TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「辰樹と媛さん」17

2020年07月31日 | T.B.2020年

「そう、なんだ……」

 そう云えば、自身も
 最近まで、母親の墓を知らなかった。
 探そうと思わなければ、判らないままだっただろう。

「そのお友だち、待ってるね」
「そうね。だから、せめて、この場所に花を」

 彼女は手を合わせる。

 媛さんも一緒に手を合わせる。

「ありがとう」

「うん」

「たまにね、あの頃もよかったなぁって、思う」

「うん」

 病があったけれど、
 好きな人がいるんだと、

 その人と一緒にいることが出来るから、と

 いつも、仕合わせそうだった、友人。

「…………」
「いなくなるなんて、思いもしなかった」
「…………」

 媛さんが云う。

「その人はどうしたの?」
「…………」
「お友だちが好きだった、その人」

「ああ、……その人、」

「うん」

「死んじゃった」

「え?」

「同じ日に」

「死ん……」

「それが、せめて、……なんて、変なのかも知れないけど」
 彼女が云う。
「残された側からすると、知っている人を同時に亡くすなんて、辛い」
「……うん」

 彼女は、再度手を合わせる。
 媛さんも、手を合わせる。

「ああ、小夜子(さよこ)……」

「え?」

「今日は、もうひとり、……あなたのために祈っているわ」

「小夜、子……」

 媛さんは、彼女を見る。

「ねえ、……その名まえ」
「亡くなった友人の名まえよ」

「小夜子って、……」

 媛さんは、その名まえに息をのむ。

 自身の母親が眠る墓。
 その横に、並ぶ墓石。

 そこに彫られている名まえだ。

「何?」

「いえ……」

「会ったことあった?」

 媛さんは首を振る。

「さあ、」

 彼女は立ち上がる。

「行きましょうか」
 彼女が云う。
「家まで送るわ。どこ?」

「ううん、大丈夫!」
「でも」
「兄様が来るから!」
「ああ、そう。じゃあ、途中まで」

 媛さんと彼女は歩く。

「あなたの兄様は務めに?」
「そうみたい。砂漠だって」
「砂漠の任務って大変よねぇ」
「心配になるよね!」
「うん」
「兄様なんて、兄様しかはまらない、ぬかるみにはまるんだもん」
「ぬかるみ……」
「砂漠だと、砂漠にはまるのかな?」
「…………」
「腕はあるっぽいんだけどねぇ」

 媛さんは首を傾げる。
 彼女を見る。

「たぶん、知ってる人かも」

 彼女は遠い目をする。

「ええ!? 本当に!」
「私の従兄だわ、それ」
「おお! 兄様のご家族様だったの!」
「そう、です……」
「兄様ってすごいよね!」

 媛さんは手を広げる。

「手がべたべたするときは、これで拭けばいいよって!」

 媛さんは、その
 自分の服で手を拭く真似をする。

「おぉお」

 彼女は頭を抱える。

「一応伝えておくけど」
「何?」
「辰樹(たつき)の真似はあまりしないように……」
「何で?」

 媛さんは首を傾げ
 彼女は再度、頭を抱える。




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「武樹と父親」3

2020年07月28日 | T.B.2017年
「あら、おかえりぃ」

帰って来た武樹を
母親が出迎える。

ただいま、といいながら
横を通り過ぎる武樹を
うーんと笑顔で見送ろうとして

「………」

まてまて、と首根っこを捕まれる。

「おかしいな、今日は座学と鍛錬の日、よね」
「そうだったかな?」
「そうだったわ!!」

ええっと、今日は、と
武樹はもごもごと話し始める。

「鍛錬の先生が、急な腹痛で!!」
「ほーう?」
「俺も、今日はやる気満々だったんだけど」
「ふーん?」

それじゃあ仕方無いわね、と
呟く母親に、武樹はほうっとため息を付く。

「それじゃあ、先生のお見舞いに行かなきゃ。
 誰だっけ、今日の、先生は」

ひゅうっ、と
先ほどのため息とは違う意味で思わず息が漏れる。

「えええっと、今日は、きょうわあぁ」

それから暫く怒られて
明日からはきちんと通うこと、と
お説教の後、やっと武樹は解放される。

優しそうなお母さんだね、と
沙樹は言うがそんな事は無い。
すこし語尾の伸びるあの話し方で
誤解しているだけだ。

怒るととても怖い。

東一族の女性は基本大人しく、控え目だと言うが
果たしてそうだろうか、と武樹は考える。

「まぁ、仕方無いよな」

一人で武樹を育てたのだから。
母親だけでなく、父親の代わりもしている。

父親が誰なのだか
武樹は知らない。

誰も知らない。

それでも、
気になるものは気になる。

「俺の父さんは誰?」

母親に尋ねると
少し困った顔をしてこう答えた。

「あなたの父さんは
 遠い村に居るのよ」

いつか、会いに行こうね、と。

それを聞いてそうなんだ、と頷いた。
俺の父さんは違う村に住んでいる。
どこだろう、
北一族、それとも南一族。
もっと遠い、例えば谷とか海とか。

顔も知らない父親に会いに行く日を
いつかきっと、と
夢見たこともあった。

けれど
歳を重ねる毎に
なんとなく気がついていく

あれは母親がついた優しい嘘。

会いに来るのを待っている
父親なんて居ない。

自分の部屋に戻ろうと廊下をとぼとぼと歩いていると
洗面所の前を通る。
鏡に映るのは、少ししょぼくれた自分の顔。

釣り目で二重で、口元にはホクロ。

「………」

母親はたれ目で、一重で、
ホクロ一つ無い肌をしている。

武樹は直毛で艶のある髪だが
母親はふわりとして、少しうねった髪質。

武樹の全ては
きっと、父親から引き継いだもの。

どうせならば。

武樹は呟く。

「母さんに、似たかったなぁ」


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「辰樹と媛さん」16

2020年07月24日 | T.B.2020年
「花?」
「ああ、これ?」

 その彼女は微笑む。

「きれいでしょ?」
「うん」

 媛さんは云う。

「花を持って、ひとりで何するの?」
「これは、友人の花」
「友人?」

 媛さんは云う。

「ひょっとして、……供える花?」
「そう」

 彼女は坐り込む。

「もうすぐ三年だなぁ」

 云う。

「友人が亡くなってね」
「…………」
「このあたりで」
「……ここで?」
「ええ」

 あれ?

 ここは、父親が誰かを偲び、形代を燃やした場所。

「どうかした?」

 ひょっとしたら、この人は知っている?
 ここで、何があったのかを。
 父親が、何を云おうとしたのかを。

「ここで、何があったの?」

「え?」

「この前、父様がここで形代を燃やしていたの」

「形代を?」

 形代。

 願いをのせたり
 誰かの無事を祈ったり

 そして

 亡くなった者を偲んだり。

「そう、形代を……」

 彼女は、媛さんを見る。

「私は友人の最期には会えなかったのだけど、……」

 彼女は呟く。

「ここで亡くなったんだと思う」
「思う?」
「はっきりとは判らないの」
「判らない?」
「最期には会えなかったから」

「何があったの?」
「…………」
「何が、」

「砂一族に殺されたの」

「砂、一族?」

「そう」

 彼女は云う。

「友人は、目に病があって、見ると云うことが出来なくて」

 砂一族に利用されたのだと。
 宗主の屋敷で働いていることも知られていた。
 毒だと知らずに、砂一族に渡されたそれを、宗主の元へ運ぼうとした。

 何も知らない宗主が、それを口にすれば、……。

「一時は諜報員だと云われ、それで一族の者に殺されたのだと思ったけれど」

 後の調べで、

 もちろん、その友人が死んだ後で

 友人は無実とされた。

 宗主の口添えだった。

「ああ、これで、友人に花を供えることが出来ると思ったんだけど」

 親のいなかった友人の墓は、どこにあるのか判らない。

「誰かが埋めたんじゃないの?」
「私の父親がね」
「父親?」
「私の父親は医師なの」
「医師様?」
「そう」
「なら、訊いたらいいじゃない」

 彼女は空を見る。

「どこに埋めたのか教えてくれないのよ」

「…………」

「誰かとの約束なんだって」





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「武樹と父親」2

2020年07月21日 | T.B.2017年
その日の座学を終えて、
武樹は屋敷の外に出る。

少し先を歩いているお隣さんを見つけ
ととと、と走り寄る。

「沙樹くん、羽ちゃん」

兄妹は立ち止まり振り返る。

「むっくん」

どうしたの、と2つ歳上の沙樹が手を振る。

「沙樹くん、一緒に帰ろう」

お隣同士。
何の問題も無い。

「わあ、やったぁ」

羽子は喜ぶが、
沙樹は静かに笑みを浮かべる。

「でもむっくん。
 この後、鍛錬があるんじゃない?」

帰っていいのか?という
沈黙の問いかけ。

「………」

何か責められている訳じゃないが
う、と武樹は口ごもる。

「一回ぐらいさぼっても平気」
「………」
「次は、ちゃんと出る、から」

恐る恐る、武樹は沙樹を見上げる。

うーん。

参ったな、と眉を下げながらも
沙樹は言う。

「次出るなら、いいか」
「いいの?」
「良いんじゃないかな」

それじゃあ帰ろうか、と
沙樹は羽子の手を引きながら歩き出す。

「さあ、いこう」

うん、と頷き
武樹は後に続く。

沙樹・羽子兄妹と武樹は
家が隣同士で
幼い頃から顔を合わせている。

元々子供の数が多い訳では無いので
歳が近ければ皆顔見知りだが
武樹にとって沙樹は特別だ。

「むっくん」

いつもと変わらず
沙樹は武樹をそう呼ぶ。

「俺の事は良いから、ちゃんと鍛錬に出るんだよ。
 腕があるんだから」

今日は見逃してあげるから、と
沙樹は言う。

「むっくんなら、
 名のある戦術師になれるよ。
 大将も夢じゃない」
「いいんだ、俺、戦術師とかならないし。
 俺、商いとかしたいもん」
「あきない?」
「お店屋さんだよ。羽子」

おお、と羽子が目を輝かせる。

「それじゃ、羽子、
 店員さんするね」
「いいよ、羽ちゃん看板娘だね」
「それじゃあ俺は
 会計とかしようかな」
「沙樹くんこそ、医術師じゃないの?」

父親の跡を継いで。

「俺、医術師は向いてないと思うんだよね。
 それに父さんどちらかというと、医師助手だから」

病院継ぐとか
そう言うのでは無い。

「そっか、それなら
 沙樹くんと羽ちゃんと俺で店か、楽しそう」
「で、むつ兄ちゃん。
 それってなんのお店なの?」

お菓子とか出すところ?と
羽子が首を傾げて
そうだな、と武樹は立ち止まる。

「何のお店にするかは
 今から考えないとな」

「………考えて無かったのか」

沙樹は笑う。

「でもさあ、商いなんてするならなおのこと、
 商品の仕入れでもきっと危ないこともあるよ」

いざというとき物をいうのは
拳だからね、と
穏やかに見えて物騒な事を言う。

「で、結局
 鍛錬に行けって事」
「そういう事」

湖を挟んで西一族、
砂漠を挟んで砂一族、
常に敵対している一族が居るこの村で
男であれば鍛錬は必須の項目。

武樹ももう少しすれば
門番や村の守り、砂漠の見張り、を
することになる。

本来沙樹ほどの歳であれば
現場に出ていてもおかしくはない。

けれど、
彼はそこに出る事は無い。

見た目では分からないが
沙樹は体が弱く
体術の訓練は免除されている。

「俺の体が弱いのは生まれつき」

そう、沙樹が教えてくれた。
何時のことだったか
武樹はあまり覚えていない。

そうなんだ、と
しずしず頷いた武樹に
沙樹はこう続けた。

みんなには秘密だよ。

そう、前置きをして。

「俺がおなかに居る時
 砂一族が母さんに毒を飲ませたんだよ」



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「辰樹と媛さん」15

2020年07月17日 | T.B.2020年


 花が咲く時期に入る。

 雪はすっかり溶け、
 道に、草花が顔を出す。

「兄様!」
「おお、媛さん!」

 彼は手を上げる。

「今日はどこへ行く?」
「俺、今日砂漠だから」

 一族の務めで村外に出るのだ。
 相手は出来ないと、手をひらひらさせる。

「何でよう」
「仕方ないだろ」
「じゃあ、私も行く」
「ばかだなー!」

 東一族と敵対する砂一族と顔を合わせるかもしれない。
 連れて行けるわけがない。

「と、云うことで」
「むー!!」
「今日は、ほかにの人に相手してもらえよ」

 そう云うと、彼はさっさと行ってしまう。

「ふぅん、いいよー」

 彼女はひとりで歩き出す。

「つまんない!」

 大声で、ひとりごと。

「今日はひとりで散歩だかんね!」

 周りには特に、誰もいない。

 口をとがらせたまま、彼女はひとりで歩く。

 お墓参りに行こうか
 それとも、水辺に行ってみようか

 いや、

 そもそも、ひとりで村内をうろうろするのは駄目なのだ。
 父親との約束だったような気がする。

 だから、あの彼が来たのだ。

「だって、務めじゃねぇ」

 仕方ない。
 仕事、大事。
 じゃ、今日は、ひとりにて。

 ふらふらと、彼女は歩く。
 誰にも会わない。

 気付けば、水辺の方。
 道から外れ
 父親と来た、あの場所へ。

 彼女はあたりを見る。
 足下を見る。

 父親が形代を燃やした場所。
 何も残っていない。

「何だったのかなぁ」

 彼女は首を傾げる。

「父様は誰のことを云っていたのかなぁ」

 その場所をぐるぐる回って。

 でも、もちろん、何かが判るわけがない。

「兄様に訊いてみたら判るかな」

 ぱっと、方向転換。

「きゃっ!」
「ひゃ!!」

 突然、人。

 彼女とその人は、お互い転ぶ。

「痛たたた……」

 彼女は、顔を上げる。

「悪いわ、大丈夫?」
「私もよく見てなくて」

 彼女は差し出された手を見る。
 先に立ち上がったその人は、彼女より少し年上と云ったところか。

「ありがとう」

 立ち上がり、彼女は手を合わせる。

「こんなところで何を?」

 その問いに、彼女は答える。

「散歩」
「ひとりで?」
「そう」

 彼女は、衣服の汚れを払う。

「今日、相手がいなくて」
「ああ、そうなの」

 その人はあたりを見る。
 誰もいないのを確かめたのか。

「道もないところで危ないわ」
「そうだけど」
 彼女は訊き返す。
「姉様こそ何を? ひとり?」
「私もひとりよ」
「ふうん?」

 見ると、その手には花が握られている。





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