TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「稔と十和子」6

2018年07月31日 | T.B.2003年

「ふぉお」

宿直明けの朝帰り、
久々の休暇に稔はベッドになだれ込む。

いよいよ高子が産休に入り、
退職した老医師と
外科を担当している医師が協力してくれるが、
実質は1人。

なんとか、仕事を回している。

「お帰り、稔。
 相変わらず具合の悪そうな顔色で」

弟が顔を出すが
そのまま顔も上げず稔は唸る。

「俺はもう寝る。
 起きるまで起こすな」
「へいへい」
「………帰っていたのか」
「ん。
 ちょっと、母さんの顔を見に」
「そうか」

弟の透は結婚していて
新居を構えている。

「母さん心配してたぞ。
 仕事のサポートはできないけど、
 家の事とかは言ってよ」
「んー………」
「父さんが死んでからは、
 稔ばっかり、がんばり過ぎだろ」
「………そうでもないさ」
「俺も、もう大人なんだし、
 頼ってくれって言ってんの」
「………充分頼ってる」
「そうは言っても
 まんま医者の不養生っぽいもんな」
「………」
「おーい?」
「………」
「稔??」
「………」

「寝たな、こりゃ」

透はそっと部屋のドアを閉める。

声は聞こえていたが
もう返事をする間もなく睡魔が襲う。
疲れているのだろうな、と
自覚しつつ稔は思う。

今日は、もう
二十四時間だろうが、寝る。
ひたすら惰眠を貪る、と。

「…………おはよう稔。
 昼だから、こんにちは、か?」

昼食時、起き上がってきた稔に
透は言う。

「言うほどは寝てないな」

普通の睡眠時間ぐらい。

「俺も、もうちょい寝だめをしたいんだが」
「寝ときゃいいじゃないか。
 用事は無いんだろ」
「そうだ、けど」
「けど」
「………目が覚めた」

老化。それは睡眠時間にも顕著に表れる。

「長時間寝れるって
 若い証拠だったんだな!!」

「もっと、
 仕事のストレスじゃないのかとか
 そういう心配をしろ」

むすっとしながら腰掛ける稔に
ごめんごめんと
全く謝る気はない態度で透が言う。

「まぁまあ、落ち着いて。
 これから昼飯だけど、どうする?」
「食べる」

そっか、任せろよと
言わんばかりに頷いて透は立ち上がる。

そして、台所に向かって一言。


「母さん、稔も食べるって!!」


「お前が作るんじゃないのか」

おおいと稔はツッコミを入れる。


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「東一族と裏一族」6

2018年07月27日 | T.B.2017年

 さあ

 彼は、この務めで、どのような情報を集めてきたのか。

 大将は、人を呼ぼうとする。

 が

「大将」
「何だ」
「皆に報告出来ることなのか、まずは訊いていただけますか」

 満樹の言葉に、大将は持っていた筆を置く。
 満樹を見る。

 これはおそらく、

「何かしら情報があったのか」
「…………」
「満樹?」
「はい……」
「お前、いったいどこまで行ってきたんだ?」

 満樹はうつむく。
 大将が云う。

「南に、その先。海もか?」
「あと、山一族の方にも」
「山へ?」
「はい」
「……そうか」

 思った以上に、満樹は遠出をしたようだ。

 大将は、息を吐く。

「西の近くにもか?」
「西は経由していません」
「当たり前だ」

 まあいい、と、大将は満樹を見る。

「では、先に私が報告を聞こう」

 満樹は頷き、話し出す。

「南一族、山一族。ここでは失踪した者がいました」
「2一族で?」
「それと、聞いた情報としては、西一族でも」
「西でも?」
「おそらく、」
 満樹は云う。
「裏一族が絡んでいるのかと」

「裏一族、か」

「はい」

 大将は満樹を見る。
 何か他にもあるだろう、と。

 満樹は云うのをためらっている。

「満樹」
「…………」
「お前の務めの成果だろう?」
「……はい」
「裏一族に、」
「…………」
「接触したんだな?」

 その言葉に、満樹は目を見開く。

「各一族で失踪した者たちの共通点は?」
「それは、何も……」
「何も?」
 大将は目を細める。
「裏一族が絡んでいるのなら、誰これ失踪したわけではないだろう?」
「でも、今のところは判りません」
「…………」
「以上です」
「…………」
「…………」
「そう、か」

 云いながらも、大将は思う。

 満樹はまだ何か、情報を得ているのだ。
 けれども、それを伝えようとしない。

 息を吐き、大将は頷く。
 満樹と目が合う。

「実はな、満樹」

 大将が云う。

「ここ数日、北一族の商人とやらが頻繁に出入りしている」
「北の商人?」

 大将の言葉に、満樹は首を傾げる。
 商人の出入りは、けして珍しいことではない。

「その商人と接触した者が多い」
「何をしに東へ?」
「外の品物を、配って回っていると」
「外の品物?」

 もちろん、それも普通のこと。
 商人は、商売に来ているのだから。

「でも、目的は売買ではない」
「…………?」
「東一族の中で、誰かを探している」
「誰か?」
「南、山、西の失踪者。先ほど、お前が云った通り」
「まさ、か」
「東一族で同じ共通点がある者を探していると云うことだ」

 つまり

「相手は、北一族のふりをした裏一族だ」



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「稔と十和子」5

2018年07月24日 | T.B.2003年

「ちょっと、よいかしら?」
「はい」

稔は高子医師に呼び止められる。
診察も落ち着いて、
あとは入院患者に処方する薬の確認のみ。

老医師が抜けた穴は大きくはないが
いつもと違う仕事が入ると
通常の業務にも支障が出る。

細かい種類の違う業務が続けば
集中力が途絶えてしまうというか。

そんな業務にも慣れてきて
やっと元のペースに戻れた所。

医師の控え室で
高子の前の席に座る。

「どうしましたか、先生」
「………急な話で申し訳無いのだけど」
「はい」
「あなたも医師見習いとして
 長い間、私の元に付いてきたわね」
「そうですね、
 勉強させて頂いてます」
「もう充分
 1人の医師としてやっていけるわ」

おや。
どうしたんだ、急に、と
内心稔は首を傾げる。

「いえ。
 まだ勉強することが多く、
 これからも先生の元で働けたらと」

決して、医師になりたい訳では無い。
あくまで
見習いとしてここに居る事が大事なのだ。

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど。
 えぇ、その………迷惑をかけます」
「はい?迷惑だなんて?
 ……何かありました先生?」
「今年の冬頃から少し長い休みを貰うわ。
 それまでにも、ちょくちょく急な休みがでるかも」
「冬から、ですか?
 今ではなく?」

半年以上先の話になるが
時期がなぜ限定的なのか。

「この病院の状況を考えると
 早く復帰はしたいのだけど、
 あなたを育てていた甲斐があったわ」
「???」
「不安なことは
 これから半年でみっちり仕込みます」
「え??先生???だからなにが??」

すうっと、息を吸う高子。

「産休・育休よ!!」

うん。
確かに3人だった医師が
1人減り、更に1人。

大変になるだろうが
子が産まれるのは良い事だ。

「………ご懐妊、おめでとうございます」

うーん、頑張れるかな。
村長医師を追加してくんないかな。
というか、もう一つの仕事は
その期間お休みさせてもらえないだろうか。

内心色々な独り言が駆け巡りながらも
それを顔に出さないように話しを続ける。

「それにしても、驚きました。
 相手は、
 ………俺の知ってる奴じゃないですか」
「あら、勘がいいのね」

うん。
そういうことにも情報を張り巡らせるのが
稔の本来の仕事だ。

いや、でも
先に籍を入れて、
それから子だと思うじゃないですか。

その流れなら
近いうちには、という腹づもりもできていたのだが。

「湶のこと。
 今度一発殴っておきますねっ」

幼なじみの顔を思い浮かべつつ
稔は拳を握る。


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「東一族と裏一族」5

2018年07月20日 | T.B.1997年

「さあ。答えるんだ、蒼子」

 大将は、ただ、蒼子を見る。

「あの裏一族の目的は何だ」
「…………」
「知っていることだけでいい」
「でも、」
「不確かでもいい」
「大師様」

 蒼子は息を吐く。

「あの人は、……」
「…………」

 大将は蒼子の言葉を待つ。

 あの人

 つまり

 蒼子が接触した裏一族のことだ。
 西一族を離族したと云う。

「血を集めていると云っていたわ」
「血?」
「自身の血と、各一族の……」
「自身の血とほかの一族も?」
「だから、その子どもを、……」

 蒼子はうつむく。

「つまり、」

 大将は口元に手をやる。

 いや、これは、推測でしかない。

「蒼子」

「はい」

「情報に感謝する」
「…………」
「今は、安樹のもとに戻りなさい」
「でも、」
「何だ?」
「安樹は務めに……」
「こちらから伝えておいてやろう」
「…………」
「さあ」
「……感謝します、大師様」

 蒼子は、大将を見る。
 大将は頷く。

 蒼子は手を合わせ、礼をする。

 外へと出て行く。

 大将は、扉が閉められたのを確認する。
 そして
 ひとり残されたその場所で、先ほどのことを再開する。

 報告書に目を通す。
 必要なものに、印を付ける。

 しばらく、そうしている。

 待つ。

 もう少し時が経って

 そろそろ来るはずだ。
 そう大将が思った通り

「お帰り」
「……はい」

 部屋に入ってきた者。

「来ると思っていた」
「そう、ですか……」

 大将は彼を見る。

 彼は手を合わせる。
 東一族式の礼。
 もちろん黒髪である彼は、その礼で敬意を示す。

 東一族としては、他の者に比べて体格がいい、が。

 先ほどの蒼子の子。

 満樹。

 彼は、しばらく村を出ていた。
 東一族の村に入り込もうとする者。
 他一族の諜報員か
 裏一族なのか
 その情報を集めるために。

「大将……」
「どうした?」
「いえ……」
「ずいぶん疲れているな」
「えーっと、」

 外から帰って来たばかりだから、と云うわけではなさそうだ。

 満樹は人がよい。
 おそらく、東一族の村に戻ってきてすぐ、
 満樹を慕う者たちの相手をしてきたのだろう。

 大将は微笑む。

「疲れているのだろう」
「まあ、……」
「務めとは無関係のことで?」
「……はい」
「まあ、坐りなさい」
「いえ、大丈夫です」

「なら」

 大将が云う。

「報告の前に、皆を集めよう」



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「稔と十和子」4

2018年07月17日 | T.B.2003年

『こんにちは』

声こそ出ていないが
満面の笑みで十和子が挨拶をする。

「う……こんにちは」

これ以上失態をおかしてはいけない。

通常通りに
素っ気なくあしらわなくてはいけないのに
何となく、十和子に苦手意識が働いてしまう稔。

『この薬の量なんですが』
『先生、待ち時間って
 まだもう少しありますか?』
『今度の診察日なんですけれど』

至って普通の、
患者なら良くある質問なのだろうが。

「なんだが、グイグイ来る気がする」

変に意識しているせいだろうが。

「ふむふむ、」

帰宅後夕食時に
そこら辺を聞いていた弟の透が
ご飯片手に答える。

「俺、それ分かるかもしれない」

何が!?と
稔は慌てる。

裏の任務のことは、
高子医師はもちろん、家族にだって話していない。

「簡単な事だよ、稔」

もしかして、
自分の気が緩みすぎて
あちこちにばれているのでは。

「稔―――、兄貴は
 些細な事ですら、
 その患者さんから目が離せなくなっている」
「そうだな」

疲れているのだろうか。
先日村長の言った通り、
しばらく、裏の任務を休んでいた方が良いのかも。

食後のお茶を口に含みながら
今後の自分の身の振り方を考える。

このまま任務を続けるべきか、
あるいは、今さらだが
別の道を歩んでみても。

「兄貴は今、
 その人に、恋をしているんだよ」

稔はお茶を吹き出した。


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