会員のカネコです。
9月以降、多忙のためほとんど投稿をしていませんでしたので、駆け足で振り返ります。
9月
・戎光祥ヒストリカルセミナー「戦国大名伊達氏の魅力に迫る!」へ。演題は新進気鋭の研究者の方々による「郡主・国衆からみた戦国大名伊達氏」「戦国大名伊達氏の魅力に迫る!」。政宗以前の稙宗-晴宗-輝宗時代の伊達氏に焦点を当てた内容で、伊達氏が政宗一代で飛躍したイメージがありますが、それ以前の胎動期があってこその飛躍であったように感じました。二本松畠山氏に関しても少し言及があり、大変勉強になりました。
・大崎図書館分館で歴史講座「江戸時代の大崎ってどんなところ?」を受講。品川歴史館の学芸の方による講座。地元品川区の郷土史は私のワイフワークの一つでもあり興味深く拝聴しました。。戦災による被害が大きい地域ながら意外と古文書が残っていて、農村地と武家屋敷地がある大崎の多面性がよく分かりました。
・雑司ヶ谷みちくさ市のモロ古書店さんにお邪魔しました。我々とはお付き合いの長い幕末維新の貴重本の蒐集家である茂呂さんの古書店で、毎回貴重な本が出品されています。『探墓巡礼』のプロデューサー森重さんや当会のクロサカさんも来ていました。昨年の流星忌にお越し頂いた「幕末諸隊研究」の吉野式さん、常盤海さんにもやっとご挨拶ができ、良い機会を得ました。
・市川市の木内ギャラリーで行われていた「木内重四郎展」へ。重四郎の姉の子孫で実家を継承されている木内昭博氏による講演「木内重四郎の活躍を励みに生家を守って」と芝山町学芸員の方のギャラリートークを聴きました。木内重四郎については以前、染井霊園での巡墓会で三菱関係者を案内した際に岩崎弥太郎一族の系図を作成した時から関心を持っていました。弥太郎の娘婿には加藤高明や幣原喜重郎といった総理大臣がおり、それに比べると木内重四郎は地味な存在となっていますが、展示と講演からは重四郎は非常に優れた人物であったことが分かりました。また、実家のご子孫のお話ともあって、私が興味を持っていた芝山町の木内家のこともよく分かり、とても良い機会となりました。
尚、重四郎の長男良胤の妻淑子は枢密顧問官関屋貞三郎の長女であり、関屋貞三郎は栃木県生まれですが、関屋家は二本松藩医の家系で、貞三郎の大叔父の娘が声楽家の関屋敏子となります。
近くの弘法寺にある松平直基の墓
10月
・ある仕事の関係で、お客様と佐野市へ。お寺や図書館などを巡った後、佐野市郷土博物館企画展『中根東里展-「芳子」と門人たち-』を見学。事前に博物館の方と連絡を取って説明をして頂きました。中根東里は磯田道史先生の『無私の日本人』で知られるようになった陽明学者ですが、幕府や大名家に仕官せず、生涯民間に身をおき、その名を残さぬよう、自分の足跡をほとんど残さなかった人物です。数少ない資料からを集め、この企画を実現させた博物館の方々の執念のようなものを感じました。図録もとても力の入ったものでした。
実はこの1週間後、佐野市は秋山川の大洪水が発生したため、博物館が休館となってしまい、企画展はそのまま閉会してしまいました。幻の企画展をみれたことは奇跡的でした。
東光寺に移設された佐野陣屋の大手門
・ある仕事の関係で千葉方面へ。初めて市営桜木霊園へ行きました。霊園内には千葉市内で市街地の開発で移転した寺院の墓地もあり、所々千葉の旧家の古い墓石がありました。その後、市原市八幡の飯香岡八幡宮や小弓城跡などを巡りました。
この時は台風15号の爪痕が随所に残っており、台風の威力の恐ろしさを感じました。
・即位礼正殿の儀は一部始終テレビの生中継をみました。礼砲が撃たれると、テレビの音とは少しズレて外からも音が聞こえました。その瞬間がその日一番の感動でした。
・ある仕事の関係から、お客様と平島松尾顕彰会で知り合った漬物研究家の方と三人で千葉県旭市での大原幽学記念館の企画展「あさひ 羽ばたいた人々」へ。
戸田伊豆守氏栄の五男で萬歳村花香家の養子となり、自由民権運動に身を投じた花香恭次郎を初めて取り上げたということで見学。萬歳にある花香家の墓所へも行きました。
花香恭次郎は福島新聞の記者となり、福島事件で投獄され、その後大赦で釈放されたものの間もなく35歳で死去しました。江戸で生まれ、民権運動では福島で活動したため、花香家の実家がある旭市ではほとんど紹介されていませんでしたが、ご一緒したお客様のご尽力により今回の展示に繋がりました。私にとっても大変喜ばしい出来事でした。
東福寺の花香恭次郎顕彰碑
11月
・国立公文書館で資料閲覧後、1Fで開催されてた「行幸-近現代の皇室と国民-」を見学。
大正天皇が皇太子時代の東北行啓のスケジュールが書かれたものがあり、二本松で下車したことが書かれていて、興味深くみました。後で『大正天皇実録 第3巻』を確認すると、双松館製糸工場に行啓していたことが分かりました。
・品川歴史館特別展「中世寺院と品川-妙国寺の歴史と寺宝-」へ。これも地元の郷土史。妙国寺は現在天妙国寺といい、初代蝦夷奉行羽太安芸守正養の菩提寺でもあります。今回の展示は中世にスポットを当てたものですが、伝加藤清正の手形など珍しいものをみることができました。羽太安芸守正養については以下を参照。
初代蝦夷奉行羽太安芸守正養の墓
・都立中央図書館で資料閲覧後、4Fで開催中の「木子文庫に見る御大礼」を見学。
会場内で上映されていた平成の御大礼の映像を食い入るようにみました。これはリアルタイムでもみていたので、懐かしさなど様々な想いが込み上げました。
木子家は京都の大工棟梁でしたが、近代以降の墓所は青山霊園にありますが、この見学の後、訪れると、墓石が新しい現代風のものに変わっていました。
・「祝賀御列の儀」へ。13時頃から赤坂御所前にスタンバイし、15:20に両陛下のお姿を拝しました。2時間以上待った割には本当にあっという間でしたが、この場に居合わせたこと自体が私にとって大きな意味を持つものとなりました。
その後、青山一丁目駅で足止めされ、パレードを見れなかった墓マイラーカジポンマルコ残月さんと、当会のクロサカさんと合流して青山霊園を散策した後、飲み会をしました。カジポンさんとは同じお墓を対象とする活動をする仲間として様々な意見交換をして有意義な時間を過ごせました。
帰りは東京タワーの祝賀ライトアップをみました。
・三春町へ。小雨の降る中、法蔵寺、紫雲寺、北野神社、光岩寺、天沢寺、法華寺を巡りました。そして目的であった三春歴史民俗資料館特別展「武士の時代の終わり-三春藩から三春県へ」の展示解説へ。昨年も特別展の「戊辰・明治150年 三春藩の選択」の展示解説を聴きに行きましたが、今年は天候が悪かったためか、私を含め3人ほどのお客さんしかいませんでした。そのおかげもあって、終わってから館長さんとゆっくりお話する時間ができ、有意義な時間を過ごせました。
私は二本松側の人間で、二本松といえば、三春は裏切り者、父母や祖父母の時代には「三春から嫁を貰うな」ということが言われていました。そんな私ですが、よくよく調べると二本松と三春は非常に密接な関わりがあることが分かり、両者の関係を深く調べたいと思うようになりました。2年連続の三春訪問となりましたが、やはり双方の人の往来が多かったことが分かりましたし、戊辰戦争での行為を果たして本当に「裏切り」という言葉で片付けてよいのか、という疑問がますます深まってきました。
一つの事象をみる上では双方の置かれた立場を知ることが大切だと思います。
加波山事件志士遺徳顕彰碑「自由の魁」
紫雲寺の墓地
・皇居東御苑で公開中の大嘗宮を見学。天気が良かったこともあり、人出が多く、宮殿前は写真を撮る人がなかなか動かず大混雑。平成の大嘗宮は小学生の時に見学していたので、今回は2回目。私の世代で2回目というのもなかなかいないかと思います。
その後、新橋で土佐史談会関東支部例会へ出席し、当会幹事のカトケンさんの講演を拝聴。演題は「青山霊園に眠る近代土佐人群像について」。カトケンさんのワイフワークともいえる土佐出身者の墓所調査の発表で、人と人との繋がりがよく分かる内容でした。私も青山霊園は結構行っていますが、土佐出身者の墓については知らないものも多く大変勉強になりました。
12月
・前日の大嘗宮見学に続き、國學院大學博物館企画展「大嘗祭」へ。江戸時代の大嘗祭の史料などが展示されていましたが、大嘗宮自体は現在よりも簡素なものでした。伝統的な儀式ですが、その仕様については時代によって変化している様子が分かりました。
・釣洋一先生主催の「江戸史談会」へ。今回は12月ともあって、半分は赤穂浪士のお話し。討ち入りの日である12月14日は現在の暦に直すと、まだ川崎の平間村軽部五兵衛宅に到着した日ということで、この日を赤穂浪士討ち入りの日とする暦に対する無神経さには驚愕の一言というレジュメの一文が印象的でした。
平間村の軽部五兵衛ですが、私が以前住んでいた川崎市幸区南加瀬の了源寺に墓所があり、そのことも過去に記事にしています。五兵衛の邸宅は下平間にある称名寺の向かいにあったそうで、現在はマンションが建っています。
史談会の後は忘年会で、釣先生奥様よる久々のピアノ演奏と歌も聞け、参加者の皆さんと楽しい一時を過ごしました。
軽部五兵衛の墓
・森鴎外記念館特別展「荷風生誕140年・没後60年記念 永井荷風と鴎外」へ。荷風の鴎外への敬愛がよく分かる展示でした。荷風は『下谷叢話』で鴎外の『渋江抽斎』のスタイルを踏襲するなど、所々で鴎外へのオマージュを見せています。荷風が死亡した際、部屋には読みかけの『渋江抽斎』があったという話には感銘を受けました。図録はデザインが洗練されていて、とても良かったです。
森鴎外記念館へ行く前に向丘の蓮光寺に久々に行きましたが、幕末の二本松藩とも関わりが深い大垣藩主戸田家の菩提寺ともあって、大垣藩士の墓も数多くあり、戊辰戦争に出兵した人の墓もあるのではないかと思いました。また前述の花香恭次郎の実父でもある戸田伊豆守氏栄の墓碑もあり、没年月日が本人の個人墓、新しく建てられた墓誌、ウィキペディアの記述でそれぞれ異なり、検討の余地があるなと思いました。
忙しい中でしたが、以上の通り様々な講演や展示をみることができ、また歴史的な代替わりに関する行事などもみることができ、充実した日々を過ごせたと思います。
今年は自然災害も非常に多い年でした。私が訪問した千葉県や佐野市、そして私の郷里福島県でも馴染み深い本宮市が大きな被害を受けました。報道のたびに馴染みある風景の変わり果てた姿をみる度に心が痛みました。
被害を受けた方々にお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い復興を願っております。
今年は幹事メンバーの「ソロ活動」ということで、会としての活動は流山市立博物館友の会催行『板橋・巣鴨をめぐる歴史探訪』のボランティアガイドのみとなりました。
幹事メンバーは各自でさまざまなイベントにお邪魔しましたが、一昨年発売となりました『探墓巡礼 谷中編~箱館戦争関係人物を歩く~』の宣伝の場を設けて頂くなど、各関係者には大変お世話になりました。
この場を借りて改めて御礼申し上げます。
来年の当会の活動については未定ですが、引き続き皆さまにはご支援ご鞭撻の程お願い申し上げます。
来年も皆様にとって、よいお年でありますよう願っております。
*******************************************************************
★下記SNSにて当会の最新情報を更新しています。是非フォローください。
Instagram
twitter
★流星忌・ガイドブック『探墓巡礼 谷中編~箱館戦争関係人物を歩く~』の告知チラシを公開しています。
流星忌・ガイドブック『探墓巡礼 谷中編~箱館戦争関係人物を歩く~』の告知チラシが出来ました
*******************************************************************