TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「琴葉と紅葉」6

2015年07月10日 | T.B.2019年

「あなた、父さんに外に行きたいって、云ったの?」

 病院の仕事部屋に入ってきた彼女に、母親が訊く。

 彼女は、母親を一瞥する。
 長椅子に寝転び、天井を見る。

 彼女の定位置だ。

「ねえ。訊いてるの」
 母親が云う。
「父さんに、村の外へ出たいと云ったの?」

「いつの話?」

「この前、父さんが戻ってきたときよ」

「云ったよ」
「何てこと……」

 彼女の答えに、母親は顔を曇らせる。

「行けるわけ、……ないじゃない」
「なぜ?」
「それは……」
「私の足が悪いから?」
 彼女が云う。
「馬車なら、いくつも出てるじゃない」
 さらに
「私、父さんがお仕事してるところで、一緒に住みたい」

 彼女は母親を見る。
 母親は答えない。

 彼女は目を閉じる。

 母親はため息をつく。

 と

 呼ばれて、母親は立ち上がる。
 部屋を出る。

 彼女は、薄く目を開ける。
 部屋には誰もいない。

 再度、目を閉じる。

 そのまま、寝転んでいる。

 どれくらい時が経ったか。

 ふと気付くと、母親が仕事部屋に戻ってくる。

「まだ、そうしていたの」
 彼女は、少しだけ身体を動かす。
「起きなさい」
 彼女は首を振る。

 母親は、椅子に坐り、持ってきた書類をまとめる。

 彼女は横になったまま。

「母さん……」
「何?」
「父さん、次はいつ帰ってくるの?」
「父さん?」
「そう」
「それは、判らないわ」
「……忙しいのかな」
「そうね」

 母親が云う。

「あなたのこと、心配してるわ」
「…………」
「あなたが、この村でちゃんと暮らせているのか」
「…………」
「だから」

 母親が云う。

「ちゃんと、勉強でもしたら?」
「したくない」
「何を云うの」
 母親が云う。
「狩りに参加出来ないのだから、何か勉強を、」
「しないったら!」
「なら」
「しないってば!」
「琴葉(ことは)!」

 琴葉は、長椅子の上で、身体を傾ける。
 母親に背を向ける。

「何も出来なくたって、いい」
「……琴葉」

 部屋の扉を叩く音に、母親が気付く。

「琴葉、起きて。誰か来るわ」

 再度、扉を叩く音。

「どうぞ」

 母親の言葉に、扉が開く。

 村長が、入ってくる。

「……村長」
「話がある」

 琴葉は身体を起こす。
 村長を見る。

 村長と、目が合う。

 琴葉は目を背け、立ち上がる。
 部屋をあとにする。



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