探墓巡礼顕彰会-墓碑調査・研究プロジェクト-

「探墓巡礼顕彰会」の公式ブログです。巡墓会企画の告知など活動報告をしています。

戦争と回顧録

2022-06-03 00:17:25 | 日記
会員のカトケンです。

米国のロシアがウクライナを攻撃するという予告から、俄かに信じ難いと思っていたところが、遂に現実となってしまった。

小弟が生きてきた時代は、湾岸戦争にしろ、コソボにしろ、国連がどのように処理するか、安保理が結束して事態を対処しようとしてきた。

ところが今回は国連常任理事国の1つが戦争を始めた。

ヤルタ体制が機能しなくなったと断ぜざるを得ない。しかも、途中から常任理事国に差し替わった国は棄権し2国が抜ける事態は、最早不安全保障理事会である。

ここまでよく持ったものである。国連という誤訳を信奉し続けた我が国(正しい訳は「連合国群」)は「対岸の火事ではない」だとか何とか言いながら、こういうときどのように対処するか決まった指針がない。ドクトリンに欠ける。レジームまで程遠い。

アフガン攻撃やイラク攻撃に少なからず関与していたにもかかわらずである。

一体隣の国が戦争を始めたというのに、こちらにも攻めてこないのかとか、背中から圧力をかけないのかとかどうしてそのような発想がないのだろうか。

国際的にも国内的にもボケ切っているとしか言いようがない。

やはりこれは時系列でものを考える、近い歴史からヒントを得る、そのような歴史教育をしていない、あるいはそのようなことを議論する習慣がない国民の馬脚を露したと言っても過言ではあるまい。

ところで、我が国の先の大戦のときの回顧録を読むと当事者ならではの臨場感が伝わってきて興味深い。

欧州にいて日独伊三国で同盟を結ぼうとしても本国の意向と差が出ていたり、東條英機が真珠湾攻撃の前に日露戦争を模範として終戦の仕方を検討していたり、様々なことが戦後になって語られている。

朝日文庫の『語りつぐ昭和史』シリーズは当事者たちが当時を語っていて生々しい。自分の生まれた頃にまだ戦争当事者が生きていてそのようなことを語っているのである。

改めて、歴史の当事者はもとよりその遺族や子孫に話を聴くことがいかに大切か、また遺品に触れたり、それにまつわる話を聴いたりしても良いだろう。

追いかける人物の墓を訪ね、子孫を訪ねてその家に伝わる歴史に接し、各材料を集める。文書や文献に当たり、それらを照合して文章を組み立てていく。

それが歴史研究の醍醐味なのではないか。目に見えないものを視覚化していき、時には筆力でそれらを表現する。

だから墓碑を訪ねるのは助走であって、まだ歴史研究にたどり着いていないのだ。

我々は掃苔家ではない。墓を訪ねるのは趣味ではなく、そこで戒名や没年月日、家族関係、時には生年月日など歴史を立体化するための取材なのである。

私たちは歴史研究家を標榜する以上、その本質は史料、文献、聞き取り、墓石や石碑に刻まれた文字をヒントに歴史像を一面的でなく、複眼的に描くことに尽きるのではないか。

あと3年で昭和100年になる。今こそ昭和とは何か。どのような時代であったか、先の大戦はなぜ起こったのか。なぜ既存政党をすべて解体し、統合して大政翼賛会を創ることになったのか。あるいはその最初の理念はなんであったか。

どうやら3年後には杉並区荻外荘の公開が始まるそうだから、いま一度近衛文麿、近衛新体制を1つの題材として、我々日本人は戦争というものを考える必要があるのではないか。



我が国が近衛公に期待したものは何であったか。どのような理念に基づいて国家像を描いていたのか。それが何故立ち行かなくなったか。

未来をより快適に過ごし、子々孫々に暮らしやすい国を提供すべく、今こそ歴史にそのヒントを求めるべきではないか。
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流星忌補遺ー甲賀源吾墓ほか

2022-06-02 00:27:23 | 会員の調査報告
会員のカトケンです。

出たばかりの『歴史研究』第700号(2022年5月号)に寄稿となった拙稿の【掃苔行脚】「壬午事変殉難の会津の士 水島義招魂碑」の写真撮影のため、一日谷中霊園に行った帰途、箱館戦争参戦者らが多く眠る文京区へ足を伸ばした。

まずは光源寺にある甲賀源吾の墓(=写真)。宮古湾海戦に散った開陽艦長で、天保10年(1839)江戸駒込は遠江国掛川藩下屋敷の生まれ。



長崎海軍伝習所に艦長要員矢田堀景蔵の付き人として行ったが、掛川藩から学んでいた兄郡之丞との関係は見逃せないだろう。

正面[甲賀家塋]、墓誌に当たる[入塋表]には[彰德院勇譽義住秀虎居士 甲賀源吾 明治二年三月廿五日(1869・5・6)/宮古灣戦死 年三十一]と刻む。家紋は山桜。

またその右には矢田堀景蔵や柴誠一(『探墓巡礼ー谷中編』★35)らの尽力により甲賀家再興が認められ跡目養子となった宜政の実家掛川藩士二見家の墓が並ぶ。

宜政は源吾の実兄二見五郎左衛門氏治(掛川藩近習役)の三男(つまり甥)、大蔵省に入り造幣局技師となって、明治32年(1899)工学博士を授与された。

[二見家先祖代々墓]には側面に氏治の長男昇の没年月日や戒名、昇亡き後を継いだ次男鏡三郎やその息子貴知郎(宜政の幼名と同じ)らの俗名や没年月日を刻む。家紋は北条鱗。
(浄土宗、天昌山、松翁院。本駒込 2−38−22)

お次は清林寺の山口挙直(=写真)、通称錫次郎。柴田宵曲の『幕末の武家』に「明治以前の支那貿易」で上海渡航を証言している幕臣。



確か『探墓巡礼ー谷中編』★33で墓を紹介した松平慎斎が主宰していた麹渓書院の門下だと記憶する。

おそらく長崎海軍伝習所で航海修行したと思われるが、こう書いているのは藤井哲博『長崎海軍伝習所』(中公新書)の伝習生の中に名前が出てこないからである。

墓碑には[長崎に赴き蘭人《葛天零喜》氏に就き航海術を修め]とあり、大植四郎は『明治過去帳』でこの蘭人を[カテレキ氏]と書いているが、これは航海術のオランダ人教官カッティンディーケのことではないか。(葛の下の部分は正確には匂)。

そうすると、カッティンディーケが長崎へ来て教鞭を執り始めたのが安政4年(1857)9月だから、第三期幕府伝習生の入所時期に重なるが、どうだろう。

山口は海軍修行の後、海軍操練所(築地だろう)で教鞭をとりつつ勤務、文久年間に軍艦奉行配下の箱館方調役に転じた。そこから帆船健順丸で上海へ渡り、北海産物の密貿易に携わった。会津人参、蝦夷煎海鼠(いりこ)、干鮑などを扱い高く売れたと云う。

この時、山口は「たしか元治甲子の事と思います」と云っているから元治元年(1864)となり、「私の齢ですか、廿六の時でした」と云うから、これらの言に信を置くならば、天保10年(1839)の生まれになる。

また、山口の証言に「カッテンレーキの弟子であった」とズバリ《葛天零喜》が出て来るから、この証言を知ってか、直接聞いたかして墓碑銘を綴った人物はこの漢字を当てたと考えられる。

異人の名前をカタカナを使わず、漢字で表す時の苦心が察せられる。

それはそうと、箱館戦争に身を投じず明治政府に仕えた山口は、その後電信局技師となって、工務局で電信建築や製材科長を務めた。今で言えばNTT(昭和で言うと電電公社)の勤務ということになろうか。

墓碑正面には[老蘭院山口擧直居士]と刻まれている(=写真)。甲賀源吾のように諱[秀虎]が戒名に盛り込まれたものは見たことがあったが、フルネームが戒名に入っているのを見たのは初めてである。右面に[老 明治四十三年(1910)八月四日 擧直]と没年月日を刻む。家紋不明。

その墓碑の撰文は旧交のあった森澄庸という人物が書いている。
(浄土宗、東梅山、花陽院。向丘2−35−3)

執筆に没頭する中で、原稿とは全く関係ない様々な幕臣たちの墓を巡るのは良い気分転換になった。

『探墓巡礼』の続編を作るとしたら取り上げたい幕臣たちであるが、最後まで判明しなかったのは[挙直]の訓読みである。これは今後の課題としたい。
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