梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

西と東で違うもの 下

2006年06月25日 | 芝居
歌舞伎の舞台衣裳の<帯結び>、女役の結び方には大変な種類がございまして、役柄や場面によって使い分けておりますが、立役の場合はそれほど種類はございません。
その代表的なものとしてあげられるのが、写真の<貝の口>。なんとなくアサリやハマグリの剥き身に見えますね。世話物の町人役はほとんどこれ。侍役でも一部のお役でみられます。舞台衣裳に限らず、一般の男性の着付でも、この結び方がもっぱらでしょう。
さてこの<貝の口>も、東と西で結び方が変わります。下の写真をご覧下さい。


結んだ形が、まるっきり正反対になっているでしょう? これが<関西手(かんさいで)の貝の口>なんです。これは、帯を体に巻き付ける方向を逆にすることでつくりあげます。普通の<貝の口>、これも詳しくいえば<関東手(かんとうで)の貝の口>と呼ぶことになるのですが、締める当人から見て反時計回りに帯を回してゆくところを、時計回りに回すことで<関西手>になります。
呼び名の通り、この結び方は上方が舞台になっている狂言でよく使われます。今月で言えば『二人夕霧』で、いや風、てんれつ、小れんの三人の弟子達の着付で見られますし、幕切れに大勢出てくる<藤屋の手代>達も、上から半纏を着ているのでお客様からは見えませんが、帯は<関西手>になっているのですよ。
また同じ上方が舞台になっている芝居でも、今月の『双蝶々曲輪日記 角力場』で登場する大勢の見物人は<関東手>です。厳密に区分されているわけではないのでしょうが、少し不思議な気もします。ただ、<関西手>に締めるのは、より<上方色>の強い演目の場合が多く、あるいはそういうところに、この締め方の使い分けの目安があるのかもしれません。以前『角力場』でも<関西手>だったという仲間の証言もありましたから、時と場合による、ということはこのさいハッキリ申し上げておきましょう。

ありていにいえば、時計回りに帯を回してゆく締め方を<関西手>と呼ぶわけで、<貝の口>にかぎらず、女役の<角出し>、立役の<ハコ結び><片ばさみ>や<吉弥結び>(師匠の演じる伊左衛門はこれ)なども、演目によって<関西手>になります。ただ、普通は<関東手>で締めるのがほとんどですから、役者のほうも、衣裳方さんも、いつもと勝手が違ってやりにくいことがあるようです。
それにしても、どうして帯を回す方向まで西と東で変わるのでしょう? 理由を考えてはみるのですが…。

今回はあくまで歌舞伎の衣裳着付の場合のお話をさせていただきました、テレビや映画などの映像の現場や、一般の着付作法で、呼称や定義に相違があるかもれませんが、あしからずご了承下さいませ。