TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「辰樹と媛さん」12

2020年05月29日 | T.B.2020年

「雪です!」

 東一族の村は雪で覆われる。
 彼女は、真新しい雪に足跡を付けるべく、無駄にぐるぐると動く。

 と、そこへ、彼がやって来る。

「媛さん出かけるか!」
「もちろん!」

 ふたりで歩きながら、彼が云う。

「いやー、寒いんだか暖かいんだか」
「寒いよ!」

 外を歩く者はいない。

「市場やってる?」
「どうかな」
「市場に行こうよ!」
「媛さん、市場は駄目って云われているだろう」

 密を避けねばなるまい。

「おいしい果物あるよね?」
「あるけど、駄目なものは駄目」
「えー」
「いつか、媛さんも行けるようになるよ」
「行きたい行きたい今行きたい!」
「今は我慢だ! そのお出かけは自粛!」
「大丈夫よ、ばれないから!」
「ばれるばれないの問題ではない!」
「絶対ばれない!」
「ばれなくても、行ったという事実は覆せないぞ!」
「兄様、ずいぶんと今日は返しがすごいわ!」
「当たり前だ!」
「兄様、お願い!」
「媛さん、よく聞いてくれ!」
 彼が云う。
「媛さんがなぜ市場を禁止されているのか、俺は知らない」
「どうせ、云ったの父様でしょ」
 立場的な問題だと思う。
「しかし諦めるな。この自粛はいつか終わる」
「自粛……」
「今は我慢!」
「我慢……」
「沈んだ日は、また昇る」
「…………!!」
「当たり前のように普通に同じように、市場へ行ける日が来る!」
「3つともほぼ同じ意味! そして、それっていつ!!」
「この問題が終息したときだ!」
「問題って何さ!」
「それよりも何よりも、」

 彼は声を出す。

「怒られるの、俺なんだから!!」

 ふたりは、村はずれの広場にたどり着く。

 まっさらの雪。
 一面の雪景色。

 誰もいない。

「ここはまだ誰も来ていない!」
「寒いからな」

 彼女は走り出す。

「広すぎる!」
「うん」
「忙しいわ!」

 足跡を付けるのに。

「俺も!」

 ふたりは走る。

 ひたすら走る。

 走って、

 走って

「ぶわぁああ、疲れた~」

 雪に倒れ込む。

「やりきった!」
「だな!」

 雪の上を走るのは、意外や体力がいる。
 一日分の体力を使い切った!

「…………」
「…………」
「くしゅんっ!」
「ええ? 媛さん大丈夫?」

 かいた汗が、冷える。

「うう、寒くなってきた」
「せっかく暖まったんだけどな」

 彼は立ち上がって、手招きをする。
 彼女は首を傾げ、彼を追う。

「何?」
「ここに、」

 広場の隅に、木々が生い茂って雪が積もっていないところがある。
 その場所に、

「箱?」
「そう。秘密道具」
「何それ」

 彼はその箱を開ける。

「おお!」
「ふふ」

 中には、食器や鍋、料理道具がそろっている。
 保存が利く調味料に、茶葉も。

「何これ、すごい!」
「野外料理を突然はじめるための秘密道具だ!」
「すごい!」
「いい時期にはやるんだよ~」
「みんな、そんな突然に料理をはじめるの?」
「そう。腹が減るしな」

 彼は手際よく火を起こし、雪を集め、湯を沸かす。
 その横に、彼女は坐る。

「兄様ってすごいよねぇ」
「こう云うの、生き残るためには必要だぜ」
「ふうん」
「砂漠とかで遭難したときにはな、」
「兄様しかはまらないやつね」

 湯が沸くと、彼はお茶を淹れる。
 いい香り。

「温かいー」

 ふたりはお茶を飲む。




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「未央子と陸院と南一族の村」5

2020年05月26日 | T.B.2017年
未央子は南一族の名物
小豆で餅米を包んだおやつ、を
お店の外でお茶と一緒に頂く。

「うーん、甘いの食べると落ち着く」

おいしい。

「初めて来たけど、いいなぁ。
 なごむわ」

北一族の村の市場の様に
華やかでキラキラしていて、
どこを見ても目移りしてしまうような物はない。

けれど、

余生をゆっくりと過ごしたい世代に
人気のスポット。

「なのよねぇ、きっと」

老後とかじゃないから分からないが。

良い所。住めばきっと好きになる。
雰囲気も東一族の村に似ている。

「………」

とは言え、南一族の村は観光の村ではない。

馬車乗り場のある中央広場には
小さな店が揃っているが、
そこを抜けると
一面の畑、畑、時々民家、そして畑。

「え、どうしよう。
 意外と時間あまるな」

すぐに手持ちぶさたになってしまった。
あまり遠くに行くわけにもいかない。

陸もいつ戻ってくるのか不明だ。

「?」

ふと、広場に小さな子どもが現れる。

服装からして、南一族の子ども。

何が珍しいと言うことでもない、
でも。

次の瞬間その子が大声で泣き出す。

「え?」

未央子は驚くが、
既にその場に居る大人達が
どうしたんだい、と駆け寄る。

なにかあったのかな、と
遠巻きにその様子を見るが、

「おとうさんが、農具が、倒れて」

その一言で皆が凍り付く。

慌てて畑の方に駆けていく人達、
大丈夫だよ、とその子を抱えてなだめる人。
村長を、先生を呼べという声。

「あ」

事故があったんだ、と
未央子は悟る。

「………ど」

どうしよう。

「………」

いや、どうしようもない。

助けを求められた訳でも無く、
その畑がどこにあるのかも知らなければ
行って何かが出来るわけでもない。

だから。

ただ、ざわざわするこの空気の中、
先程の子どもの父親が
何事もありませんようにと願うしかない。

「驚いたでしょう」

ごめんなさいね、と
店の店員がお茶を運んでくる。

「いいえ、でも、大丈夫なのかしら」
「男衆が駆けつけたし、
 先生もすぐに駆けつけるらしいわ」

先生、と言うことは医者だろうか。
怪我をしているのだろう。

大丈夫だろうか?

見知らぬ人だけど
無事であって欲しい。

何も出来ないのはもどかしい。

もし、ここに
医師である父親が居たら。

「………」

と、
村の奥から駆けてきた人達が
未央子の横を通り過ぎる。

助けに駆けつけるのだろう、と
未央子もそちらの方を見る。

「え」

一瞬だった、
1人が未央子の方を見る。

多分、東一族だから
思わず目が行ったのだろう。

「「………!!」」

何か言いかけていたが
騒ぎの方へと向き直り
そちらへ駆けていく。

「待って」

未央子は立ち上がり、
荷物もそのままにその人の後を追う。

「………どういう、事?」

間違い無く、南一族の服装だった。
彼らの証である頬の入れ墨も見えた。

けれど、あれは。

未央子は駆け出す。

「あの人は」


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「東一族と巧」3

2020年05月22日 | T.B.2000年

「何の用だ」

 坐ったまま、
 川を見たまま、

 巧は云う。

「早く話せ」
「おいおい」

 その横で、悟は手を上げる。

「俺は、みんなの心配を伝えただけだぞ」

 西一族は、狩りの一族。
 狩りは、一族の誇り。

 狩りに出て、誰もが当たり前。
 出来なければ、一族での立場は下がる。

 狩りで片腕を失った彼は、今まさに、そうなのだ。

 もう、今後
 皆と狩りに行くことは、ない。

 悟は、彼の肩を叩く。

「気が向いたら、広場に来い」

 恥をかきに、なのか。
 そうとしか、受け取れない。

「はあ。じゃあ、本題」
「悟が来るってことは、村長からの話か」
「察しがいいな」

 悟は腕を組む。

 彼は、ちらりと悟を見る。

 悟は、西一族の誇りを固めたような男だ。
 容姿はもちろん。
 狩りの腕も当然のこと。
 村長から、直々に仕事を任されることもある。
 ゆくゆくは村長を継ぐのだろう。

「ほら、知ってるだろ。うちの一族に住みついてる東一族」

 その言葉に、彼は目を細める。

 村長から、東一族の話?

「まだ、この村にいるんだよなぁ」

 東一族。

 西一族の村に隣接する、広大な水辺。
 その反対岸に、その一族は住んでいる。

 姿や生活、考え方。
 驚くほど、西一族とは違う。
 だからこそ、大きな争いがあった。
 休戦している今なお、西一族は、東一族をよくは思わない。

 その東一族、が

 この西一族の村に住んでいる。

 1年ほど前、だったか。

 いきさつは詳しくは知らない。
 誰かが連れてきたのだとか。
 水辺を渡って、やってきたのだ、とか。

 そして、

 帰すことも、殺すことも出来ず
 今に至る。

 女の、東一族。

 西一族の、ある男に嫁がせられた。
 もちろん、誰もが嫌がること。
 あり得ない。

 けれども、

 その西一族は役立たず、だった。

 身体が弱く、狩りに参加出来ない。
 自分と同じ。

 何かと条件を付けて、その男に嫁がせたのだ。

「で、その東一族なんだが」
「…………」
「その男が南一族の村へと渡るそうだ」
「それで?」
「でも、東一族は、この村から出すことが出来ない」
「…………」

 つまり

 それは、

「近いうちに、補佐役が連れてくるだろうよ」
「…………」
「お前に面倒を頼みたい」

「…………」

「な、巧」

「…………」

「どう云うことか、判るだろう?」
 悟が云う。
「外には絶対に出すな」

 彼は目を細める。

「……ずいぶんな面倒だ」

 彼は立ち上がる。
 悟を残し、立ち去る。





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「未央子と陸院と南一族の村」4

2020年05月19日 | T.B.2017年
新緑の時期。
南一族の村は若葉の色がどこまでも続いている。
収穫を控えた沢山の畑。

そして収穫を行う人々の
明るい声が遠く響いている。

東一族の村にも畑はあるけれど
全く違う風景が遠く広がっている。

おだやかな場所。

なんだけど。

「おぇえええええ」

南一族の村に辿り着き、
馬車降り場で陸院こと陸は蹲る。

「無理無理。
 嫌すぎるのと、緊張で吐きそう」

そこまでなの?と
背中をさすりながら未央子は言う。

「………行かないと言う手段もあると思うわ」
「それはちょっと」

蹲ったまま陸は答える。

「答えを先延ばしにするだけだし、
 その間、またずっとこんな想いするだけで
 おぇえええええ」

南一族の人々が、
どうしたどうした、と近寄ってくるので
その都度、大丈夫、放っておいて、と
未央子が手を振る。

暫くして、
やっと陸院は立ち上がる。

「少し引っ込んだ」
「顔、青いけど」
「………今何時?」
「お昼少し回った所よ」

「ええと、未央子ご飯たべる?」

一応気は使っているのか。

「あんた食事入るの?」
「無理、今は無理」
「じゃあ私もいいわ」

陸は自分の胸をなで下ろす。
胃液逆流して胸焼けしてそう。
未央子もそれを見ていたら
今は空腹がどこか行ってしまった。

そうか、と陸は呟く。

「うん。それじゃあ。
 ここまででいいや」

「え?」

「ありがと未央子。
 えっと、これ帰りの馬車賃」

はい、と代金を手渡す。

「待ってよ。
 ………ここまでで良いの?」

確かに南一族の村に送っていくまで、と
言いはしたけれど。

へへへ、と陸は笑う。

「未央子にはさ、かっこわるいところ
 見せたくないし」
「え?」
「え?」
「?」

陸のお伴の蛇、雅妃子も、え?という
反応をする。

「「「………」」」

今まで、かっこいいところ
見せてたみたいな言い方。

「これ以上は、
 結構踏み込んだ話とかになるから」
「あ、ああ、そうね」

軽い話では済まないだろう。
そこまで深く付き合うつもりは
未央子にも無い。

無い、けれど。

「じゃあ、それが終わったら
 ご飯にしましょう」

「………未央子」

「折角来たんだし、南一族の村とか観光してみたいし。
 話しが長引くなら、勝手に帰っておくわよ」

「うん!!」

分かった、と頷き
陸は背を向けて駆けていく。

お伴の蛇、雅妃子が
何とも言えない視線を
自分に向けていたよう気がする。

あ~あ、関わっちゃったか、みたいな。

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「東一族と巧」2

2020年05月15日 | T.B.2000年

 ほんの少し、あたりが明るくなる。
 まだ、日は昇りはじめたばかり。
 この時期は、朝が遅い。

 彼は片手に桶を持ち、外へと出る。

 新しく積もった雪の上を、彼は歩く。

 近くに川がある。

 雪をかき、道を作れば、水汲みも早いかもしれない。
 けれども、この距離。

 雪をかく時間と、
 歩きにくい道で家を往復するのと

 どちらが早いだろうか。

 なんて、彼は考える。

 川辺も、雪で覆われている。
 彼は足下に気を付けながら、水を汲む。

 必要な水。

 桶はひとつ。
 何度も往復し、毎朝水を汲む。
 とにかく、雪道に時間がかかる。

 上がった息を、彼は整える。

 雪を払いのけ、川辺に坐り込む。

 この生活も長い。

 いや

 これまでに比べれば、まだ短い、が。

 もう慣れた。

 彼は、川の流れを見る。

 そろそろ、村が動き出すだろう。
 それぞれの仕事で。

 川の流れの音に、別の音が混じる。
 足音。

「やあ」

 巧は、顔を上げる。
 そこに、見知った者がいる。

 悟(さとる)。

 まだ、早い時間。
 わざわざ、自分に会いに来たのだろう。

 何か、用で。

「久しぶりだな」
「…………」

 彼は、目をそらす。

「元気にしてるか」
「…………」
「この時間じゃないと、お前に会えないと思ってな」

 彼は、悟を一瞥する。

「何の用だ」
「ああ、もう本題か」
「寒いし」
「そうだな。今期は雪が多い」
「家で仕事を始めたいし」
「まあまあ、焦るなよ」

 悟は彼の横に立ち、同じ方向を見る。
 川の流れ。

「病院には行っているのか」
「行ってる」
「あまり、姿を見ないようだが」
「…………」
「ちゃんと広場にも来い」

 狩りのあと、広場では獲物を捌く作業が行われる。

「待ってるぞ」
「待ってる?」

 彼は目を細める。

「誰が?」
「誰って、みんなだよ」
「…………」
「お前の元狩り班のやつ、とか、」
「はっ」

 彼は鼻で笑う。
 石を掴み、川に投げ込む。

「心配していた」

 その、悟の言葉に、彼は苛立つ。

「片腕がないお前を」



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