TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「琴葉と紅葉」38

2019年11月29日 | T.B.2019年

 ふたりは、山を下りる。

 山一族の村を出て、西一族の村へ。

 山一族の村は、その名の通り、山の奥深くにある。
 西一族の村までは、遠い道のり。

 彼が前を歩き、琴葉は後ろに続く。

 ただ、歩く。

 かろうじて、道のようなものがある。

「何か、……」
「何か?」
「獣とか、いそう……」
「獣?」
「獣」

 彼はあたりを見渡す。
 音を聞く。

「…………」
「…………?」

 風の音。
 葉が揺れる音。
 鳥の鳴き声。

「大丈夫だよ」

 彼が云う。

「何事もなく、山を下りられるよ」
「本当に!?」
「そう」
「根拠は?」
「根拠?」

 彼は琴葉を見る。

「何となく」
「当てにならない!」
「大きな声はやめて」
「何となくって何よ!」
「山で、大声は駄目だって」

 彼は、弓を握り直す。

「山一族にもらった矢もあるから」

 いざと云うときは大丈夫。

 琴葉は息を吐く。
 先を見る。

 まだ、歩かなければ、ならない。

「行こう」

 彼が歩き出す。

 琴葉も続く、が、

「あの、さ」
「何?」

 すぐに、立ち止まる。

「あの……」
「…………?」
「足が、限界なんだけど」
「足?」

 必死で登ってきた。
 少し安心して、足が、非道く痛むのに気付く。

「痛むの?」
「そう、なんだけど!」
「つらい?」
「…………」

 痛い。

「えーっと、」
「…………」
「馬を借りる?」

 山一族の村に戻ろうと、彼は方向を変える。

 琴葉は慌てる。

「馬はやだ!」

「じゃあ、どうする?」

 彼は、首を傾げる。

 このままでは、日が暮れてしまう。
 夜の山は危険だ。

「飛ばす、のは……」
「飛ば??」
「何でもない」

 彼の呟きに、琴葉は目を細める。

「平気。行こう」

 彼は手を出す。

「何?」
「おぶるよ」





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「戒院と『成院』」9

2019年11月26日 | T.B.2000年

「はい」

出店で飲み物を買い
彼女にも渡す。
なんて事は無いただの温かいお茶。

ありがとう、と
お茶を受け取る西一族の彼女は
自らをヨツバと名乗った。

少し間を置いて座り、
当たり障りの無い話をする。

「今日は買い物でこの村に?」
「ええ」
「いいものあった?」
「見るだけでも楽しいわ」
「女の子は皆そう言うな」

戒院は相槌を打ちながら
お茶を啜る。

「ちょっと大丈夫なの?」

「え?」

いえ、と
ヨツバははぐらかす。

「熱いかと思って。
 ……なんでもないわ」

「へぇ」

戒院はニヤリと笑い
指摘する。

「なんだ?恋人と間違えた?」

きっと猫舌で、
もしかして今の戒院と同じ様に
口元にホクロがある?それともない?

想像すると少し可笑しい。

むう、と彼女が黙り込んだので
戒院は詫びる。

「あぁ、悪い
 少しからかっただけなんだ」
「気にしてないわ、恋人とは」

うん、そうね。とヨツバは呟く。

「別れようかなって、考えてるところ」

二人の間に沈黙が落ち、
ああそう言う事かと
戒院は納得する。

「なんだ、
 西一族は狩りの一族だろう。
 それで、恋人が失敗でもしたのか?」

ヨツバは首を横に振る。


「なにか間違えたとするならば
 それは、彼では無いのよ」


「……ふうん」

お茶を飲み上げた戒院は
カップを握り立ち上がる。

「おかわりいる?」

いいえ、と彼女が首を振るが
戒院は立ち上がり
自分のお茶のおかわりと
小さなカップを1つ注文する。

「はい、これなら入るだろ」

甘く、
飲み物というよりデザートのような
蜂蜜を溶かしたもの。

「気配りが上手いのね」

ふふ、とヨツバが笑う。

「勘違いされるわよ
 誰にでもこういう事してるの?」
「よく言われる」
「自覚はあるのね」

そうだよ、と
戒院はヨツバの腕を引く。

西一族と東一族の違いはあっても
やっぱり戒院の方が背は高く、
少し腕を引けば
すぐに身を引き寄せられる。

彼女は遊びなのだろうか、
それとも
本当に恋人を忘れたいのだろうか

どちらだろう。

「なあ、恋人と別れるのなら」

どちらでも構わない。


「俺にしない?」


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「琴葉と紅葉」37

2019年11月22日 | T.B.2019年


 琴葉は考える。

 彼のことを、思う。
 思うべき、か。

 いや、

「あんたが来るまで、家ではいつも、ひとりで……」

 琴葉は云う。

「ひとりでいるのが、一番楽だと思っていたわけ……」

 琴葉は、髪を触る。
 上手く、云えない。

「まあ、でも、家に誰かいるのもいいかな、とも、思ってきて、」

 彼は、琴葉を見る。

「だから、その、……」

 それ以上、琴葉の言葉が出てこない。

 ――一緒に、西一族の村に帰ろうよ。

 ただ

 そう云いたいだけなのに。

 風が吹く。
 琴葉の髪が、揺れる。

「ねえ」

 彼は、琴葉を呼ぶ。

「君は、これから、何をしたい?」
「え?」
「これから」

 これから?

 琴葉は彼を見て、そして、窓の外を見る。

「これから、何をしたい?」

 そんなこと、考えたこともなかった。

「今まで通り?」

 そう、なのか。

 これからも、
 ……明日からも、

 今まで通り。

「毎日、ふらふらと……」

 村の中をふらふらしたり。
 ぼおっと、寝っ転がったり
 お腹が空いたら、肉をもらいに行って……。

「…………」
「これまでと同じように、日々を暮らす?」

 …………。

 琴葉は、うつむく。

 たぶん、これからも同じだ。
 同じように……。

「その生き方の中に、他の人は、必要?」
「他の人が……」
「どう?」

「…………」

 琴葉は、口を結ぶ。
 目を細める。

 判っている。
 彼が云いたいことは。

「私……」
「うん?」
「どうしたら……」

「それは、君が考えるんだ」

「…………」

「君の生き方だから」

 風が吹く。

 琴葉は目を閉じる。

 これからも同じように生きる。
 でも
 一緒に、西一族の村に帰りたい。

 自分が、何か、彼にしてやれるわけではないのに。

 それは、わがままなのだ、と。

「西一族の村に戻ったら」

 彼が云う。

「答えを聞かせて」





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「戒院と『成院』」8

2019年11月19日 | T.B.2000年

「この薬草を3袋、こっちは1袋。
 ああ、印をつけてくれ」

リストを見ながら
『成院』は店主に指示をだす。

「そっちのは量り売りはしてないのか。
 1袋はちょっと多いんだよなぁ」
「こっちも商売だからな。
 おまけをつけておくよ」
「ならおまけはこれにしてくれ。
 もしくは値引き、どちらかだ」
「お兄さん上手だねえ」

賑わう、北一族の市場。

水辺を囲う八つの一族が
一斉に集う場所。
東一族の村に居ては手に入らない物が
あれこれと揃う。

ふた月に一度程、
医師は『成院』に薬草の買付けを頼む。

これも仕事の1つだ。

「さて。使いはこれで終わりか」

うーんと
『成院』は伸びをする。
今日は泊まり。
これから明日帰るまでには時間がある。

「少し、飲みにでも出、る………か」

視線を感じてそちらを見ると、
1人の西一族がこちらを見ている。

「………」
「………」

西と東。
対立する一族同士。

停戦状態の今は極力接触を避けるのが
お互い、暗黙の了解となっている。

でも、なぜかその時は足が向いて
気がつけば話しかけていた。

「君、西一族?」

東一族にはあまり居ないタイプの
少し気が強そうで
大人びた雰囲気の彼女。

そうよ、と頷いたあと
次の言葉で
なぜ彼女が自分を見ていたのかを知る。

「あなた、以前もこの村に居たわよね」
「それって俺かな?」

誘いの常套句、西一族は積極的だな、と
思う『成院』に彼女は告げる。

「えぇ。
 あなたその口元のホクロ目立つから」

覚えているわ、と。

「その時は何か探し物をしていたようだけど、
 きちんと見つかったかしら」

「あ」

ああ。

ふうん、と『成院』は呟く。
それはきっと。

「そうか、そうか。
 見ていたのか」

これも何かの縁だろう、と名乗るが、
うん?と彼女は首を傾げる。

「そちらには無い響きなのかな」
「無いと思うわ…イ……イン?」

東一族独特の名前だが
他一族には耳慣れないだろう、と
思わず、こう名乗る。

「『カイ』でいいよ。そう呼ばれる事が多いし」

ここは東一族の村では無く、
自分を知るものは誰もいない。

だから、

今日はそう名乗っても
いいんじゃないだろうか、と
そういう気分だった。
 

今だけ、戒院でも。


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「琴葉と紅葉」36

2019年11月15日 | T.B.2019年



 琴葉は、山一族の女性に続く。

「あの黒髪には、また借りが出来たよ」
「借り?」
「うちの鳥を助けてくれたり、裏一族を追い払ってくれたり」
「裏?」
「まあ、西一族は知ることもないのだろうけど」

 もちろん、琴葉も知らないこと。

「無事なの?」
「無事だよ、不思議なくらいね!」
「助けてくれた?」
「手当てはやったから」

 山一族の女性は、村の中心の屋敷に、琴葉を招き入れる。
 屋敷の中を進む。
 ある部屋の中で立ち止まる。

「おっ、夜明けだ」

 その言葉に、琴葉も外を見る。

 日が現れる。

「久しぶりにいい天気になりそう!」

 云いながら、山一族の女性は扉を開ける。

「迎えが来たよ!」

 それだけ云うと、山一族の女性は琴葉の肩を叩く。
 そのまま、どこかへと行ってしまう。

 琴葉は、部屋の中に入る。

「…………」
「…………」

 琴葉は息をのむ。

 そこに、黒髪の彼が横になっている。

「大丈夫、なの……?」

 かなりの怪我をしているように、見える。

 彼は、琴葉を見る。
 けれども、視線は合わない。

「見た目よりは全然平気」
「でも……」
「身体が動くようになるまで、時間がかかるんだ」
「どう云うこと」
「無理をしたってこと」
「無理を?」
「もう少し待ってて」
「…………」

 琴葉は、彼の横に坐る。

「…………」
「…………」
「お、遅くなったけど……、迎えに来たから」
「ありがとう」
「治ったら、すぐに、……帰るわよ」
「うん」

 彼が云う。

「君が来てくれると思ってた」
「…………」

 彼が続ける。

「大変だったね、山道」
「……別にっ」
「足が、」
「いつだったか、北に迎えに来てくれたから!」
「お礼ってこと?」
「ああ。うん。まあ」
「そうか」
「…………」

「もし」

 彼が云う。

「このまま、西に帰らないと云ったら?」
「え?」
「もしもの話」
「何を、」

 琴葉は、口を結ぶ。
 目をそらす。

 そうだ。

 黒髪の彼は、西一族の村では煙たがられている。
 自分と同じように。

 狩りだって、利用されているだけなのだ。

 このまま、どこかへ行ってしまった方が、彼にとってはいいのかもしれない。

 ……でも、

 もし、そうなったら、……自分は?

 彼のように、村外で生きていく度胸はない。






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