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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「水樹と嗣子」14

2019年09月10日 | T.B.2003年

「嗣子、か?」

裕樹が問いかける。

「…………」
「返事しろよ。
 もしかして、本当に具合悪いんじゃ」

「帰った方がいいよ」

お互い顔は見えないまま、
嗣子の表情は分からない。

ただ、淡々とした声が聞こえる。

「ねぇ、勝手に来ているでしょう。
 怒られるんじゃない」
「まだばれてないから大丈夫」

そんな訳ない、と嗣子が言う。

「怒られた時はその時で、
 謝れば良いし」
「それで済むわけ無いわ」
「平気だって」
「そんなの!!」

嗣子は言う。

「私も、大丈夫だと思ってた。
 大した事無いって」

「……嗣子」

あの夜の事を言っていると2人は気がつく。
それとこれでは話が違う、
でも、嗣子はそうは思っていない。

「だって、スガは私のこと分かってくれて、
 悪い人じゃない、
 単純に東一族の事を知りたいだけだから、
 きっと、なんの問題も無いって」
「「………」」
「本当に、優しかったんだよ」
「嗣子、それは」
「わかってるよ!!」

砂一族が言葉巧みだっただけ。
嗣子に悪気があった訳じゃ無い。

ただ、あまりにも迂闊だった。

「宗主様に言われた。
 それで、隙を突いて砂一族が入り込んでいたかもしれない。
 毒を撒かれて何人も命をおとしていたかもしれない。
 …………挙げ句、お前はその有様だ、って」

「今まで、私。
 ひとりぼっちだなって思っていたけど」

ねえ。

「本当に1人になっちゃった」
「そんな事無いって。
 きっとすぐに出られるようになるよ」
「………でも」

許しが出て、
牢から出ることが出来ても。

「もう誰も。
 私の事、いらないでしょう」

「嗣子、そんな事、い」
「バカな事いうな!!」

水樹の言葉が聞こえなくなるほど大声で
裕樹が叫ぶ。

「自分で決めつけるな。
 バカ!!勝手にしろ!!」

そのまま裕樹は踵を返して元の道に戻る。

「おおい、裕樹お前どこ行くんだ」
「帰る!!
 もう、俺は帰る!!」

それはもう、
怒っているんだと明らかに分かる足音を立てて。
やがてその足音が聞こえなくなると
驚いた、と牢の中から声が聞こえる。

「あんな大きな声出さなくても良いじゃない」

「そうだな、
 裕樹、あんな大声出せるんだ」
「……怒ったんでしょうね」
「だろうなぁ」

でも、と水樹は言う。

「あいつまた来るよ」
「そう」
「来るなって言われても来るだろうな」

「なあ」

水樹は問いかける。

「どうして砂漠に行ってたんだ」
「………どうしてって?」

スガに会うためだけど、と
嗣子は答える。

「でも、最初から砂一族に会いに言った訳じゃないだろ」
「………」

「新月の晩は、
 星が良く見えたから」

家の窓からではなく、
広い砂漠で見る夜空が好きだった。

ただ、それだけ。

「ここからじゃ、空は見えないな」

空気を入れるためだけの窓。
そこからは上手く外を見ることは出来ない。

「見れるよ、また、すぐ」

ほら、と水樹は言う。

「今度は俺と裕樹が連れて行ってやる」

最初からそうしていれば良かった、と。
そして、これからいつでも出来る、と。

「………」

「嗣子?」

「あなたはいいわ。
 来ないで」
「はあ?」
「だって、とっても煩いし」
「うるさかったのか」
「声、大きいし
 なんか、ぐいぐい、来るじゃない」
「いやそれはよく言われるけど、
 ええっともしかして、迷惑だった?」

「とっても、困っていたわ」

「そっかー、えええ。
 そうか」

ええええ。と水樹は肩を落とす。

「ここから出た時に見かけたら、
 挨拶ぐらいはしてあげる」

さ、早く行って、と促され
水樹もその場を後にする。

「またなー」

ふぅ、と嗣子はため息をつく。
または無いと言ってるのに。

「困っていたよ」

それはもう、どうしようかと。

スガのように
自分の事を理解してくれる事は無かったけど、
もしかしたら、と
どこか期待して仕舞う程には。

「バイバイ」

嗣子はもう、誰も居ないその壁の向こうに
そっと、手を振る。


T.B.2003 
東一族の村にて。

「水樹と嗣子」



「水樹と嗣子」13

2019年09月03日 | T.B.2003年

「はぁ~、お偉いさんと会うの、緊張した~」
「宗主様って言いなよ、兄さん」

水樹と裕樹は宗主の屋敷を離れる。

「ってか、宗主様と佳院兄さんってそっくりだよな。
 佳院兄さんも将来ああなるのかな」
「そりゃ、親子だから」
「近寄りがたい佳院兄さんかぁあ」
「今も俺は結構近寄りがたいけど、
 わいわい話しかけるの水樹兄さんだけだし」
「そっかー」
「そうだよ」
「………」
「………」

整った庭をとぼとぼと歩く。
出口まで、宗主の敷地は広い。

「俺達の説明って、
 どこまで宗主様に伝わったかな」
「どうかな、伝わってあれなのか、
 伝わらずあれなのか」

座敷牢にて謹慎。
期限は決まっていない。

それが水樹達が聞かされた
嗣子の罰。

「期限が決まっていないって
 どういう事だろ」
「………無期限ってわけじゃないだろう」
「そうかな」
「1.2年とか。案外1ヶ月とか」
「兄さん適当な事言わないでよ」

「『命があるだけでも、マシだと思え』」

宗主から2人に向けられた言葉。
それは分かっている。
それでも。

「「………」」

「なあ、嗣子って
 ここのどこかに居るんだよな」

今はこの敷地のどこかに移された、と聞いている。

「俺、こっちだと思うな」

背ほどの庭木が生い茂る脇道を指差し、
水樹が歩き始める。

「兄さん、どこ行くんだよ」
「嗣子に会いに」
「………いや、ダメだって」

両親ですら会うことが出来ないのに。

「だから、
 今しか無いだろ」

いや、だってさ、と
しばらく悩んだ後、腹を決めたように
裕樹も水樹の後を追う。

「あの家かな、兄さん」
「いや、あんな東屋みたいなのじゃ無いと思うな。
 あれは、こう、隠れて住んでる奥様的な」
「それってどういう」

うーん、と水樹は辺りを見回す。

「あそこ」

ぽつん、と佇む建物。

入り口には鍵が掛かっている。
2人は裏手に回るが、
目線の高さよりも上に
小さな窓が2つ。

ここに、嗣子が居るのだろうか、と
そこからをためらう裕樹に遠慮することなく
水樹は声をかける。

「おーい、嗣子!!」
「兄さん声大きいって。
 他に人が居たらどうするんだよ」
「いや、女子の部屋に入る前は
 必ず声かけろって姉ちゃんが」
「今それ必要かな!?」

「「…………」」

暫く待つが、返事はない。

「兄さん、ここは違うんじゃ」

いや、と水樹は続ける。

「っていうか、具合悪くて
 中で倒れていたり」

その言葉に裕樹も顔を青くする。

「裕樹!!肩車!!」
「分かった」

うん、と顔を見合わせた後、
さっと2人はお互いを待つ。

「俺が上かと」
「え?兄さんが下だろ?」

あわあわ、と何だかタイミングの合わない2人が
もたついている間に
今までは無かった気配が建物の中で動く。

小さく、けれども
部屋の中で反響した声が2人に届く。

「何しに来たの?」


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「水樹と嗣子」12

2019年08月27日 | T.B.2003年

「10点満点中、3点だな」

東一族の医師が水樹に言う。

「薬を奪うためとは言え、
 あえて相手に刺されて近寄ったこと」
「う」
「それを届けるためとは言え、
 毒を受けた身で動き回ったこと」
「すんません」

水樹は布団に潜り、
顔を隠す。

「ええっと、ちなみに3点ってのは」

「鞘で受ける事で毒を少しでも払った事」
「おお」
「三点じゃ不満か」
「いや」

ちょっとびっくり、と水樹は言う。

「成先生なら、それでも0点って言うかな……なんて」

ゴホンと咳払いして、医師は言う。

「もう、お前の武術の先生じゃ無いからな」

それぐらいはおまけしてやる。と。

「それで、嗣子の様子はどうかな」
「痺れ薬の一種だろうな。
 解毒も早かったから、
 そう影響はないだろう」
「裕樹が走った甲斐があったな」
「………盛られた薬に関しては、だ」

「嗣子、どうなるのかな」

そうだな、と医師は指を折りながら言う。

1つ。

「砂一族と接触をしていた」

1つ。

「意図的で無いとは言え
 村の情報を流していた」

1つ。

「その情報で、砂一族が
 かなり近い位置までこの村に迫っていた」

「お咎め無し、では済まないだろうな」
「わざとじゃない、のは
 宗主様は分かってくれるよな」
「それは、俺達が判断する事じゃない」

よく考えろ、と水樹に言う。

「無実の罪ならともかく、
 嗣子はやらかしてしまった。
 罰を受けなければならない」 

それが決まりだ、と医師は言う。

「宗主はそうしなくてはいけないし、
 嗣子のためにもそうあるべきだ」
「そんな事言ったって、
 罰には色々あるだろ」

「今まで、情報を漏らした者が、
 処刑された事もある」

「………そんな!!」
「大丈夫だ、それはない。
 嗣子は生かされる。それは確かだ」

何か知っているように、医師は言う。

「後は、必要以上に罰が重くならないように
 誰かが直談判に行ってみるしかないな」

な、と水樹に言う。

「………そうか、そうだな!!」

がばっと水樹はベッドから飛び起きる。

「合点承知だぜ、成先生!!」
「いや、お前もまだ寝ておけ」
「こういうのは早いほうが良いのでは」
「言うたって、
 まだ、夜中だから。
 明日裕樹と2人で行ってこい」
「だな、裕樹も今日は気を張っただろうからなあ」

仕方あるまい、と
布団に潜り込む水樹を見届け、
そうそう、と医師は部屋を後にする。

「そうだ、水樹」

扉を閉める前に医師は問いかける。

「お前、砂一族はどうした」

水樹が戻ってきている以上、
相手も追っては来れない所まで
勝負は決めてきたのだろうから。

「ああ、あいつ、ね」

うんうん。と水樹は言う。

「色々挑発して来るし、
 我慢するのも大変だったんだぜ」

俺単純だし、怒りやすい方だし、と
頬を膨らませながら答える。

で、

「置いてきたよ」
「置いてきた、か」
「そうそう、止めはさしてないよ。
 俺が手を下すまでも無いって言うか」

ねえ、と。
答える水樹の髪留めが揺れる。
戦術大師だった祖父から貰った物。

確かに彼も、祖父の血を引いている。

「砂一族の誰かが、
 見つけてくれるといいよな」

「水樹、お前、
 砂一族からどこまで聞いた」
「えー、どこまでって、
 分かんないけど、多分、全部」

「………そうか」

分かった。早く寝ろよ。と言って
医師は扉を閉める。

「おやすみ。成先生」

医師を見送り、
水樹も目を瞑る。

きっと同じ病院のどこかで
彼女も今は眠っていると良いなと思いながら。

「おやすみ、嗣子」

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「水樹と嗣子」11

2019年08月20日 | T.B.2003年

スガがナイフを振り下ろし、
水樹は鞘を抜かないまま、短刀で受け止め、
そのまま刃筋を返す。

鈍い音がして
2人は互いに距離を取る。

新月の夜。

水樹の髪留めが、
星の僅かな明かりを跳ね返す。

「その髪留め、東の戦術大師か?」

へえ、と水樹は感心する。

「物知りだな、
これな意外と動く度、顔に当たって
ペチペチするんだぜ」
「いや、」

そういう事は聞いてない。

「んん~、でも残念。
 戦術大師ってのは俺の爺ちゃんの事だろ。
 情報が古いぞ」
「だろうな、
 戦術大師がお前みたいなのでも困る」

スガはナイフを振り
距離を詰める。

「東一族って相手を殺さない主義とかあるのか?
 その短刀も早く鞘を抜いたらどうだ?」
「………そういう訳じゃないさ」

ナイフの刃先が鞘をかする鈍い音が響く。

「剣術は得意じゃない、か?
 体術だけでどうにかなるわけ無いだろう。
 ほら!!」

「ぐっ!!」

ナイフが水樹の腕に刺さる。
スガは顔を近づける。

「今のが避けきれないようじゃ、
 たかが知れてるぞ、東一族!!」
「………いや、予定通りだし」

水樹は腕を伸ばす。
はあ?とスガは首を捻る。

「強がりは止めておけよ。
 大丈夫。
 逃げた2人もすぐ後を追わせてやるから」


裕樹は嗣子を抱えて走る。

「ご、……はっ」
「しっかりしろよ」

こういう時はあまり動かさない方が
良いのだろうが、
解毒剤があるのかどうかも分からない状況。

それならば村に戻った方が良い。

幸いにも、
村からは遠く離れてはいない。

「嗣子が1人で行ける距離
 だったから、なのだろうけれど」

くそ、と悪態をつく。

深く考えずに砂一族と会っていた嗣子にも、
そんな嗣子を利用していた砂一族にも、
水樹を1人残して
こうしなければならなかった自分にも。

「め………ご」
「え?」

足を止め、
嗣子の口元に耳を寄せる。

「なんだ?どうした?」

「ご………な……い」

ごめんなさい、と。

「やめろよ」

裕樹は叫ぶように言い、
嗣子を抱え直す。

「謝るなよ。大丈夫だから。
 もうすぐ村に着くから」

なんだよ、と。

「いつもみたいに、
 強がって無茶言っとけよ」

「そうだよなぁ」

そう、肩を叩かれる。
裕樹でも嗣子でもない声。

とっさに後ろに振り返る。

「…………あ」

心臓が止まりかける。

「………水樹兄さん!!」

腕の血を押さえながら、
水樹が息を切らしている。

「はー、間に合った。
 足早いな裕樹」
「兄さん、砂一族は」
「なんとか追い払ったよ。
 その前にこれだけは手に入れたかったから、
 うーんと」

よいしょ、と
懐から麻袋を取り出す。

「あいつが持っていた薬。
 どれが使った毒で、どれが解毒薬か分からないけど
 そこは先生に見てもらおう」
「兄さん、それどうやって」

「近寄って取ってきたよ」

「近寄って、て。
 兄さん刺されてんじゃないか」

砂一族の武器には
毒薬が塗り込んである。
血を止めればよいと言う訳じゃない。

「うーん。まあ、ちょっとは入ってるかも。
 びりびりしてきた」
「毒回ってんじゃんか」

「だから、
 回りきる前に早く行くぞ」

な、と水樹は嗣子に言う。

「帰るぞ、嗣子」


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「水樹と嗣子」10

2019年08月13日 | T.B.2003年

「ええっと、
 砂一族は自分が使う毒の解毒剤は
 必ず持ち歩いている」

そうだろ、と
水樹は問いかける。

「どうだかなぁ。
 今日は持ってきてないかもしれないぜ」

だってさぁ、と
スガは嗣子に笑いかける。

「そろそろそいつ
 用済みだなって思ってたし」

「おまえ!!」
「裕樹」

水樹は裕樹を制する。

「嗣子を連れて村に戻れ!!」
「でも兄さん」
「間に合わなかったらどうする!?」

一瞬の間の後、
裕樹は頷き、嗣子を抱えたまま駆け出す。

「あれ?よかったの?
 一対一より二人掛かりで来たほうが
 勝率上がったんじゃ?」

まぁ、その間に毒は回るけど、と。

「お前1人ぐらいなら
 俺で充分だ」
「へぇ、随分と自信があるようで」

ふうん、と
言葉の終わらないうちに
スガは短刀を投げる。

「おわっ」

避けた所に飛んで来た針を
あぶな、と水樹が躱す。

そこにまた、飛び道具。

「っ!!
 次から次へと」
「ほらほら、
 余計な事喋ってる暇は無いぜ。
 さっきの光る術で逃げたら?」

ええと、そう、紋章術?
スガが楽しそうに言う。

「あれは、使える人限られてるから。
 俺は!!送ってもらった!!だけ!!」
「なんだ、片道だけか」

そうだと思ったけど、と
スガがため息をつく。

「ああ、イライラするなぁ。
 早く終わってくれよ」

当たりそうでなんとか躱す水樹に、
不機嫌そうに吐き捨てる。

「こんな雑用みたいなの
 いい加減にして欲しいんだよ」
「はぁ?」
「東の情報を引き出すためとは言え、
 愛想の良い返事しなきゃいけなかった
 俺の気持ちも考えてくれよ」

「俺達変わり者だね。
 一緒だね。
 いつか2人でどこか行こうねって」

「まともに考えれば分かるだろ。
 反吐が出る。
 まったく、あの、………」

ああ、と額に手をあてる。

「何て言ったっけ、あの東一族の女。
 まあ、どうでもいいけど」

うーん、と水樹が頭をかく。

「それってさ、
 俺を怒らすために言ってるのかな」

よくある戦い方。
わざと相手を怒らせて、
冷静な判断力を削ぐ、という。

「ありゃ、駄目か。
 まああんなお荷物なら、
 お前達も手に余ってるって事?」
「そうじゃなくて」

水樹は構えを取る。

「最初から、俺、
 結構怒ってんだけどな」

ち、とスガはマントの下を探る。

「もう、いい加減、
 飛び道具も投げ終わった頃だろ」
「ああ、そうか。
 そういう作戦ってわけか」

別にそれだけじゃないし、と
スガもナイフを抜き構える。


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