TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「成院と戒院」4

2014年04月29日 | T.B.1999年

「麻樹医師(せんせい)」

成院は東一族の病院を訪ねる。
医師はいつも通り診察室にいる。

「決めたのか」

医師の言葉に成院は頷く。

「敵の一族だ、下手をすれば殺されるかもしれない」
「でも、もう、それしか可能性はないのでしょう」
それに、この提案をしたのはあなただ、と、冗談めかして成院は言う。
「……ならば、北一族の村を経由して行くといい。
 あそこには西一族も出入りする。
 あるいはそこで接触できるかもしれない」

危険だと言いながらも、医師は成院に教える。
うまく西一族の村に辿り着く手段。
そして、恐らくその薬とされる物の名称。
成院の事を見越して調べていたのかもしれない。

「成院」
「?」
「西一族の村は遠いな」

医師はどこか遠くを見つめる。

「もし争いが起こっていなければ、西一族の村はもっと近かっただろう」

距離ではなく、他の意味で。

「簡単に行き来ができる程、交流が進んでいれば
 薬も簡単に手に入ったかもしれない」

成院は口ごもる。

そう。
医師の娘も、伝染病の犠牲者の1人だった。

「西一族の村はどんな所なのだろうな」

もしかしたら、ではなく、
医師も西一族の村に行こうとしたのかもしれない。
娘のために。

「……見て、来ますよ」
成院は言う。
「どんな所か見てきて、帰ったらお伝えします」

「医者がこんなことを言うのはおかしいが」
医師は言う。


「奇跡を信じているよ」


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「西一族と涼」4

2014年04月25日 | T.B.2019年

「でかいな」

 そうは云うものの、まだ、獲物の姿は確認できない。

 誠治は、向こうのふたりを見る。
 離れた岩陰の紅葉と、目が合う。

 紅葉が頷く。

 悠也が、云う。
「この気配、草食じゃないな。やり過ごすか?」
「数を見てからだ」
 誠治が云う。
「肉食でも、単体なら、俺と悠也でやれる」
「単体なら、な」
「肉食の獲物なら、まず、風上の向こうふたりが狙われる」
 続けて、誠治が云う。
「そこを、背後から仕留める」

 誠治は、道具を握りしめる。
 悠也は、目をこらす。

 そのとき、

 獲物が川に現れる。

 川の向こう側ではなく、四人と同じ川岸。

 岩が、死角を作り、姿が見えにくいが、熊だ。

「熊だぞ」
 悠也が、誠治を見る。
「白じゃない。……やれる」
「でも、熊だって!」
「一匹だ。やれる!」

 黒い熊は、臭いを嗅いでいる。
 四人の存在に気付いている。

「……涼」

 息をひそめ、紅葉は、涼を見る。
 その顔に、不安がにじみ出ている。

 涼と紅葉の、すぐ近くに、その熊がいる。
 獲物は、臭いを嗅ぎながら、さらに、近付いてくる。

「走る?」
 紅葉は云うが、足場が悪い。
 石だらけで、早くは走れないだろう。
 紅葉は、狩りの道具だけを持つ。
 他の荷物は、棄てるしかない。

「待て」

 涼が、あたりを見る。

「もう一匹だ」
「まさか!」
「向こうふたりは、気付いているか?」
「え?」
 紅葉は、岩陰から見る。

 誠治と悠也は、現れた熊を見ている。

 そもそも、もう一匹の姿は、紅葉にも見えない。

「涼、もう一匹は」
「近い」
 涼が云う。
「二匹とも、こちらに気付いている」
 涼は、弓を持つ。
「ダメだよ」
 紅葉が慌てる。
「二匹なら、逃げよう。熊だよ!?」
「紅葉」
 涼が云う。
「俺が、弓を放つから、反対側に走れ」
「え、でも」
「同じ方向に走るわけにはいかない」
 紅葉は、震える手で、狩りの道具を握りしめる。
 頷く。

 涼が、弓を構える。

 獲物が、地面の臭いを嗅ぐ。
 顔を上げる。

 その瞬間、
 涼が、矢を放つ。

 紅葉は、走り出す。

 矢は、獲物の喉元に刺さる。
 驚いた獲物は、後ろに大きくのけぞる。

 それを見て、誠治と悠也も飛び出してくる。

 と

 突然、誠治と悠也の背後から、もう一匹の熊が現れる。
 ふたりに飛びかかる。

「後ろだ!」

 涼の言葉に、ふたりは、慌てて地面を蹴る。
 飛びかかってきた、もう一匹の熊を、避ける。
 獲物は、そのまま、ふたりが隠れていた岩を、砕く。

「悠也、走れ!」
 誠治の合図で、誠治と悠也は、風上へ走る。
 涼の元へ。

 すれ違いに、涼は、新たに現れた獲物へと向かう。
 その獲物をすり抜け、走る。

 獲物は、涼を追う。


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「成院と戒院」3

2014年04月22日 | T.B.1999年

東一族の村の中を歩く。
すれ違う人は皆、黒髪に黒い瞳。東一族の特徴だ。

西一族は白色系の髪に瞳を持つという。
冷戦状態が続く今では姿を見た事がない者の方が多い。
噂に聞く狩りの一族。
同じ白色系の髪を持つ北一族と似ているのだろうか、と
成院はぼんやりと考える。

「成院!!」

突然の声に振り向くと、東一族の女性が立っている。
「晴子……久しぶり、元気だった?」
「元気だよ!!私はそれしか取り柄がないから。
成院は、どう?」
晴子が気遣うように言ってくる。
「あぁ、うん。なんとか」
弟と晴子はいつも成院を気に掛けてくれていた。
以前、成院が酷く落ち込んでいたときもそうだった。

「……そうだね、うん」
じゃあ。と晴子は持っていた荷物を抱えなおす。
「私、これから弟の面倒見なきゃ」
「わざわざありがとな」
「ううん、気にしないで、またね、成院!!」

そうして、晴子は一度立ち止まる。

「……ねぇ、成院」

きっとそうだと、成院は思っていた。
今、晴子が聞きたいことぐらい成院にも想像が付く。

「カイ、は……元気かな」

晴子は泣きそうだった。さっきまで笑っていたのに。

「戒院、は」
言い淀んだ成院に、晴子は首を振る。
「ごめん、私、何言っているんだろう。
……いいの成院。もう、いいんだ」

「だって、あいつ嘘つきだよ」

晴子の事嫌いになったとか。
他に気になる人が出来た、とか。
ずっと見ていた成院は知っている。
それも、これも、全部、嘘だ。

成院は笑顔で答える。

「戒院なら元気にしている。
きっとまた、晴子の家を訪ねていくよ」

晴子は言う。

「成院こそ、嘘つきじゃない。
そんなはずないよ。きっぱり別れたのだから」

やっと少し晴子が笑う。

「でも、ありがとう。
最近見かけなかったからちょっと気になっていたんだ。
元気にしているなら、いいよ、それだけで」

晴子は駆けていく。
成院はその姿を見送る。


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「西一族と涼」3

2014年04月18日 | T.B.2019年

 四人は、足場の悪い道を、歩く。

 途中から、道がなくなる。
 背の高い草が、生い茂っている。
「こりゃ、しばらく誰も近寄ってないぞ」
「紅葉、方向はあってる?」
 紅葉は、地図を広げる。
「この先で、間違いないわ」
 誠治が、草をかき分け、進む。
 あとに、悠也が続く。

 涼が振り返り、云う。

「紅葉、先に」
「え、そう?」
「道は、彼らが作ってくれてるから」
「ああ。そうね」

 紅葉が先に進み、涼が一番後ろを続く。

 彼らは、なるべく音を出さないように、歩く。

 誠治が声をひそめ、云う。

「近くにいるぞ」
「単体か? 群れか?」
 云いながら、前のふたりは、どんどん進む。

 彼らとは、違うところから、草木の揺れる音が聞こえる。

「止まれ!」

 突然、涼が声をあげる。
 叫んだわけではないが、前のふたりまで、その声が届く。

 驚いた三人は、身をひそめる。

 何かが、近付いてくる音が聞こえる。

 多くのものが、動いている、音。

「やるか?」
 悠也が訊く。
「場所が悪すぎて、道具を使えないだろ」
 誠治が、云う。
「やり過ごす」

 四人は、草に囲まれ、歩くのがやっとの状況だった。
 ただ、その場でじっとしている。

「何の獲物だろ?」
 紅葉は、振り返り、涼を見る。
「蛇だ」
 涼が答える。
「獲物どうし、エサを取り合ってる」
「この音が、そうなの?」

 蛇が、群れで、エサを追っているのだろうか。
 音は鳴り止まない。
 誰も、動かない。

 待つ。

 やがて

 四人に近付いてきた音は、だんだんと、遠ざかっていく。

 その音は、聞こえなくなる。

「行った?」
「行った」
 悠也はため息をつく。
 云う。
「余計な体力使った」
「仕方ない」
 誠治が云う。

「急ぐぞ」

 草だらけの道を進む。
 途中途中で、帰りの目印を付ける。

 日が昇る頃、山間の川にたどり着く。

 川は大きい。
 真ん中あたりは深く、流れが速くなっている。
 川岸は、石場になっている。
 大きな岩が転がっており、身を隠すことも出来る。

 悠也が、空を見る。
「あまり、天候がもたなさそうだな」
 空には、多くの雲が出ている。
「待つだけ待つぞ」
「どれくらい?」
「獲物が出るまで、だよ」
「ひょっとして、野宿覚悟も?」
「仕方ないだろ」
 誠治は道具を取り出し、云う。
「何も持って帰らないわけにはいかない」

 誠治が、三人に指示を出す。

「ふたりずつに分かれて、岩陰に隠れろ。獲物を見つけたら合図だ」

 誠治と悠也は、風下に、
 涼と紅葉は、風上の岩陰に、それぞれ身をひそめる。

 獲物を、待つ。

 悠也が、声をひそめ、云う。
「白い熊が出たらどうする?」
「願ったり叶ったりだ」
 誠治は、鼻で笑う。

 白い熊、とは、
 この辺り一帯の獣の長、ではないかと、西一族の中では噂になっている。

 身体が大きいだけではなく、
 かしこく
 いまだ、誰も捕らえることが出来ない。

 それゆえ、とても危険な存在だった。

「あと、そうだな」
 誠治が云う。
「涼にだけ襲いかかれば、もっとおもしろいけどな」
 悠也がため息をつく。
「おもしろい、で、すめばいいけど」

 白い熊が現れれば、全員、無事ではすまない。

 さらに、時が経つ。
 日は、雲で隠れる。

 気温も、下がってくる。

 と

 突然、獲物の強い気配を感じて、四人に緊張が走る。

 それぞれが、岩陰から川をのぞく。
 川の流れる音だけが、聞こえる。

 まだ、何も現れない。

 息をひそめ、彼らは、川を見つめる。



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「成院と戒院」2

2014年04月15日 | T.B.1999年

成院は病室に向かう。
ただし、室内には入れない。
部屋の前に立ち止まり、中にいるであろう弟を思う。

「成院か?」

病室から弟の声がする。
足音で分かったのだろうか。

「起きていたのか?」
「もう寝すぎて、眠くならないよ」

薄く笑う声が聞こえる。声だけならばいつもの弟なのに。

「なぁ、成院」
「ん?」

「このこと、晴子(はるこ)には言わないでくれ」

ひと月程前だ。弟は恋人と別れた。

きっとその時から弟は自分の病に気が付いていたのだろう。
やがて家族とも距離を取るようになった。
周りの誰かが、成院が気付くのが遅かった。

「なぁ、戒院
 治ったら、晴子とやり直せよな」

「成院バカ言うな。俺は一応医者志望だ」

扉の向こうで声が小さくなる。


「……先の事は分かっている」


「ただの見習いだろう。
 医者でもないくせに、知ったようなこと言うな!!」

弟の返事は無い。
成院は扉の前を離れる。


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