TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「晴子と成院」5

2015年06月30日 | T.B.2000年

「おい、晴子」

帰宅した兄が晴子を呼ぶ。

「大樹兄さん、お帰りなさい。
 なぁに、どうかした?」

しばらく無言になった大樹だが
意を決した様に晴子に言う。

「お前、成院と会ったんだってな」
「えぇ、少し前だけど
 誰から聞いたの?」
「誰から、なんて、どうでもいい」

大樹が、ただいま、も言わずに
晴子を呼びつけるのも珍しい。
少し気が立っている、と晴子は感じる。

「うかつなことをするな
 変な噂が立つ」
「変な噂ってどういう事」
「弟から兄に乗り換えたって」

「……なに、それ」

「他のやつならともかく、
 分家とはいえ、『院』の家系だからな」

成院の家は
東一族を治める宗主の分家にあたる。
大樹の言葉が意味する事が
分かってはいても、理解が出来ずに
晴子は声を震わせる。
 
「カイの家が、良い家柄だから、
 どちらでも良いって
 私がなびいているって言うの?」
「そうやって見る者だって
 いるという事だ」

「カイの代わりはいない。
 成院とカイを比べないで!!」

「他人から見ればそうだろう。
 あいつらは双子だ、どこが違う?」

「……ひどい」

ふう、と大樹はため息をつく。

「お前がそれでも良いのなら
 俺は、成院でかまわない」

そういうことを言っているんじゃない。
晴子は反論しようとするが
そこに大樹の言葉が追い打ちを掛ける様に続く。

「戒院よりずっといい。
 晴子と付き合っている時だって
 あいつは浮ついた噂ばっかりあったからな」
「死んだ人の事、悪く言わないで!!」
「そうだろ、
 次期宗主の許嫁様にだって声をかけていたという話だ」

「それは、違う
 カイは!!!!」

「ただいま!!
 ―――って、あれ、えっと」

タイミングが良いのか悪いのか
下の弟が帰ってくる。

「ええっと、なんか、大事な話?」

戸惑いながら尋ねてくる弟に
なんでもないの、と晴子は言う。
弟の前でする話ではない。

晴子は部屋に戻る。

「兄ちゃん、どうしたの?」
「たいした事じゃないよ。水樹。
 晴子、お前は冷静によく考えろ」

大樹が言うが晴子は返事をせずに
部屋の扉を閉める。


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「琴葉と紅葉」3

2015年06月26日 | T.B.2019年

「戻っていたのか」

 病院に入ってすぐ。
 父親は、呼ばれて、立ち止まる。

 西一族の現村長がいる。

「久しぶりか?」
「だな」

 村長が訊く。

「何をしに戻ってきた?」
「何って。家族の様子を見に」
「そうか」
「すぐに、西を出るよ」
「移動が大変だろうが、頼む」
「ああ、大変だよ」
 父親が云う。

「ちょうど、そのことで話が」
「何だ?」

 父親は、あたりを見る。

 夜の病院の待合。
 村長以外、誰もいない。

 父親が云う。

「家族を連れて、西を出てもいいか?」

 と

 一瞬で、村長の顔色が変わる。

「何を、……云い出す?」
「云った通りだ」

 父親は構わず続ける。

「妻と娘を連れて、仕事元へ移住したい」
「ばかな」
 村長が云う。
「お前の連れは医者だ。西としては手放さない」

「それに、娘が西から出たいと云っている」
「娘?」

 村長は考える。
 その娘、を、すぐに思い出せない。

「……娘?」
「連れて行ってもいいか?」
「そうか。思い出した。狩りが出来ない子だな」
「その通り」

 父親が云う。

「狩りに参加出来ないから、ここでは立場がない」
「ふざけたことを」
 村長が云う。
「立場がなければ、手に職を付けさせろ」
「娘は、西から連れて行く」
「それは、断る」

 村長は首を振る。

「いくら心配だろうと、お前の家族は、西から出せない」
 さらに。
「理由は、お前が一番知っているはず」

「…………」

「裏切ろうと考えるな」

「……裏切りはしない」

「まあ、でも。両方の解決策がある」
「両方の解決策?」
「娘が西での立場がない。離れていて心配、なんだろ?」

 村長が云う。

「お前の娘を、狩りの腕があるやつと、結婚させてやる」
「え?」

 村長の提案に、父親は驚く。

「今、何て」
「結婚させてやる、と云った」
「それが、解決策?」

 村長は腕を組み、父親を見る。

「結婚すれば、その相手に、面倒を見てもらえる」
「…………」
「相手に狩りの腕があれば、その娘の分まで、狩りの功績をとれる」
「それは……」
「そうだろ? 両方の解決策だ」

 村長は歩き出す。

「それで話を進めてやるから、安心して仕事先へ戻れ」
「おい、村長!」

 村長は、振り返らない。

 病院から出て行く。

 父親はひとり、そこに残される。



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「琴葉と紅葉」2

2015年06月26日 | T.B.2019年

「……父さん」

 村はずれで、彼女は、父親を見つける。
 日が落ち、あたりは暗い。

「帰ってたの?」

 久しぶりに会う父親。
 けれども、彼女は喜びを見せない。

「ああ。元気だったか?」

 娘に気付いた父親は、立ち止まる。

 父親は、村の外で仕事をしていることが多く、滅多に会えない。
 何の仕事をしているのか、彼女は知らない。

「勉強はしているのか」
「してない」
「母さんみたいな医者に、なるんじゃなかったのか」
「そんなこと、云ったことない」

 父親は歩き出す。
 彼女は、父親に続く。

 父親は、ゆっくりと歩いている。
 おそらく、彼女に合わせているのだ。

 合わせて、ゆっくりではあるけれども、……歩みを止めない。
 向かいたい場所があるのだ。

「お前は足が悪くて、狩りには行けないから」
「…………」
「ほかの何かを、出来るようになったがいい」

 この、西一族は、狩りをする一族。

 狩りは出来て当たり前。

 参加出来ない者は、役立たずとされる。

 彼女の母親も、そうだった。
 彼女と同じ。
 生まれつき、足が悪い。

 狩りに参加したことはない。

 けれども、母親は若くして医者になり、西一族から必要とされている。

 ――役立たずと云われることは、もはや、ない。

「ねえ、父さん」
「何だ」
「父さんの仕事に、一緒に連れて行って」

 父親は、彼女を見る。

「それは出来ないな」
「なぜ?」
「お前が出来ない仕事だからだよ」
「村の外で、何をしているの?」

 父親は答えない。

「私、外へ行きたいの」
「外?」
 父親は立ち止まらず、云う。
「……ここに、居づらいんだな?」
 彼女は答えない。
「ねえ、連れて行って」

 やがて、大きな建物にたどり着く。

 病院。
 窓からは、光がもれている。

「母さんに会うか?」

 父親の言葉に、彼女は立ち止まる。

「どうする?」
「会わないよ。用ないもん」
「そうか」

 彼女が訊く。

「父さん、あとで家に来る?」

「いや」

 父親は首を振る。

「母さんに会ったら、すぐ仕事に戻る」

「……そう」

 彼女は父親に背を向け、歩き出す。

「お前が外で暮らせるように、村長に訊いてみるよ」
 落胆している彼女の背中に、父親が云う。
「南一族の村で、お前の祖父母が暮らしてるから、そこで」

 父親は続けるが、彼女は振り返らない。



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「晴子と成院」4

2015年06月23日 | T.B.2000年

「あぁ、もうこんな時間」

釜をのぞき込んで
晴子は少し焦る。

「少し早いけど大丈夫よね」

しばらく、バタバタとした後、
釜の中の焼菓子の半分を温かいまま箱に詰める。

残りの半分は皿の上に並べる。
家族の分だ。

そして慌てて家を後にする。

「もう、晴子、遅い!!」
「ごめん緑子、
 これで我慢して」

晴子は緑子の家に滑り込むと
先程の焼菓子を差し出す。

「そこ、座って
 お茶入れるから!!」

ありがとう、と
座って晴子は道具を取り出す。
今日は緑子の家で縫い物をする約束だった。
東一族の女性の手仕事の一つだ。

お茶を飲んで、
晴子の準備した焼菓子と
緑子が作った果物の砂糖漬けを食べながら
話しながら、縫い物を続ける。

時々話に夢中になって手が止まり
そうしているうちに
晴子は先日のことを
ぽつぽつと話し始める。

「ねぇ、緑子
 成院ちょっと変じゃない?」
「うーん、そう?」
「なんか前より
 他人行儀な気がする」
「例えば?」

「会うの止めよう、って」

「あんたそれ、
 戒院にも言われてたね」
「うん、でも、あれは」

戒院が生きて居た頃の事。
何が原因で彼から嫌われたのだろう、と
それが分からず凄く悲しかった。

自分の病から遠ざける為だったと
今では分かる。

「でもねぇ、
 複雑だと思うよ
 弟の彼女でしょう?」

「やっぱり、嫌かな」

うーん、と
緑子も作業を止める。

「嫌というか
 自分は何なのだろう、って思っているんじゃない。
 弟の代わりかなって?」
「そんなつもりじゃないの」

戒院の話を
彼をよく知る人としたかった。
そして、
友人として、成院の事が心配だった。

けれど。

「私、考え無し、だったのかな」

「まぁ、ただの兄弟だったら、
 違っていただろうけど
 ―――あの2人、同じ顔だから」

そこが、ややこしいのよ、と
緑子が言う。

「晴子以外の他の事でも、
 戒院と重ねて見られるってのはあるんじゃない。
 双子って、そういう所、大変ね」

「……そうね」

だから成院は
医師になろうとしたんだろうか。
晴子は思わずため息をつきそうになって
取り消す様にお茶を飲む。

先日成院と飲んだお茶だ。

「少ししか手を付けてなかったな」

成院とは、どんな冗談でも言い合える仲だった。
それも、
戒院が間で繋いでくれていたのかもしれない。

「成院の方も
 まだ気持ちの整理がついていないんじゃない?」
「一番近い、家族だものね」
「しばらく様子を見て居なよ。
 気にし過ぎちゃダメよ」

ありがとう、と
晴子は緑子に言う。

「気もそぞろじゃ私も困るのよ。
 ねぇ晴子、この焼菓子、半生なんだけど」

「ええーーっ!!??」

晴子は思わず立ち上がる。


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「琴葉と紅葉」1

2015年06月19日 | T.B.2019年

 西一族の村では、雨が続いている。

 この時期はいつもそうだ。
 久しぶりの晴れ間も、長くは続かない。

 曇り空の下。
 彼女はぬかるむ道を歩く。

 ゆっくりと、歩く。

「おいおい!」

 彼女の後ろから、突然、声が投げかけられる。

「お前、いつもふらふらしてるな!」

 そう云いながら、誰かが、彼女を追い越す。
 彼女は、その誰かを見る。

 そこに、前村長の孫。

 前村長の孫は、西一族でも、生粋の西一族である。
 その証に、銀髪を有する。

「狩りに行かないやつは、楽でいいよな!」

 前村長の孫に一瞥され、彼女は目を細める。

「そのくせ肉を食うなんて、お前何様だよ」
「やめなよ!」

 見ると、その後ろに、もうひとりいる。

 現補佐役の娘。

 紅葉(もみじ)。

「……この子は、狩りに行けないのよ」
 紅葉が、前村長の孫に云う。
 そして、ちらりと彼女を見る。
「知ってるよ」
「なら」
「でも、さ。行く努力はすべきだろ」
「やめて!」

 前村長の孫は目を細める。

 背を向け、歩き出す。

「まったく、もう!」

 紅葉は、彼女に向き直る。

「ごめんね」
「何が」

 彼女は、紅葉を見る。

「えっと、」

 紅葉は、目をそらす。

 悪気はないのだろう。
 けど
 彼女の目付きは、きつい。

「……私たち、広場へ行くの」
「そう」
「狩りの招集があって」
「…………」
「一緒に、行く?」

「なぜ?」

 彼女が云う。

「私を、笑いものにするため?」

「え?」

 紅葉は慌てる。
「違うよ!」
「なら、なぜ?」
「それは、……」
 紅葉は、少し考える。

 考えて、云う。

「ほら。狩りの準備の手伝いとか、出来るでしょ」
「出来ない」

「紅葉!」

 前村長の孫が振り返り、紅葉を呼ぶ。

「早く行こうぜ!」

「あ、うん」

 紅葉は、前村長の孫を見て、彼女を見る。

 迷って、

 前村長の孫を追いかける。

 彼女は動かない。

 ふたりの姿が見えなくなると、彼女は、足下の水たまりを見る。
 そこに映る、自身の姿を見る。

 どこからどう見ても、西一族。

 なのに、彼女は、狩りに参加したことが、ない。

 ――彼女は、足が悪い。



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