TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「燕と規子」9

2016年03月29日 | T.B.1962年

「……招集命令」

兄の恋人や
燕の妻が、まさか、と
声を漏らす。

燕は分かった、とだけ頷く。

戦場を離れる時は
そのまま留まってもと思っていたが
こうも早いとは。

「近いうちに出るのね」

恋人の問いかけに
燕の兄は首を振る。

「いや」
「まさか明日には?」
「……今からだ」

一瞬、場の空気が凍り付く。

今すぐ、に。
それがどういう状況なのかは
説明しなくても皆が理解していた。

「それなら、準備をしないと」

規子は皆に
落ち着いて、と声をかける。

「折角だけどお開きね。
 お腹が空くだろうから少しだけでも口に入れて」

ほら、大丈夫よと
燕の妻の背中を撫でる。

「規子、悪い知らせですまない」

燕の兄は呟く。

「あなたのせいじゃないわ」

手早く食事を済ませ、
皆、席を立つ。

「後は片付けるから、
 みんなはそれぞれ家に帰って準備をして」
「ごめんなさい」
「規子、ありがとう」
「いいのよ。
 送り出すまで側に居てあげて」

兄の恋人や
燕の妻は準備のために
先に家へ向かう。

「落ち着いて話す時間もなかったな」

幼なじみが久しぶりに揃ったというのに
燕も兄も、早く帰らなくてはいけない。

「今回が最期じゃないもの。
 次回、仕切り直しましょう」

次、戦場から帰ったら。

「規子も夕方には出るんだろ?」
「ええ」

燕達の方が切迫した状況だろうが
規子は水上戦に出ている。

燕は規子を見つめる。

「規子も、無事で」

「何よ、改まっちゃって。
……ありがとう」

兄と並んで
燕は規子の家を出る。

状況は切羽詰まっている。

「何があったんだ?」

燕の兄は
その状況を聞いているはずだ。

「報告が来た」

苦虫を噛み潰したような顔で
ため息と共に兄が言う。

「俺達が居た砦が
 襲撃された。
 半数が命を落としたらしい」

今までも
いつ自分がどうなるか
覚悟をしていたつもりでいた。

だが

今回は今まで以上に
命を落とすという事が
現実に迫っている。

「俺は」

燕は言う。

「俺は、東一族との争いが早く終われば良いと
 思っている」

「皆そうだよ」

「兄さん達が、」

家族が、妻が
同じく戦場に出ている規子が。

「今でも死に面して居ると思うと
 生きた心地がしない」

「でも」

「争いが終われば
 規子は山一族に嫁いでいくよね」

「そうだな」

「それは
 俺がいくら戦で功績を挙げて
 お願いしてもダメだろうか」

「……難しい事を言うな」

変えられないこと。
それは分かっているけれど。

「なぁ、燕。
 どちらに転んでも、
 きっと、戦いは今度で終わる」

燕の兄は言う。

「お前はまず、
 自分が生きて帰ってくる事を考えろ」

間を開けて、
念を押すように兄は言う。


「俺はお前の方が見ていて怖い」


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「辰樹と天樹」18

2016年03月25日 | T.B.2016年

「医師様」

「辰樹、戻ったのか!」

 呼ばれて、医師が慌てて出てくる。
 そして、辰樹を上から下まで見る。
 無事かどうか、確認する。

 この医師は、辰樹の叔父にあたる。

 辰樹は、目の前で手を合わせる。
 そう、目上の者へ、敬意を示す。

「どうだった?」
「これ」

 辰樹は、砂の浄化薬の作り方が書かれた紙を取り出す。

「務めは成功だな」

 医師は辰樹の肩を叩く。

「うーん。成功と云うのか……」
「何だ。成功じゃないのか?」

 医師は首を傾げる。

「ほら。中に入れ。怪我は?」
「あ、うん。かすり傷だけど」
「かすり傷でも、砂の毒は判らないからな」

 医師は、中に入るよう、促す。

 けれども、辰樹は動かない。

「どうした?」

「俺より、……向こうに相方が倒れてて」
「お前の相方?」
「砂に怪我を負わされて!」
「怪我を?」

 判った、と、医師はが云う。

「なら、すぐに向かおう。お前は中で手当を、」
「いや。俺も一緒に行く」
「お前は手当が先だ」
「平気だって!」

 医師は辰樹を見る。

「砂の毒の危険性は知っているだろ」
「だからこそ、相方が心配なんだ!」
「辰樹……」
「早く!」

 医師は息を吐く。

「判ったよ」
 云う。
「お前もそのあとに手当を受けるんだぞ」
「判った」

 医師は、荷物を準備する。

 辰樹は医師を案内する。

「辰樹待てって!」

 辰樹はいつも以上の速さで走る。

 市場を抜け

 木々の生い茂った

 東一族の村のはずれ

「辰樹、いったいどこまで行くんだ」

 医師は息を切らす。

「ここに!」

 辰樹はあたりを見る。

 が

「そこに、……」
「どこだ?」

 天樹はいない。

「ど」

「ど?」

「ど、どうしよう。俺!?」

 辰樹は慌てる。

「ここに、天樹がいたんだけど!?」

 いない。

「え? ええ!? あの怪我で動いた??」

 辰樹はさらに慌てる。

「辰樹、落ち着け」
「天樹の父ちゃんと母ちゃんが心配してるに違いない!」

 医師は慌てる辰樹を見る。

「落ち着け。動けたんなら、大丈夫だよ」
「でもっ」
「大丈夫だって」

 医師は、辰樹をなだめる。

「その、天樹って子なら、俺に心当たりがある」
「……え?」
「お前を診たあとに、ちゃんと治療に行ってやるよ」
「でも、刀で刺されたような傷とかあったし!」
「判った判った」

 医師は、病院へ戻るよう、辰樹を促す。

 辰樹は、天樹がいた場所を再度見る。
 歩き出す。



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「燕と規子」8

2016年03月22日 | T.B.1962年

燕は妻を連れて
規子の家を訪ねる。

「俺達が一番乗りかな」

いらっしゃい、と
規子は二人を出迎える。

「残念でした。二番目よ」

燕の妻は
バスケットを持ち上げる。

「ごめんなさい。
 準備に手間取ってしまって」

「予定の時間はまだ先なのだから。
 気にしないで」

それより、と
規子はバスケットの中を
覗き込む。

「ねぇ、これって山一族の料理?」

そうよ、と
燕の妻はバスケットの蓋を開ける。

「鶏肉を使っているの」
「美味しそう、
 今度教えてよ」
「もちろん。
 嬉しいわ」

燕は楽しげに話す2人を
一歩下がって見守る。

リビングには
もうすでに食事が並んでいる。

皆で食事を、と言ったものの
このご時世に
店で騒ぐわけにはいかない。

ならば、と
規子の家に集まることになった。

「俺達二番目って事は
 一番は兄さん?」

燕の言葉に
規子は首を横に振る。

「あなたの兄さんはまだ。
 恋人だけ先に行かせるとか
 どういう神経しているのって
 言っておいて」
「へいへい」

台所の奥から
兄の恋人が顔を出す。

「私が早く着きすぎただけよ」

燕はため息をつく。
女性が3人集まって
燕は1人、もてあます。

「兄さん、なにやってるんだか」

「時間を間違えてるのかしら?」
「そういう抜けている所があると
 逆に安心するわよね」
「何でも出来る人だからね」

そうかな、と
皿を並べながら燕は会話に入る。

「いや、案外抜けてる所多いよ」

ねぇ、義姉さん、と
兄の恋人に同意を求めると
彼女はあわてて顔を振る。

「まだ、私たち結婚していないのだから
 義姉さんとか止めて」

恥ずかしいわ、と
顔を赤らめる。

「あら、今のうちに慣れておかないと」
「でもそういう訳には」
「争いが終わったら
 すぐに式の予定でしょう?」

規子と兄の恋人が
話を盛り上げる中
妻の視線に、会話を間違えたなと
燕は反省する。

そうだった。


規子の好きだった人は。


迂闊だった、と
燕は反省する。

食卓の準備は整い
約束の時間を過ぎても
燕の兄はまだ現れない。

「……それにしても、
 本当に時間を間違っていないかしら」

兄の恋人が心配そうにつぶやく。
料理も温めなおしだ。

「俺、ちょっと探してくるよ」

燕が立ち上がったところで
家のドアを叩く音がする。

「噂をすれば、ね。
 私が出るわ」

と。家主の規子が玄関へ向かう。

「遅れた
 お詫びをしてもらわないとな」

わずかに立ち上がっていた不安に
皆が気を緩めたので
燕も雑談を始める。

そんな燕の背に、
兄の声がかかる。

「燕」

ほら、兄だった。

なんだよ、と
振り向いたところで
その表情に燕は
あぁ、良くない知らせだ、ぼんやり思う。


「招集命令が出たよ。
 また、戦場だ」

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「辰樹と天樹」17

2016年03月18日 | T.B.2016年

「天樹……」

 誰かの声。

「おい、天樹!」

 天樹は、薄く目を開く。

 ここは、

 ……東一族の村のはずれ。

「しっかりしろ!」
「……辰樹」
「大丈夫か?」

 辰樹の問いに、天樹は頷く。

「……悪い、」

 辰樹は、顔を曇らせる。

「俺のせいで、しくじった」

 天樹は、横になったまま、首を振る。

「辰樹、……身体は?」
「俺は大丈夫」
 辰樹が答える。
「軽かったから、毒もすぐ抜けたらしい」

 辰樹は、天樹を起こそうとする。

「今、病院へ」
「大丈夫」
 天樹は、自身の手を掲げ、それを止める。
「血は、……乾いているな」
「無理だ。動くな」

「大丈夫」

 天樹は、再度云う。

「宗主様への報告は、俺が行く」
「天樹……」
「お前は、病院に向かえ」
「俺の怪我は大したことない」
「だめだ」

 天樹が云う。

「もし、砂の毒が残っていたら危険だ」
「なら、一緒に!」
「それに、砂の浄化薬の作り方を、医師様に届けることが優先だ」

「天樹、」

 辰樹は天樹を見る。

「お前も、連れて行く」
「いや。俺は、宗主様のところに」
「天樹」

 天樹は、目をつぶる。

「宗主様に失敗を咎められるのは、ひとりで十分」
「なら、しくじった俺が行くさ!」
「動けるうちに、その紙を医師様に渡してほしい」

「天樹……」

「辰樹、頼む」

 天樹の目は閉じたままだ。

 辰樹は、立ち上がる。

「すぐに、戻る」
「大丈夫だって」

 天樹は、目を閉じたまま、云う。

「……ここは東一族の村なんだから」

 立ち去る音。

 天樹は、ただ、音を聞く。
 立ち去る音は、やがて、消える。

 天樹は、少しだけ目を開く。
 ひとりで地面に転がったまま、空を見る。

 日が落ちている。
 あたりには、誰もいない。

 そろそろ起きようか。
 戻って、宗主のところへ行かなければならない。
 まだ、やらなければならないことも、ある。

 ……仕方ない。

 天樹は起き上がる。

 と

 身体に痛みが走り、顔をしかめる。

 腕で、肩を押さえる。

 見ると、身体に血が付いている。
 血が、やっと止まったような痕跡。

 天樹は息を吐き、立ち上がる。
 思ったより、動けそうだ。

 ただ、非道い格好、だが。

 人に会わないよう、天樹は、宗主の屋敷に入る。
 宗主がいる場所へは、迷わず、たどり着ける。

 遠のきそうな意識で、天樹は歩く。



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「燕と規子」7

2016年03月15日 | T.B.1962年

燕は朝から実家に向かう。

午後からは
予定を入れているので
嫌なことは早めに終わらせたい。

「ただいま」

朝食の片付けをしている時間。
燕は実家の玄関を開ける。

「来たのか」
「……あれ、兄さんは?」
「居ない。出かけている」

父親は読んでいる本から
目線を話すことなく応える。

「ふぅん、
 恋人の家にでも泊まってきたのかな」

「そんな言い方
 止めて頂戴」

母親が燕に声を飛ばす。
止めても何も、事実だろうに。

「何の用?」

「帰って来てるから
 顔見せに」

笑顔を崩さす、燕は応える。

その飄々とした態度が気に入らないと
母親が言っているのを知っていて。

「帰って来て何日だ。
 その日に来い」

父親がやっと本を閉じる。

「ごめんなさい。
 立て込んでいてさ」

ならば、なぜ
そちらから顔を見せない。
帰って来たことは
兄から聞いているだろうに。

「用はそれだけなの」
「そう、
 それだけだからもう帰るよ」

母親はお茶を入れるべきかどうか
手を止めている。

何も言わずにそっと出してくれたら
燕もきっと、そのまま席につけただろう。

じゃあね、と
玄関に立っても
父親は相変わらず顔を上げない。

「もっと、まめに挨拶に来なさい」

母親の言葉は形だけ。
やっと出て行って安心しているのは
分かっている。

両親にとって
燕の存在は目障りな物で

特に母親は
父親からも不貞を疑われては
つらい扱いも受けたのだろう。

玄関を出て家を振り返り
燕は呟く。

「かわいそうに」

今、燕が両親に思う事と言えば
それぐらいだ。

「さて、用事は終わったし。
 やっぱり楽しみは
 後にとっておく方が良いな」

燕は自宅に向かって歩き始める。

午後には、妻も誘って
規子の家で食事をとる予定だ。

約束をしていた食事。

兄もやってきて
昔なじみが揃う。

「皆が揃うのは久しぶりだ」

狩りの成果を出すことで
村での地位は何とか保っているが

瞳の色の事があっても
最初から傍にいてくれたのは
兄と規子だけだった。


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