確か8クール目になると思うのだけれど、採血の結果 抗がん剤の投与許可が出て いつもの大部屋へ急いだ。
受付で名前を云うと、既に診察室から連絡がきていて私のベッドナンバーが告げられる。
リュックを下ろし、多分読まないだろうけれど本と眼鏡を枕元に置き、点滴をしやすいように服の前を恥ずかし気もなく上へあげて準備完了。
注射器や点滴の薬が入った袋を持ってきた看護師さんへ名前と生年月日を告げて本人確認を終えたら胸の定位置に容赦のない針がズボッと突き刺される。
「大丈夫ですか?」と訊かれるのだが、半ベソで「大丈夫です」と応えるしかない。
点滴は既定の早さでポタポタと落とされ、次々と薬の袋が替えられ、じっと耐える5時間近くの人質タイムは、実はそんなに苦痛ではない。
8回目ともなると、すっかり慣れてしまって点滴が始まると数分で寝入ってしまうからだ。
だから、フッと気が付いた時には点滴の袋が次々と替わっている。
自由を奪われている諦めがあるので、自宅のベッドよりも爆睡できるように思う。
眠っていたら突然ブワッと大きな音がしたようだが続けてブブブブ・・・・・と連続音。
今のは・・・何?
誰かが眠りながら屁をしたのかも知れない。それも宇宙へ飛び立つロケットのような轟音を轟かせて。
薄目を開けてみたら、周囲にいる注射器や点滴の袋を持った看護師さんが全員ストップモーションで私の方を見ていた。
と云うことは、震源地は私?
あまりに遠慮の無い見事な屁の音に皆の手が止まったようだ。
謝るのも変かも知れない。何しろ眠っていたから犯人が自分かどうかも分からないのだから。
だから軽く寝がえりをうってみた。
フリーズした状態で私を見つめていた人たちが一斉に何事も無かったように動き出した。
部屋の空気が優しさとなって、ほのかな香りと重なり、記憶の彼方に散らしていった。