『大老』3幕目第1場<井伊家上屋敷広庭>の場は、条約調印を祝うパーティーの様子が描かれます。
正面にしつらえられた能舞台で、井伊直弼の正室昌子の方が、ハリスやヒュースケンの前で『娘道成寺』を披露するのですが…。
今回の上演台本では、『汐汲』を踊るというト書きでしたので、稽古場で始まった曲を聴いてオヤと思った次第ですが、調べてみますと『大老』の初演(昭和45年)の舞台では台本通り『汐汲』。その後『井伊大老の側室 お静の方』という題名で上演したおり(昭和51年中日劇場)は『娘道成寺』でした。
ただ、初演の『汐汲』は、昌子の方が踊るという設定ですが、次の上演での『娘道成寺』は、“江戸(の歌舞伎)役者”が踊っているということになっています。今回は昌子が踊る『娘道成寺』ですから、過去の例がミックスしたようなかたちですね。
まるまる全段踊り抜くわけにもいかないので、金冠、鞠唄、山尽くし、只頼め、鈴太鼓のくだりをダイジェストにして構成、振り付けがなされておりますが、作品のエッセンスが抽出されたような趣きです。
…大大名の正室が、異人相手に踊りをみせるという光景は、なんとも珍しいものですが、大名家には<お狂言師>という女性が出入りしておりまして、これは市井で踊りの師匠をしている者がなったそうですが、男子禁制の大奥にて、踊りはもとより芝居のひと幕をも演じて(もちろん全役女性で)奥方、姫君、局方を楽しませていたそうですから、そういう屋敷出入りの芸人に教わって勤め上げたのかな、などと私は勝手に想像しておりマス。
今回の上演にあたりまして、その昌子演じる『娘道成寺』の後見の拵えで、初日が開くまで度々の変更がありました。
最初はいつもの『娘道成寺』と同じにして、紫帽子つきの鬘をかけ、中振袖の着付を着るという<女形の裃後見>姿。これで1回目の舞台稽古をしたのですが、大仰に見えがちですし、周りの雰囲気にもそぐわないというので、2回目の舞台稽古では矢絣の着付に矢の字の帯の<腰元>姿に。普段から昌子の方に仕えている腰元が後見を勤めているということがはっきりと表現されました。さらに、やっぱり後見なのだからということで、なるべく目立たない色みにすべく、矢絣の柄が細かくなり、色も紫紺から薄納戸に。帯も矢の字から文庫結びとなりましたが、これは矢の字結びだと腕が動かしづらく、大事な見せ場である<引き抜き>の作業を、できるだけやりやすくするためですが、見た様も落ち着いて見えますね。
パーティーの場面は、全幕の中で一番くつろいだ場面だと思います。和洋の文化がヘンに混じったチグハグな雰囲気、西洋文明に対する日本人の慌てぶりも描かれていて、笑いの部分もありますが、それがすぐに、直弼にいわゆる<安政の大獄>を決意させる深刻な局面に変わるのが作の妙とも申せましょう。
正面にしつらえられた能舞台で、井伊直弼の正室昌子の方が、ハリスやヒュースケンの前で『娘道成寺』を披露するのですが…。
今回の上演台本では、『汐汲』を踊るというト書きでしたので、稽古場で始まった曲を聴いてオヤと思った次第ですが、調べてみますと『大老』の初演(昭和45年)の舞台では台本通り『汐汲』。その後『井伊大老の側室 お静の方』という題名で上演したおり(昭和51年中日劇場)は『娘道成寺』でした。
ただ、初演の『汐汲』は、昌子の方が踊るという設定ですが、次の上演での『娘道成寺』は、“江戸(の歌舞伎)役者”が踊っているということになっています。今回は昌子が踊る『娘道成寺』ですから、過去の例がミックスしたようなかたちですね。
まるまる全段踊り抜くわけにもいかないので、金冠、鞠唄、山尽くし、只頼め、鈴太鼓のくだりをダイジェストにして構成、振り付けがなされておりますが、作品のエッセンスが抽出されたような趣きです。
…大大名の正室が、異人相手に踊りをみせるという光景は、なんとも珍しいものですが、大名家には<お狂言師>という女性が出入りしておりまして、これは市井で踊りの師匠をしている者がなったそうですが、男子禁制の大奥にて、踊りはもとより芝居のひと幕をも演じて(もちろん全役女性で)奥方、姫君、局方を楽しませていたそうですから、そういう屋敷出入りの芸人に教わって勤め上げたのかな、などと私は勝手に想像しておりマス。
今回の上演にあたりまして、その昌子演じる『娘道成寺』の後見の拵えで、初日が開くまで度々の変更がありました。
最初はいつもの『娘道成寺』と同じにして、紫帽子つきの鬘をかけ、中振袖の着付を着るという<女形の裃後見>姿。これで1回目の舞台稽古をしたのですが、大仰に見えがちですし、周りの雰囲気にもそぐわないというので、2回目の舞台稽古では矢絣の着付に矢の字の帯の<腰元>姿に。普段から昌子の方に仕えている腰元が後見を勤めているということがはっきりと表現されました。さらに、やっぱり後見なのだからということで、なるべく目立たない色みにすべく、矢絣の柄が細かくなり、色も紫紺から薄納戸に。帯も矢の字から文庫結びとなりましたが、これは矢の字結びだと腕が動かしづらく、大事な見せ場である<引き抜き>の作業を、できるだけやりやすくするためですが、見た様も落ち着いて見えますね。
パーティーの場面は、全幕の中で一番くつろいだ場面だと思います。和洋の文化がヘンに混じったチグハグな雰囲気、西洋文明に対する日本人の慌てぶりも描かれていて、笑いの部分もありますが、それがすぐに、直弼にいわゆる<安政の大獄>を決意させる深刻な局面に変わるのが作の妙とも申せましょう。