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「『成院』と『戒院』」20

2020年11月03日 | T.B.2017年
昔訪れたのは子供の頃。
記憶もおぼろげで
初めて訪れたも等しい南一族の村。

豊かな畑が広がる、農業の村。
北一族の市場とは違う、
どこかのどかな賑やかさ。

「………」

季候も良く、過ごしやすい。
違う目的で訪れていたのならば
この雰囲気を楽しむ事も出来ただろう。

「さて」

気持ちを切り替え
『成院』は辺りを見回す。
どうやって当たりをつけるか、と
村の中心地を歩く。

「聞いて回るしかない、か」

店に足を踏み入れる。

南一族の村名産の豆を使った
菓子店。

「こんにちは。すまないが」

甘い匂いに囲まれる中
店番の青年が背中を向けて作業をしている。

「なんだ、今日も詰め合わせか?」

客と勘違いしているのだろう、
目深くかぶっていた羽織を脱ぐ。

いや、と『成院』は返す。

「人を尋ねたいんだが」

「うん?」

青年は振り返る。
まだ若いどこか生意気そうな顔が
『成院』の顔をじっと見る。

「尋ねるって、あんた何年この村に居るんだ。
 それに、なんだ今日は、そんな格好を………して」

声をかけられるも
相手の戸惑いが伝わってくる。

「タロウ……じゃ、ない?」

ああ。
『成院』は心の中で唸る。

いる。

間違い無く、この村に。

答えに辿り着きそうなはずなのに
重しが置かれたように胸の奥が締め付けられる。

「そうか」

『成院』は頷く。

「この村では
 タロウと名乗っているのか」

「いや、待ってくれ」

「その、タロウとやらは
 どこにいるんだ」

「何なんだ、お前。
 あいつをどうするつもりだ」

「………分からない」
「はあ?」
「ただ」

『成院』は答える。

「俺はあいつに
 会わなくてはいけない」

「待てよ」


「ジロウ、ストップ」


『成院』を止めようとする青年に
別の声が正面から。

「マジダ」

気が付けば
そこには青年と同じ年頃の若い女性。

「皆が騒いでいるから駆けつけてみれば」

『成院』を何とも言えない表情で迎える。

「こんにちは、東一族のお兄さん。
 あなたも、来たのね」
「俺も?」

と、言う事は。

「待って頂戴!!」

声を上げそうになる『成院』を
その女性は制する。

「案内をするわ。
 だから、全部、直接話して」

「でも、マジダ」
「いいのよジロウ。
 タロウが望まないならば違うけれど」

ねえ、と彼女は『成院』に問う。

「私達は関わってはいけないことでしょう。
 これはあなた達の問題なのだから」

『成院』は2人の後を付いていく。

覚悟を決めたような彼女と
未だ納得のいっていない青年。

大通りを抜けて、
脇に抜ける細い道を
入り組むように進む。

ただの旅人は寄りつかない
村人しか足を踏み入れないような場所。

「ほら、あの家」

そう指差して、2人はそこで立ち止まる。
ここから先は1人で向かえ、という事。

「ありがとう」

いいえ、と彼女は首を振る。

「私はあなたにもお世話になったから」
「うん?」
「いいの、気にしないで。
 いつかこんな日が来ると思ってはいたのよ」

でも、と少し名残惜しげに言う。

「まさか、
 今日がその日だとは思わなかった」

自分を間違えた青年の
後悔の表情が頭から離れない。

『成院』は色々な物をこじ開けようとしている。
大医師が、
南一族の村人が
この村の奥底にしまい込んでいた物を。

放っておけば良かったのかも知れない。

けれど
それを振り切って『成院』は進む。

東一族とは違う南一族独特の造りの家。
古い家を改装しているのか
少し重い扉を軽く叩く。

「開いているぞ。どうぞ」

まず返された声に
えも知れず身が震える。

聞き慣れた自分と同じ、
だが少し違う声。

扉が開かれる。

「…………」

ひゅっと、息を吸う音。

自分なのか、相手の物なのか。

もう、ずっと前の事。
占術師である大樹が
自分を占ってこう言っていた。

今までの生活を続けたいのならば
南一族の村には近寄らない事だ。

この事か、と
今さらながら思い知らされる。

「お、まえ」

沸き上がる様々な感情と
掴み掛かりたい衝動を抑え、
深く息を吐き、告げる。

もう昔に捨てたはずの自分の名前を。

「ああ、そうだ。
 俺だ、―――戒院だよ」

向かい合う男に言う。

南一族の格好をしているが、
自分と同じ背格好、同じ顔、
同じ表情を浮かべている男に。

「久しぶりだな、成院」


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