TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「西一族と涼」9

2014年05月30日 | T.B.2019年

「涼」

 村長が、涼を見る。
 集会所には、ふたり以外、誰もいない。

「身体の調子はどうだ」
「よくは、ない」
「それで、獲物二匹仕留めたんだ。たいしたもんだよ」
 涼が、云う。
「神経が、……痛むんだ」
「古傷か」

 涼の、実の父親が、涼に差した刀が原因だった。
 神経がきかなくなる位置に、父親が上手いこと刺したらしい。

「これ以上、身体を動かせる自信はない」
「それだけ動けば、十分だ」

 普通に、暮らすのならば。

 けれども

「東への諜報員など、その身体じゃ無理だ」
 村長が云う。
「謹慎に、変えてやる」

 涼が首を振る。
 云う。

「いつかは、東に行くつもりだった」
「涼」
「それが、早くなっただけのこと」
「やめてくれ……」

 村長が、息を吐く。

「自分もそのつもりだったさ。お前を、東に行かせようと、な」
 云う。
「でも、そうしたら、お前、……帰ってこないだろ?」
 涼が、首を傾げる。
「それは、わからない」
「死ぬつもりで、東に行くんだろう」
「それもわからない」
「涼」
 涼が云う。
「刺し違えるつもりではいる」
 村長が首を振る。
「……お前を、失いたくはない」

 その言葉に、涼は、目を細める。

「それは、母さんのことがあるから?」

 村長は、答えない。

 涼は、再度、口を開く。
「俺の母さんのことで、後悔しているから?」
 村長は、涼を見る。
「あんたが、母さんに出来ることは、何もないよ」
「涼!」
 思わず、村長は、涼を掴む。

「俺は、母さんの代わりじゃない!」

 涼は、村長をにらむ。
 が
 その視線は、定まらない。

「……涼」

 涼は、うなだれる。

 しばらくして、涼が云う。

「妹が、……いる」

「え?」
「俺には、……妹がいるんだ」
「まさか」
 村長は、目を見開く。
「お前、そんなこと、一度も……」
 村長が訊く。
「両親とも、同じ、……妹なのか?」
 涼が頷く。
「そのはずだ」
「今は、どこにいる?」
「わからない」
 涼が云う。
「……もう、殺されているかもしれない」
 村長は首を振る。
「お前の妹の髪色は?」
「同じ黒髪だ」
「まさか、」
「あの父親だ。俺たちを生かしておきたいとは、思ってない」
 涼の言葉に、村長が云う。
「無事かどうか、確認したいんだな?」
 涼は、村長を見る。
 村長が云う。
「名まえは何と云う?」
 涼は、首を振る。
「今、どういう名まえで通っているか、わからない」

 涼は、村長の手を振り払う。

「だから、俺に、行かせてほしい」
 涼は、村長を見る。
「涼……」

 涼は、村長に背を向け、部屋を出る。

 集会所に、村長だけが、取り残される。

 村長は坐り込む。

 ふと、天井を見る。

 ただ、涼の母親を、思い出す

「なあ。あんたの子が、死のうと、……してる」

 村長は、呟く。
 誰かに、問うように。

「俺は、どうしたら、いい?」



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「成院とあの人」3

2014年05月27日 | T.B.1999年

成院は、窓際に駆け寄る。

「杏子(あんず)!!」

「……成院!?」

やはり、東一族。

お互いに見知った顔だ、見間違うわけがない。
それでも成院は混乱している。

「驚いた、杏子、なんでここに」

どうして杏子が西一族の村に居るのかは分からない。

それ以上に成院が混乱しているのは、
彼女が生きて居た、と、言う事。

杏子は東一族では死んだことになって居る。
恋人と同じ流行り病で亡くなった、と。

何がどうなっているのか。
医師は嘘をついていたのか、
それとも医師もこの事を知らないのか。

それでも

「……生きて居いたんだな。よかった」

それでも、今は、ただ嬉しい。

成院は安堵の息を吐く。
杏子はその様子に小さく笑う。

「成院、なぜ西一族の村に?」

その言葉に成院は身を屈める。
ここは西一族の村だ。

この家は村のはずれだろうが、いつ西一族が通るか分からない。
辺りを見回した後、成院は声をひそめて言う。
「この家に、西一族は?」
その言葉に杏子はふと動きを止める。
「いないわ。……今は」

いつもは誰かがいる。
見張られながらだろうか。
敵の一族で今までどんな風に過ごしていたのだろう。

杏子が成院を見つめている。

「あぁ」

そう、どうしてここに居るのかと聞かれていたのだった。

「俺は、薬を」
「え?」

言いかけて、成院は言葉を濁す。
東一族で流行っている謎の病。
彼女の恋人の命を奪った病の薬、が、この村にあるのだと知ったら

杏子はどうするのだろう。

東一族の医師が言っていた。
もし、争いが起こっていなければ。
もし、交流が盛んに行われていれば。

彼女の恋人はきっと死なずにすんだ。
死を待つばかりの成院の弟もきっと助かる。
もしもの話だか。

「……いや、西一族の調査に来たんだ」

成院は手を差し出す。

「杏子、帰ろう、東一族の村に」

今なら誰も居ない。
杏子を一度、北一族の村に連れて行き、
それからまた薬を探しに来るか。

「成院」

成院の考えを杏子の言葉が遮る。

「……私、出来ない」
「大丈夫だ、俺が必ず連れて帰る」
「そうじゃないの、1人にしてはいけない、から」

成院は耳を疑う。

「まさか、西一族、か?」

杏子は小さく頷く。

「いつかは帰りたいと思っている。でも、今は」
「………っ」

どうして

なぜ

何か言わなくては、と思うが
成院が口に出来た言葉は1つもない。

「早くここを離れて。私は大丈夫だから」

絶句する成院に
辺りを見回しながら杏子が言う。


「ありがとう、成院。どうか気をつけて。……さようなら」


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「西一族と涼」8

2014年05月23日 | T.B.2019年

 村の集会所には、村長がいる。

 誠治。
 紅葉。
 それから、村長の補佐役。
 彼は、紅葉の父親に当たる。

 悠也はいない。

 代わりに、悠也の父親がいる。

 悠也の父親が、部屋に入ってきた涼を見て、云う。
「こいつと、狩りは、別の班にさせてくれ!」
「うちもだ!」
 補佐役も続く。

「待て」

 村長が云う。
「順番に話を聞く。……まず、は」
 村長が、誠治を見る。
「狩りは、どこへ行ってきたんだ?」
「はい。それは」
 紅葉が地図を広げ、代わりに答える。
「この、……山間の川です」
「よりによって……」
 村長がため息をつく。
「怪我人がよく出るところ……」
「なぜ、わざわざ危険なところに!」
 悠也の父親が、声を荒げる。
「誰だ、この場所を選んだのは! お前か!?」
 悠也の父親は、涼を見ている。

 涼は、何も云わない。
 誠治も紅葉も、何も云わない。

「お前なんだろ?」
 悠也の父親が、手を上げそうになるのを、村長が止める。
「待て!」
 村長が、涼を見る。
「涼、お前が、この場所を選んだのか?」

 涼が頷く。

「じゃあ、お前の責任だ!」
「やめろ!」
 村長が云う。
「班長は誠治だ。班長の責任も問われる」
「……ああ」
 誠治はうなだれる。
「悠也の怪我はどういう状況で? 獲物にやられたと、本人も云っていたが」
 改めて、村長が訊く。
「どういう判断があったんだ、誠治」
 うつむいていた誠治が、口を開く。
「獲物が二匹、同時に出て……」
 紅葉が云う。
「仕留めたと思った一匹が、まだ生きていて、……油断したの」
「そうか」
「それで、こいつが……」
 誠治が、涼を指差す。
「俺らがいるのに、矢を放ってきたんだ」
「なんだって!」
 再度、悠也の父親が声を荒げる。
「一歩間違ってたら、三人に当たっていたかもしれない!」
「何を考えてる、お前!」
 補佐役が、涼を掴む。

「だから、落ち着けと!」

 村長は、補佐役を見る。
「その手を離してやれ」
 補佐役は、村長を見る。
 舌打ちし、涼を掴んでいる手を、離す。

 村長は、ため息をつく。

「涼」
 村長が、云う。
「誠治の云っていることは、本当か?」

 涼は、この部屋にいる全員を見る。
 けれども、誰とも、目が合わない。

「……本当だ」

「この、黒髪め」
 悠也の父親は、目を細める。
「いくら、村長びいきだろうと、相応の罰が必要ですな」
 悠也の父親は、村長を見る。
「ですよな、村長!」
 村長は、涼を見る。
「それは、涼でなくても、どの村人でも罰が適用される」
 云う。
「……謹慎、か」

「いや」

 補佐役が声を上げる。
「謹慎では、村人は納得できません」
「納得?」
 村長が、補佐役を見る。云う。
「この場合は、謹慎が相応だ」
「相応ではない!」
「過去の事例から見ても、」

「納得いかないのは、こいつが、黒髪だから」

 村長の言葉をさえぎり、悠也の父親が云う。

 張り詰めた空気。

 村長は、息を吐く。
「じゃあ、なんだ?」

「東に諜報員として、行ってもらうのはどうでしょう」

 悠也の父親の言葉に、誠治と紅葉は、目を見開く。
 涼は、目を細める。

「その容姿だ。格好の仕事ではないですか!」
「何を云う!」
 村長は、声を上げる。
「その年で危険すぎる!」

 実質、殺されに行くようなもんだ、と。

「仕方ない。罰ですから」
 補佐役が云う。
「いい情報を、持ち帰ってきてもらいましょう」
「彼には、常々そんな噂がありましたからな!」

 村長は、顔をしかめる。

 お構いなしに、悠也の父親と補佐役は、部屋をあとにする。

 村長はため息をつき、誠治と紅葉を見る。

「出て行ってくれないか」
 誠治と紅葉は、顔を見合わせる。
「ふたりで、話をさせてくれ」

 紅葉は、涼を見る。

 涼は、顔色ひとつ、変えていない。

「紅葉、行こう」
 誠治に促され、紅葉は、部屋を出る。

 集会所を出て、誠治が云う。

「厄介者払いだな」
「誠治……、ひどい」
 紅葉は、涙声で云う。
「涼は、私たちを守ろうと、矢を打ってくれたのよ」
「獲物に当たったのは、偶然だろ」
「そんなこと……。ない」
 紅葉が云う。
「悠也の怪我だって、涼が上手いこと応急処置してくれたから……」
 誠治が、云う。
「悠也の様子、見に行こうぜ」
 紅葉はうつむく
 首を振る。

「……私、涼を待ってる」



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