「杏子!」
前から歩いてきた篤子(あつこ)が手を上げる。
「砂糖を持って来たわ」
「ありがとう!」
「今から果物を取りに行くのかしら?」
「そう。市場に」
杏子は首を傾げる。
「何の果物がいいかな?」
「時期的には、晩柑ね」
「そうよね」
「山桃も使いましょう」
「山桃なら甘露煮だわ」
ふたりは話を続けながら、市場へと向かう。
市場にたどり着くと、
表に面した店の一角を借りる。
机に、料理の道具を広げる。
篤子は砂糖を置き、すぐに近くの店から山桃を運んでくる。
その手には瓶も。
「それは?」
杏子は首を傾げる。
「甘露煮が出来たら分けてほしいって」
「まあ」
杏子は笑う。
「これだけあったら、もっと配れるわね」
篤子は大量の山桃を、机に置く。
「晩柑も持ってくるわ」
「ありがとう、篤子」
云いながら、杏子は作業に取り掛かっている。
篤子は歩き出す。
市場を歩く。
晩柑はすぐに見つかる。
が
ほかに、何か果物はないかと、篤子は探す。
「おっと!」
「あら!?」
何かが肩に触れて、篤子は驚く。
顔を上げ、後ろを見る。
人とぶつかったのだ。
「失礼!」
「悪いわ」
篤子もとっさに謝る。
そして、その姿をよく見る。
東一族ではない、人。
「怪我はないかな、東のお嬢さん」
「ええ、大丈夫」
篤子は首を傾げる。
「あなたは?」
「大丈夫だ」
じろじろと見てしまっていることに気付き、篤子は頭を下げる。
「もしかして、北の方?」
「そう」
「商人さん?」
「そうだ」
北の商人は、篤子をのぞき込む。
「他一族は、珍しいだろうね」
「いえ、」
篤子は首を振る。
「市場で見かけることはありますので」
「そうか」
北の商人が云う。
「なら、他一族も平気、か」
東一族の、
特に女性は、他一族が苦手と思われている。
けれども、それは、人によりけり。
篤子はそう苦手意識はない。
「果物を探しているのかい?」
「ええ」
「なら、北に来るといい」
「え?」
「北には、もっと果物があるからな」
「北に?」
篤子は、自身の手を見る。
いつの間にか、その手が握られている。
「連れて行ってやろうか」
「え? ええ?」
「馬車に乗ればすぐだ」
篤子は混乱する。
あたりには誰もいない。
あんなにも、市場は賑わっていたはずなのに
なぜだか、空間が変わったかのように。
私、は、
「駄目」
はっとして、篤子はその方向を見る。
「駄目よ」
「・・・・・・」
北の商人もその方向を見る。
「篤子は行かない。ここから去って」
「・・・え?」
そこにいるのは、東一族の女性。
確か。
篤子は、北の商人を見る。
その表情に、驚く。
口元が笑っている。
「やあ」
「さあ。去って。人を呼ぶわ」
「つれない、なぁ」
そう、北の商人が何かを云う。
でも、何を云ったのか、篤子には判らなかった。
――久しぶり、俺の妻。
と。
そう、云ったのだけれども。
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