長年通っていたビルに入っていた理髪店が閉店した。
奥さんの体調不良を聞いたことはあるけれど、もしかしたら最近流行の安いカット店に押されたのかも知れない。
それで私も仕方なく1200円のカット店に通い出した。
椅子に座り「1センチほどカットして下さい」と云うこと以外無言の時を過ごす。
亡父は30歳代でハゲの兆候が出始めた。
鏡の前で残り少ない髪を労る父の姿が可笑しくてニタニタしている私に
「お前だってハゲるんだからな」と悔し気に云われたことがある。
父方も母方もハゲだからと云うのがその理由だ。
しかし何と云うことだろう。
ツルッパゲを覚悟していた私の頭には、まだ沢山残っていて、理髪店に通うのも恥ずかしくない。
当然「どの部分をカットしましょう」なんて云われたことは一度も無い。
1センチ程カットし堂々と帰宅したが、家族から「髪を切ったの❔」と云われないのは誰も私のことを気にしていないし目に入らないのかも知れない。
私は既に亡霊なのだろうか。
悔しいから仏壇の前に座って「チ~~ン」と鳴らし手を合わせながら、見下ろしている遺影の父に、未だ充分に毛が残っている頭を見せつけた。