TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「東一族と裏一族」2

2018年06月29日 | T.B.1997年

「杏子!」

 前から歩いてきた篤子(あつこ)が手を上げる。

「砂糖を持って来たわ」
「ありがとう!」
「今から果物を取りに行くのかしら?」
「そう。市場に」

 杏子は首を傾げる。

「何の果物がいいかな?」
「時期的には、晩柑ね」
「そうよね」
「山桃も使いましょう」
「山桃なら甘露煮だわ」

 ふたりは話を続けながら、市場へと向かう。

 市場にたどり着くと、
 表に面した店の一角を借りる。

 机に、料理の道具を広げる。

 篤子は砂糖を置き、すぐに近くの店から山桃を運んでくる。
 その手には瓶も。

「それは?」
 杏子は首を傾げる。
「甘露煮が出来たら分けてほしいって」
「まあ」
 杏子は笑う。
「これだけあったら、もっと配れるわね」

 篤子は大量の山桃を、机に置く。

「晩柑も持ってくるわ」
「ありがとう、篤子」

 云いながら、杏子は作業に取り掛かっている。

 篤子は歩き出す。

 市場を歩く。

 晩柑はすぐに見つかる。
 が
 ほかに、何か果物はないかと、篤子は探す。

「おっと!」
「あら!?」

 何かが肩に触れて、篤子は驚く。

 顔を上げ、後ろを見る。
 人とぶつかったのだ。

「失礼!」
「悪いわ」

 篤子もとっさに謝る。
 そして、その姿をよく見る。

 東一族ではない、人。

「怪我はないかな、東のお嬢さん」
「ええ、大丈夫」
 篤子は首を傾げる。
「あなたは?」
「大丈夫だ」

 じろじろと見てしまっていることに気付き、篤子は頭を下げる。

「もしかして、北の方?」
「そう」
「商人さん?」
「そうだ」

 北の商人は、篤子をのぞき込む。

「他一族は、珍しいだろうね」
「いえ、」

 篤子は首を振る。

「市場で見かけることはありますので」
「そうか」
 北の商人が云う。
「なら、他一族も平気、か」

 東一族の、
 特に女性は、他一族が苦手と思われている。

 けれども、それは、人によりけり。

 篤子はそう苦手意識はない。

「果物を探しているのかい?」
「ええ」
「なら、北に来るといい」
「え?」
「北には、もっと果物があるからな」
「北に?」

 篤子は、自身の手を見る。

 いつの間にか、その手が握られている。

「連れて行ってやろうか」
「え? ええ?」
「馬車に乗ればすぐだ」

 篤子は混乱する。

 あたりには誰もいない。

 あんなにも、市場は賑わっていたはずなのに
 なぜだか、空間が変わったかのように。

 私、は、

「駄目」

 はっとして、篤子はその方向を見る。

「駄目よ」

「・・・・・・」

 北の商人もその方向を見る。

「篤子は行かない。ここから去って」
「・・・え?」

 そこにいるのは、東一族の女性。

 確か。

 篤子は、北の商人を見る。
 その表情に、驚く。
 口元が笑っている。

「やあ」

「さあ。去って。人を呼ぶわ」

「つれない、なぁ」

 そう、北の商人が何かを云う。
 でも、何を云ったのか、篤子には判らなかった。

 ――久しぶり、俺の妻。

 と。

 そう、云ったのだけれども。



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「稔と十和子」1

2018年06月26日 | T.B.2003年

稔は西一族の医師。
正確には医師見習い。
高子という医師の助手をしている。

「大変だわ」

「そうですね」

この病院には
一人、高齢の医師がいる。

その医師が腰を痛めて
数日休むことになった。

「数日でどうにかなるかしら」
「そのまま寝たきりってのも
 考えられますね」
「止めて、ゾッとしちゃうわ」

歳も歳だから
担当していた患者は少ないが
それでも
ただでさえ医師が少ないこの病院では
一人当たりの負担が増える。

「いくら狩りの一族だからって
 外科医ばっかり増やすのは
 どうかと思うわ」

全くだ、と稔は思う。

外科医の現場には向かない、と思ったので
こちらの病院にしたが
本当に人手が足りない。

高子だっていつ結婚や出産で休むとも知れない。

高子は稔を後継として期待しているが
稔はあくまで【助手】として
ここに居たいのだ。
これ以上負担が増えるのは勘弁したい。

本職がおろそかになってしまう。

「いつもと違う患者も診て回るから
 カルテは取り違えないように
 名前の確認をきちんとね」
「はいはい」

診察室で高子が問診をしている間に
稔は待合室で
症状を聞いてカルテに書き込む。

それを元に最終的は判断を下すのは高子だ。

「最近はどうですか」
「膝がねぇ、寒くなるとダメよ」
「ここまでは
 息子さんが送ってくれたのですか」
「そうよ、良い子でね、
 今度南一族の村に観光で行こうって」

患者の割合は高齢の者が多い。
待合室は談話場になるが
稔はよくその話を聞きながら問診をする。

通い慣れた患者などは
こちらから聞く前に
家族の話をしてくるが

稔はそれを笑顔で聞く。

「それなら少しでも
 膝の調子を良くしないと。
 あぁ、どうぞ、診察室へ」

症状を書き込み、
前の患者が終わったのを確認して
カルテと共に高子の元へ通す。

「さて、と」

次に待つ患者のカルテを手にする。

「と…わ、かな?」

読みを確認して名を呼ぶ。

「………」

診察室を見回すが返事がない。
待ち時間が長く、
どこかへ席を外しているのだろうか。

「誰だっけ」

名前にあまり馴染みがない。

「    」

声量を上げて呼ぶが
やはり返事がない。

「先生」

稔が首を捻っていると
馴染みの患者が透を呼ぶ。

「はい、どうしました?」

「あの子だよ」

指さす方、少し離れた席に
若い女性が1人座っている。

時々姿は見た事がある。
老先生の患者か、と
稔はカルテを開き、
なるほど、と彼女の元へ歩く。

驚かせない様に
肩にそっと触れた後
彼女の目の前に屈む。

「こんにちは、十和子さん。
 もうすぐ診察ですよ」

彼女の視界に入り
一言ずつゆっくりと話す。

十和子は首を傾げた後
指を動かす。

稔はそれには疎いが
彼女が何を聞きたいのかは
何となく分かるので答える。

「今日は老先生がお休みなので
 高子先生が代わりに診られます」

稔の口元を凝視していた十和子は頷く。

「今日は筆談が多くなると思いますが
 良いですか?」

カルテにはこう書かれている。

彼女は耳が聞こえない。


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「東一族と裏一族」1

2018年06月22日 | T.B.1997年

「これ見てくれる?」

 杏子(あんず)は見慣れない飾りを取り出す。

「これは?」
「さっき、商人さんにもらったの」
「商人?」
「ええ」

 杏子は、その飾りを彼に渡す。

「北一族の商人さんなんですって」
「へえ」
「はじめて東に来たから、記念に配っているって」

 彼がそれを空にかざす。
 ふたりは、それを見る。
 中央の石が、日の光で輝く。

「お天道様によく当てると、輝きが増すらしいわ」
「こんな高級なものを・・・、気前がいい」
「その飾り、何だか判る?」
「判るよ」
「谷一族の鉱石かしら?」

 彼は答えない。

 杏子は彼を見る。

「しばらく、お天道様に当てておこうと思うの」
「判った、預かるよ」
「頼んでも大丈夫? 光(こう)」
「もちろん」

 光院(こういん)は頷く。

「杏子はどこへ?」
「みんなで果物の砂糖漬けを作るのよ」
「みんな?」
「篤子と晴子」
「ああ」
「梨子も来るかしら?」
「さあ? どうかな」

 にこにこと、杏子は笑う。

「じゃあ、行ってくるわね」

 光院は、杏子を見送る。

 その背中が見えなくなり、

「さて」

 後ろにいる狼に声をかける。

 彼の少し後ろに、狼がいる。
 控えるように。

 野生とはまた違う、東一族が友とするものたち。

「背名子(せなこ)」

 その言葉に合わせて、狼はゆっくりと頷く。

「いったい、「北の商人」は何を考えているんだろうね」
 光院は笑う。
「誰かを探しているのか、諜報、か」

 彼の手で、石が輝く。

「これを、大将に届けてくれないか」

 背名子と呼ばれた狼は、彼の手に近付く。
 先ほどの飾りをくわえると、すぐにその場を去っていく。

 彼は、空を見る。
 まだ、日は高い。

 と、

「ねえ光院!」

 飾りを持って、誰かが近寄ってくる。

「これ見てくれる?」

 それは、杏子が持っていたものと、まったく同じもの。

「これは?」
「さっき、北の商人さんにもらったの」
「へえ」
「きれいでしょう」

 嬉しそうな顔で、その者は云う。

「北の商人さんも大変そうだったわ」
「何が?」
「これを配りながら人を探しているんだって」
「東一族の村で?」
「そうみたい」

 先ほど、杏子が云っていたことと違う説明。

「知り合いの子を、て」
「知り合い?」
「そう云っていたの」
「北の商人が東に知り合い、ねぇ」

 云って、光院は次の言葉を待つ。

 その者が云う。

「例えば、東でちょっと髪色が違う、とか」
「東一族で?」
「ちょっと、血が違うような人とか」

 云いながら、笑う。

「訳が判らないわ!」

 じゃあ、と、その者は飾りを持ったまま、走り出す。
 また、誰かに見せに行くのだろう。

 光院は歩き出す。

 が、

「ねえ、光院!」

 再三の、呼び止め。

「やあ」
「ねえ! これ見てくれる?」



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「海一族」

2018年06月19日 | イラスト

「山一族と海一族」「海一族と山一族」の連載が無事終了。
見て頂きありがとうございました。

GWとお盆と年末年始の定期連載を経て
ラストはどどーーっと終了まで書ききりました。

長かったような、短かったような。

番外編も書けたらなと思いつつ、まずは祝連載終了!!



ばしょ、は主に海一族担当でした。

(左から、
 ミツナ、トーマ、カンナ、ミナト)

ラストの後に、
山一族に出向いたトーマくん。



歓迎のイノシシ肉をドキドキしながら食べる横で
お土産にもらったタコを
本当にどうして良いのか変わらないアキラくんの図。




ノートに描いていたので便乗して乗せておく
海一族の長とその妹(若りし頃)
(………司祭様は)



「山一族と海一族」55

2018年06月15日 | T.B.1998年

 山一族の使者としての役目が終わり
 アキラは外へと出る。

 海一族の村。

 まだ、自由に歩ける身ではない。
 それでも少しの間だけ、と、時間をもらうことが出来た。

 そこで、

 待ち構えるように、トーマがいる。

「久しぶりだな」
「山はどうだった?」
「人の被害はなかった」

 トーマの問いにアキラは答える。

「それだけで何よりだ」

「そうか」

「だが」

 アキラは続ける。

「山火事の後始末に追われている」
「ひどかったのだろう?」
「ああ。族長同士が話し合うのは、それが落ち着いてからだな」

 トーマも頷く。

 アキラは訊く。

「海はどうだ?」

「港がひとつ焼けたが、村への被害は少ない」
「それは、よかった」
「ただひとつ問題があるとすれば」

 トーマが云う。

「海一族の司祭が裏一族だったんだ」
「そうだな」
「これまで気付かなかった海一族の落ち度もある」

 今回の件は解決した。
 生け贄のことに関しても、今後なくなるのだろう。

 けれども、

 山一族と海一族の関係が、急に友好へと変わるわけでもない。

 少しずつ、変えていくのだろう。

 お互いに。

 歩み寄りながら。

「それに海一族の司祭後任もまだ若い」
 トーマが云う。
「これからどうしていくのか、決まっていないことも多くて」
「海の族長の横にいたやつか」
「緊張していただろ」

 そう云えば、そんな気もする。

 ふたりは笑う。

「あと」

 ふと、改まってトーマが云う。

「俺がカオリを匿っていたのが問題になっていて」

 それはそうだ。
 山一族が、海一族の村に立ち入ったのだから。

「……すまない」
「なぜ、すぐに長に報告をしなかったのか、と」
「そう、か」
「それで、罰を受けることになったんだが」
「罰を?」

 アキラは首を傾げる。

「お前は、裏一族の儀式を阻止したのに?」
「それはそれ、これはこれというわけだ」
「なら、山一族から、一族の者を助けてくれたとの、」

 落ち着け、と
 トーマがアキラの言葉を制止する。

「その、罰なんだが」
「ああ」

「海一族の代表として、そちらへ使いに行くことになった」

「使い?」

「これから、互いに何度もやりとりが出てくるだろう」
 トーマが云う。
「その都度、俺が便りを届けることになった」

 それと、と、トーマは続ける。

「社会勉強として、恋人のひとりでも作ってこい、と」
「ええ?」

 山一族で?
 何だか、よく判らないのだが。

「そのときは、村の案内を頼む」
「ああ。歓迎はする」

 アキラが云う。

「肉は食べられるか?」
「う……、いけると、思う。鳥は食べられるんだけど」
「山一族は鳥は食べない」

 鳥は友としているのだから。

「猪や、そうだな、熊とか」
「熊!」

 トーマが驚きの表情。

「いったいどんな味なんだ」
「山に来てからの楽しみにしておけ」

 と

 アキラは空を見る。

 一羽の鳥。
 アキラの肩にとまる。

「時間か」
「……そうか。帰るのか」

 今回の滞在はあいさつ程度のもの。
 長時間、海一族の村にいることは出来ない。

「山に来るときは、事前に文でもよこせ」

 アキラは、トーマを見る。

「カオリも会いたがっている」

「ああ!」

 待っているぞ、と、アキラは手を上げ歩き出す。

 その後ろで、トーマも手を振る。


 ―― 次は、山一族の村で。





T.B.1998年 「山一族と海一族」の少年の話