TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「天院と小夜子」8

2014年11月28日 | T.B.2017年

 昔のことを思い出していた彼は、

 ひとりで、地面に転がったまま、空を見る。

 日が落ちてきている。
 あたりには、誰もいない。

 彼は、目をつむる。

 そろそろ起きようか。
 戻って、まだ、やらなければならないことがある。
 ……仕方ない。

 彼は起き上がる。

 と

 身体に痛みが走り、顔をしかめる。

 腕で、肩を押さえる。

 見ると、身体に血が付いている。
 血が、やっと止まったような痕跡。

 彼は息を吐き、立ち上がる。
 思ったより、動けそうだ。

 屋敷内の、一番広いこの庭を出て、彼は入り口側へと進む。
 そこを過ぎて、屋敷の反対奥へ向かえば、彼が暮らす場所がある。

「あ。あー……、いたんだ」

 その声に、彼は立ち止まる。

 屋敷の入り口近くに、義弟がいる。

 そして

 彼女が、いる。

 彼は、彼女を見る。
 彼女も、彼に気付く。
 不安げな顔。

 いったい何があったのか。

 彼は義弟を見て、口を動かす。

 何を話していた。と。

 義弟は、彼の口の動きだけで、それを理解する。
 云う。
「そんな怖い顔しないでよ、天院」
 その顔は、明らかに、おもしろがっている。
「この子、君のことをよく知らないだろうから、教えてあげたんだ。ね?」
 義弟は、彼女を見る。
「天院のこと、知らないことが多いでしょ」
 云う。
「例えばー、天院がここで、どう云う立場なのか、とか」
 さらに
「普段、天院が何をやっているのか、とか」

 義弟は、彼を指差す。
 彼女に、彼を見るよう、促す。

「ほら、天院を見てみなよ」
 義弟が云う。
「出たねぇ。血」

 彼女は、手で口を覆う。

「父さんは、さ。天院に対して、いつも本気だねぇ」

 彼は、何も云わない。

「父さんは一番強いから」
 義弟が云う。
「父さんが頼んだこと、失敗しちゃだめなんだよ」

 次に、義弟は、彼女に云う。

「君も覚えておくんだよ?」
 彼女は、義弟を見る。
「仕事をちゃんとやらないと怪我をするし、天院のお母さんも大変なことになるって」

 彼女は何も云わない。
 彼を、見る。

 けれども、その視線は合わない。

「あ。でも、君は、天院のお母さん知らないよね」
 彼女は、小さく頷く。
「そうだよねー。知らないよねぇ」
 義弟は、彼女をのぞき込む。
「会いに行ってみる?」
 彼女は、首を振る。

 自分には、おそれ多い、と。

「ふーん」

 そう云うと、義弟は、自分の足下を見る。

「あっ。見て見て」

 そこに、いつのまにか一匹の蛇がいる。
「僕の蛇なんだ」
 義弟は、その蛇を持つ。



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「規子と希と燕」9

2014年11月25日 | T.B.1961年

燕の所に、山一族から花嫁が来る。
西一族と山一族の協定を確かな物にするために。

「燕……、いつ」

燕にはすでに話があっていたのだろう。
だが、そんなそぶりは少しも見せなかった。

「うん、いつだったかな。
 一ヶ月前ぐらい」
「そんなに」

どうして気がつかなかったのだろう、と
規子は言葉を詰まらせる。

「相手の人はどんな人?」
「分からない、会ったこと無いから」
「名前や歳は?」
「さぁ、村長は知っているんじゃないのかな」

それは、犠牲じゃないかと規子は思う。
燕も相手の花嫁も。
お互いのことは何も知らされず、
ただ、村のために。

それでも、燕は言っていた。

自分の事は色々考えていると。

「燕、は、誰か好きな人いないの」

それならば、つらいのではないだろうか、
そう思って規子は口を開くが、燕が驚いた顔で振り返る。

「……えぇえ。
 それ!!規子が聞くかな!!」

「―――大変だなお前」

2人の会話を黙って聞いていた山一族が
たまりかねて口を挟む。

「何よ、二人して」

「いいのいいの。
 それでこそ規子だなーって感じ」

燕の言葉に山一族も笑う。

「燕と言ったか、お前、変わったやつだな」
「……よく言われる」

そのまま山一族は燕をのぞき込む。

「お前のその瞳は混ざり物か?」

西一族にも山一族にもあるはずのない。
敵対する東一族の色。

「血が混ざっている訳じゃないんだ。
 でも、俺だけこんな色」
「ふぅん、つまり、
 やっかい払いついでに、
 変わり者に押しつけたって事か」

「ちょっと!!」

声を上げかけた規子を制して、
山一族は続ける。

「でも、お前なら
 安心できそうだ」

どこか満足そうに言い、山一族は燕に頭を下げる。


「嫁ぐのは俺の妹だ。よろしく頼む」


そうか、と燕は笑う。

「大事にするよ、約束する」



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「小夜子と天院」11

2014年11月21日 | T.B.2017年

「小夜が知らないこと、ほかに何があるかなー」

 そう云う宗主の息子は、少し、楽しそうだ。

「そうだ。小夜は、天院のお母さん、知ってる?」
 宗主の息子の隣にいる小夜子は、何も云わない。
 ただ、首を振る。

 少し離れたところにいる天院は、その場から動かない。

「そうかー。知らないかぁ」
 宗主の息子は、小夜子をのぞき込む。
「会いに行ってみる?」
「いえ……」
 小夜子は、目を合わせない。
「そんな、私はとても……」

「ふーん」

 そう云って、宗主の息子は、自分の足下を見る。

「あっ。見て」

 そこに、いつのまにか一匹の蛇がいる。
「僕の蛇なんだ」
 宗主の息子は、その蛇を持つ。

「ほら。父さんと同じ蛇だよ」

 そう、天院に、見せようとする。
「天院は、いつ、お付きをもらえるのかな?」
 まだ若い蛇、は、身体をうねらせる。

 高位家系の者は、お付きとして、何か生き物を連れている。
 生き物を従える能力が、備わっているのだ。

「小夜、見てよ」
 小夜子は後ずさりをする。

「この子、すごい毒を持っていてね」
 宗主の息子は、自慢げに話す。
「かまれると、すっごいしびれるらしいよ」
「そう、……ですか」
「早く試してみたいなー」
「…………」
「西一族とかで、さ」

 宗主の息子は、小夜子を見る。
 そして、天院に向く。

 天院は、何も云わない。

 宗主の息子は、天院の表情を見る。

「あ。西一族のそっくりさんでもいいかなー」
「…………」
「例えばー、天院のお母、」

 その瞬間。

 天院は、宗主の息子の胸ぐらを掴む。

 離れたところにいたはずなのに、宗主の息子の目の前に、いる。

「ひ!」
 天院は、宗主の息子を見る。
「天、院……」
 天院は、もう片方の手で、宗主の息子が持つ蛇の頭を、捕らえている。
「あ、いつのま、に……」

「西一族のそっくりさん、て、お前のことかと思ったよ」

 天院は、宗主の息子を掴む手に、力を込める。

「天院……、やめて」
 宗主の息子は、顔をこわばらせる。
「ほら、……また、父さんに怒られちゃう、……よ」

「別に」

 天院が云う。

「慣れてるし」

「あ、あぁ。じゃあ、小夜で試す?」
 宗主の息子は、天院に掴まれたまま、あざ笑う。

「……小夜子」

 天院は、震える小夜子を見る。
 云う。

「行くんだ」

 小夜子は動かない。

「小夜子!」

 顔をこわばらせたまま、小夜子は小さくゆっくり頷く。
 少しだけ、身体を動かす。

「小夜!」
 今度は、宗主の息子が云う。
「行かないでよ!」
 小夜子は、背を向けて歩き出そうとする。
「ねえ、小夜!」
 宗主の息子が云う。
「今、ここからいなくなったら、罰だよ!」
 小夜子は、顔だけ振り返る。
 その表情は、こわばったままだ。

 天院が、小夜子を見る。

「大丈夫だから。行くんだ」



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FOR「天院と小夜子」8

「規子と希と燕」8

2014年11月18日 | T.B.1961年
「まいた、みたいだな」

山一族の言葉に規子はふぅっとため息をつく。

「生きた心地がしなかったわ」

熊は走るととても早い。
だから、逃げるときも本来ならば背中を見せてはいけない。
馬があって本当に良かった、が
もうあんな体験はこりごりだ、と思う。

あとは、山を少し下って希達との合流地点に戻ればいい。
2人と合流するまでは完全に安心できないが、
一息つきながら規子は合流地点を山一族と目指す。

「いや、でも初めて馬の上から射たにしては良い腕だ」
「おだてたって何も出ないわよ」
お互いに気が抜けてしまったのか、
それとも熊をまくのに協力したこともあり、
敵対する一族ではあるが雑談が漏れる。

「本当だって」

だが、山一族の次の言葉に規子は言葉を無くす。

「今度、西から来るって言う花嫁は
 お前みたいに狩りの腕があるやつだといいな」

俺たちの一族は、女でも多少狩りには参加するけど
西一族程じゃないからな。
山一族の言葉は、規子の耳には入らない。

「え?」

花嫁、西一族から、山一族に?

「なに、その話」
規子は全く話についていけない。
「何って、山一族と西一族が交わした協定だよ」
「協定?」
山一族は規子が何も知らないと分かり話すのを躊躇う。
「聞いていないのか?」
規子は首を横に振る。
本当に知らないのだ。
山一族はしばらく黙り込んでいたが、やがて話し出す。
「今、西一族は東一族とずいぶんと対立しているんだろう。
 そんな時に俺たち山一族の相手までは出来ないって事じゃないのか」

そのための協定だ、と。

「ウチはウチで抱えている問題もある。
 争いは出来るだけ起こらない方がいい。
 俺たちはお互い、狩り場さえ争わなければ特に問題は無いだろう」

「それはそうだけど」

確かに今後ろから山一族に攻め込まれたら
西一族はそちらまで対応出来ないだろう。
でも、と規子は思う。

「そんな紙上だけの約束をしたって」

本当に効力があるのだろうか、と言いかけて規子は止める。

「察しがいいな」
山一族が言う。

「そのための花嫁だ。
 山一族から西一族へ。
 西一族から山一族へ。
 お互いに嫁ぐ事で保険をかけてるんだよ」

「そんな、事」

それで協定はある程度効力を持った物になるだろう。
でも、当事者達の事を考えると。
規子はその話について行けない。

「おい?本当に聞いてないのか?
 まさか、協定の話は西一族の嘘じゃないだろうな?」

山一族は険しい顔で規子に迫る。

「こちらは嫁ぐ女も、
 迎え入れる婿の側も、もう決まっているんだぞ!!」
「分からない、
 私が知らないだけで話は進んでいるのかも」

山一族に気圧されながら、規子は答える。
答えながら思う。
あれ?
こんな風に思ったことがさっきもあった。と。

自分の知らない所で
何かあっているんじゃないか、と
思ったのは何だったか。

「俺だよ」

いつの間にか2人は合流地点の近くまで来ていた。
規子を心配して、なのか、
燕がそこまで迎えに来ていた。

「あぁ。無事だったのか」

山一族が言い、燕が頷く。
「規子も―――お前も無事で良かった。
 行こう、兄さんが向こうで待っている」
燕が、ほら、と手を差し出す。

だが規子はすぐにその手を握れない。

「待って、燕。
 あなた今なんて言った?」

あぁ、と燕が規子の腕を引く。

「俺だよ」

そして言う。

「嫁さんが来るの俺の所」


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