TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「武樹と父親」12

2020年09月29日 | T.B.2017年


「いただきます」

いつも通りの夕食。
今日は武樹の好物が並ぶ。

気を使わなくても良いのに、と思うが
食卓には母親の好物も並んでいる。

母親なりに
自分自身へのご褒美なのかもしれない。

いや、
好きな物を食べて、
気合いを入れるという所か。

「もう、ね、
 13年前の話」

母親の話を、
武樹は頷きながら聞く。

「あの時、母さんは使いがあって
 村を離れたの」

初めての遠出だった、と
母親は昔を振り返る。

「そこで、ね」
「うん」

あ、と母親は言葉を止める。

「いや、もうちょっと遡るね。
 18年前から話すわ」

「えええ」

折角話しに乗っていたのに、と
武樹は肩を落とす。

「違うのよ。
 そこから聞いた方が
 話が分かりやすいかなって」

母親は静かに話し始める。

「驚くかもしれない。
 信じられないかもしれないけれど
 武樹、あなたの父親は」


その日、寝床についた武樹は
横になりながらも冴えた目で
暗闇を見つめる。

思っていた通りの事。
そうではなかった事。
これから、どうなるのだろう、という事。

状況が変わったかと言えば
そうではない。

今まで通りの事が多い。

「ああ、でも」

胸のつかえが取れたような。
どこか、すっきりした気持ちはある。

「おやすみ」

誰に向けたでも無しにそう呟き
武樹は静かに瞳を閉じる。



T.B.2017
東一族の村。ある少年の話。


「武樹と父親」11

2020年09月22日 | T.B.2017年


「沙樹くん」

何が何やら分からず
武樹は沙樹に言葉を吐き出す。

「もうやだ、全部嫌だ」

武樹のせいで母親は
肩身の狭い思いをしている。

自分が生まれたせいで。

「でも、なんで俺だけ」

自分と母親はこんなに苦しい思いをしているのに
医師とその一家はのうのうと暮らしている。
医師の娘なんて何も知らずに、
そんな事なんて知らされる事も無く。

「みんな、苦しめばいいのに」

うんうん、と
武樹を窘める事も無く、
ただ、静かに沙樹は頷く。

「………」

少しだけ落ち着いて
掠れた声で、武樹は呟く。

なんてことは無い。

ただ、ふと思った事が口から漏れただけ。

「ああ、でも俺。ちゃんと東一族なんだよな。
 砂一族よりはマシなのかな」

砂一族に攫われて
生まれてしまった子供。
そんなものよりは。

本当に無意識だった。

なにか、自分より酷い物を見つけて
それよりは、と言いたかっただけ。

「………うん」

今までのどれよりも
酷く静かな声で
沙樹が答える。

「そうだね、むっくん」

武樹は思わず顔を上げる。

まだ明るい時間のはずなのに
逆光で沙樹の表情はよく見えない。

何も知らなかった訳じゃない。
秘密だよ、と武樹は沙樹から聞いていたのに。

沙樹の体が弱いのは
おなかの中に居た頃に
母親が砂一族から毒を飲まされたから。

武樹は本当に
その言葉通りにしか受け取っていなかった。

なぜ、毒を飲むことになったのか。
その時、何かしらの接点が
沙樹の母親と砂一族の間にあったのか。

全部推測。それでも。

「あ」

間違えた。

「さき、くん」

違う。
今のは言ってはいけなかった。

謝らないと、と慌てる武樹の
腕を掴んで沙樹が言う。

「それならむっくん。
 俺達、この村を出て行こう」
「………え、沙樹くん」

さあ、と
武樹を立ち上がらせ
腕を引いてグイグイと沙樹は歩く。

「待って、え?え?今?」

どこにそんな力があるかと
驚く程に、武樹は引きずられていく。

家の前を通り過ぎ、
見慣れた道を抜けて
だんだんと村境の方へ。

「待って、沙樹くん、ちょっと、」
「だってむっくん、出て行くんだろう。
 それなら、いつだっていいじゃないか」

そうだろう、と沙樹は言う。

「安心して、俺も一緒だよ。
 どこに行こうか?北、それとも南?」
「いや、そんな急に」

うん?と
沙樹は首を傾げる。

「ええと、
 みんなに別れの挨拶とかしたいの?」
「……いや、あの」
「お金とか?
 そんなのどうにでもなるよ」
「でも、ほら」

ねえ、まさか、と
沙樹は言う。

「今さら、心の準備が出来てないとか
 言わないよね」

バッ、と武樹は沙樹の手を払って
後ずさる。

沙樹の表情が読めない。

怖い、と初めてそう思う。

「俺は、」

いつか出て行くんだ、とそう自分に言い聞かせて
今まで過ごしてきた。
分かっている。でも。

いつかって、いつだ。

「なんだ」

沙樹は少し悲しそうに言う。

「むっくんは、俺と同じだと思ってたんだけどな」

「―――沙樹く」

うん、と静かに笑う。
それはいつもと同じ様に。

「戻ろうか、むっくん」
「もど…………え?」
「驚いたよね、ごめんね」

沙樹は元来た道を戻り始める。

「あ、」

慌てて武樹はその後を追いかける。

「沙樹くん、俺、さっき
 あんな事言ってごめん」
「あんな事?」
「砂より、マシ、とか」

「いいよ。
 それよりむっくんが落ち着いたなら
 よかったよかった」

うんうん、と沙樹は言う。

「さあ、帰ろう」



NEXT


「辰樹と媛さん」24

2020年09月18日 | T.B.2020年

 彼女は来た道をとぼとぼと歩く。

 彼を探して、ずいぶんと屋敷から離れたところまで来てしまった。

 いつもと違う村。
 何の音もしない。
 ただ、静けさ。

「…………?」

 彼女は立ち止まる。

 顔を上げる。

 目の前に誰か、いる。

「…………」
「…………」

 東一族の、誰、だろう。

 戦術師、なのか。

 彼とそう、年は変わらない気がする。

「誰……」

 彼女は首を振る。

「いえ。……知ってる」

「…………」

「あのときの」

「……そう」

 目の前に立つ者が、云う。

「覚えてくれていたんだ」
「もちろん……」
 彼女はその者を見る。
「母様のお墓を、」
「うん」
「ありがとう」

 誰も知らなかった、彼女の母親の墓を見つけてくれた者。

 間違いない。

 けれども、今日は、あのときと何か雰囲気が違う。

「よく、お墓に来ているのね」
「うん」
「母様の隣の墓にあるのは、いつも新しい花」
「…………」
「そのお墓の、小夜子さん……は、仕合わせね」
「どうかな」
「…………」
「もし、あのことがなければ、」
「…………」

 その者は云う。

「君の母さんの墓の花も、いつも新しいね」
「そう、ね」

 彼女は呟く。

「私か、……父様が」

 その者は、目を細める。

「屋敷にいるんだ」

 その者が云う。

「危険だから」
「……うん」

 彼女は、うつむく。
 が
 再度、その者を見る。

「あなたも行くの?」
「行くよ」
「侵入者のところに」
「そう」

「何が、はじまるの」
「…………」
「……それを、知ってる?」

 その者は答えない。
 再度云う。

「屋敷に、いて」

「…………」

「そうして」

「怖い」

「怖くないよ」

「でも、……」

「日向子」

 彼女は目を見開く。

「大丈夫」
「大丈夫?」

 その者が頷く。

「すぐに、終わる」

 ははっ、と、彼女は薄く笑う。

「私の名は禾下子(かげこ)だと、教えなかった?」

 人目に付かないように。

 生まれるはずがない者だったと。

 生涯、日の当たらない影で生きるようにと。

 それを不憫に思った彼女の兄が、名まえを付け直したなんて、
 赤の他人が知るはずもない。

 自分も、実の父親も、……知らなかったのだから。

 その者は、彼女を見る。

「私を、誰と間違えているの?」

「…………」

「あなたは、いったい誰なの?」





2020年 東一族の村にて


「武樹と父親」10

2020年09月15日 | T.B.2017年


「うーん、それは」

沙樹は唸る。

「かっちゃんも煽ってきたね」
「ん」

ぐずっと、武樹は鼻を啜る。

「でも、手を出したのはダメだな。
 むっくんが一つお兄さんなんだし」
「わかってる」

あれは武樹がいけなかった。
謝らないといけない。

「わかってるなら、いいよ」

こくりと武樹が頷くと
沙樹は静かに笑う。

「ねえ、むっくん。
 きっと色々言う人は居るけれど、
 それでも、むっくんは戦術師になるべきだよ」

「………俺が、砂一族の血を引いてるって?」

「うん。
 でも、そういう前例が無い訳じゃない。
 だって、半分は東一族の血だろ」
「………」
「混血を嫌う人はいるけれど。
 俺や、羽子、かっちゃんだって
 むっくんには村に居て欲しい」

「沙樹くん」

「出て行くなんて行っちゃダメだ」

はは、と思わず武樹は笑う。
沙樹は武樹をなだめようとしてくれている。

でも、だからこそ。

何もかも噛み合わない。

「ねえ、沙樹くん。
 俺の父親、砂一族なんかじゃないんだよ」
「え?」

何も知らない人はそう思っている。
可哀想な、
砂一族との間に産まれた子供。

違う。

母親はまだ、なにも言ってくれない。
武樹に伝えるための言葉を探している。

でも知っている。
いくら隠そうとしても、
そういう物ほど回り回って伝わってくる。

ずっと昔、
武樹が子供だから何も分からないだろうと
もう顔も覚えていない誰かが、言い放ったのを覚えている。

おまえはあの人の子供だ、と。

「俺は父親も東一族。
 純血だよ」
「え?でも、それじゃあ、」

「純血だから、俺は村には居れないんだ。
 だってさあ。
 正式な子供じゃ無いから」

「むっくん」

「沙樹くん、前に言ったよね。
 俺と未央子姉さん、似ているって」

「む」

「そうだよ。
 俺の父親は、医師様だよ」

今よりもまだ幼い頃。
寝物語に
母親はよく他の村の話をしてくれた。

市場が華やかな、北一族の村。
洞窟の中で暮らす、谷一族の生活。
水辺で唯一、
海に面して居る海一族のこと。

敵対しているが、
西一族や砂一族の村の話をしたこともある。

武樹も、母親も
行ったことがない場所。

「いつか一緒に行ってみようか」
「やったあ!!」

砂糖漬け買おうと言うと
それはこの村でも買えるよ、と母親が笑う。

「そのまま
 そこに住んじゃうのもいいねぇ」
「住むの!!」

それって、どんな生活だろう、と
やけにはしゃいだのを覚えている。

遠くの村で暮らす自分を想像して
なかなか寝付く事が出来ず
意識が沈み始めたのはいつもより遅い時間だった。

だから、きっと
普段は聞くことのない母親の呟きを
耳にしてしまったのだと思う。

「似てきたなぁ」

あの人に、と。

「きっと、これからもっと」

ああ、と
どこか諦めるような、
思い詰めたような声で。

「そうしたら、
 もう、この村には居られない」

気がつく。

母親の寝物語は、
いつかこの村を出ることを
自然にするための前振り。

でも、

武樹の母親に
村を出て暮らしていけるあてなど
あるはずもなく。

どうしよう、困った、と
思い悩む日が続くだけ。

分かっている。

原因は自分。
自分さえ居なければ、母親はこの村で暮らしていける。

それなら、そうだな、
いつか村を出て行こう。

だから、
戦術師や、大将になんて
とてもなれるわけが無く。

だから、

北一族の村にでも行って、
商いでもして暮らしていこうか、なんて。

NEXT