TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「成院と患者」8

2019年06月28日 | T.B.2002年


「流行病、……ではないって」

 彼女の言葉に、彼は混乱する。

「はい」
 彼女が云う。
「私は、流行病ではありません」
「え? でも」

 それならば

 なぜ、この薬を彼女に投与するよう、次期宗主は指示を出したのか。
 なぜ、次期宗主は、彼女を殺そうとしているのか。

「流行病ではないのに」
「はい」
「君に、この薬だって……?」

「ええ」

 彼女が云う。

「私、お腹に子どもがいるんです」

「え?」

「……次男様との、子、なんです」

「なん、だって?」

「でも、次男様は信じてくださらない」
 彼女が云う。
「この子は、西一族との子じゃないか、って」

「いったい、何があったんだ?」

 彼女は、自分の髪を触る。
 短く、乱雑に切られた、白い髪。

「それに私は、この髪だから」
 彼女が云う。
「東一族にあり得ない、髪色だから……」

 彼女はうつむく。

「どちらにしても、高位家系である次男様の子を、産むことは出来ないと」

「まさか、そんな……」

 東一族で忌み嫌われる、白い髪。
 その理由で、彼女は、殺されてしまうと云うのか。

 彼は、立ち上がる。

「ありえない」

「医師様……?」

「……云ってくる」
「え?」
「この薬を取り下げてもらうよう、云ってくる」

「医師様」

 彼女は不安げな顔で、彼に云う。

「医師様がお咎めを受けます」
「…………」
「命令は、絶対なのです」
「大丈夫」
「医師様……」
「大丈夫だって!」

 彼は声を荒げる。

 けれども、彼女は首を振る。

「お咎めを受けたら、医師様の恋人はどうするのです?」

 彼女の言葉に、彼は、思わず目を見開く。

「きっと哀しみます」
 彼女は続ける。
「見知らぬ私のために、その方を哀しませないでください」

 自分の恋人が、哀しむ……。

 彼は、自身の手を強く握りしめる。

 彼女を見る。

 そうだ。
 自分は、彼女のことをよく知らない。
 たった数日、何回か会っただけだ。

 患者と恋人。
 天秤にかけずとも、恋人を選ばなくては。

 きっと、恋人に恨まれる。

 彼は彼女を見る。
 彼女と、目が合う。

 よく知りもしない、患者。
 患者だって、自分のことを知るはずがない。

 でも

 彼女は、自分の恋人の存在を、判ってくれているのだ。

 彼は、荷物を持つ。

 部屋を出る。




NEXT


「水樹と嗣子」3

2019年06月25日 | T.B.2003年

「さて、無事当番を終えたことだし」

当番を終え、
水樹達は村に帰り着く。

「行くか!!
 朝パフェ!!」

なぁ、お前達!!と
水樹は振り返る。

「………あれ、嗣子は?」
「帰ったよ」

すでに遠くに後ろ姿。

「おおい、嗣子!!」

声をかけるも
立ち止まらず人並みに消えていく。

「良いって、兄さん。
 あいつが来るわけ無いし」

呆れた顔で
裕樹は言う。

「そうなのか、残念」
「あと、俺も
 朝パフェは勘弁です」
「そうなのか!!?
 まさか、朝食は抜くタイプ」
「いや、パフェは
 朝から重いって言うか」

「仕方無いな、
 それじゃあ……」

いただきます、と
朝粥の店で2人は手を合わせる。

「嗣子の事だけど」

粥に必要以上の薬味を振りかけつつ
裕樹は言う。

「一言で言えば、変わってる」

うええ、と
水樹はどうしましょうのポーズを取る。

「それ、俺もよく言われる」
「ああ兄さんも、うん。 
 否定はしない」
「してよ!!」

嗣子は、と、粥を口に運びながら
説明というよりは
愚痴のように言葉を続ける。

「人嫌いで
 ずっと家に引き籠もってて」

だから、
顔を知らない村人も多い、と。

「かと思えば、
 今日みたいに砂漠をほっつき歩いていたり」
「それって、
 実は砂と通じているんじゃあ」
「ないない!!」

あいつに限って絶対無いね、と
裕樹は言う。

「夜の砂漠が見てみたかった、とか
 そんなんだろ」

「それはそれで、行動力あるのでは」

「よく分からないんだよあいつ」

「逆に気になるぅ」

ちょっと嗣子と
お近づきになりたい水樹。

「放っておいた方がいいよ、兄さん。
 嗣子、人に構われるの
 嫌うからさ」
「この俺をもってしても!?」

その自信どこから来るんだろうと
感心する裕樹。

「特に、兄さんみたいな
 元気の塊みたいな人は
 なんというか、うーん拗らせそう」

へいへーい、と
裕樹の隣に座り
ガッ!!と肩を寄せる水樹。

「今までの話をまとめるとさ、
 随分嗣子に構ってたんじゃん??」

うえーっ、と
箸を置き、裕樹は水で残りをかき込む。

「言ったろ、近所だって」
「それだけ?」
「そう、だよ!!
 そういう意味じゃなくても
 顔見知りなら思うじゃんか」


「このままじゃ、
 いずれ本人が大変だって」


けれど

諦めたよ、俺は、と
裕樹は言う。

「もう、
 放っておいた方が
 本人のためなんじゃないかな」


NEXT

「成院と患者」7

2019年06月21日 | T.B.2002年


 数日間。
 彼女は、せっせと刺繍をする。

 その刺繍が終われば、
 衣装が完成すれば、
 自分は、殺されてしまうのに。

 彼女は、休まず刺繍を続ける。

 たまに、彼女は突然立ち上がると、隣の部屋へと行く。
 おそらく、吐いているのだ。

 病が、発症しはじめているのだろうか。

 出来れば、彼女が刺繍をしている衣装の、完成を待ってやりたい。

 けれども

 もう、時間がない。

 彼女は、顔を上げ、目をつむる。
 手を止める。

 真っ青な顔。

「気持ち悪い?」
 彼の言葉に、彼女は首を振る。
「……いえ」
 彼女は、目を開こうとする。
 刺繍を続けようとする。

 その動きは、前より、遅い。

 もう、だめだ……。

 彼は、息を吐く。

 これ以上、だめだと、彼女に云わなければならない。
 はっきりと、
 これから何をするのか、伝えなければならない。

「……聞いてほしいんだ」

 彼女は、ゆっくりと、彼を見る。

「君は……」

 彼は、彼女と目を合わせられないまま、云う。

「……流行病かもしれない」
「え……?」
「君は知らないかもしれないけれど、数年前に東一族で流行ったんだ」
「…………」
「眠るように死んでしまう病気でさ」
 彼が云う。
「思いの外、周りに感染するんだ」
「……感染」
「予防薬はやっと出来たんだけど、治療薬はまだ出来ていなくて」
「…………」
「だから、その病を広げないためにも」

 彼は、荷物から、薬を取り出す。
 彼女に、その薬を見せる。

 彼女は、その薬を見る。

 彼の手は、震えている。

「俺は、君に、……この薬を投与しなければならない」
「……それは」
 彼女が云う。

「人を殺す、……薬なのですね」

 彼は答えない。

 代わりに、

「すまない」
 そう、彼は謝る。
「東一族に、その病を広げるわけにはいかない」

「……医師様」

 彼女が云う。

「それを投与するように云ったのは、次男様、ですか」

 彼女は、次期宗主のことを、口にする。

 彼は、思わず、彼女を見る。
 彼女が云う。
「医師様は、きっと、違うお話を聞いてきたのだと思います」
「……え?」

「私は、……流行病ではありません」




NEXT


「水樹と嗣子」2

2019年06月18日 | T.B.2003年

「わるいわるい」

ごめんな、と
水樹はその子の手を引く。

が、

ふん、と
手を払いのけられる。

「平気」

「嫌われた!!」

ガーン、となる水樹に
そりゃそうだね、と裕樹は答える。

「あ~なんだよ、
 嗣子(つぐこ)か」

覗き込んで
裕樹は顔をしかめる。

「またお前、いい加減にな」
「誰にも迷惑かけてないし」
「かけてるから」

放って置いて、と
嗣子と呼ばれたその子は
スタスタと村に向かい歩き始める。

「そうやって、
 どこに地点があるか分からないんだからな」
「いいもん」
「はぁ?」
「別に、地点に当たったって」
「本気で言ってるのか?」
「………」
「そうやって、
 すぐ黙るだろ!!」

おお、揉めとるな、と
2人の後ろをスタスタと歩く水樹。

「もう、勝手にしろよ」
「誰も相手にしろなんて
 言ってないから」

あー、もう、と
裕樹は嗣子から距離を取る。

嗣子が先に進み
その後ろを水樹裕樹が
ゆっくり着いて行く形になる。

なあなあ、と
水樹は裕樹に問いかける。

「知り合い?」
「俺の近所」
「俺、あの子
 初めて見るような」

同じ一族の同年代なら
顔ぐらい一度は合わせているはずなのに。

「そういうやつだから」
「うーん」

分かったような。
分からないような。

「変わってるんだ」

裕樹の言葉に
嗣子はどすどすと
歩き始める。

「言われるのが嫌なら
 直せばいいのに」
「………っ」

ぴたり、とその歩みが止まる。

「?」

ぐずっと
小さく鼻を啜る音が聞こえる。

「おい、嘘だろ」

あーーと、水樹は声を上げる。

「泣かせたーーー!!」
「兄さん黙ってて」

しずしず、と裕樹は嗣子に近寄る。

「その、
 言い方が悪かった。ごめん」
「………い」
「え?」

「そんな、仕方無いから謝る
 みたいなの………いらない」

「あーーーーー!!?」

「ストップストップ!!
 裕樹、ステイ!!」

落ち着け、と水樹は2人の間に
割って入る。

「お前達、ここまだ砂漠だから。
 とりあえずは
 村に戻ってから続けて」
「止めないのか兄さん!!」


NEXT

「成院と患者」6

2019年06月14日 | T.B.2002年


 次の日、彼は再度、患者の元を訪れる。

 離れ家に入る。
 短く白い髪の彼女が、中でせっせと刺繍をしている。

 彼女が、彼に気付く。

「……医師様」
「ああ」
 彼が云う。
「続けて、いいよ」

 その言葉に、彼女は会釈をする。
 刺繍を続ける。

 彼は、昨日と同じように荷物を置き、坐る。

 部屋を見回す。
 部屋は荒れたまま、だ。
 ものが落ち、割れ、破片がいたるところに散らばっている。
 少しも、片付けた様子はない。

「ねえ」
 彼は、声をかける。
「この部屋、どうしたの?」
「部屋?」
「こんなに荒れて、」
 彼が云う。
「君がやったの?」
 刺繍をしながら、彼女は首を振る。
「……じゃあ、いったい」
 誰が?

 白い髪の彼女は、ここから出ることは出来ない。
 ここに出入り出来る人間も、限られているはずだ。

 けれども、彼女は答えない。

「破片とか、危ないし……」
 彼が云う。
「片付けようか?」

 彼女は顔を上げずに、云う。

「大丈夫です」
「え?」
「いずれ、関係なくなりますから……」
「…………」

 いずれ、自分は死んでしまうから。
 ここでの生活も、終わりだから。

 そう、彼女は云っているのだ。

 彼は居たたまれなくなる。

 が、
 坐ったまま、彼女を見つめる。

 ……話題を変えよう。

 彼は云う。
「きれいだね、それ」
 彼女が頷く。
「いい布と糸なんです」
「布と糸もだけど、刺繍の模様とかも、さ」
「…………」
「刺繍が、上手いよ」

 彼女唯一の仕事なんだから、当たり前なのだろうけど。
 彼は、思ったまま、言葉にする。

 彼女が、云う。

「この男物の衣装は、女性の衣装と対になるよう刺繍をしてあるんです」
「へえ」
「女性の衣装はもう、出来上がっていて……」
「うん」
「並べると、もっと素敵です」
「そうなんだ」
 彼は云う。
「じゃあ、その衣装を着るふたりは、仕合わせだね」

 彼女は顔を上げる。

 彼女が、……微笑んでいる。

「そうだといいです」

 ああ。

 そっか。

 それが、彼女として

 せめてもの救い

 なのかな。

 ふと。
 彼は、自分の恋人を想う。

 研修医の自分を、心配してくれる、恋人。
 流行病かもしれない患者と接触してることを知ったら、心配するのだろう。

 その恋人に。

 彼女が作った晴れの日の衣装を

 いつの日か、着させてやりたいな。

 そう、思った。




NEXT