「そう云えば」
仕事の途中。
彼女は、薬品庫の前で立ち止まる。
「この前、薬品の数が合わなかったじゃない」
「あれ?」
彼女の隣にいる、医者の見習いは首を傾げる。
「そうでしたっけ?」
「忘れないで」
彼女の声が低くなる。
「薬品の数が合わないのは、大問題。調査はどうなったの」
「ああ、えっと」
見習いは、自分の髪を触る。
「獣由来の病の、治療薬、ですよね?」
「そうよ」
「えーっと、あれは」
彼女は、見習いを見る目を、細める。
見習いは目をそらす。
「いつだったか、……狩りに出た者が怪我を負って、その病の疑いがあったので」
「投与したってこと?」
「……確か。それで、ひとつ足りなかったんだと思います」
「なら、診療簿に未記載だわ!」
「すいません……」
彼女が云う。
「その者は、予防薬の接種から期間が空いていたの?」
「たぶん……」
彼女は息を吐く。
「ちゃんと、やることやって!」
「……はい」
彼女は薬品庫の鍵を取り出す。
「人手が足りないのよ」
「判っています」
「あなたに、やってもらわないと」
「……早く、役に立てるよう頑張ります」
彼女は、見習いに鍵と診療簿を渡す。
「病棟の患者に、薬を投与するから準備してもらえる?」
「はい」
彼女が差し出した薬の内容を、見習いは確認する。
「今日は、週に一度の薬を一斉投与するから、時間かかるわよ」
「はい」
見習いが薬品庫に入ったのを見て、彼女は歩き出す。
調剤室へ。
ゆっくりとした足どりで。
と
廊下の角を曲がったところで、誰かにぶつかりそうになる。
「わ!」
彼女は驚いて、声を出す。
「ああ、ごめんごめん」
見ると、彼がいる。
「……驚いた」
彼女は胸に手をやる。
「今日もお見舞いに?」
「そう」
彼が頷く。
「あなたのおばあさま、容態は安定しているから、いろいろお話ししてあげて」
「判ってる」
「じゃあ」
彼女は歩き出す。
「ねえ」
彼が彼女を呼ぶ。
「何?」
「今、時間ある?」
「……ごめんなさい。忙しいの」
「それは、悪い」
彼が云う。
「やっぱり、病院の仕事は忙しいんだ」
「ええ」
「なら、待つよ」
「え?」
彼の言葉に、彼女は驚く。
「今日は遅くなるわ」
「そう?」
「……ごめんなさい」
彼女は彼に背を向け、歩き出す。
その後。
調剤室で、彼女と見習いは、黙々と薬を作る。
日が暮れる頃、
診察をしながら、薬の投与に回り
すべての仕事が終わったのは、日が変わってからだった。
彼女は、書類をすべて整理する。
外を見る。
村の明かりも、ほとんど消えている。
どうしようか。
このまま、病院に泊まろうか。
迷ったが、彼女は家の本を取りに戻ることを思い出す。
……仕方ない。
荷物を持ち、彼女は病院を出る。
「あ、……終わった?」
「え?」
「大変だったね」
「……え!?」
彼女は、そこにいる彼を見る。
「約束通り」
「約束なんかしてないけれど、」
彼女は、彼を見る。
不思議な人だな。
そう思った。
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