TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「西一族と巧」21

2020年04月24日 | T.B.1999年
「向、」

 巧は、向の元へと行く。
 その身体に残る痣を見る限り、向の怪我も非道かったのだろう。

「…………」

「向」

「…………」

「無視をするな」

「……巧」

「向」

「すまない」

「謝るなよ」

「すまない……」

「もう済んだことだ」

 巧は向に話しかける。

「向が悪いわけじゃない」
「…………」
「誰も、悪くない」
「…………」
「自分を責めるな」
「巧、」
「そう、俺も云われた」

 もちろん、巧も
 あれから自責の念に駆られた。

 そうせずには、

 いられなかった。

「俺は、班長だったんだ」
「うん」
「だから、……」

 向は歩き出す。

 その後ろ姿を、追う。

 歩く。
 誰にも会わない。

 ただ、ふたり。

 空はよく晴れ、この季節の風が吹く。
 心地よい風。
 直にこの季節は終わり、雨の季節に入る。

「俺たちの班は終わった」

 向は呟く。

「あんなに、俺たち、……」
「向……」
「華を失い、お前は腕を失い……」
「もう、やめよう」
「なぜ、俺だけ、……」
「向!」

 向は立ち止まる。
 巧は首を振る。

「悔やんでも何もならない!」
「悔やむよ!」

 向の声は、大きくなる。

「なぜこんなことになったのか!!」
「終わったことだ!」
「終わったこと!?」

 向は、巧を掴む。

「華は死んだ! もう、いないんだぞ!」
「いつまでそんなことを云っているつもりだよ!」
「あのことがなければ、今日だって3人笑って狩りに!!」

 行っていたのだろう。

 雨の季節の前

 多くの西一族は、今日も狩りへと出ている。

「お前が苦しむと、俺も辛い」
「…………」
「おそらく、華も辛い」

「巧」

 向の顔はぼろぼろだ。

 何度

 泣いたのだろう。

「お前は、前に進まなければ」

 身体の傷も
 心の傷も

 いつか、

 時間が癒やしてくれるのだろう、か。

 少なくとも

 向は、これからも狩りに出ることが出来る。
 西一族の誇りを持って、生きていくことが出来る。

「本当に、……すまない」

 巧は首を振る。

「お前が狩りに行ってくれた方が、いい」

 巧は云う。

「ほら、気を遣うのも疲れるし」

 俺はそれがいいんだ、と。

 華の墓参りだけ、一緒に行こう。

 ああ、それで

 どうしようか、自分は。

 向と別れ、

 巧は歩き出す。

 残った片腕と

 向かう先も判らずに。







T.B.1999年 西一族として生きていたころの彼の話



「西一族と巧」20

2020年04月17日 | T.B.1999年
 すでに、華の葬儀は執り行われたと、稔から聞いた。

 3人が発見されたとき、華の息はなかったと云う。
 あの瞬間、華は、もう。

 向も、かなりの怪我を負い、治療に時間がかかったと。
 それでも先に、向は回復した。

「なら、」

 巧は呟く。

「自分は、どれだけ意識がなかったんだ」

「もう大丈夫だよ」

 稔が云う。

「血がずいぶん流れて、お前も駄目かと思ったけど」

 助かった。

「意識も戻ったし、動けるまでに回復はしてる」

 巧は腕を見る。

 ああ、やっぱり

 腕は、ない。

「巧」

 稔が云う。

「腕だけで済んでよかった」
「…………」
「命があって、よかった」
「これは、……」

 いろんなことが、ありすぎて

 まだ、考えがまとまらない。
 頭の中が整理出来ない。

「いいんだよ。誰も、誰のことも責めてない」
 稔は巧を見る。
「事故だったんだ、これは」

 …………事故?

「これからのことは、これから、だ」

 事故。

 事故だった。

 そう

 狩りをする西一族では、そう云うことが起きる。
 頻繁でないけれども。
 起きる、事故。

 みんなには、その、事故、だった、のだ。

 けれども、

 狩りに出た3人には

 大きなこと、だった。
 何と云えばいいのか、大きな出来事。

 判らない。
 まだ

 その、

 これからのこと。


 ただ、判るのは

「もう、」

 狩りには行けないよな。


 巧は、歩く。

 家へと向かって。

 家の扉に手を掛け、ふと、足下の鉢植えに気付く。

「…………?」

 見る。

「これは、」

 あの日買った花。
 華が育てていた、花。

 引き取ったのか?
 自分が?

 ふたつの鉢植え。

 自分には、花の育て方なんて、判らないのに。

 その鉢植えが枯れたのは

 ――そう、遠い日ではなかった。





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「西一族と巧」19

2020年04月10日 | T.B.1999年
「この花はね、海辺に生えるのよ」

 華が云う。

「あまり寒いのは苦手だから、冬は気を付けて」

 華の説明は続く。

 買ってから、もう3年経つのね。
 そろそろ植え替える時期だから、ちょうどやったところなの。
 根を傷付けないように。
 ほんの少し、肥料をあげて。

 紫の花、きれいだわ。
 いい香り。

 ほら。巧が買ってくれた花も、こんなに大きく増えた。
 ああ
 花がたくさんあって、仕合わせ!

 ありがとう、巧。

 ありがとう。

 巧、

 ――――。

 …………。

「…………」

 巧は、目を覚ます。

 ずいぶんと、

 眠っていたの、か。

 ここは

 どこだ?

 あたりを見る。

 寝台の上。

 ……病院?

 なぜ?

 巧は、目を開いたまま。
 頭を巡らせる。

「…………」

 狩り

 ……そうだ。

 狩りに行った。

 それで、熊に襲われて……。

 でも

 帰って来た。
 帰ってこられた。

「よかっ、た……」

 夢じゃない。
 助かったのだ。

 ここは、安全な場所。

 安心感。

 巧は目を閉じる。

「向! 華!?」

 突然、巧は起き上がる。

 そうじゃない。
 ふたりは?
 ふたりは、どうなった?

「あ、れ……?」

 痛み。

 巧は、腕を見る。

 ある。

 指も、ある。
 動く。

 反対の腕も見る。

「腕、……」

 ない。

 動かせる感覚がある。
 指が動いている、ような気がする。

 けれども、そこに腕はない。

「わ、」

 巧は、目を見開く。

「うわぁああああああ!!」






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「西一族と巧」18

2020年04月03日 | T.B.1999年
 走る。

 巧はある方の腕で、明かりを持ち、
 向は、華を抱えている。

 荷物は、もはやない。
 腰に下げている、武器のみ。

 ふたりが、草をかき分け走る音。

 それ以外は、不気味なほど、音はない。

「巧、行けるか!?」

 腕から、血が流れている。

 寒い。

 気温のせいなのか、それとも。

「むか、い」

 巧は息をする。
 夢中で走る。

「離れろ、とにかく、離れろ!」

「うっ、!?」
「――――!!」
「向!!」

 目の前の、向が消える。

 代わりに、

「何で、……」

 熊。

 首を振り、

 口からは、よだれと

 ああ……、人の血が、

 垂れている。

 巧は肩で息をする。

 熊と、目が合う。

「向、」

 これは、もう。

「巧!!」
「――――!?」
「走れ!」

 熊の首に、短刀が刺さる。

 痛みで、熊は大きく反り返る。

 向が投げた短刀。

「俺は飛ばされただけだ! 行くぞ!!」


 そのあとは、どう逃げたのか

 判らない。


 村から、ものすごく遠い山の中に、いたはずだった。
 いつも、狩り場に行くのが、億劫になるほど。

 今

 西一族の村が見える。

 遠かった。

 けれども、早かった。
 帰って来た。

 あたりは、薄明かり。

 もう

 大丈夫。

 景色が、横になっている。

 ああ、

 倒れたのだ、自分は。

「華!」

 向が叫んでいる。

「おい、目を開けろ!」

「…………」

 向、

 華は、

 ……華は、どうなったんだ?

「お前、狩りなんかやめて、花屋になるんだろう!?」

 向の声。

 遠のく意識。

 大丈夫なのか

 大丈夫?

 判らない。

 けれども、ここなら、大丈夫。

 もう、

 獣は来ない。





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「西一族と巧」17

2020年03月27日 | T.B.1999年

 暗い山の中。

 木々は高くそびえ、

 空を覆う。

 いや、その空にさえも、もはや光はない。

 冷たい空気。

 静かだ。

 自分たちの動く音と、

 獣の息づかい以外は。


 何が

 起きたのだろう。


 ほんの少し、眠っただけだった。

 獣に近付かれ

 火を起こし
 荷物をまとめ

 ただ、山を下りるだけだった。

 なのに?


 横たわる、華。

 わずかな、明かり。

 巧は、自身の腕を見る。


「…………??」

「たく、」

「…………何」

「おい、」

「う、」

「巧!」

「うわぁあああああ!!」


 形容しがたい痛み。

 暗闇の中。
 明かりに灯され

 逆に、

 嫌に、はっきりと見える。

 血。

 自身の、血。

 足下にある、腕。

「っううううう」

「巧!!」

 向が、駆け寄る。

「おい!」
「むか、い」
「大声を出すな、熊だぞ!」

 巧は目を見開く。

 痛い。

 判らない。
 何が起きたのか。
 痛みで
 どうすればいいのか。

「俺は華を抱える! 走れ!」

 血が流れる。

 このままでは
 このままでは

 けれども、

 目の前にいる、熊。

「華!」

 向の声に、巧は姿を追う。

 華。

 倒れている。

 目は閉じられている。
 眠っているように。
 いつもの、顔。

 なのに

 身体は

「華! しっかりしろ!!」

 反応はない。

「向!」

 走るしかない。
 逃げるしかない。

 怪我のことは、後回しだ。

 でないと

 命が、ない。





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