TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「小夜子と天院」9

2014年10月31日 | T.B.2017年

 彼女は、ひとり。

 東一族の村のはずれ、墓地へと向かう。
 その歩きは、ゆっくりだ。

 彼女の手には、花が握られている。
 彼からもらった花、が。

 日が高いうちに、彼女は、墓地に着く。

 あたりには、誰もいない。

 彼女は迷わず墓地に入り、いつもの墓の前で立ち止まる。

「久しぶり」

 そこには、

 ――両親の墓。

 ある日、突然
 いなくなってしまった、彼女の両親の墓。

 彼女は、持ってきた花を近くに置く。
 簡単に墓を掃除する。
 手探りで、墓の泥を落とし、
 手探りで、周りの草をとる。

 それが終わると、彼女は、墓石を指でなぞる。
 そこには、両親の名まえと亡くなった年が掘られている。

 彼女は、花を手に取り、墓の前に坐る。

「今日は、花を持ってきたの」
 云う。
「宗主様のお屋敷の庭に咲いていたのよ」

 素敵でしょ、と。

 そう云うと、

 彼女は、ぼんやりとした視界で、空を見る。
 いつから、この目は、はっきりとものを見ることが出来なくなったのだろう。
 そして
 いつ、完全に見えなくなるのだろう。

 判らない。

 でも

「ちゃんと、宗主様のお屋敷で働かせてもらってるの」
 彼女はつぶやく。
「私に話しかけてくれる人だっているし」
 だから
「心配しないでね」

 しばらく、彼女は、墓を見つめ続ける。

 墓地には、誰も現れない。

 風が吹く。

 そろそろ、屋敷に戻らなければならない。

「この花」
 彼女が、云う。
「彼がくれたんだけれど」

 彼女は、花を見る。

 白い花。

 彼がとってくれたあと、すぐに水に差したから、まだきれいだ。

「今度は、私のためだけにとってくれるって、云ってくれたから」

 彼女は、花を墓の前に置く。

「この花、置いていくね」

 彼女は立ち上がる。
 再度、両親の墓を見る。

「じゃあ、また来るね」

 彼女は、背を向け、歩き出す。

 来たときと同じ、ゆっくりとした歩き。
 彼女は、墓地をあとにする。

 村を歩き、屋敷へと向かう。

 彼女が、屋敷の入り口近くまで戻ると、何か、声がする。

 屋敷の一番広い庭。
 鍛錬場の方から。

 そうか。
 この時間は、

 東一族の男たちが鍛錬をしている時間だ。

 そう思いながら、彼女は、いつも仕事をする場所へと向かう。

 今日の仕事は、あと何があったかと、考える。

 そして

 鍛錬場に、彼もいるのだろうか、とも考える。



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FOR「天院と小夜子」7

「規子と希と燕」5

2014年10月28日 | T.B.1961年

西一族には敵対している一族が二つ。
湖を挟んでの東一族。

そして、山を挟んで山一族。

そもそもの性質が合わない東一族とは違い、
山一族は西一族と同じ狩りの一族。
生活や風習も似たところが多い。

似ているからこそ、何かと揉め事が起きるのが山一族だ。
争っているのは、狩り場と獲物。

「これは俺たちの獲物だ」

希が山一族にそう告げる。

「最初の一撃も、ウチの規子が決めた。
 横から入って来やがって」

山一族はしばらく無言だったが
やがて口を開く。

「この牝鹿はウチの領土から追ってきた物だ。
 それに、仕留めたのは俺だ」
「追ってきただと?
 ここら一体はウチの、西一族の敷地だぞ!!」

狩り場に線を引くのは難しいが、それでも
お互い暗黙の領土という物がある。

「やるのか!!」
「あぁ?」

山一族が馬から降りて、希の前に歩み寄る。
降りて、希と並んでみると
思っていたよりは若い。歳も近いであろう青年だ。

「いい加減に」

希が山一族の襟元をつかみかかる。

まずい、と規子は焦る。

「やめて、落ち着いて、希!!
 燕も止めて、助けに行って!!」

規子は燕を揺さぶるが、落ち着いた様子で燕は言う。

「いや、ケンカは一対一じゃないと。
 兄さんがんばれ!!!」
「何言ってるのよ、ばか!!!」
「危なくなったら止めに行くし」
「危なくなる前に止めろって言ってるのよ」

あぁあもう、と騒ぐ規子と燕を横目に
山一族はため息をつき、
絞り出す様に声を出す。

「……分かった。
 それは置いていく、好きにしろ」

急にやる気を無くした山一族に
希ははぁ?と声を荒げる。

「何だ、逃げるのか山一族」
「そうじゃない、バカにするな」

拳を上げかけた山一族だが、
くっと何かをこらえる様に腕を下ろす。

「―――俺一人の行いで、
 西一族との間にもめ事は起こしたくない」

その言葉に希も
バツが悪そうに掴んでいた手を離す。
規子は胸をなで下ろす。

ふと、空気が変わる。

まず、最初に気付いたのは
山一族が連れていた馬だろう。
その様子を感じ取った山一族と燕が息をのむのが分かった。
次いで希と規子が二人の視線を追い、やっと気が付く。

白い熊。


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「小夜子と天院」8

2014年10月24日 | T.B.2017年

 幼い彼女は。

 燃え上がる炎を見る。

 彼女は生まれつき、目に病を持っていて
 人と同じように、ものを見ることは出来なかったけれど

 それでも

 今、

 自分の暮らしている家が、燃えていることは判った。

 少しだけ、村の家々から離れていたため、
 火は、
 燃え広がることはなく

 ただ、彼女の家だけを、燃やす。

「いったい、何があったのかしら」

 村人たちが、話し出す。

「流行病、だったんじゃないのか」
「ああ。また出たの」
「それで、家ごと燃やすなんて」
「宗主様の命令だよ」
「そんなに危険な病だったのかしら」

「なら」

「この子は、……」

 村人が、彼女を一瞥する。

 彼女はそれに、気付かない。

「この子は安全だから、殺されなかったんだろう」
「そう、よね……」
「流行病なら、両親と一緒に火の中さ」

 彼女は、ただ、赤い炎を見る。

 立ち代わり、村人たちは火を見に来る。
 村に燃え広がらないよう、見張りのためだ。

「ねえ」

 村人が、彼女に声をかける。

「しばらくは、病院で暮らすといいわ」

 彼女は、話しかけられたと気付き、村人を見る。
「大きくなったら、宗主様の屋敷で働くようにして。ね」
 村人が云う。
「ご両親がいなくても、大丈夫よ」

 彼女は、何も云わない。
 視線も合わない。

 火は、燃え続ける。

 一晩中、

 燃え続けた火は

 次の日の朝

 消え

 村人たちが、焼け跡を片付けはじめる。

 もともと
 ここには、何もなかったかのように、

 すべて、片付けられてしまうのだろう。

 村人が彼女を呼ぶ。

「宗主様が、お墓を建てるよう云ってくださったから」

 彼女は、目の前のものを見る。

 そこに
 布にくるまれたものが、並べられている。

「ご両親に、お別れを」

 そう云うと、
 村人は、彼女の手に何かを握らせる。

 焼け焦げた、装飾品。
 彼女の両親の、装飾品。

 村人は手を合わせると、片付けへと戻っていく。

 ひとり残された彼女は

 布にくるまれた両親に、すがりつく。

 涙を流す。



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「規子と希と燕」4

2014年10月21日 | T.B.1961年

規子は少し離れた所から希と燕を見ていた。
あと少しで、二人が獲物の射程距離に入る。

が、

そんな所で急に獲物の牝鹿が動き出す。

「めずらしい」

あの二人が
獲物に気配を気付かれるとは。

規子はボウガンを放つ。
その矢が獲物の背中に刺さる。
だが当たりが浅く、一瞬ひるんだ後に獲物は素早く駆け出す。

「やっぱり、ここからじゃ距離が」

急いで二発目を構えた規子に
燕の声が飛ぶ。

「規子!!撃つな!!」

何を、と言いかけた規子の言葉を遮る様に
どっと、辺りが騒がしくなる。

突然現れた馬が規子達の獲物を追って駆けていく。
獲物は先を行く二人に気付いたのではなく、
この現れた馬の気配を察したのだ。

「待て!!」
ちっと舌打ちをして、その後を希と燕が追いかけていく。

「なんなのよ」

状況が分からない規子は二人を追って走り出す。

「……馬に誰か乗っていた?」

馬に乗って狩りをするのは、
西一族の中でも狩りのベテランだ。
集団で狩りをする規子達と違って、単独で狩りを行う。

「でも、それなら、おかしい」

狩りをするときはおおよその場所を決め、その狩り場に印を付ける。
狩りの最中に誤って、お互いを獲物だと間違わない様に。

それが西一族の狩りのルールだ。

「違うの、なら」

それが違うというのなら、
西一族でないのなら。

規子がそこに辿り着いた時には
牝鹿はすでに仕留められ横たわっている。
そこに希と燕と

獲物を挟んで
馬の上から二人を見下ろす様にもう一人。

「……っ!!」

彼が西一族でないというのなら、他には一つしか選択肢がない。

西一族と同じ白色系の髪。
そして、西一族には存在しない、金の瞳。
同じ狩り場を巡って、西一族と対立しているもう一つの一族。

「山……一族」

その言葉に、山一族はちらりと規子の方を見る。



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