仕掛け、獲物を追い、仕留める。
 だから
 そう毎日、獲物を仕留めることは出来なかった。

 父親は家に戻ってくると、残り少ない油で、明かりを灯す。

「いるのか!」

 父親は声を出すが、誰も答えない。
 父親は、明かりを手に取り、再度云う。

「おい、どこにいる!」

 小さな物音がして、父親が明かりを向ける。
 壁際に、息子がひとり、坐り込んでいる。

「そこで、何をしている」

 父親の言葉に、息子は顔を上げる。
「まさか、一日、そうしていたわけじゃないだろうな」
 息子は答えない。

 父親は明かりを置き、家の中を見る。
 云う。

「お前、水は汲んできたのか」

 父親の問いに、息子は首を振る。

「それぐらい出来るだろう。早く汲んでこい」

 父親は、息子の腕を掴み、立ち上がらせる。
 息子は、それを振り払おうとする。
 が
 父親の力は強い。

 幼い息子は、振り払うことが出来ない。

「ほら。早くしろ」

 父親は息子を押す。

「それから、隣に行って、何かもらってこい」

 息子は父親を見る。

「誰のせいで、こんな暮らしをしていると思っている」
 父親が云う。
「飢えて、倒れたいのか」

 息子は何か云おうか、迷う。
 けれども、父親は背を向け、狩りの道具を片付けはじめる。
 息子は、ただ、父親の背中を見る。
 仕方なく、家の外へと出る。

 もう、日は落ちている。

 息子は、家の前に立ったまま、あたりを見る。
 誰もいない。
 家の前に転がっている乾いた桶を持ち、歩き出す。

 一番近い水場に向かって。

 道をそれ、
 草の中を進む。

 草で、腕と足が、傷付く。

 けれども、構わず、進む。

 水場に着くと、息子は、草むらに屈む。
 水場を見る。

 誰かがいる。

 数人。

 何かを話している。

 狩りの話。
 収穫の話。
 祭りの話。

 どれも、息子が知らないことばかり。

 息子は、しばらく待つ。

 やがて、村人が立ち去る。

 息子は桶を持ち、立ち上がる。
 急いで水を汲み、慌てて、元来た道を引き返す。

 誰にも見られないように。

 気付かれないように。

 知られないように。



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