「ああ、そうか」
誠治が呟く。
涼を見る。
「そろそろ、なのか」
涼は顔を上げる。
「おい、その、……」
「何?」
「…………」
「…………?」
「何とか、帰って来いよ」
「帰る?」
彼は首を傾げる。
「どこに?」
「ここにだよ!」
彼は再度首を傾げる。
「お前、行くんだろう」
誠治が云う。
「その、東に……」
「ああ」
彼が云う。
「そうだね」
「行くのか……」
「雨の時期も終わった。狩りはまた、通常通り行える」
西一族の村は雨が続き、食糧が不足していた。
それが解決されるまで、狩りの要員がいる。
涼は、それまで、東一族へ向かうと云う件が延期されていたのだ。
いわゆる、涼に対する西一族内の罰。
「帰って来られるかな」
「村外追放じゃないんだ。当たり前だろう」
「上の者たちが、……」
「帰ってくればいいさ」
「どうかな」
「お前が黒髪で、いくら嫌われていようとな!」
涼は笑う。
「ずいぶんといろいろ重ねたから」
「重ねた?」
「狩りで誠治たちに矢を放って、仲間を怪我させたとか」
そもそもの、こと。
それから
黒髪でありながら結婚した、とか
屋内待機中に村を出た、とか
さらに、今回の一件も
「おかしいだろ、村長!」
「云っているのは村長じゃない、他の者たちだ」
「涼っ!」
「何?」
「ちょっとは反論しろよ!」
「一応したけど」
「何て!」
「結婚相手は悪くないんじゃないかって」
「そこか!!」
誠治は頭を抱える。
「ちょっと東に行って、さっと帰って来い」
「そんな簡単な話? 誰かも云っていたけど」
涼は、誠治を見る。
けれども、その視線は合わない。
「誠治」
「何だよ」
「頼みたいことがあるんだけど」
「云えよ」
彼は、彼の家族の名を云う。
「で?」
「誠治」
「面倒を見ろとか云うのか」
「次の相手が決まるまで、様子を見ていてほしい」
「……次の相手って」
誠治が云う。
「何を云う。西に帰って来て、自分で面倒を見ろ」
涼は繰り返す。
「次の相手が決まるまで、だ。追いかけてこないように」
「追いかけ?」
「そう」
「あの足の悪い女がそんなことするかよ!」
「意外と、北に行ったりするから」
「えっ!?」
「こっちの話」
誠治は立ち上がる。
云う。
「帰って来いって」
「…………」
「な?」
誠治は手を差し出す。
涼はその手を見る。
「待ってるよ、たぶん……。うちの班は、」
涼は再度笑う。
その手を握り返す。
2019年 西一族の青年の話