「ねえ」
それから数日後。
紅葉は、琴葉を見つけ、声をかける。
「琴葉、ちょっと!」
「何よ」
琴葉は面倒くさそうに、立ち止まる。
「この前の、何?」
「何、て、何よ」
「この前、あなたが肉をもらいに来た日のこと!」
琴葉は、判っている。
紅葉が云いたいことは。
「彼。あなたのこと、紅葉、て、呼んだわ」
「……そう?」
「なぜ?」
「聞き間違いじゃない?」
「いいえ」
紅葉が云う。
「あなたを見て、紅葉と云っていた」
「間違えたのかしら」
「嘘をついたのね!」
紅葉は、琴葉の腕を掴む。
「紅葉は私よ!」
「ええ。いいじゃない、それで」
琴葉は、紅葉を振り払う。
歩き出す。
ゆっくりと。
「待って、琴葉!」
「悪かったわよ」
琴葉は歩きながら云う。
「あいつが、どれだけ引きこもりか、確かめようとしたの」
「確かめた?」
「確かめたと云うか、試したと云うか」
琴葉が云う。
「隠れて暮らしているのなら、あなたのことも知らないだろうと」
「…………」
「ほら。黒髪だし」
琴葉は息を吐く。
「でも、……狩りにも参加して、普通に西一族やってるのね」
「琴葉、」
「私と同じかと思ったら、大違い」
「琴葉……」
「でも、西の厄介者と云うところは、同じかな」
紅葉は、琴葉の後ろを歩く。
「……ねえ。ちゃんと、あなたの名まえを教えてあげたら」
「いい」
琴葉は首を振る。
「もう、話すことも、……会うこともないだろうし」
「あの人の名まえは?」
「名まえ?」
「知ってる?」
「知らない」
「教えてあげる」
「いいよ」
紅葉は立ち止まる。
琴葉は、立ち止まらない。
紅葉は、その背中に声をかける。
「琴葉も来なよ」
「どこに?」
「狩り」
「行かない。出来ないし」
「うちの班の準備、手伝ってよ」
「…………」
「狩りから戻って来たら、肉を捌くの、ね」
紅葉が云う。
「あなた、肉は捌けるでしょ」
琴葉は答えない。
「一緒に、広場に行こう」
琴葉は首を振る。
ゆっくりと、歩く。
「紅葉ってば!」
琴葉は振り返らない。
手を上げる。
云う。
「迷惑、かけたくないし」
NEXT