TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「(父親と涼)」1

2015年01月30日 | T.B.2012年

 その家族は、一族の、村はずれで暮らしている。

 父親は、毎日、狩りに出かける。

 この一族は、基本、集団で狩りを行うが
 父親は、ひとりで狩りへと出る。

 たったひとりで、罠を仕掛け、獲物を追い、仕留める。
 だから
 そう毎日、獲物を仕留めることは出来なかった。

 父親は家に戻ってくると、残り少ない油で、明かりを灯す。

「いるのか!」

 父親は声を出すが、誰も答えない。
 父親は、明かりを手に取り、再度云う。

「おい、どこにいる!」

 小さな物音がして、父親が明かりを向ける。
 壁際に、息子がひとり、坐り込んでいる。

「そこで、何をしている」

 父親の言葉に、息子は顔を上げる。
「まさか、一日、そうしていたわけじゃないだろうな」
 息子は答えない。

 父親は明かりを置き、家の中を見る。
 云う。

「お前、水は汲んできたのか」

 父親の問いに、息子は首を振る。

「それぐらい出来るだろう。早く汲んでこい」

 父親は、息子の腕を掴み、立ち上がらせる。
 息子は、それを振り払おうとする。
 が
 父親の力は強い。

 幼い息子は、振り払うことが出来ない。

「ほら。早くしろ」

 父親は息子を押す。

「それから、隣に行って、何かもらってこい」

 息子は父親を見る。

「誰のせいで、こんな暮らしをしていると思っている」
 父親が云う。
「飢えて、倒れたいのか」

 息子は何か云おうか、迷う。
 けれども、父親は背を向け、狩りの道具を片付けはじめる。
 息子は、ただ、父親の背中を見る。
 仕方なく、家の外へと出る。

 もう、日は落ちている。

 息子は、家の前に立ったまま、あたりを見る。
 誰もいない。
 家の前に転がっている乾いた桶を持ち、歩き出す。

 一番近い水場に向かって。

 道をそれ、
 草の中を進む。

 草で、腕と足が、傷付く。

 けれども、構わず、進む。

 水場に着くと、息子は、草むらに屈む。
 水場を見る。

 誰かがいる。

 数人。

 何かを話している。

 狩りの話。
 収穫の話。
 祭りの話。

 どれも、息子が知らないことばかり。

 息子は、しばらく待つ。

 やがて、村人が立ち去る。

 息子は桶を持ち、立ち上がる。
 急いで水を汲み、慌てて、元来た道を引き返す。

 誰にも見られないように。

 気付かれないように。

 知られないように。



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「希と燕」1

2015年01月27日 | T.B.1961年

西一族と敵対する一族は二つ。

湖を挟んで東一族。
そして、狩り場を挟んで山一族。

その山一族の事で、と村長に呼ばれたのが数時間前。
まさか偵察に行けと言われるのだろうか、
彼は不安を抱えながら村長の家に向かう。

聞かされたのは思ってもみない話だった。
さほど対立が酷くない山一族と和平の協定を結ぶという。

「それは、期間限定ですか?」
彼は村長に尋ねる。
「そうなるだろう。いつ均衡が崩れるかは分からないが
 東一族との諍いが終わるまではなんとか持ちこたえたい」
村長は静かに言う。
「・・・・・・東一族」
オウム返しに言葉を拾い、彼は呟く。
つまり、山一族との争いを避けねばならないほど、
東一族との対立が厳しい状況になってきていると言うことだ。

「希(のぞみ)」

村長の傍らにいた補佐役が彼の名を呼ぶ。
「これはまだ村人には伝わっていない話だ。
 村長から直々に公表があるまでは
 誰にも言ってはいけないぞ」

彼―――希は首をひねる。

「それじゃあ、なぜ俺に言うのですか?」

希はただの村人だ。
狩りの腕には自信があるが、
だからと言って村一番というわけではなく
村の中心を担う程の立場でもない。

そんな大事な話を今、自分が聞いている理由が掴めない。

「協定がただの口約束で守られると思うか?」

村長が静かに問う。
首を横に振りながら
嫌な予感だ、と、希は思う。

「人質を出すことになった。
 これでも確証は出来ないが、無いよりはずいぶんましになるだろう」

「村長」

補佐役が言う。

「その言い方を選んで下さい。
 花嫁です」

「はなよめ?」

村長の代わりに補佐役が答える。

「お互いの一族から年頃の娘を嫁に出すことになった。
 誠意の証というやつだな」

「その嫁を、俺にもらえと言うのですか?」

「いや」

違うのならば、
自分じゃない。ならば。

「その役目はお前の弟が受け持つことになった」


希は家路につきながら一人悶々と考える。

自分ではない。
そうなったときに弟がその役目だろうと、
どこか薄々感づいていた。

弟はこの西一族の村では異端とされている。
黒い瞳を持っているから。

西一族であるのならば白色系の髪と瞳を持つ。それが常識だ。
何かの偶然が重なって弟はそんな風に生まれてきたのだろう。

よりにもよって、黒い色。
他の色であればまだ違っただろうに、
黒い瞳は―――東一族の色だ。

だから、いつも弟が受ける扱いはそんな物だ。

それはいけない。
正しいことではない、と、希は思う。

それでも。



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「西一族と涼」10

2015年01月23日 | T.B.2019年

「ねえ、涼!」

 集会所から出てきた涼に、紅葉が気付く。
 紅葉は慌てて声をかけ、近付く。

 あたりは、暗くなっている。

「大丈夫だった?」
 涼は、紅葉を見る。
「何が?」

「……ごめん」

 涼は、紅葉の言葉に、首を傾げる。

「狩りでの、こと」
 紅葉が云う。
「もっと、私が、状況を伝えられたらよかったのだろうけど」

 紅葉はうつむく。
「お父さんも、ひどいことばかり云って、ごめんなさい」

 涼は紅葉を見る。

 黒髪の自分とは違う、白色系の髪。
 もちろん
 それが、西一族では、当たり前なのだけど。

「それは、」
 涼が云う。
「紅葉が、父親に大切にされてる証拠だ」

「え?」

 紅葉は、顔を上げる。

 涼は歩き出す。

 慌てて、紅葉は涼の後を追う。

「涼……」
 涼は、歩きながら云う。
「悠也の父親も、同じ」

「う、うん」

 紅葉は云う。

「涼の両親だって、きっと!」
 と、
 そこまで云って、紅葉は涼の髪を見る。

 涼は、振り返らず、歩き続ける。

「……ごめん」

 大切にされているのならば、涼の両親は名乗り出るだろうに。
 こうやって、村長の屋敷で暮らすことも、なかったろうに。

 と

 紅葉は、涼に声をかける。

「家に帰るんじゃないの?」

 涼が歩いている方向は、村長の屋敷とは違う方向だ。
 涼は答えない。
 紅葉は、ただ、涼の後ろを歩く。

 やがて、水辺にたどり着く。

 大きな水辺。

 とても静かだ。
 霧が濃く、向こう岸は見えない。

 この水辺の周囲に、東西南北、それぞれの一族が暮らしている。

 岸近くには、何艘かの船が、浮いている。
 が、誰も、いない。

 涼は、向こう岸を見ている。

「涼?」

 紅葉は、後ろから声をかける。

 涼の見る方向、

 そこには、

 ――東一族の村、が、ある。

「ねえ。……涼、」

 紅葉が呟くように、云う。

「行かないよね? 東になんて」
 紅葉が云う。
「罰は謹慎で、……すむんだよね?」

 涼が振り返り、紅葉を見る。
 けれども、
 その視線は、定まらない。

「俺は」

「……涼、」

「東に行くつもりでいる」

「やめて!」

 紅葉は首を振る。

「心配なの!」
「誰が?」
「私も、……だし。名乗り出なくても、涼の両親だって、きっと……」

「紅葉」

 涼が云う。

「なら、俺の、小さい頃の話をしてあげる」



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