NHKスペシャルで「緒方貞子」を見た。国連難民高等弁務官として、海外の多くの人から信頼され、尊敬された「緒方貞子」の生き方をドラマとインタビューで紹介した番組である。特に、父ブッシュの湾岸戦争後のクルド人の反乱の時、サダム・フセインの攻撃を恐れて避難しようとしている大量のクルド人を救おうとした彼女の努力が語られ、「高等弁務官緒方貞子」の生き方がよくわかった。
クルド人たちは、毒ガスによる攻撃を恐れてトルコまたはイラン国境方面へ逃げていたのであるが、トルコは国境を閉ざした。したがって国境を超えてトルコへ逃げようとした人々は逃げ場を失った。トルコ政府は自国内のクルド民族の独立運動に悩まされており、トルコ・イラク両地域のクルド人の合体を促すようなことはできなかったのである。
逃げ場を失い、国境付近にとどまっている多数のクルド人を救わなければ、と緒方氏は考えたのであるが、法務担当の職員に反対された。難民とは、「本国での迫害を逃れ、他国に避難して困窮している人」であり、自国に留まっているクルド人は難民の定義にあてはまりません、というのである。
イラク国内に国連は無断で入っていく事はできないし、勝手なことはできない。したがってイラク国内のクルド人を救済するには、「主権」の壁を越えなければならない。安保理決議を経れば済む話ではあるが、どのようにして解決したか、番組では、語られていない。
方法はともかく、緒方貞子は、前例を破り、クルド人難民の救済を決定し、実行する。そしてこの時、「国内避難民」という新しい規定が生まれた。
クルド人難民問題の時、死と隣り合って生きている難民を救うという国連本来の任務に立ち返り、前例にとらわれず大胆な決定をくだした緒方氏であるが、ユーゴ紛争では、彼女の姿勢が裏目に出る。
ユーゴ国内の難民に救援物資を空輸していた国連の航空機が撃ち落され、乗っていたイタリア人兵士2名が死亡する。敵側の難民に物資を空輸する航空機は、敵機とみなされたのである。相手は、おそらく国連機と知っていて、敵とみなして撃ち落したのである。
敵側の民間人はやはり敵なのか、敵兵とは一線を画すべきなのか、判断が分かれるところである。これは、非常に難しい問題である。大原則はもちろん、兵と民間人は区別すべきである。しかし、味方の兵が多く死に、その原因が、民間人による敵への情報提供だったとしたら、どうするのか。
ユーゴ紛争の場合は、民間人同士が互いに敵になってしまったので、悲惨なものになった。この難しい状況の中で、緒方高等弁務官は、内戦に巻き込まれた住民の救済ということを第一の任務として行動した。また同時期、おなじユーゴで、国連の特別代表だった明石氏は、中立という国連の立場を貫いた。二人の日本人が、国連創設の理念を最終的な拠り所として行動した。
明石国連特別代表は、国連の中立性を守って行動したことが高く評価されているが、他方において、現実的な判断を誤り、国連の部隊に多くの犠牲を出したという批判にもさらされている。この点を突き詰めて考察している本があれば、ぜひ読みたいのですが。
今回のNHKスペシャルも、国連の無力な立場を提示し、「緒方貞子」の前に立ちはだかる皮肉な現実を描いているのだから、もう少し掘り下げてほしかった。
番組は、救われた人の多くが、緒方高等弁務官の決断によるところが大きかったことを知って、彼女に感謝していることを伝えている。私としては、もう一歩踏み込んで、困難な現実に対して彼女を支える理念について伝えてほしかった。
映画ではあるが、「アラビアのロレンス」では、並はずれの信念の持ち主である主人公が完全に挫折する場面がある。その描き方は徹底していて、ロレンスは、任務途中ですべてを投げ出し、退官する決意をするのである。戦争の現実は生易しいものではない。
難民となった人々を助けたいと願う緒方高等弁務官に対し、あざ笑うかのような皮肉な現実がたちはだかっている。彼女は、それを直視し、深く考えているようなので、「主権国家にたいして無力な国連」という難題について、彼女がどう考えているかもっと聞きたかった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます