TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「小夜子と天院」18

2015年11月27日 | T.B.2017年

「届けて、くれた?」

 外に出た彼女を、誰かが呼ぶ。
 彼女は振り返る。

 この声は、先ほどの

「商人さん?」
「そう」

 あたりは静かだ。

 彼女は目が悪い。
 周りの様子が、よく、判らない。

 なぜ、あたりは、こんなにも静かなのだろう。

 彼女が云う。

「薬なら屋敷の使用人に渡したので、大丈夫だと思います」

「あーよかった」

 商人は笑う。

 が

「と、云いたいところだけど、失敗したみたいだねぇ」
「え? 失敗?」

 彼女は、首を傾げる。

「そう、失敗」
「失敗って、……何の話?」
「失敗なんだよ」

 急に、商人の声色が低くなる。

 怖ろしいほどに。

「東一族の宗主に、せっかく毒を作ってきたのに」
「……ど、く?」
「そう。気持ちよく死ねる、毒」

 あからさまなため息。

「宗主の手に渡る前に、気付かれちゃったみたいだなぁ」

「毒、て」
「毒だよ」

「え?」

 彼女は、訳が判らないと、首を振る。

「毒って、なぜ……」
「それはさ」
 商人は手を広げてみせる。
「俺が、君らの敵、砂一族だからだよ」

「砂、一族……?」

 彼女の表情が凍る。

 砂一族。
 確か、薬や毒を作ることを得意とする一族で
 東一族とは、長く争っている。

 その砂一族が目の前に?

 彼女は、一歩下がる。

「と、云うわけで、とりあえず証拠隠滅」
 砂一族は、彼女を指差す。
「君を、殺す」

 彼女は口を開こうとする。
 けれども、声が出ない。

「悪いねー」

 砂一族が云う。

「まあ、頼みは聞いてくれたし、ちゃんと殺してあげるよ」

 彼女は見えない目を見開く。

「一応、自分も訓練は受けてるから」

 砂一族は、一歩、彼女に近付く。

「東一族の人に殺されたように、傷を入れてあげるし」

 砂一族は何かを取り出す。

「宗主付きの蛇、に、近い毒も入れてあげるからねー」

「や、」

「そうすれば、少しは俺の時間が稼げるだろー」
「いや……」

 彼女はさらに一歩下がる。

「ん? 誰か来るな」

「いや、」

「急ぐわ」

「助け、」

「やめろ!」

 誰かの声。

「あー、めんどくせぇ。東一族がよ!」

 その瞬間、彼女の視界が、赤く染まる。



NEXT

「悟と諜報員」4

2015年11月24日 | T.B.2000年

「もう。考えすぎて
 何が真実か分からなくなってきた」

悟は自宅のソファでうなだれる。

透も広司も
怪しくないと見せかけて
本当は怪しいんじゃないか。

むしろ
『内部諜報員いるのかも?』
と言ってきた直子こそが
実は内部諜報員で
悟にカマをかけに来たのではないか。

最初に思ったが
考え始めると
泥沼にはまる。

「何なに?
 どうしたのよ?」

遊びに来ていた恋人の四ツ葉(ヨツバ)が
お茶を入れながら聞いてくる。

「…………」

「なに?」

「これがお前だったら
 もう俺は泣くぞ」

「だから、何が??」

「お前だけは信じてるから
 裏切らないでくれって事」
「ありがとう」

ふふふと四ツ葉は笑う。

頬に手を当てて笑う
恋人のいつものクセだ。

服の裾がめくれて
腕に付けている物がちらりと見える。

「って言うか。
 最近腕に付けているその飾り、何?」
「これ?
 北一族の村で買ったの。
 少しぶかぶかだけど面白いデザインでしょう」
「いや、それ」

東一族の装飾品。

西一族とは敵対する
湖のむこうの一族。

争っていた昔とは違い
今は冷戦状態。
東一族を見たことが無いという若者も多い。

そんな中、北一族の露店で
模造品が売られていて
知らずに買ったのだろうが。

「あんまり、付けない方が良いんじゃないか」

「何?ダメなの?」

それ、東の物だから、と言うと
なぜ悟がそれを知っているのかという事になってしまう。
諜報員だとは言えないので
何とも説明しづらい。

そんな悟の様子を見て
分かった、と四ツ葉が言う。

「その代わり、新しい腕飾りを頂戴
 今度、どこかに出かけたときのお土産で」

今は表向きの仕事と合わせて
諜報員での活動が多く
何かと遠出することが多い悟。

何も言わずに
ずっと付き合ってくれているが
きっと、待たせて居る。

「必ず、約束する」

潜入の調査が減って
少し落ち着く事が出来たら
きちんとこれからの話もしなくては。

想いを馳せる悟の隣で
まぁ、確かにまずいわよね、これ、と
四ツ葉が呟く。

「東の装飾品を付けてちゃ
 爺様連中がうるさいし」


「なんでそれ知ってるの!!???」



NEXT

「小夜子と天院」17

2015年11月20日 | T.B.2017年

 屋敷に戻ると、彼女は、先ほどの包みを取り出す。
 上の使用人に、それを渡す。

「これは?」
「宗主様の薬です」
「薬?」
「外の商人さんが、宗主様の薬を届けに来たと」
「外の……?」

 上の使用人は、首を傾げながら、包みを見る。
 奥へと戻る。

 彼女は庭へと周り、小さな部屋に入る。

 彼女は、ここで仕事をしている。

 暗い部屋の中で、
 ほんのちょっとの明かりで。

 あるときは

 運ばれてきた豆を
 手探りで、集め、
 手探りで、むく。

 あるときは

 運ばれてきた綿花を
 手探りで、集め、
 手探りで、紡ぐ。

 そうやって

 屋敷にやって来た頃は、ただ単に、与えられた仕事をやっていただけ。

 でも

 今は違う。

 仕事を、どんどん片付けて
 片付けて
 ちょっとでも、時間を作りたかった。

 彼に会うために。

 彼女は、腕に付けられた装飾品を見る。

 彼の装飾品を見て、微笑む。

「よく見えないのだけど」
 彼女が云う。
「この装飾品は、どれぐらい高位のものなの?」
「さあ?」
 彼が首を傾げる。
「その価値なんか、判らないよ」
 彼女が云う。
「ご自分の地位ぐらい判るでしょう」
「さあ?」
「……また」
「また?」
「いつもそう」
「何が?」
「はぐらかしてばかり」
「うん」
「嘘ばかりね」
「そうだね」

 彼が笑う。

「よく云われる」
「そうでしょ」
「嘘付きだって」

 彼女が云う。

「どうして、自分を隠そうとするの」

 彼は彼女を見る。

「どうしてだろう」

 彼が云う。

「君は俺の、本当の名まえを知っているけれど」
「…………?」
「俺のことを別の名で、呼ぶ人だっている」
「別の、名?」
「そう」
「別の名って、なぜ?」

「俺は、俺として、生きてはいけないからだよ」

 彼は、どこかを見る。

 どこか、遠くを。

「いつか」
「うん」

「いつか、判るのかしら」

 あなたのこと。
 自分が知らない、あなたのこと。

「知らなくたって、いいよ」

 彼が云う。

「俺は、自分を棄てられたらいい」

 そう思ってる、と。

 彼女を見る。

 どうして、そんなことを云うのだろう。

「だって、その方が、君と一緒に生きられるだろうから」

 そうなの?

 判らない。
 ……判らない。けど

「ありがとう」
「……何が?」
 彼が首を傾げる。
「そう云ってくれて、ありがとう」
「…………?」
「ここにいてくれて、ありがとう」

 判るのは
 ただ、あなたを好きと云うことだから。

 そうだ。
 彼を探しに行こうか。

 何をやっているかは、判らないけれど
 彼も、仕事を終えているかもしれない。

 彼女は、外へと出る。



NEXT

「悟と諜報員」3

2015年11月17日 | T.B.2000年

「お」

北一族の村へと向かう馬車乗り場に
広司(こうじ)が居る。

単純に狩りの腕という意味では
広司は若者の中で飛び抜けている。

もし広司と対峙することになれば
決して楽には終わらないだろう、と
悟はよく考える。
それくらいの腕前だ。

「出かけるのか?」
「…………」

悟が話しかけると
いかにも面倒そうな表情を浮かべて
その場を離れる。

「馬車を待っているんじゃないのか?」
「まだ時間がある」

ここに居て、
悟と話すつもりはないと言うこと。

「……相変わらずだな」

「広司って最近
 よく北へ行くわよね」

同じく馬車乗り場にいた女性達が言う。

「最近?」
「えぇ、最近。
 多いわよね」
「よく同じ便になるわよ」

北一族は市場の村。
様々な村から特産品の出店が並び
若者の遊び場所の一つだ。

だが、どうにも広司のイメージが
そこに噛み合わない。

「でも北一族の村に着いたら
 すぐどこか行っちゃうのよね」
「市場でも見かけないし
 何しているんだろう」

「大事な用事でもあるのだろう」

そんなに簡単に
異変を気付かせることは無いが
調査に入る村に行く時は
違う村を経由する。
悟がよく使う手段だ。

だが、

「広司、ね」

仮に悟が選ぶ側だとして
絶対に諜報員には選ばないタイプだ。

狩りの腕は確かだが、
何かにつけて自分の判断を優先する。
それが悪いこととは言わないが
問題も起こる。

以前、西一族と敵対する東一族の少女を
連れて来た時は大変だった。
ただでさえ危険な東一族への侵入を
悟は何度もする羽目になった。

「むしろ、あいつが
 北一族で何か問題を起こしていないか
 心配だ」

次に広司を見かけたのは
数日後の馬車乗り場。
ちょうど、北一族から折り返してきた便が
付いた所だ。

外を見張るのも諜報員だが
逆に入ってくる人に
怪しい者が紛れていないかと
目を光らせるのも役目の一つ。

広司は馬車を降りると
周りに目をくれることもなく
その場を後にする。

「ん?」

その首元にはマフラーが巻かれている。

今の時期はそれほど寒くもなく
寒さをしのぐためではない。
薄い生地で作られたそれは
別の意味合いを持つ。

マフラーと帽子を常に着用しているのは
北一族だ。

つまり、
広司は北一族とつながりがある。

逆の可能性もあるのだ。
広司は西一族の諜報員なのではなく
北一族の諜報員かもしれない、という事。

と、その時。

ふっと僅かにそのマフラーに触れながら
広司が少し微笑む。

「………」

えぇええええ。

「今の、広司、だよな」

思わずその場にいる人に声をかけてしまうぐらい
珍しものを見て悟は動揺している。

「あ~、悟さん聞いてよ」
「うんうん」

馬車乗り場の女性陣の言葉も
思わず適当に返事をしてしまうくらい。

最近、頻繁に北一族の村を訪れる。
村に辿り着くと
すぐ姿をくらます。
そして、北一族のマフラー。

「広司、北一族の彼女が居るみたい。
 私狙ってたのにな~」

無意識に浮かべる微笑み。
彼女。
北一族の。


「……なるほど」




NEXT

「小夜子と天院」16

2015年11月13日 | T.B.2017年


 彼女は、ひとり。
 果物を抱え、東一族の村のはずれ、墓地へと向かう。

 その歩きは、ゆっくりだ。

 墓地に入ると、彼女は、両親の墓へと向かう。
 あたりには、誰もいない。
 いつも通り、彼女は墓をきれいにする。
 果物を供える。

 それが終わると、墓前に坐る。
 墓を眺め、両親の形見の品を取り出す。

 ――焼け焦げた、東一族の装飾品。

 彼女は、それを付ける。
 彼の装飾品と、両親の装飾品が並ぶ。

 そのまま。

 時が過ぎる。

 彼女は、ただ、墓前を見つめる。

 しばらくして。

 誰かの足音。

 彼女の近くまで、その音はやって来る。

「……誰?」

 彼女は振り返る。
 彼女の後ろに来た者は、一瞬、身を引く。

「……誰、なの?」

 彼女は目をこらす。
 そこに、誰かがいるのは判る。
 けれども、姿はよく見えない。

「ごめんなさい」
 彼女は云う。
「目が悪くて、見えないの」

 ああ。と、そこにいる誰かは頷く。

「迷い込んで悪い。自分は、外から来た商人だ」
「商人?」
「……実は、ね」

 商人は彼女を探りながら、話す。
 けれども、彼女はその様子に気付かない。

「自分は、東一族の偉い方に薬を届けてる」
「そうなの」

 彼女が云う。

「私、宗主様の屋敷で働いているの。案内します」
 彼女は立ち上がる。
「目が見えなくて早く歩けないのだけど、着いてきてもらえれば」
「いや、」

 商人が云う。

「自分は、急いで次に向かわなくちゃならない」
「まあ」
「君に、託してもいいかな」
「もちろんです」

 商人は、小さな包みを取り出す。

「大丈夫?」
「ええ」

 彼女は受け取ろうと、手を差し出す。

 と

「あれ?」

 商人は、彼女の手に付けられた装飾品に気付く。

 焼け焦げた装飾品。

「……何か?」

「その装飾品……」
「これ、ですか?」
「知ってるよ!」

 商人は、彼女の父親の名を出す。

「君は、娘さん?」
「はい」
「ああ。目の病だと、確かに云っていたよ!」
「父が?」
「君の薬を作っていたのは、俺だ」
「そうだったのですか」

 彼女は頭を下げる。

「お父さんのことは、本当に悔やまれるね」
「……ええ」
「お父さんから、話は聞いてる?」
 彼女は首を振る。
「ごめんなさい。商人さんのことは、何も……」
「いや、いいんだ」

 商人は、笑う。

 それでいい、と。

「じゃあ、悪いけど」
 商人は改めて、薬の包みを差し出す。
「これ、頼むね」

「判りました」

 彼女はそれを受け取る。



NEXT