TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「彼女と母親の墓」7

2017年07月28日 | T.B.2020年

 何日も雨が降って。

 久しぶりの、晴れ。

 彼女は、人知れず、屋敷の外へ出る。
 墓地へ向かう。

 途中で、後ろを振り返る。
 誰もいない。
 外に出たこと、父親には気付かれていないはずだ。

 ……たぶん。

 彼女は、歩く。

 墓地の近くまで来ると、彼女は手を振る。

「ねえ!」

 彼女は走る。

「久しぶりね!」

 彼女の前に、いつもの彼がいる。
 彼が云う。
「長かったね、雨」
 彼女は頷く。
「部屋の中で、退屈しちゃった」

 ふと、彼はあたりを見る。

 彼女が訊く。
「どうかした?」
「…………」
 彼の様子に、彼女は首を傾げる。
「ひょっとして」
 彼が云う。
「外に出たの、父親にばれたんじゃない?」
 彼女は苦笑いする。
「うん。ばれてた」
 云う。
「でも、平気。今日は見つからずに屋敷を出てきたから」

 彼は、彼女を見る。
 再度、あたりを見る。

「まあ。いいか」

「…………?」
 彼女が訊く。
「誰か村人が、墓地にいる?」
「いや」
 彼が云う。
「誰もいないよ」

 彼は、彼女の手を取る。

「行こう」
「何?」
「実は、君のお母さんのお墓を、見つけたんだ」
「え?」

 彼女は目を見開く。

「母様のお墓を?」
「そう」
「見つけ、た?」
 彼が頷く。

 彼女の手を引いて、彼は、墓地の入り口から離れたところへ向かう。

 ふたりは、歩く。

 やがて、並んでいた墓石がなくなる。
 それでも、彼は進む。

「ねえ」
 彼女が云う。
「この先に、墓石はないわ」

 彼女は不安になる。

 と、

 彼が、立ち止まる。
 指を差す。

「君のお母さんの、お墓だよ」

 そこに、

 小さな石が、ふたつ。

「……これ?」

 彼が頷く。

「でも、これは」

 東一族がかたどる墓石、とは違う。
 本当に、ただの、石。

「母様の、お墓……?」

 彼女は、ひとつの墓石を見る。
 数字だけが、刻まれている。

「名まえがない、わ」
「うん」
 彼が云う。

「でも、確かに、君のお母さんのお墓なんだ」



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「タイラとアヤコ」11

2017年07月25日 | T.B.1962年
矢が降り注ぐ。
アヤコも矢をつがえる。

「  」

うめき声が聞こえる。

見てはいけないと思いながら
視線がそちらを向いてしまう。

矢を受けた者がうずくまっている。

助けないと、
いや、でも
まずは身を守らないと。

矢を持つ腕が震える。

狩りと同じだ、と
そう自分に言い聞かせる。
狩りも命の奪い合い。

そういう場面には慣れているはずだ。

「……ダメ」

全然違う。

思わず腰が引ける。

「アヤコ!!!」

突然視界が暗くなる。
誰かが、自分の前に立っている。

次の瞬間、衝撃を受けて
アヤコは船底に倒れ込む。

「な……に」

重い。何かが乗っている。

身を捩って這い上がる。

「………」

アヤコは目を疑う。
自分を庇って矢を受けた。誰か。

「嘘」

怖い。
あまりのことに手が震えて、
彼に触れることすら出来ない。

「……タイラ」

アヤコの声にタイラの反応は無い。
矢は一瞬でタイラを打ち抜いた。
相当な名手が相手には居る。

「タイラ!!
 タイラ!!!!ねぇ!!!」

アヤコは大丈夫だよ。と
言っていたタイラの言葉を思い出す。

変に今日は俺が兄だと言って、
自分だって戦場は怖いくせに。

「行かないで。嫌だよ。タイラ」

アヤコ逃げて、と誰かの声が聞こえる。
キコだろうか。
飛んでくる矢が見える。

それは、一瞬のこと。
ただ、とてもゆっくりとした時間に思える。

関係の無いことばかり色々と思い出す。
折角庇ってくれたのに
逃げられなくて、ごめんなさい。

アヤコは、そっと目を閉じる。

あぁ、そう言えば。

体を矢が貫く痛みを覚えながら
アヤコは呟く


「海、二人とも行けなかったね」



T.B.1961
「タイラとアヤコ」
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「彼女と母親の墓」6

2017年07月21日 | T.B.2020年

 雨が降る。

 長く、雨が降る。

 彼女は、部屋の中から、外を見る。
 外には、出られそうにない。

 彼女の父親がやって来る。

 彼女は父親を見て、また、外を見る。
 云う。
「父様。雨、止まないね」

 父親が云う。

「お前。最近外に出てるだろう」

「え?」

 彼女は、固まる。

「だからじゃないのか」

「私が、外に行けないように、雨が降るの?」

 彼女は、気まずい様子で、父親を見る。
「私が外に行ってるの、気付いてたんだ」
「外で、何かあったらどうする」
「何かって、何があるの?」
「宗主の血筋だ。それだけで、危険なことはたくさんある」
「西の人に、連れて行かれちゃうとか?」
 彼女が笑う。
「そんなことあるわけないよ、父様」
 父親が訊く。
「そもそも、何をしに外へ行くんだ」
「何って……」
 彼女が云う。
「母様のお墓を探しに、だよ」

「墓を?」

「だって、父様も知らないんでしょう」
 彼女が云う。
「見つけてあげなきゃ、母様のお墓」

 父親は、息を吐く。

「……母親、か」
 父親は、彼女を見る。
「墓地に埋葬されているのかも、判らない」
「……え?」

 彼女は戸惑う。

「それも、判らないの?」
 云う。
「じゃあ、母様はどこに?」

「判らない」

 父親が云う。
「でも、死んだのは確かだ。医師が死亡書を残している」
「……判らない、判らない、て」

 彼女は、父親に近付く。

「いったい、父様は、母様の何を覚えているの!」
 彼女は、声を荒げる。
「母様は死んでしまったから、もう全部忘れてしまったと云うの!」

 父親は答えない。

「母様の死に立ち会ってない? 誰が埋めたのかも判らない?」

 彼女は、涙を浮かべる。

「母様が、可哀相すぎる!」

 父親が指を差す。

 彼女は、父親の視線を追う。
 彼女の腕元。

 東一族の装飾品。

「お前の装飾品。ふたつ付けられているが」
 父親が云う。
「どちらも、本来お前のものではない」

 彼女は、涙目で、装飾品を見る。

「知ってるよ。これ、母様のでしょう?」

 父親が首を振る。

「ひとつは、な」
「ひとつ? じゃあ」
「おそらく、その、もうひとつの装飾品の持ち主が」
「……母様を埋めた?」

 彼女は、父親を見る。

「誰なの?」

 父親は、彼女から目をそらす。

「誰なの。この装飾品の持ち主は」

 父親は、答えない。

「……判らない、……のね」

 彼女は息を吐く。

 彼女は、坐り込む。
 外を見る。
 父親も、外を見る。

 強い雨が降っている。

 ふたりとも、話さない。

 雨の音。

 しばらくして、彼女が口を開く。

「……父様」
「…………」
「今まで、訊いたことなかったけれど」
「何だ?」
「父様が覚えてる母様の話を、訊かせて」

 父親は、彼女を見る。

「私、そんなに母様のこと覚えてないから」
「…………」
「周りの人もそう」

 彼女が云う。

「誰からも、母様の話を聞いたことない」
「……そうだな」
「ひょっとして、母様のこと、誰も知らないんじゃないかって思うの」

「…………」

「父様。母様のこと隠していたのかなって、ぐらい」

 彼女はほんの少し、苦笑い。

 云う。

「母様の話、今すぐじゃなくてもいいの」
 彼女は、父親を見る。
「近いうちに、ね」

 彼女が云う。

「きっと……、母様、喜ぶと思うんだ」



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「タイラとアヤコ」10

2017年07月18日 | T.B.1962年

「あのさぁ」

タイラが言う。

「今日は、俺が兄って事でいい?」
「何よ急に」
「双子なんだから、
 どっちが先か分からないだろう」
「私が先に産まれたって
 母さんは言ってたけど」
「………」

「分かったわよ」
「ん!!」
「なに??」
「ん!!!!!」

ふぅっとため息をつきながらアヤコが答える。

「兄さん」

「何度でも呼んでくれ!!」

「一回だけよ」

湖の畔、舟の淵に腰掛けながら二人は話す。

「戦い、始まっちゃったね」

東一族との戦い。
きっかけは、東一族の死。

もう舟は出る。

続く戦いの中
すでに命を落とした者もいる。

逃げる事は出来る。
非難されることも、立場が悪くなることも
そんな事は平気だ。

でも、
その代わりに誰かが戦いに向かうことになる。
それは自分より幼い者かもしれないし、
とうに現役を退いた老いた者かもしれない。

だから、引き下がれない。
降りることも出来ない。

けれど

「怖いね」
「だな」
「行きたくないね」
「ああ」

「もっと」

「もっと、行ってくる。
 皆のために敵を倒してくるよ、って、
 張り切って言えたら良かったのに」

タイラがアヤコの背を叩く。

「いつか、こんな事止めようって
 誰かが言い出す」

「それまで、
 耐え忍ぶしかないさ」

「タイラ、今日は、
 お兄さんみたいね」
「だから、そう言ってるだろう。
 お兄ちゃんに任せなさい」

そうね、と
アヤコは少し笑う。

舟が少し騒がしくなる。
数人が岸に繋いでいるロープを外したり
せわしなく動き始める。

「そろそろ、出るわよ」

同い年のキコが
二人に声をかける。

多分、話が終わるのを待っていてくれた。

時々同じ班を組む
とても狩りが上手い子だ。

「大丈夫よ」

キコもアヤコに声をかける。

「皆で一緒に帰ってきましょう」

舟は動き出す。

「アヤコ」

タイラが言う。

「アヤコは大丈夫だよ」


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「彼女と母親の墓」5

2017年07月14日 | T.B.2020年

 数日後、彼女は再度、墓地へと向かう。

 もちろん、父親には内緒だ。

 墓地の入り口に着くと、彼女は目を見開く。
 この前の彼がいる。

「驚いた」

 彼女が云う。

「何が?」
「また、会えたから」

 彼は首を傾げる。
「君のお母さんのお墓、見つけると約束したから」
「……ありがとう」
 彼は頷く。
「優しいのね」

 彼女は笑う。

 空を見る。

 父親に気付かれる前に、また、自分の屋敷に戻らなくてはいけない。
 そんなに、時間はない。

「急いで探そうか?」
「うん」
 彼の言葉に、彼女が頷く。

 彼と彼女は、墓地の少し奥へと向かう。

「そのお墓、立派ね」
 彼の目の前のお墓を見て、彼女が云う。
「この形は、高位家系の人だね」
「ひょっとして、母様の?」
「いや、違う」
「ずっと、昔の人かしら」
 彼女が云う。
「私とも血がつながってるのかな」
「たぶんね」
「なんて書いてある?」
「え?」
 彼女が云う。
「そのお墓の人の、名まえ」
「名まえ?」

 思わず、彼は焦る。

「墓石に掘ってあるでしょう?」
 彼女が訊く。
「そのお墓の人の名まえは?」

 彼は、彼女を見る。

 息を吐く。

 墓石にふれる。
 掘ってあるであろう名まえを、指でなぞる。

「……?」

 彼女は、彼をのぞき込む。
「何をやっているの?」
 彼女が訊く。
「旧すぎて、読めない?」

 彼が、首を振る。
 云う。

「光院、て、書いてある」
「ふぅん?」
 彼女が云う。
「知らない名まえだわ」
「本当に?」
「うん。でも、確かに高位家系系列の名まえね」
「今の宗主の、お兄さんだよ」
「そうなの?」
「そう」
「知らない」

 彼女が云う。

「母様のお墓も、きっと、こんな形なんだわ」

 彼と彼女は、墓を探し続ける。

 日が少し、傾いてくる。

 彼女は顔を上げ、彼を見る。
 云う。
「見つからないね」
「そうだね」
「……ごめんなさい」
「え?」
 彼女が云う。
「よく考えたら、こんなことに付き合ってもらって……」
「別に、いいよ?」

 彼女は、空を見る。

「時間?」
 彼の言葉に、彼女は頷く。

「今日も、ありがとう」
「うん」

「また、会える?」

「うん」
「絶対?」
「うん」

「……ありがとう」

 彼女は、はにかむ。



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